1 / 1
砂時計
しおりを挟む
僕は高校一年生でもうすぐ夏休みを迎えるところだ。
高校生になってから午前中の英数国が終わると午後は社会の授業のみだ。
名前は社会だけど数年前から内容は全く違う。
一学期は様々な職業の年収から休日、どのようにすれば成れるのか教えてくれる。
つまり僕達は将来を近いうちに選択しなければいけないとも言える。
夏休みが終われば二学期から文学、経済、工学、法律医学、技術専門コースに分かれるが一年生の間は自由に選択を変えることも可能だ。
僕は小学校の頃からゲームが好きなので、工学コースを選択してアプリやゲームの作成したいなと思っている。
プログラマーという職業は平均的な年収や会社によっては休日も多いらしい。
友達は技術専門コースを選択して整備士になりたい子や経済コースを選択して投資や運用を学んで金持ちになりたいなんて子もいる。
カラオケボックスの部屋で彼女の横顔のこめかみ辺りにうっすらと浮かんだ青白い血管を見ている
色白な肌は青白い血管を際立たせ、とても綺麗だ。
時折、歌いながら彼女は携帯を操作している
オレはメニューを見ながらフライドポテトにしようか焼そばにしようか迷ってると彼女は歌うことを中断せずにフライドポテトを指差した。
オレがiPhoneのプレイリストから自分の歌う曲を探しているとLINEの通知が画面の上部に写し出された
隣で覗き込む彼女が
「LINE見ないの?」と言った。
LINEは二杯目のレモンサワーを頼もうかな?と聞いた彼女の物だった。
すぐ隣にいるんだから口で言えばいいのにと思ったが、LINEのトークを開いた。
「今日はまだキスしないの?」
オレは彼女を引き寄せる
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべ
「まさか既読無視?」と言った。
オレは彼女のおでこにキスをして、今日の一回目のキスをした。
頼んだばかりのフライドポテトも二杯目の彼女のレモンサワーもこれで無駄になるなとその時思った。
カラオケボックスを出て高速のIC近くのホテルへ向かう
八階建てのマンションに似たホテルのエレベーターの中で二回目のキスをした。
彼女は部屋に入るとくるりとスカートをひらめかせながら一回転して
「邪魔する奴はもう誰もいないぞ、隆くん」と言った。
確かにそうだがなんだかもう逃さないぞ!と言われたようにも聞こえた。
風呂にお湯を貯めるまでの時間を待つのが惜しいかのように早速どちらかがという訳でもなくベットに倒れ込むように抱き合った。
さすがにキスの回数を数えるのはやめていたが、お互いを奪い合うかのように唇を重ねていた。
彼女の体温が上がり彼女の匂いが濃くなる、オレは彼女といない時もこの匂いを思い出す時がある。
言葉だけでは伝えきれない思いを伝えたいとオレは彼女の体を抱きしめながら思う
彼女は跨り擦りつけるように腰を前後に動かしながら髪の毛を揺らしている。
オレは彼女の乳房や乳首を噛んだり強く揉んだりしながら彼女の名前を呼ぶ。
見つめ合いながらお互いの名前以外の言葉を発しない。
風呂のお湯は浴槽から溢れていた。
風呂ではなく、このまま裸のまま二人で映画みたいにプールで泳げたらいいのにな!なんていいながら浴槽の中で彼女と座り、後ろから抱きしめていた。
こうして一緒にいれるのはあと何回あるだろう?
美穂を送った後、1人街を歩くと風は冷たく体を吹き抜けていくようだった。
ただ指先に残った僅かな彼女の温もりはオレを守ってくれるような気がした。
左手でレバー叩くと赤いハイビスカスの花が点滅した。
パチスロの当たり確定の告知だ。
ポケットから携帯を取り出しsnsを開くと女の子からのメッセージが届いていた。
「今日の服も似合っててカッコいいです!全然関係ないけどもしかして住みは蒲田近いんですか?」
Instagramで相互フォローしている女の子からだ。
さて、どうするか?350枚の払い出したコインで止めるか?続けるか?
「近いよ、ちなみに今蒲田にいてこれからどうするか考えてる暇人w似合ってるって言われるの嬉しいです、ありがとう!」
「えっ!私も蒲田のドンキぶらぶらしてました、1人ですけどw」
まだ確定ではないが前兆モードで間違いない。
「突然で悪いけど、軽くご飯でも行って自己紹介させて!
ドンキのすぐ近くにサイゼあるでしょ?」
コインをドル箱に詰めて僕は席を立つ、サイゼリアなら350枚もいらないだろう。
「わかりましたー、けどなんか緊張する、いつもインスタでチェックしてる芸能人に会えるみたいで」
「初対面だしオレも緊張してきた、まなちゃん加工は外してきてよねw」
実物は分からないがInstagramのまなちゃんはかわいい。
「ウケるw恥ずかしいからドンペンの人形の裏に隠れて待ってますね!」
「了解ww」
まなちゃんはドンキホーテのペンギンの前にいて僕を見て微笑んでいる。
Instagramの写真より顔は白くないがハイビスカスの花がまなちゃんの頭から生えているなら確実に点滅しているように思えた。
ゆうまからLINEでサイゼリアに女の子といるから今日のクラブのイベントの話ししてくれないか?とメッセージがあった。
ゆうまは5つ年下の弟でたまにこうして連絡がある。
今日はクラブで先輩のラッパーがメインのヒップホップのイベントがある。
そこを仕切るのが今日の仕事だ。
先輩のラッパー達も最近はsnsから曲だけでなく、他のラッパー達をディスったりコラボしたりと顔が売れてきている。
オレはsnsで表立って顔を出す事はない。
サイゼリアに着いたら、偶然を装ってゆうまを見つけるだけだ。
地下の店内に入ると、ゆうまと向かい合って鼻にピアスをしたショートカットの女の子が座っているのが見える。
ドリンクバーでも頼んで飲み物を取りに行けば、ゆうまがオレを見つけるだろう。
「着いたぞ」ゆうまにLINEを送信した。
サイゼリアの若鶏のグリルを頼むと必ずソースが一つだと足りない。
最初から今日もソースは二つ頼むことにした。
まなちゃんは鼻にピアスをしているがパンクが好きなのか?それともファッションなのだろうか?
ヒップホップが嫌いでなければいいが…
先程偶然、バンズのオールドスクールがオレとお揃いで気が合うね!と少し盛り上がったところだ。
「胡椒かけすぎじゃない?くしゃみ出ちゃうよ」
「大丈夫だって、鳥にかかってるみじん切りの玉ねぎ見てもオレは涙出ないタイプだから」
「ゆうまくん、玉ねぎとは違うよ玉ねぎは刻むときに涙が出るんだから」
冗談だかなんだか分からない会話をしてるとLINEの通知の音がした、兄貴からだ。
「まなちゃん、ドリンクバー一緒に取りに行かない?」
「なんか小学生が連れション行くみたいな言い方だねw」
コーラの炭酸がぬけてほぼ氷になったコップを持ち
「連れションは小学生でもかわいい女の子誘わないよ」
と言い立ち上がった。
ドリンクバー以外何も頼まず席を立つ、若鶏のグリルは移動してから頼めばいい。
「あ、兄ちゃん」
ゆうまがオレを見つけ、隣の女の子もこちらを見て軽く会釈をする。
「おぉゆうまか、彼女と一緒か?」
「オレの兄貴、デート中」ゆうまは本当に偶然かのような笑顔でこたえ
「兄ちゃんは誰かと一緒?」と続けて言った。
「いや1人、7時から渋谷でオレなんかがやるクラブのイベントがあるから少し時間潰してた」
とりあえず立ち話もなんだから、ゆうま達の席に移動してオレは若鶏のグリルを注文した。
真奈美というその子はオレの前に胡椒を置いた。
「クラブの入場料無料になんないの?」
「真奈美ちゃんだけなら無料でいいよ」
真奈美ちゃんはヒップホップもクラブも好きなようだ。
鼻のピアスより真奈美ちゃんにはニューエラのキャップが似合いそうだ。
兄貴は別れ際に
「アレは店に入ってから謙介から受け取れ」と言われた。
謙介くんは兄貴の後輩で僕より3つ年上の先輩になる。
兄貴を通じてクラブに女の子を遊びに連れて行くのはまなちゃんで3人目だ。
先の2人はそれから兄貴が紹介したキャバクラと風俗で働いている。
僕がそうするつもりだったからというわけではないが、どちらでもいいことだ。
僕達は京浜東北線に乗り二人で座席に座る
「ゆうまくん、クラブとかよく行くの?」まなちゃんは少し上目遣いで僕に聞く
「何回か友達と一緒に行ったことあるよ、先輩がラップとかDJやってるから、でも女の子と行くの初めてだな」
「ノリについていけるかなぁ」
「まぁ嫌になったりつまんなかったら二人で店出ればいいじゃん」
渋谷駅に着きセンター街を道玄坂方面に歩くとクラブの前にはギャルや輩のような人間が数人いて喋っている。
入口に立っていた格闘技をやってるらしき体つきをしたセキュリティに声をかけて兄貴の名前を言うと入場させてもらえた。
店内は大麻の匂いや香水なのか人の体臭なのかわからない匂いと熱気に包まれていた。
「よぉ、ゆうま」謙介くんだ。
「謙介くん、久しぶり」謙介くんと僕はいわゆるグータッチを交わしそれと同時に大麻リキッドを受け取ると、謙介くんはまなちゃんに話しかけた。
「ここ初めてでしょ?楽しんでいってな!」
ステージ上ではラッパー達が上がり客を煽り、客は音楽に合わせて体を揺らすものや呼応して叫びを上げるものもいる。
「ゆうまくん踊れるの?」僕はまなちゃんと手を繋ぐとC-walkのステップを刻んだ。
そして、ペンに似た電子タバコような形状の大麻リキッドを一息深く吸い込むと、まなちゃんの口元にもリキッドを薦めながら僕は微笑んだ。
カメラ越しにクラブの店内を見ながら、警察や不審な人物がいないか謙介達に時折無線で指示を出している。
中にはチャリやリキッドその他の薬を売買している奴やヒップホップのCDやイベントチケットの販売している連中もいる。
そしてその上がりが今日のオレの稼ぎだ。
今、薬を欲しがる奴はたくさんいるが、安全に捌けるやつは中々いない。
ゆうまが連れてきた真奈美という女はどうだろうか?
オレは型を考え、そして嵌めていく。
中にはオレに感謝して指示を待ち、それを成功させて喜ぶ奴もいる、不思議なものだ。
体は徐々に熱を帯び足の先まで達しようとしている、音楽は奥行を増して、体の内側からリズム刻むように心地よく染み込んでいった。
まなちゃんは僕にしがみつきながら
「今日はゆうまくんずっと一緒にいてね、一人にしないでね」と何度も先程から独り言を呟くみたいに言っている。
僕はまなちゃんの手を引き
「大丈夫、ここを出たら、朝までまなちゃんのそばにいるよ」
店を出て道玄坂の坂を登りながら、まなちゃんはなぜか大きく手を広げながらたまに小さくジャンプしている。
「不思議なんだ、ジャンプしても手を広げてもなかなか進まないww」
「もしかしてグルグル道玄坂の辺りを徘徊してたりしてw」
まなちゃんはケラケラと笑って、たまに目が合うと僕にキスをした。
ホテルに着いた、僕達はこれ以上ないぐらい朝まで深く繋がりを感じそれが錯覚だとしても、まなちゃんは僕をこれからも求めるだろう。
僕はゲームの中のプレイヤーになったような気分になる。
指定された場所に行き、そこでアイテムをもらう
アイテムを使い敵を倒したり仲間を増やしてステージをクリアする。
まなちゃんはアイテムであり仲間の一人だ、僕がピンチになればきっと先にやられてくれる。
イヤフォンからビースティボーイズのSo what'Cha wantが流れていて僕はピストバイクに跨がり軽快に朝の通学路を擦り抜けていく。
ピストバイクは謙介くんに譲ってもらったものだ。
今日の午後の授業は大手ゲームソフトウェア会社のエンジニアとプログラマーが講師として来るらしい。
ビースティボーイズからアリアナグランデに変わる頃、僕は学校に着いた。
紺色の上下のスーツを着た女性が僕のピストバイクを見ながら
「おはよう、面白い自転車だねブレーキ着いてないみたいだけどさっきはどうやって止まったの?」
「おはようございます、後輪を横に滑らせればさっきみたいに止まるんだ」
僕はこの女性が今日の講師であるような気がして
「ゲームのプログラミングって楽しい?」と聞いた。
「ゲームは作るよりプレイする方が楽しいに決まってるよ」
彼女は銃を撃つ仕草で僕に言った。
彼女は授業の始まりで自己紹介した、名前は垣内美穂。
ヘリコプターから飛び降り急降下して僕は荒野に降り立った。
約束の場所へ向かう、僕はキャップを被り黒の防弾ベストを着け背中に銃を背負っている。
古びた建物の中に気配を伺いながら慎重に侵入する。
二階からは銃声が聞こえ僕も戦いに備える。
戦闘が始まり僕はキックスアスのクロエの如く跳躍しながら銃を撃ちまくる。
「お待たせ!」美穂さんの音声が入ってきた。
美穂さんは長い髪を上で結びヘソの出たシャツにカーゴパンツを履き、背中に長い剣を差している。
「二人でここを突破しよう!」美穂さんは横に素早く回転しながら銃を撃つ、そして膝を着いたかと思うと背中の剣を抜き敵の足を真っ二つに切断した。
「美穂さん、やるね!」圧倒的に僕よりうまい。
すぐ近くに二人を横切るもう一人の戦士が現れてショットガンを撃ち放った。
ショットガンも被っているヘルメットもそのまんま北斗の拳のジャギのようだ。
「兄より優れた弟などいねえ、オレの名を言ってみろ!」
兄貴の音声が入ってきた、それにしても趣味の悪い参上の仕方といえた。
美穂さんが応える。
「久しぶりね、でも邪魔しないでくれる」
「ん?二人は顔見知りなの兄貴?」僕は嫌な予感がする
「ん?二人は兄弟」
「まぁな」兄貴と美穂さんはブラッドピットとアンジョリーナジョリーのように背中合わせで銃を撃ちまくる。
実際にはポニーテールの女の子とジャギではあるが。
血だらけになり横たわる敵に向かい兄貴はもう一度言った。
「オレの名を言ってみろ!」
納車されたばかりのBMW Z4の試運転も兼ねてオレは渋谷から首都高速3号線にのり神奈川方面へ向かう。
謙介から連絡が入り横浜のホストクラブの男を捕まえたという。
男はうちのキャバクラ店の女の子から300万借りて、返さずに逃げていた。
海老名のサービスエリアに入ると謙介達のリンカーンナビゲーターが見えた。
車内には2pacのAll Eyes On Meが流れていた。
頭から袋をかぶせられた男の白いYシャツは血で赤く染まっている。
オレは袋を剥ぎ取ると
「ウチの女から借りた金はどうした?」と聞いた。
男は助けてくれと叫ぶが2pacはその声を外に漏らさない。
「許すと思うか?」オレはバイク用の革の手袋を嵌め、男の顔めがけて容赦なく殴る。
口の端は既に腫れ上がっていたがこれで鼻の骨も折れただろう。
大和市にある男の実家の電話番号をオレは見せて
「おまえに払ってもらわなくてもオレは困らないぞ」
「オレオレ詐欺みたいに親に電話してみるか?」
男は借金してでも返すから勘弁してくれと懇願している。
「分かった、オレがこれから知り合いの金貸しのところまで連れて行ってやる」後は謙介達に任せておけば大丈夫だろう。
手袋を外しサービスエリアのゴミ箱に放り込み、ふと思い出しゆうまに電話をかけた。
「真奈美はディラーになったぞ」兄貴は電話でそう言った。
ディラーとは薬の売人という意味だ。
あれからまなちゃんとはLINEでやり取りはしているが会ってはいない。
その話しはまなちゃんから僕に伝えられていないが、どうして?と聞かなくても想像はついた。
「そうか、それよりオンライン上のゲームの中であんな風に兄貴と会うとは思わなかったよ」兄貴は少し笑って
「偶然というのは必ずしも現実の世界で起きるとは限らないんだな」偶然というのはなんだか疑わしくも聞こえたが僕は同意した。
「美穂さんとはもしかして兄貴、付き合いあるの現実でも」
「まぁ彼女ってやつだな」僕がゲームの中で感じたイヤな予感は現実の世界で的中した。
僕がジープを運転しているとヒュンという音が聞こえた。
ロケットランチャーだ!気づいた頃には既に遅く爆発音と共に僕は吹き飛ばされた。
粉々に破壊された僕のジープ
薄れゆく意識と硝煙の中
僕には軍用のブーツが見えた。
なんとか見上げるとパステルカラーの紫色の髪をしたまなちゃんが立って肩にはロケットランチャーを担いでいた。
「私の勝ちだね、ゆうまくん」彼女はそう呟くと僕の目を閉じた。
目を開けるとカーテンの隙間から朝の光が漏れていた。
僕は携帯でTwitterを開き呟く。
「現実とバーチャルがリンクしてるんじゃないかと思うときってあるよね?」
しばらくするとツイートにメッセージがくる。
「バーチャルに逃避してるつもりがそっちでもうまくいかないみたいな事ありますよ」インターネットは不思議だ、どんなことでも同調したがる奴がいる。
あんたと一緒にすんなと思うが、また違う人からもメッセージがきた。
「リンクしてるんじゃなくてどちらも本人だから違う自分なんてどこにもいないよ」まなちゃんのアカウントからのメッセージだった。
男から金を取り戻したと、カレンという店の女の子に告げると
「私に謝罪とかなにか口にしてましたか?」と聞いてきた。
「他の女からも借りてたみたいで、色々言い訳しかオレには言わなかった」カレンは涙で目を滲ませながらオレに
「申し訳ありませんでした、ありがとうございます」と頭を下げた、オレにはなんの感情も湧かなかったが
「なにかまた困ったことがあったら、言ってくれ必ず助けてやるから」
「はい」彼女自身が消えてしまいそうな声でそうこたえた。
店を出ると雨が降っていて、二人連れの客がカレンは指名できるのかボーイに確認しているところだった。
オレは謙介に電話をかけて
「謙介、夏に久米島に行くときカレンを誘っておいてくれ」
謙介の返事を待つこともなくオレは電話を切った。
まなちゃんが働いている美容院に予約の電話を入れ、まなちゃんを指名した。
彼女が働く美容院で髪を切るのは初めてだ。
店の自動ドアの先にまなちゃんの後ろ姿が見えた。
店に入り予約時間と名前を告げるつもりだったが、まなちゃんが文字通り満面の笑みで迎えてくれたので思わず顔を伏せてしまう。
「久しぶりの再会だからハグしてくれるのかと思った」
僕は席に着くと、まなちゃんは後ろに立ち鏡越しに会話する。
当たり前の事だがなんかやりにくい
座席で身体の自由を奪われているのもよくない。
「お客さん、今日はどうしますか?」
明らかにまなちゃんの表情は楽しんでいるように見えた。
「すこしさっぱり短め」
まなちゃんはハサミで髪を整えながら何も言わずに鏡越しに目が合うとニコニコと微笑んでいる。
僕は振り返る、まなちゃんのハサミは停止して行き場を失っている。
「まなちゃん、オレと一緒に久米島に行かない?」
まなちゃんは鏡越しにまた微笑むと僕の耳元で
「連れてって」と言った。
店を出てしばらくするとまなちゃんからLINEが届いた。
「仕事夕方には終わるから、久米島に行く前に今日遊ぼっ、じゃないと行かないからねー」彼女のメッセージの終わりにはアッカンベーをしてる絵文字が付いていた。
夏休みの始まり、まなちゃんと蒲田駅で羽田空港へ向かう兄貴達の車を待っていた。
まなちゃんのテンションは既にMAXに達している
「ゆうまくん、私のビキニ姿想像してるでしょ?」
「まだ羽田空港にも着いてないし、そもそもなんでオレがまなちゃんのビキニ姿想像しなきゃいけないんだよ!」
「そうなの?実際私のビキニ姿見たらゆうまくん鼻血出ちゃっても知らないよ」なんてやりとりをしていると
ギャングが乗ってそうな大型の四駆が僕達の前に止まった。運転席から謙介くんが顔を出し、助手席には芸能人やモデルと見間違うような綺麗な女性が乗っていた。
後部座席のスライド扉が開くと兄貴と美穂さんがいて、僕達は少なからず驚き、顔を見合わせた。三列目のシートに座ると兄貴と旅行なんて何年ぶりだろう?なんて感傷にひたるはずが、まなちゃんはそんな暇を与えてくれそうもなく
「海亀見れるかな?」とか「部屋はゆうまくんと二人かな?」とか質問責めに忙しい。
それを見て美穂さんも
「ゆうまくん楽しそうだね」とか「真奈美ちゃんとは久米島で女子会しなきゃ」なんて言っている。
「海亀がいるなら亀仙人も探さなきゃな」と兄貴も案外乗り気で笑う。
羽田空港に着き、僕達は搭乗口から飛行機に乗り込んだ。
飛行機は那覇空港に向けて離陸し、僕は日常という世界から離れどこかの非日常の世界に着陸するのだろうか?なんて思いを巡らせた。
隣りではまなちゃんが僕にしがみつき、スヤスヤと分かり易いぐらいに寝息を立て始めた。
もしかしたら、夢の中でまなちゃんはロケットランチャーを担いで戦士になり僕に戦いを挑んでいるのかもしれない。
目が覚めたら聞いてみようと僕は思った。
カレンの変化に気づたのは謙介だった。
俺たちはクラブ、キャバクラ、デリヘルをそれぞれ一件ずつ運営しているが表立って名前を出してはいない。
数年前まではトラブルの解決や薬の売買しかしていなかったが今はどちらも面倒をみている。
謙介は店長を任せている人物に報告を受けて独自に調べ、突き止めていたが、カレンに直接聞くことを躊躇っていた。
カレンは容姿の綺麗さだけでなく、プロとしての意識は俺たちと同じで他の人間には敵わないものを持っている。
カレンが客から得た投資などの情報は俺たちの先々の商売になりそうなものを含んでいた。
カレンと俺たちが違うのは孤独やストレスに耐える精神の強さだった。
謙介の支えがあればカレンは立ち直ることができるだろう。
久米島に行く6人はそれぞれ何かが欠けている。
それはオレにも当てはまるかもしれないし
6人が全て同じ道を歩くことはできないとは思う。
それでも、心の底のどこかで信頼できるような居心地の良さを感じているはずだ。
オレは隣りで窓の外を見ている美穂の横顔を見つめている。
何気なく顔をこちらに向けた美穂は
「どうしたの?飛行機恐いの?」とオレに言う。
「なんでもないよ、美穂は横顔が一番綺麗だ」と本心を打ち明ける
「隆くんは空の上だと褒めるのが上手になるんだね」と美穂は言うが、本心はどう思っているのか?
オレは美穂にとって何なのか?気になったがその質問はしない事にした。
飛行機はもうすぐ那覇空港に着くところだ。
シートベルト着用のアナウンスが機内に流れている。
オレは美穂の手をしっかりと握った
「隆くんはやっぱり飛行機が恐いんだ」とそのとき美穂は手を握り返しながら言った。
那覇空港で乗り継ぎ久米島に到着すると、さっそくまなちゃんは携帯を美穂さんに渡し、僕と二人並んで写真を撮った。
まなちゃんは顎の所に逆向きにピースしている。
どうしていつもそのポーズすんの?と聞いたことがあるが、中指に着けているヴィヴィアンウエストウッドのアーマーリングがお気に入りで見せつけるためと言っていた。
鼻のピアスとアーマーリングはまなちゃんの基本装備というわけらしい。
何気なく、僕は左手にしているGショックのデジタル表示を見る。
時刻は午後3時を回っていた。
兄貴はホテルの前のビーチで夕方からバーベキューをして夕飯にしようと決めた。
ホテルに着くと部屋は4つあるからな、兄貴がいうと
カレンさんが「隆さん、私謙介と部屋一緒でいいですよ!」
と言うと
「最初からそのつもりだよ、一つは皆んなで集まるために余分に取っておいたから」カレンさんは謙介くんを見て、顔を少し恥ずかしそうに赤らめていた。
まなちゃんはキャリーケースをやけに重そうに引いていて、背中にはリュックまで背負っている。
二人で部屋に入るとまなちゃんはキャリーケースを早速開ける。
開けるとパンパンに膨らんだ荷物から小さなポーチを出して
「持ってきたよ!」とまなちゃんは大麻のリキッドを僕に手渡した。
「とりあえず長旅おつかれさん、まぁ一服しよか?」
まなちゃんはうなづき、一回吸うと窓から外を眺めた。
海が目の前に広がり、砂浜はどこまでも白く、見たこともないような風景だった。
窓を開け僕達はテラスに出た、まなちゃんは
「早く水着に着替えなきゃ、太陽が逃げてく前に」
太陽は夜に迫られ逃げ出していくような言い方だなと僕は思いながら
久米島の海はどうしてこんなに澄んだ青い色をしているんだろうと思った。
「ねぇ、ゆうまくん空の色スカイブルーだよ」と真顔で言うので
僕は「じぁ海の色はマリンブルーだね」と真顔で答えた後に声を出して笑った。
「それ、笑うとこなの?」
「海が綺麗なのは空の色が海に映っているからって聞いたことあるけど、海の色はスカイブルーでも当たりってこと?」
まなちゃんはこんがらがっているようだったが
「早く着替えて海に行こ」と僕は言った。
太陽が沈む間近の久米島の浜辺に肉の焦げる香ばしい匂いが漂っている。
厚切りの骨付きカルビに嚙りつき、オリオンビールで流し込んだ。
目の前では膝の当たりまで海に入っているゆうまと真奈美が見えた。
隣りには尻尾のついた海老を沢山皿に盛り、レモンサワーを飲んでいる美穂がいる。
「私たまにね、隆くんが私を置いて何処か遠くに行ってしまうんじゃないかと思うときがあるんだ」
美穂は海老の皮を剥いてオレに勧める
「オレは逆に一緒にいないときでも美穂が身体の何処かにいるような気がする時があって…」美穂はオレの言葉を遮り
「それは私も一緒だよ、だけど隆くんは一緒いるときたまに何か考えてる様に見える、でも何を考えてるのか全然わからない」
オレは答える言葉を探すが、どれも美穂を安心させられるとは思えなかった。
「隆くん、旅行にきて皆んなに会わせてくれてありがとう
皆んなと話していると私の知らない隆くんを知ることができて嬉しいんだ」
「オレはここにいる6人が家族みたいな特別な存在だと思ってるよ」
謙介とカレンが向かいに座ると
「隆くんが浮気でもしてたら美穂さんに連絡しますよ」
と言いながら二杯目のレモンサワーを注いだ。
美穂はレモンサワーを海に沈んでいく真っ赤な太陽に掲げて
一気に飲み干した。
それ見た俺たちもグラスを掲げて、一気飲み干した。
「あなたの両腕を切り落として、私の腰に巻きつければ
あなたはもう二度と、他の女を抱けないわ」
まなちゃんは部屋に戻るとシャワーを浴びながら、あいみょんの曲を口ずさんでいる。
僕達は部屋で少しのんびりしたら、砂浜を散歩する予定だ。
日焼けした肌が少しヒリヒリと熱くシャワーで水を浴びたい
僕は浴室に入り、体を流しているまなちゃんを後ろから抱きしめた。
「恥ずかしいからベットに行ってからにしようよ」
僕はいつになく激しい衝動を感じ、唇を奪うようにキスをする
シャワーから流れる水とまなちゃんが漏らす吐息だけが浴室を満たしている。
僕はまなちゃんを浴槽に捕まらせ後ろから挿入し、激しく腰を打ちつけた。
まなちゃんは足の力が入らなくなり床に崩れ落ちた。
仁王立ちしている僕の興奮は冷めやらず、それを象徴している部分をまなちゃんは触れて、そして口に含んだ。
僕はそうしているまなちゃんを愛おしく感じる。
既に敏感に反応していた僕はすぐに興奮の絶頂を迎えた。
「いっぱい出たね、やっぱり私の水着姿に興奮したんでしょ?」とまなちゃんは聞いた。
「うん、まなちゃんの水着姿かわいかったよ」と言うと僕達はもう一度抱き合ってキスをした。
「貝殻を耳に当てると波の音が聞こえるんだよ、知ってる?」実際に貝殻を耳に当て、目の前の海を見ながらまなちゃんは言う。
僕達は波打ち際から少し離れた砂浜に二人並んで座っていた。
「貝殻に耳を当てなくても波の音聞こえてるじゃん」僕が言うとまなちゃんは
「そうじゃなくて、貝殻を東京に持って帰って目を閉じて耳に当てるの」
僕は世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの頭の骨の話しを思い出し、まなちゃんは貝殻に久米島の記憶を閉じ込めようとしてるのだろうかと思った。
「砂も持って帰って砂時計作ろうかな?」
「砂時計って、どんな使い道があるのかな?」
「カップラーメンの出来上がりが分かる」
「それは便利だね」そんな会話を繰り返してまなちゃんは真剣な眼差しで僕を見て
「砂の入ってない砂時計って何処で売ってるの?そもそも砂は何処から入れるんだろう?」まるで地下鉄は作ったときどうやって地下に入ったんだろう?みたいな疑問を口にしている。
僕は月を見上げた、月は僕の知っているものよりずっと明るくそして綺麗だった。
月は海に光の筋を作り、波の動きに反応して揺れている。
僕は光の筋を辿り波打ち際を見ていると、ゆっくりと砂浜を目指している何かを見つけた。
「まなちゃん、あれ見える?」
「海亀?」僕達は驚きを抑えながらお互いの顔を見合わせた。
海亀はゆっくりとした歩みで僕達の近くまで来た。
産卵を始めようとする海亀を僕達は見守ることにした。
まなちゃんは囁くように「立ち会い出産」と言った。
確かにそうだが海亀の手を握ることも声をかけることもできない。
海亀の産卵は神秘的ともいえる光景で時間はどれくらい経っているのか確認することも忘れ、僕達は見届ける。
命を繋ぐため困難を乗り越える母
産卵を終えて海へ帰る海亀はどこか誇らしげに感じられた。
僕達は無言のまましばらく海を見つめ、手を繋いだ。
そしてぽつりとまなちゃんは口を開き
「私達は海亀じゃないから、何をしなきゃいけないか正解は分からないけど、一緒にいれば手を差し伸べることも声を掛けることもできるよね」
僕はなぜか涙が溢れてきて
「まなちゃんが一緒にいてくれたらオレはそれだけでいい」
もっと沢山言葉を繋げて何か伝えようと思うがそれだけしか僕の口から出てこなかった。
波の音も風の音も貝殻に吸い込まれてしまったみたいに何も聞こえなくなり、まなちゃんの温もりだけが僕を包んでいた。
まなちゃんは僕の肩に頭を乗せ、目を閉じた。
「もう寝るとこか?」兄貴から電話があり
「まだだよ、ちょっとチルってるぐらいかな」
「switchもってきてるか?」まなちゃんに確認すると用意がいいことに二台持ってきていた。
「こっちきてチーム組んでやるか?」
「面白そうだね、行くよ」
僕が言うのを隣りで聞いていたまなちゃんは親指を立て
「勝負だね、ゆうまくん」と急な展開にも関わらず、やる気を見せている。
それにしても二人でチームじゃないのかよと思わずにはいられなかったが、それはそれで楽しそうではある。
兄貴と僕はひとまず協力して最後まで生き残りをかけ戦う。
僕達は市街地の激戦区に降り立った。
兄貴は前方でショットガンを持ち、僕が後方からライフルで援護しながら次々に敵を撃ち倒していった。
「狙撃に警戒しながら、先ずはビルの上に行くぞ」兄貴の声だ。
僕は屋上でライフルを構え、スコープで照準を合わせる。
ジグザグに走る敵を2発3発と連射して僕は撃ち殺した。
ビルとビルを飛び移るように跳躍しながら僕達は撃ちまくるが敵もシールドを張り防御するので、なかなか手強い。
それでも僕達の連携は乱れることなく着実に敵の数を減らしていく。
兄貴は地図を広げて「そろそろ美穂達のとこに行くぞ」と言った。
残りの敵のチーム数は6にまで減少している。
ジープを発見し二人で乗り込み移動を開始した。
途中で兄貴はクルマを降り、残り4チームを倒しまた合流する作戦にした。
僕は美穂さんとまなちゃんのチームのいる場所を目指す。
「ヒュン」ロケットランチャーの音が僕を襲う。
夢で起きたことは現実では回避できる、まるで予知夢のような気がしてくる。
ジープを投げ捨てるように降り、ロケットランチャーの脅威から脱出する。
ほっとした隙が命取りになることに気づかず、マシンガンの連射を受け僕は死んだ。
「私の勝ちだね、ゆうまくん」音声はマイク越しに、そして隣りのまなちゃんから直接届いた。
それから、まなちゃんと美穂さんチームの最後の敵となった兄貴は必死の防御も次々に破壊され、美穂さんに最後の一撃を頭にくらい撃ち抜かれた。
画面上では美穂さんとまなちゃんは勝利の舞いを踊っている。
まさに屈辱の瞬間であり、実際の部屋の中では二人はハイタッチをしている。
美穂さんは兄貴と僕に
「もう一回やる?」と聞くが
「やらない」兄貴と僕はキッパリと断った。
まなちゃんは更に追い討ちをかけるように胸を張って
「ゆうまくん、私に勝とうなんて100年早いよ!」と言った。
僕はまなちゃんを捕まえて、窓から放り投げたい衝動を抑え
アメリカ人が大きく手を広げて肩を上げるジェスチャーをすると全員で笑った。
「おはよう!」ホテルのロビーでカレンさんと朝の挨拶を交わした。
僕はタバコを買うためにロビーに来ていて、カレンさんは謙介くんと散歩に出かけるところだった。
すれ違うときにカレンさんからトムフォードのウードウッドの匂いがしていて、その香水は謙介くんがいつも付けているものだと気がついた。
部屋に戻り、外を眺めると雨が降り始めていて海は霧のように霞んで見えた。
まなちゃんは顔まで布団を被り小さくうずくまっているみたいに寝ている。
僕はコーヒーを一口飲みタバコを吸ってから、もう一度布団に横になった。
気がついた頃にはテーブルに目玉焼きとトーストが用意されていて、まなちゃんはおはようと言いながら、僕にキスをした。
僕はまなちゃんを引き寄せそのまま抱き合い裸になり、sexした。
「毎日一緒にいて毎日sexして毎日一緒にくっついて寝てたら、二人とも溶けて1つになっちゃいそう」
まなちゃんはそんなことを言うが、僕は虎が木の周りをグルグル回っていたらバターになっちゃう話しみたいだなと思った。
僕はトーストに目玉焼きを乗せ食べ始めた。
まなちゃんはキャリーケースを何やらゴソゴソと探し始め
「映画見ない?」と僕にきいてきた。
まなちゃんはパジャマとしてヘルファイアクラブのTシャツを着ていたので、タブレットでストレンジャーシングスを観るのかなと思ったがDVDを4枚出して
「どれがいい?」と聞いてきたがキルビル1~3とレディプレイヤー1だったので実際には2択だった。
僕は観たことない映画のレディプレイヤー1を選択した。
それにしてもまなちゃんは用意がいい。
きっとお土産屋さんに行けばエコバックを出すだろうし、もしも無人島に漂着すればキャリーケースからサバイバルナイフを出しそうな気がした。
まなちゃんがドラえもんの4次元ポケットから道具を出す効果音とともに「サバイバルナイフー!」と言う姿を思わず想像した。
まなちゃんはDVDをセットしリモコンの再生ボタンを押す前にまた何か大事な事を思い出したようにキャリーケースをゴソゴソと始めた。
映画を観るときはポップコーンが必須だよね!とか言って即席できるポップコーンでも出しそうな勢いだったが、まなちゃんはIKEAで売っているティラノサウルスを二体背中合わせで首で縛っているぬいぐるみを出した。
そしてなんの説明もなく窓際にぬいぐるみを吊るし始めた。
僕は映画観る前には何か特別な儀式が必要なのかなと思ったが、まなちゃんは携帯を片手に持ち操作するとドラえもんが4次元ポケットから道具を出すときの効果音が流れた。
「てるてるT-REX~」まなちゃんは満面の笑みを浮かべて言い放った。
僕は下らなさとそんなものどうして持ってきたのかという疑問で正に開いた口が塞がらなかった。
「ねぇまなちゃん、いつもその恐竜のぬいぐるみは二体首で縛られてまなちゃんの家に吊るされてるの?」僕は意味のない質問を思わず口した。
「いつもは一体ずつ別々に吊るしてるよ」まなちゃんは僕の質問が悪いのかどうでもいい情報を教えてくれたが、まなちゃんにとっては重要らしく説明が始まった。
まなちゃんにとっては履歴書に家では恐竜のぬいぐるみを二体別々に吊るしていますと書くぐらいらしい。
僕達は天候を回復してくれるというティラノサウルスに期待しながらDVDを観始めた。
午前中の雨は情緒不安定な心模様であったかのように、空は先程までのことをすっかり忘れ、夏の太陽に戻っている。
オレは読みかけのAXのページを閉じ、美穂と皆んなを誘い砂浜に出ることした。
砂浜に出ると真奈美が太陽を指差し、ゆうまに何やら説明しているところだった。
一方カレンも太陽を指差し謙介に何やら抗議していた。
そこに割って入るつもりもなかったが、午後から頼んでおいたツアーコーディネーターにバナナボートやシュノーケリングを案内してもらう事を説明した。
すると一斉に非難の矛先はオレに向けられた。
「そんな予定があったんなら昨日、言ってくれたらいいのに」ゆうまが言い皆んな同意している。
「言うの忘れてた」オレは正直に答える。
俺たちは沖合に移動してからコーディネーターがジェットスキーでバナナボートを引っ張っていく。
久米島のどこまでも青く透き通った海を切り裂くように疾走していく、俺たちは奇声や歓声どちらとも言えるような声を各自が上げていた。
俺たちの夏は一気に加速しているそんな印象を皆んなが感じているはずだ。
次はフィンやマスクを付けて海に潜った。
珊瑚の間を泳ぐ水色や縞々模様の魚達、水族館の水槽でしか見た事のない光景が広がっていた。
目一杯、久米島の海を満喫した俺たちは砂浜に戻りまたのんびりとした時間を過ごした。
オレと美穂を除いた四人はガキの頃に戻ったように水鉄砲で撃ち合っている。
水鉄砲は真奈美が用意していたもので、背中に水のタンクを背負っている皆んなの姿がおかしく美穂とオレはゲラゲラ笑っていた。
ホテルに戻る頃には夕方になっていて、心地のいい疲れが体に残っていた。
テラスにはタンクの付いた水鉄砲が四つ干してある。
まなちゃんがキャリーケースではなくリュックに入れて持ってきた物だ。
「本当、楽しすぎたね」まなちゃんも僕もこんなに疲れる程遊んだのは子供の頃以来の様な気がしていた。
部屋にはウィズカリファのRoll Upが流れていて、まなちゃんは伊藤計劃のハーモニーを読んでいる。
僕は大麻のリキッドを吸い、既にうとうと朦朧とも言える状態になっていく。
マリオカートを僕は運転していてまなちゃんが後ろで叫びながらバナナを投げている。
兄貴が運転しているカートはバナナで滑りクルクルと回転して壁に激突した。
僕とまなちゃんが大笑いしていると兄貴は激怒して猛烈なスピードで追いかけてくる。
僕はアクセルをコントロールしながらカーブに吸い付くように擦り抜けていく。
僕達は一番でチェッカーフラッグを通り抜けた。
表彰台でシャンパンを開け、まなちゃんは僕に祝福のキスをした。
兄貴は一段下の台で悔しがりヘルメットを投げつける。
痛い。
美穂さん兄貴を止めてくれ。
痛い。
目を覚ますとまなちゃんが寝ながら僕のお腹を蹴っていた。
でもその顔は微笑んでいて、満足そうに見えた。
表彰台の一番上に登るより僕はこの顔が笑顔でいてくれたら、幸せなんじゃないかと思えた。
風呂から上がりハイボールを二杯飲むと眠くなってきた。
美穂がマッサージしてあげると言ってくれたので、オレはうつ伏せになり目を閉じた。
ヤバいと思ったときには運転していたオレは壁に激突していた。
怪我はなく無事ではあったが助手席の謙介が車から降り
「誰かにやられたみたいだ、タイヤが何かで滑ったらしい」
タイヤに近づき耳を澄ますとスースーと微かに音が聞こえた。
ベッドの横にひいた一枚の布団で美穂がピッタリとオレにくっついて静かに寝息をたてて寝ていた。
オレは足を挫いたお姫様を抱き上げるようにそっと抱えて、ベッドに美穂を寝かせた。
「おでこにキスして、100年の眠りから目を覚ますから」
美穂は目を瞑ったままそう言った。
オレはおでこにキスをして、それから唇にもキスをした。
「起きてたんだ」目を開けた美穂は
「せっかく隆くんが、お姫様抱っこしてくれるのに目を開けたらもったいないでしょ」と言って微笑んだ。
「王子様はお姫様抱っこした後何するか知ってる?」オレは美穂のパジャマのボタンを外しながらそう言った。
美穂は何も答えずオレに抱きつきキスをした。
そして俺たちは溶け合うように1つになり、興奮と安らぎを繰り返すとまた眠りについた。
二泊三日の旅行から帰宅して一週間が過ぎ、美穂とオレは一緒に住み始めた。
美穂はクラブのアプリや店のホームページを新しく作りかえている。
ホームページやアプリ、インスタグラムをうまくリンクさせることで客も増えキャストの人気も上々だ。
真奈美は薬の売買からは手を引きアプリでラッパーの洋服を売ったり、YouTubeでゲーム実況をしたりしている。
謙介とオレは新たに以前、借金絡みで詰めた今は新宿のホストになっている男からの頼みで、ホストクラブの金を払えなくなった女や薬の売買なども引き受けている。
今やその男は金を返すのに必死なだけじゃなく、今後こちら側の人間としてやっていくつもりのようだ。
ゆうまは真奈美と美穂と協力してYouTuberや動画配信者やインディーズバンドに声を掛け、屋外でのイベントを企画している。
集めることができればスポンサーから資金や場所の提供は簡単にできそうだ。
俺たちは旅行から帰ってきて、結束は強くなり方法や手段は違っても協力している。
「兄貴、ギャルで動画配信してる女の子がなんか他のギャルと揉めてそっちのバックに付いてる奴から脅されてるらしい」ゆうまから電話だ。
「その女は登録者の数多いのか?」
「もちろん」ゆうまの微笑む表情が浮かんで見えるようだ。
「分かった、オレがなんとかする」イベントはうまくいきそうだ、オレは微笑んだ。
夏休みも残り3日になり、なんとか明日イベントを開催できることになった。
美穂さんの会社や他数社がスポンサーになり、snsで拡散したことで、飲食店もこっちが声を掛けなくても集まった。
学校の文化祭の延長ぐらいのつもりが、規模は大きくないがちょっとした夏のフェスぐらいにはなりそうだ。
ゲームブースでは無料で参加できる大会があり、美穂さんとまなちゃんが仕切りをやる。
ちょっとした人気のギャルで動画配信している女の子と僕は参加者とダンス動画を撮る企画を仕切ることにした。
その他にファッションを売りにしているyoutuberの女の子がセレクトした古着の販売やYouTubeで人気が出ているインディーズバンドのLiveもある。
唯一心配しているのは明日の予報が降水確率80%であることだ。
「ゆうまくん、5分後にベランダに出てくれる?」
まなちゃんからの電話だ。
僕はベランダに出て、曇り空を眺めていると、Uber eatsのキャリーバックを少し小さくしたような物が空を飛んでいる。
それは僕に近づくにつれ、ドローンに運ばれているバックだと分かった。
ウチのベランダの中でドローンは浮いたまま停止した。
「バック開けみて!」ドローンに付いた小さなマイクからまなちゃんの声がした。
ドローンにはUFOキャッチャーのクレーンのような物が付いていてそこにバックが引っ掛けてあった。
僕はバックを取り外し中身を開けてみる。
中には砂時計とティラノサウルスのぬいぐるみが入っていた。
「明日は絶対晴れるよ!」まなちゃんは予報というより、確信を持って言い切り
「3分後にはゆうまくんち行くから待ってて」と宣言するみたいに言った。
「この音声が終了すると3秒後にドローンは爆発します」とまなちゃんは続けて言いそうだったがそれきり何も言わなくなった。
僕は砂時計を机に置いてサラサラと落ちていく久米島の砂を見つめた。
高校生になってから午前中の英数国が終わると午後は社会の授業のみだ。
名前は社会だけど数年前から内容は全く違う。
一学期は様々な職業の年収から休日、どのようにすれば成れるのか教えてくれる。
つまり僕達は将来を近いうちに選択しなければいけないとも言える。
夏休みが終われば二学期から文学、経済、工学、法律医学、技術専門コースに分かれるが一年生の間は自由に選択を変えることも可能だ。
僕は小学校の頃からゲームが好きなので、工学コースを選択してアプリやゲームの作成したいなと思っている。
プログラマーという職業は平均的な年収や会社によっては休日も多いらしい。
友達は技術専門コースを選択して整備士になりたい子や経済コースを選択して投資や運用を学んで金持ちになりたいなんて子もいる。
カラオケボックスの部屋で彼女の横顔のこめかみ辺りにうっすらと浮かんだ青白い血管を見ている
色白な肌は青白い血管を際立たせ、とても綺麗だ。
時折、歌いながら彼女は携帯を操作している
オレはメニューを見ながらフライドポテトにしようか焼そばにしようか迷ってると彼女は歌うことを中断せずにフライドポテトを指差した。
オレがiPhoneのプレイリストから自分の歌う曲を探しているとLINEの通知が画面の上部に写し出された
隣で覗き込む彼女が
「LINE見ないの?」と言った。
LINEは二杯目のレモンサワーを頼もうかな?と聞いた彼女の物だった。
すぐ隣にいるんだから口で言えばいいのにと思ったが、LINEのトークを開いた。
「今日はまだキスしないの?」
オレは彼女を引き寄せる
彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべ
「まさか既読無視?」と言った。
オレは彼女のおでこにキスをして、今日の一回目のキスをした。
頼んだばかりのフライドポテトも二杯目の彼女のレモンサワーもこれで無駄になるなとその時思った。
カラオケボックスを出て高速のIC近くのホテルへ向かう
八階建てのマンションに似たホテルのエレベーターの中で二回目のキスをした。
彼女は部屋に入るとくるりとスカートをひらめかせながら一回転して
「邪魔する奴はもう誰もいないぞ、隆くん」と言った。
確かにそうだがなんだかもう逃さないぞ!と言われたようにも聞こえた。
風呂にお湯を貯めるまでの時間を待つのが惜しいかのように早速どちらかがという訳でもなくベットに倒れ込むように抱き合った。
さすがにキスの回数を数えるのはやめていたが、お互いを奪い合うかのように唇を重ねていた。
彼女の体温が上がり彼女の匂いが濃くなる、オレは彼女といない時もこの匂いを思い出す時がある。
言葉だけでは伝えきれない思いを伝えたいとオレは彼女の体を抱きしめながら思う
彼女は跨り擦りつけるように腰を前後に動かしながら髪の毛を揺らしている。
オレは彼女の乳房や乳首を噛んだり強く揉んだりしながら彼女の名前を呼ぶ。
見つめ合いながらお互いの名前以外の言葉を発しない。
風呂のお湯は浴槽から溢れていた。
風呂ではなく、このまま裸のまま二人で映画みたいにプールで泳げたらいいのにな!なんていいながら浴槽の中で彼女と座り、後ろから抱きしめていた。
こうして一緒にいれるのはあと何回あるだろう?
美穂を送った後、1人街を歩くと風は冷たく体を吹き抜けていくようだった。
ただ指先に残った僅かな彼女の温もりはオレを守ってくれるような気がした。
左手でレバー叩くと赤いハイビスカスの花が点滅した。
パチスロの当たり確定の告知だ。
ポケットから携帯を取り出しsnsを開くと女の子からのメッセージが届いていた。
「今日の服も似合っててカッコいいです!全然関係ないけどもしかして住みは蒲田近いんですか?」
Instagramで相互フォローしている女の子からだ。
さて、どうするか?350枚の払い出したコインで止めるか?続けるか?
「近いよ、ちなみに今蒲田にいてこれからどうするか考えてる暇人w似合ってるって言われるの嬉しいです、ありがとう!」
「えっ!私も蒲田のドンキぶらぶらしてました、1人ですけどw」
まだ確定ではないが前兆モードで間違いない。
「突然で悪いけど、軽くご飯でも行って自己紹介させて!
ドンキのすぐ近くにサイゼあるでしょ?」
コインをドル箱に詰めて僕は席を立つ、サイゼリアなら350枚もいらないだろう。
「わかりましたー、けどなんか緊張する、いつもインスタでチェックしてる芸能人に会えるみたいで」
「初対面だしオレも緊張してきた、まなちゃん加工は外してきてよねw」
実物は分からないがInstagramのまなちゃんはかわいい。
「ウケるw恥ずかしいからドンペンの人形の裏に隠れて待ってますね!」
「了解ww」
まなちゃんはドンキホーテのペンギンの前にいて僕を見て微笑んでいる。
Instagramの写真より顔は白くないがハイビスカスの花がまなちゃんの頭から生えているなら確実に点滅しているように思えた。
ゆうまからLINEでサイゼリアに女の子といるから今日のクラブのイベントの話ししてくれないか?とメッセージがあった。
ゆうまは5つ年下の弟でたまにこうして連絡がある。
今日はクラブで先輩のラッパーがメインのヒップホップのイベントがある。
そこを仕切るのが今日の仕事だ。
先輩のラッパー達も最近はsnsから曲だけでなく、他のラッパー達をディスったりコラボしたりと顔が売れてきている。
オレはsnsで表立って顔を出す事はない。
サイゼリアに着いたら、偶然を装ってゆうまを見つけるだけだ。
地下の店内に入ると、ゆうまと向かい合って鼻にピアスをしたショートカットの女の子が座っているのが見える。
ドリンクバーでも頼んで飲み物を取りに行けば、ゆうまがオレを見つけるだろう。
「着いたぞ」ゆうまにLINEを送信した。
サイゼリアの若鶏のグリルを頼むと必ずソースが一つだと足りない。
最初から今日もソースは二つ頼むことにした。
まなちゃんは鼻にピアスをしているがパンクが好きなのか?それともファッションなのだろうか?
ヒップホップが嫌いでなければいいが…
先程偶然、バンズのオールドスクールがオレとお揃いで気が合うね!と少し盛り上がったところだ。
「胡椒かけすぎじゃない?くしゃみ出ちゃうよ」
「大丈夫だって、鳥にかかってるみじん切りの玉ねぎ見てもオレは涙出ないタイプだから」
「ゆうまくん、玉ねぎとは違うよ玉ねぎは刻むときに涙が出るんだから」
冗談だかなんだか分からない会話をしてるとLINEの通知の音がした、兄貴からだ。
「まなちゃん、ドリンクバー一緒に取りに行かない?」
「なんか小学生が連れション行くみたいな言い方だねw」
コーラの炭酸がぬけてほぼ氷になったコップを持ち
「連れションは小学生でもかわいい女の子誘わないよ」
と言い立ち上がった。
ドリンクバー以外何も頼まず席を立つ、若鶏のグリルは移動してから頼めばいい。
「あ、兄ちゃん」
ゆうまがオレを見つけ、隣の女の子もこちらを見て軽く会釈をする。
「おぉゆうまか、彼女と一緒か?」
「オレの兄貴、デート中」ゆうまは本当に偶然かのような笑顔でこたえ
「兄ちゃんは誰かと一緒?」と続けて言った。
「いや1人、7時から渋谷でオレなんかがやるクラブのイベントがあるから少し時間潰してた」
とりあえず立ち話もなんだから、ゆうま達の席に移動してオレは若鶏のグリルを注文した。
真奈美というその子はオレの前に胡椒を置いた。
「クラブの入場料無料になんないの?」
「真奈美ちゃんだけなら無料でいいよ」
真奈美ちゃんはヒップホップもクラブも好きなようだ。
鼻のピアスより真奈美ちゃんにはニューエラのキャップが似合いそうだ。
兄貴は別れ際に
「アレは店に入ってから謙介から受け取れ」と言われた。
謙介くんは兄貴の後輩で僕より3つ年上の先輩になる。
兄貴を通じてクラブに女の子を遊びに連れて行くのはまなちゃんで3人目だ。
先の2人はそれから兄貴が紹介したキャバクラと風俗で働いている。
僕がそうするつもりだったからというわけではないが、どちらでもいいことだ。
僕達は京浜東北線に乗り二人で座席に座る
「ゆうまくん、クラブとかよく行くの?」まなちゃんは少し上目遣いで僕に聞く
「何回か友達と一緒に行ったことあるよ、先輩がラップとかDJやってるから、でも女の子と行くの初めてだな」
「ノリについていけるかなぁ」
「まぁ嫌になったりつまんなかったら二人で店出ればいいじゃん」
渋谷駅に着きセンター街を道玄坂方面に歩くとクラブの前にはギャルや輩のような人間が数人いて喋っている。
入口に立っていた格闘技をやってるらしき体つきをしたセキュリティに声をかけて兄貴の名前を言うと入場させてもらえた。
店内は大麻の匂いや香水なのか人の体臭なのかわからない匂いと熱気に包まれていた。
「よぉ、ゆうま」謙介くんだ。
「謙介くん、久しぶり」謙介くんと僕はいわゆるグータッチを交わしそれと同時に大麻リキッドを受け取ると、謙介くんはまなちゃんに話しかけた。
「ここ初めてでしょ?楽しんでいってな!」
ステージ上ではラッパー達が上がり客を煽り、客は音楽に合わせて体を揺らすものや呼応して叫びを上げるものもいる。
「ゆうまくん踊れるの?」僕はまなちゃんと手を繋ぐとC-walkのステップを刻んだ。
そして、ペンに似た電子タバコような形状の大麻リキッドを一息深く吸い込むと、まなちゃんの口元にもリキッドを薦めながら僕は微笑んだ。
カメラ越しにクラブの店内を見ながら、警察や不審な人物がいないか謙介達に時折無線で指示を出している。
中にはチャリやリキッドその他の薬を売買している奴やヒップホップのCDやイベントチケットの販売している連中もいる。
そしてその上がりが今日のオレの稼ぎだ。
今、薬を欲しがる奴はたくさんいるが、安全に捌けるやつは中々いない。
ゆうまが連れてきた真奈美という女はどうだろうか?
オレは型を考え、そして嵌めていく。
中にはオレに感謝して指示を待ち、それを成功させて喜ぶ奴もいる、不思議なものだ。
体は徐々に熱を帯び足の先まで達しようとしている、音楽は奥行を増して、体の内側からリズム刻むように心地よく染み込んでいった。
まなちゃんは僕にしがみつきながら
「今日はゆうまくんずっと一緒にいてね、一人にしないでね」と何度も先程から独り言を呟くみたいに言っている。
僕はまなちゃんの手を引き
「大丈夫、ここを出たら、朝までまなちゃんのそばにいるよ」
店を出て道玄坂の坂を登りながら、まなちゃんはなぜか大きく手を広げながらたまに小さくジャンプしている。
「不思議なんだ、ジャンプしても手を広げてもなかなか進まないww」
「もしかしてグルグル道玄坂の辺りを徘徊してたりしてw」
まなちゃんはケラケラと笑って、たまに目が合うと僕にキスをした。
ホテルに着いた、僕達はこれ以上ないぐらい朝まで深く繋がりを感じそれが錯覚だとしても、まなちゃんは僕をこれからも求めるだろう。
僕はゲームの中のプレイヤーになったような気分になる。
指定された場所に行き、そこでアイテムをもらう
アイテムを使い敵を倒したり仲間を増やしてステージをクリアする。
まなちゃんはアイテムであり仲間の一人だ、僕がピンチになればきっと先にやられてくれる。
イヤフォンからビースティボーイズのSo what'Cha wantが流れていて僕はピストバイクに跨がり軽快に朝の通学路を擦り抜けていく。
ピストバイクは謙介くんに譲ってもらったものだ。
今日の午後の授業は大手ゲームソフトウェア会社のエンジニアとプログラマーが講師として来るらしい。
ビースティボーイズからアリアナグランデに変わる頃、僕は学校に着いた。
紺色の上下のスーツを着た女性が僕のピストバイクを見ながら
「おはよう、面白い自転車だねブレーキ着いてないみたいだけどさっきはどうやって止まったの?」
「おはようございます、後輪を横に滑らせればさっきみたいに止まるんだ」
僕はこの女性が今日の講師であるような気がして
「ゲームのプログラミングって楽しい?」と聞いた。
「ゲームは作るよりプレイする方が楽しいに決まってるよ」
彼女は銃を撃つ仕草で僕に言った。
彼女は授業の始まりで自己紹介した、名前は垣内美穂。
ヘリコプターから飛び降り急降下して僕は荒野に降り立った。
約束の場所へ向かう、僕はキャップを被り黒の防弾ベストを着け背中に銃を背負っている。
古びた建物の中に気配を伺いながら慎重に侵入する。
二階からは銃声が聞こえ僕も戦いに備える。
戦闘が始まり僕はキックスアスのクロエの如く跳躍しながら銃を撃ちまくる。
「お待たせ!」美穂さんの音声が入ってきた。
美穂さんは長い髪を上で結びヘソの出たシャツにカーゴパンツを履き、背中に長い剣を差している。
「二人でここを突破しよう!」美穂さんは横に素早く回転しながら銃を撃つ、そして膝を着いたかと思うと背中の剣を抜き敵の足を真っ二つに切断した。
「美穂さん、やるね!」圧倒的に僕よりうまい。
すぐ近くに二人を横切るもう一人の戦士が現れてショットガンを撃ち放った。
ショットガンも被っているヘルメットもそのまんま北斗の拳のジャギのようだ。
「兄より優れた弟などいねえ、オレの名を言ってみろ!」
兄貴の音声が入ってきた、それにしても趣味の悪い参上の仕方といえた。
美穂さんが応える。
「久しぶりね、でも邪魔しないでくれる」
「ん?二人は顔見知りなの兄貴?」僕は嫌な予感がする
「ん?二人は兄弟」
「まぁな」兄貴と美穂さんはブラッドピットとアンジョリーナジョリーのように背中合わせで銃を撃ちまくる。
実際にはポニーテールの女の子とジャギではあるが。
血だらけになり横たわる敵に向かい兄貴はもう一度言った。
「オレの名を言ってみろ!」
納車されたばかりのBMW Z4の試運転も兼ねてオレは渋谷から首都高速3号線にのり神奈川方面へ向かう。
謙介から連絡が入り横浜のホストクラブの男を捕まえたという。
男はうちのキャバクラ店の女の子から300万借りて、返さずに逃げていた。
海老名のサービスエリアに入ると謙介達のリンカーンナビゲーターが見えた。
車内には2pacのAll Eyes On Meが流れていた。
頭から袋をかぶせられた男の白いYシャツは血で赤く染まっている。
オレは袋を剥ぎ取ると
「ウチの女から借りた金はどうした?」と聞いた。
男は助けてくれと叫ぶが2pacはその声を外に漏らさない。
「許すと思うか?」オレはバイク用の革の手袋を嵌め、男の顔めがけて容赦なく殴る。
口の端は既に腫れ上がっていたがこれで鼻の骨も折れただろう。
大和市にある男の実家の電話番号をオレは見せて
「おまえに払ってもらわなくてもオレは困らないぞ」
「オレオレ詐欺みたいに親に電話してみるか?」
男は借金してでも返すから勘弁してくれと懇願している。
「分かった、オレがこれから知り合いの金貸しのところまで連れて行ってやる」後は謙介達に任せておけば大丈夫だろう。
手袋を外しサービスエリアのゴミ箱に放り込み、ふと思い出しゆうまに電話をかけた。
「真奈美はディラーになったぞ」兄貴は電話でそう言った。
ディラーとは薬の売人という意味だ。
あれからまなちゃんとはLINEでやり取りはしているが会ってはいない。
その話しはまなちゃんから僕に伝えられていないが、どうして?と聞かなくても想像はついた。
「そうか、それよりオンライン上のゲームの中であんな風に兄貴と会うとは思わなかったよ」兄貴は少し笑って
「偶然というのは必ずしも現実の世界で起きるとは限らないんだな」偶然というのはなんだか疑わしくも聞こえたが僕は同意した。
「美穂さんとはもしかして兄貴、付き合いあるの現実でも」
「まぁ彼女ってやつだな」僕がゲームの中で感じたイヤな予感は現実の世界で的中した。
僕がジープを運転しているとヒュンという音が聞こえた。
ロケットランチャーだ!気づいた頃には既に遅く爆発音と共に僕は吹き飛ばされた。
粉々に破壊された僕のジープ
薄れゆく意識と硝煙の中
僕には軍用のブーツが見えた。
なんとか見上げるとパステルカラーの紫色の髪をしたまなちゃんが立って肩にはロケットランチャーを担いでいた。
「私の勝ちだね、ゆうまくん」彼女はそう呟くと僕の目を閉じた。
目を開けるとカーテンの隙間から朝の光が漏れていた。
僕は携帯でTwitterを開き呟く。
「現実とバーチャルがリンクしてるんじゃないかと思うときってあるよね?」
しばらくするとツイートにメッセージがくる。
「バーチャルに逃避してるつもりがそっちでもうまくいかないみたいな事ありますよ」インターネットは不思議だ、どんなことでも同調したがる奴がいる。
あんたと一緒にすんなと思うが、また違う人からもメッセージがきた。
「リンクしてるんじゃなくてどちらも本人だから違う自分なんてどこにもいないよ」まなちゃんのアカウントからのメッセージだった。
男から金を取り戻したと、カレンという店の女の子に告げると
「私に謝罪とかなにか口にしてましたか?」と聞いてきた。
「他の女からも借りてたみたいで、色々言い訳しかオレには言わなかった」カレンは涙で目を滲ませながらオレに
「申し訳ありませんでした、ありがとうございます」と頭を下げた、オレにはなんの感情も湧かなかったが
「なにかまた困ったことがあったら、言ってくれ必ず助けてやるから」
「はい」彼女自身が消えてしまいそうな声でそうこたえた。
店を出ると雨が降っていて、二人連れの客がカレンは指名できるのかボーイに確認しているところだった。
オレは謙介に電話をかけて
「謙介、夏に久米島に行くときカレンを誘っておいてくれ」
謙介の返事を待つこともなくオレは電話を切った。
まなちゃんが働いている美容院に予約の電話を入れ、まなちゃんを指名した。
彼女が働く美容院で髪を切るのは初めてだ。
店の自動ドアの先にまなちゃんの後ろ姿が見えた。
店に入り予約時間と名前を告げるつもりだったが、まなちゃんが文字通り満面の笑みで迎えてくれたので思わず顔を伏せてしまう。
「久しぶりの再会だからハグしてくれるのかと思った」
僕は席に着くと、まなちゃんは後ろに立ち鏡越しに会話する。
当たり前の事だがなんかやりにくい
座席で身体の自由を奪われているのもよくない。
「お客さん、今日はどうしますか?」
明らかにまなちゃんの表情は楽しんでいるように見えた。
「すこしさっぱり短め」
まなちゃんはハサミで髪を整えながら何も言わずに鏡越しに目が合うとニコニコと微笑んでいる。
僕は振り返る、まなちゃんのハサミは停止して行き場を失っている。
「まなちゃん、オレと一緒に久米島に行かない?」
まなちゃんは鏡越しにまた微笑むと僕の耳元で
「連れてって」と言った。
店を出てしばらくするとまなちゃんからLINEが届いた。
「仕事夕方には終わるから、久米島に行く前に今日遊ぼっ、じゃないと行かないからねー」彼女のメッセージの終わりにはアッカンベーをしてる絵文字が付いていた。
夏休みの始まり、まなちゃんと蒲田駅で羽田空港へ向かう兄貴達の車を待っていた。
まなちゃんのテンションは既にMAXに達している
「ゆうまくん、私のビキニ姿想像してるでしょ?」
「まだ羽田空港にも着いてないし、そもそもなんでオレがまなちゃんのビキニ姿想像しなきゃいけないんだよ!」
「そうなの?実際私のビキニ姿見たらゆうまくん鼻血出ちゃっても知らないよ」なんてやりとりをしていると
ギャングが乗ってそうな大型の四駆が僕達の前に止まった。運転席から謙介くんが顔を出し、助手席には芸能人やモデルと見間違うような綺麗な女性が乗っていた。
後部座席のスライド扉が開くと兄貴と美穂さんがいて、僕達は少なからず驚き、顔を見合わせた。三列目のシートに座ると兄貴と旅行なんて何年ぶりだろう?なんて感傷にひたるはずが、まなちゃんはそんな暇を与えてくれそうもなく
「海亀見れるかな?」とか「部屋はゆうまくんと二人かな?」とか質問責めに忙しい。
それを見て美穂さんも
「ゆうまくん楽しそうだね」とか「真奈美ちゃんとは久米島で女子会しなきゃ」なんて言っている。
「海亀がいるなら亀仙人も探さなきゃな」と兄貴も案外乗り気で笑う。
羽田空港に着き、僕達は搭乗口から飛行機に乗り込んだ。
飛行機は那覇空港に向けて離陸し、僕は日常という世界から離れどこかの非日常の世界に着陸するのだろうか?なんて思いを巡らせた。
隣りではまなちゃんが僕にしがみつき、スヤスヤと分かり易いぐらいに寝息を立て始めた。
もしかしたら、夢の中でまなちゃんはロケットランチャーを担いで戦士になり僕に戦いを挑んでいるのかもしれない。
目が覚めたら聞いてみようと僕は思った。
カレンの変化に気づたのは謙介だった。
俺たちはクラブ、キャバクラ、デリヘルをそれぞれ一件ずつ運営しているが表立って名前を出してはいない。
数年前まではトラブルの解決や薬の売買しかしていなかったが今はどちらも面倒をみている。
謙介は店長を任せている人物に報告を受けて独自に調べ、突き止めていたが、カレンに直接聞くことを躊躇っていた。
カレンは容姿の綺麗さだけでなく、プロとしての意識は俺たちと同じで他の人間には敵わないものを持っている。
カレンが客から得た投資などの情報は俺たちの先々の商売になりそうなものを含んでいた。
カレンと俺たちが違うのは孤独やストレスに耐える精神の強さだった。
謙介の支えがあればカレンは立ち直ることができるだろう。
久米島に行く6人はそれぞれ何かが欠けている。
それはオレにも当てはまるかもしれないし
6人が全て同じ道を歩くことはできないとは思う。
それでも、心の底のどこかで信頼できるような居心地の良さを感じているはずだ。
オレは隣りで窓の外を見ている美穂の横顔を見つめている。
何気なく顔をこちらに向けた美穂は
「どうしたの?飛行機恐いの?」とオレに言う。
「なんでもないよ、美穂は横顔が一番綺麗だ」と本心を打ち明ける
「隆くんは空の上だと褒めるのが上手になるんだね」と美穂は言うが、本心はどう思っているのか?
オレは美穂にとって何なのか?気になったがその質問はしない事にした。
飛行機はもうすぐ那覇空港に着くところだ。
シートベルト着用のアナウンスが機内に流れている。
オレは美穂の手をしっかりと握った
「隆くんはやっぱり飛行機が恐いんだ」とそのとき美穂は手を握り返しながら言った。
那覇空港で乗り継ぎ久米島に到着すると、さっそくまなちゃんは携帯を美穂さんに渡し、僕と二人並んで写真を撮った。
まなちゃんは顎の所に逆向きにピースしている。
どうしていつもそのポーズすんの?と聞いたことがあるが、中指に着けているヴィヴィアンウエストウッドのアーマーリングがお気に入りで見せつけるためと言っていた。
鼻のピアスとアーマーリングはまなちゃんの基本装備というわけらしい。
何気なく、僕は左手にしているGショックのデジタル表示を見る。
時刻は午後3時を回っていた。
兄貴はホテルの前のビーチで夕方からバーベキューをして夕飯にしようと決めた。
ホテルに着くと部屋は4つあるからな、兄貴がいうと
カレンさんが「隆さん、私謙介と部屋一緒でいいですよ!」
と言うと
「最初からそのつもりだよ、一つは皆んなで集まるために余分に取っておいたから」カレンさんは謙介くんを見て、顔を少し恥ずかしそうに赤らめていた。
まなちゃんはキャリーケースをやけに重そうに引いていて、背中にはリュックまで背負っている。
二人で部屋に入るとまなちゃんはキャリーケースを早速開ける。
開けるとパンパンに膨らんだ荷物から小さなポーチを出して
「持ってきたよ!」とまなちゃんは大麻のリキッドを僕に手渡した。
「とりあえず長旅おつかれさん、まぁ一服しよか?」
まなちゃんはうなづき、一回吸うと窓から外を眺めた。
海が目の前に広がり、砂浜はどこまでも白く、見たこともないような風景だった。
窓を開け僕達はテラスに出た、まなちゃんは
「早く水着に着替えなきゃ、太陽が逃げてく前に」
太陽は夜に迫られ逃げ出していくような言い方だなと僕は思いながら
久米島の海はどうしてこんなに澄んだ青い色をしているんだろうと思った。
「ねぇ、ゆうまくん空の色スカイブルーだよ」と真顔で言うので
僕は「じぁ海の色はマリンブルーだね」と真顔で答えた後に声を出して笑った。
「それ、笑うとこなの?」
「海が綺麗なのは空の色が海に映っているからって聞いたことあるけど、海の色はスカイブルーでも当たりってこと?」
まなちゃんはこんがらがっているようだったが
「早く着替えて海に行こ」と僕は言った。
太陽が沈む間近の久米島の浜辺に肉の焦げる香ばしい匂いが漂っている。
厚切りの骨付きカルビに嚙りつき、オリオンビールで流し込んだ。
目の前では膝の当たりまで海に入っているゆうまと真奈美が見えた。
隣りには尻尾のついた海老を沢山皿に盛り、レモンサワーを飲んでいる美穂がいる。
「私たまにね、隆くんが私を置いて何処か遠くに行ってしまうんじゃないかと思うときがあるんだ」
美穂は海老の皮を剥いてオレに勧める
「オレは逆に一緒にいないときでも美穂が身体の何処かにいるような気がする時があって…」美穂はオレの言葉を遮り
「それは私も一緒だよ、だけど隆くんは一緒いるときたまに何か考えてる様に見える、でも何を考えてるのか全然わからない」
オレは答える言葉を探すが、どれも美穂を安心させられるとは思えなかった。
「隆くん、旅行にきて皆んなに会わせてくれてありがとう
皆んなと話していると私の知らない隆くんを知ることができて嬉しいんだ」
「オレはここにいる6人が家族みたいな特別な存在だと思ってるよ」
謙介とカレンが向かいに座ると
「隆くんが浮気でもしてたら美穂さんに連絡しますよ」
と言いながら二杯目のレモンサワーを注いだ。
美穂はレモンサワーを海に沈んでいく真っ赤な太陽に掲げて
一気に飲み干した。
それ見た俺たちもグラスを掲げて、一気飲み干した。
「あなたの両腕を切り落として、私の腰に巻きつければ
あなたはもう二度と、他の女を抱けないわ」
まなちゃんは部屋に戻るとシャワーを浴びながら、あいみょんの曲を口ずさんでいる。
僕達は部屋で少しのんびりしたら、砂浜を散歩する予定だ。
日焼けした肌が少しヒリヒリと熱くシャワーで水を浴びたい
僕は浴室に入り、体を流しているまなちゃんを後ろから抱きしめた。
「恥ずかしいからベットに行ってからにしようよ」
僕はいつになく激しい衝動を感じ、唇を奪うようにキスをする
シャワーから流れる水とまなちゃんが漏らす吐息だけが浴室を満たしている。
僕はまなちゃんを浴槽に捕まらせ後ろから挿入し、激しく腰を打ちつけた。
まなちゃんは足の力が入らなくなり床に崩れ落ちた。
仁王立ちしている僕の興奮は冷めやらず、それを象徴している部分をまなちゃんは触れて、そして口に含んだ。
僕はそうしているまなちゃんを愛おしく感じる。
既に敏感に反応していた僕はすぐに興奮の絶頂を迎えた。
「いっぱい出たね、やっぱり私の水着姿に興奮したんでしょ?」とまなちゃんは聞いた。
「うん、まなちゃんの水着姿かわいかったよ」と言うと僕達はもう一度抱き合ってキスをした。
「貝殻を耳に当てると波の音が聞こえるんだよ、知ってる?」実際に貝殻を耳に当て、目の前の海を見ながらまなちゃんは言う。
僕達は波打ち際から少し離れた砂浜に二人並んで座っていた。
「貝殻に耳を当てなくても波の音聞こえてるじゃん」僕が言うとまなちゃんは
「そうじゃなくて、貝殻を東京に持って帰って目を閉じて耳に当てるの」
僕は世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの頭の骨の話しを思い出し、まなちゃんは貝殻に久米島の記憶を閉じ込めようとしてるのだろうかと思った。
「砂も持って帰って砂時計作ろうかな?」
「砂時計って、どんな使い道があるのかな?」
「カップラーメンの出来上がりが分かる」
「それは便利だね」そんな会話を繰り返してまなちゃんは真剣な眼差しで僕を見て
「砂の入ってない砂時計って何処で売ってるの?そもそも砂は何処から入れるんだろう?」まるで地下鉄は作ったときどうやって地下に入ったんだろう?みたいな疑問を口にしている。
僕は月を見上げた、月は僕の知っているものよりずっと明るくそして綺麗だった。
月は海に光の筋を作り、波の動きに反応して揺れている。
僕は光の筋を辿り波打ち際を見ていると、ゆっくりと砂浜を目指している何かを見つけた。
「まなちゃん、あれ見える?」
「海亀?」僕達は驚きを抑えながらお互いの顔を見合わせた。
海亀はゆっくりとした歩みで僕達の近くまで来た。
産卵を始めようとする海亀を僕達は見守ることにした。
まなちゃんは囁くように「立ち会い出産」と言った。
確かにそうだが海亀の手を握ることも声をかけることもできない。
海亀の産卵は神秘的ともいえる光景で時間はどれくらい経っているのか確認することも忘れ、僕達は見届ける。
命を繋ぐため困難を乗り越える母
産卵を終えて海へ帰る海亀はどこか誇らしげに感じられた。
僕達は無言のまましばらく海を見つめ、手を繋いだ。
そしてぽつりとまなちゃんは口を開き
「私達は海亀じゃないから、何をしなきゃいけないか正解は分からないけど、一緒にいれば手を差し伸べることも声を掛けることもできるよね」
僕はなぜか涙が溢れてきて
「まなちゃんが一緒にいてくれたらオレはそれだけでいい」
もっと沢山言葉を繋げて何か伝えようと思うがそれだけしか僕の口から出てこなかった。
波の音も風の音も貝殻に吸い込まれてしまったみたいに何も聞こえなくなり、まなちゃんの温もりだけが僕を包んでいた。
まなちゃんは僕の肩に頭を乗せ、目を閉じた。
「もう寝るとこか?」兄貴から電話があり
「まだだよ、ちょっとチルってるぐらいかな」
「switchもってきてるか?」まなちゃんに確認すると用意がいいことに二台持ってきていた。
「こっちきてチーム組んでやるか?」
「面白そうだね、行くよ」
僕が言うのを隣りで聞いていたまなちゃんは親指を立て
「勝負だね、ゆうまくん」と急な展開にも関わらず、やる気を見せている。
それにしても二人でチームじゃないのかよと思わずにはいられなかったが、それはそれで楽しそうではある。
兄貴と僕はひとまず協力して最後まで生き残りをかけ戦う。
僕達は市街地の激戦区に降り立った。
兄貴は前方でショットガンを持ち、僕が後方からライフルで援護しながら次々に敵を撃ち倒していった。
「狙撃に警戒しながら、先ずはビルの上に行くぞ」兄貴の声だ。
僕は屋上でライフルを構え、スコープで照準を合わせる。
ジグザグに走る敵を2発3発と連射して僕は撃ち殺した。
ビルとビルを飛び移るように跳躍しながら僕達は撃ちまくるが敵もシールドを張り防御するので、なかなか手強い。
それでも僕達の連携は乱れることなく着実に敵の数を減らしていく。
兄貴は地図を広げて「そろそろ美穂達のとこに行くぞ」と言った。
残りの敵のチーム数は6にまで減少している。
ジープを発見し二人で乗り込み移動を開始した。
途中で兄貴はクルマを降り、残り4チームを倒しまた合流する作戦にした。
僕は美穂さんとまなちゃんのチームのいる場所を目指す。
「ヒュン」ロケットランチャーの音が僕を襲う。
夢で起きたことは現実では回避できる、まるで予知夢のような気がしてくる。
ジープを投げ捨てるように降り、ロケットランチャーの脅威から脱出する。
ほっとした隙が命取りになることに気づかず、マシンガンの連射を受け僕は死んだ。
「私の勝ちだね、ゆうまくん」音声はマイク越しに、そして隣りのまなちゃんから直接届いた。
それから、まなちゃんと美穂さんチームの最後の敵となった兄貴は必死の防御も次々に破壊され、美穂さんに最後の一撃を頭にくらい撃ち抜かれた。
画面上では美穂さんとまなちゃんは勝利の舞いを踊っている。
まさに屈辱の瞬間であり、実際の部屋の中では二人はハイタッチをしている。
美穂さんは兄貴と僕に
「もう一回やる?」と聞くが
「やらない」兄貴と僕はキッパリと断った。
まなちゃんは更に追い討ちをかけるように胸を張って
「ゆうまくん、私に勝とうなんて100年早いよ!」と言った。
僕はまなちゃんを捕まえて、窓から放り投げたい衝動を抑え
アメリカ人が大きく手を広げて肩を上げるジェスチャーをすると全員で笑った。
「おはよう!」ホテルのロビーでカレンさんと朝の挨拶を交わした。
僕はタバコを買うためにロビーに来ていて、カレンさんは謙介くんと散歩に出かけるところだった。
すれ違うときにカレンさんからトムフォードのウードウッドの匂いがしていて、その香水は謙介くんがいつも付けているものだと気がついた。
部屋に戻り、外を眺めると雨が降り始めていて海は霧のように霞んで見えた。
まなちゃんは顔まで布団を被り小さくうずくまっているみたいに寝ている。
僕はコーヒーを一口飲みタバコを吸ってから、もう一度布団に横になった。
気がついた頃にはテーブルに目玉焼きとトーストが用意されていて、まなちゃんはおはようと言いながら、僕にキスをした。
僕はまなちゃんを引き寄せそのまま抱き合い裸になり、sexした。
「毎日一緒にいて毎日sexして毎日一緒にくっついて寝てたら、二人とも溶けて1つになっちゃいそう」
まなちゃんはそんなことを言うが、僕は虎が木の周りをグルグル回っていたらバターになっちゃう話しみたいだなと思った。
僕はトーストに目玉焼きを乗せ食べ始めた。
まなちゃんはキャリーケースを何やらゴソゴソと探し始め
「映画見ない?」と僕にきいてきた。
まなちゃんはパジャマとしてヘルファイアクラブのTシャツを着ていたので、タブレットでストレンジャーシングスを観るのかなと思ったがDVDを4枚出して
「どれがいい?」と聞いてきたがキルビル1~3とレディプレイヤー1だったので実際には2択だった。
僕は観たことない映画のレディプレイヤー1を選択した。
それにしてもまなちゃんは用意がいい。
きっとお土産屋さんに行けばエコバックを出すだろうし、もしも無人島に漂着すればキャリーケースからサバイバルナイフを出しそうな気がした。
まなちゃんがドラえもんの4次元ポケットから道具を出す効果音とともに「サバイバルナイフー!」と言う姿を思わず想像した。
まなちゃんはDVDをセットしリモコンの再生ボタンを押す前にまた何か大事な事を思い出したようにキャリーケースをゴソゴソと始めた。
映画を観るときはポップコーンが必須だよね!とか言って即席できるポップコーンでも出しそうな勢いだったが、まなちゃんはIKEAで売っているティラノサウルスを二体背中合わせで首で縛っているぬいぐるみを出した。
そしてなんの説明もなく窓際にぬいぐるみを吊るし始めた。
僕は映画観る前には何か特別な儀式が必要なのかなと思ったが、まなちゃんは携帯を片手に持ち操作するとドラえもんが4次元ポケットから道具を出すときの効果音が流れた。
「てるてるT-REX~」まなちゃんは満面の笑みを浮かべて言い放った。
僕は下らなさとそんなものどうして持ってきたのかという疑問で正に開いた口が塞がらなかった。
「ねぇまなちゃん、いつもその恐竜のぬいぐるみは二体首で縛られてまなちゃんの家に吊るされてるの?」僕は意味のない質問を思わず口した。
「いつもは一体ずつ別々に吊るしてるよ」まなちゃんは僕の質問が悪いのかどうでもいい情報を教えてくれたが、まなちゃんにとっては重要らしく説明が始まった。
まなちゃんにとっては履歴書に家では恐竜のぬいぐるみを二体別々に吊るしていますと書くぐらいらしい。
僕達は天候を回復してくれるというティラノサウルスに期待しながらDVDを観始めた。
午前中の雨は情緒不安定な心模様であったかのように、空は先程までのことをすっかり忘れ、夏の太陽に戻っている。
オレは読みかけのAXのページを閉じ、美穂と皆んなを誘い砂浜に出ることした。
砂浜に出ると真奈美が太陽を指差し、ゆうまに何やら説明しているところだった。
一方カレンも太陽を指差し謙介に何やら抗議していた。
そこに割って入るつもりもなかったが、午後から頼んでおいたツアーコーディネーターにバナナボートやシュノーケリングを案内してもらう事を説明した。
すると一斉に非難の矛先はオレに向けられた。
「そんな予定があったんなら昨日、言ってくれたらいいのに」ゆうまが言い皆んな同意している。
「言うの忘れてた」オレは正直に答える。
俺たちは沖合に移動してからコーディネーターがジェットスキーでバナナボートを引っ張っていく。
久米島のどこまでも青く透き通った海を切り裂くように疾走していく、俺たちは奇声や歓声どちらとも言えるような声を各自が上げていた。
俺たちの夏は一気に加速しているそんな印象を皆んなが感じているはずだ。
次はフィンやマスクを付けて海に潜った。
珊瑚の間を泳ぐ水色や縞々模様の魚達、水族館の水槽でしか見た事のない光景が広がっていた。
目一杯、久米島の海を満喫した俺たちは砂浜に戻りまたのんびりとした時間を過ごした。
オレと美穂を除いた四人はガキの頃に戻ったように水鉄砲で撃ち合っている。
水鉄砲は真奈美が用意していたもので、背中に水のタンクを背負っている皆んなの姿がおかしく美穂とオレはゲラゲラ笑っていた。
ホテルに戻る頃には夕方になっていて、心地のいい疲れが体に残っていた。
テラスにはタンクの付いた水鉄砲が四つ干してある。
まなちゃんがキャリーケースではなくリュックに入れて持ってきた物だ。
「本当、楽しすぎたね」まなちゃんも僕もこんなに疲れる程遊んだのは子供の頃以来の様な気がしていた。
部屋にはウィズカリファのRoll Upが流れていて、まなちゃんは伊藤計劃のハーモニーを読んでいる。
僕は大麻のリキッドを吸い、既にうとうと朦朧とも言える状態になっていく。
マリオカートを僕は運転していてまなちゃんが後ろで叫びながらバナナを投げている。
兄貴が運転しているカートはバナナで滑りクルクルと回転して壁に激突した。
僕とまなちゃんが大笑いしていると兄貴は激怒して猛烈なスピードで追いかけてくる。
僕はアクセルをコントロールしながらカーブに吸い付くように擦り抜けていく。
僕達は一番でチェッカーフラッグを通り抜けた。
表彰台でシャンパンを開け、まなちゃんは僕に祝福のキスをした。
兄貴は一段下の台で悔しがりヘルメットを投げつける。
痛い。
美穂さん兄貴を止めてくれ。
痛い。
目を覚ますとまなちゃんが寝ながら僕のお腹を蹴っていた。
でもその顔は微笑んでいて、満足そうに見えた。
表彰台の一番上に登るより僕はこの顔が笑顔でいてくれたら、幸せなんじゃないかと思えた。
風呂から上がりハイボールを二杯飲むと眠くなってきた。
美穂がマッサージしてあげると言ってくれたので、オレはうつ伏せになり目を閉じた。
ヤバいと思ったときには運転していたオレは壁に激突していた。
怪我はなく無事ではあったが助手席の謙介が車から降り
「誰かにやられたみたいだ、タイヤが何かで滑ったらしい」
タイヤに近づき耳を澄ますとスースーと微かに音が聞こえた。
ベッドの横にひいた一枚の布団で美穂がピッタリとオレにくっついて静かに寝息をたてて寝ていた。
オレは足を挫いたお姫様を抱き上げるようにそっと抱えて、ベッドに美穂を寝かせた。
「おでこにキスして、100年の眠りから目を覚ますから」
美穂は目を瞑ったままそう言った。
オレはおでこにキスをして、それから唇にもキスをした。
「起きてたんだ」目を開けた美穂は
「せっかく隆くんが、お姫様抱っこしてくれるのに目を開けたらもったいないでしょ」と言って微笑んだ。
「王子様はお姫様抱っこした後何するか知ってる?」オレは美穂のパジャマのボタンを外しながらそう言った。
美穂は何も答えずオレに抱きつきキスをした。
そして俺たちは溶け合うように1つになり、興奮と安らぎを繰り返すとまた眠りについた。
二泊三日の旅行から帰宅して一週間が過ぎ、美穂とオレは一緒に住み始めた。
美穂はクラブのアプリや店のホームページを新しく作りかえている。
ホームページやアプリ、インスタグラムをうまくリンクさせることで客も増えキャストの人気も上々だ。
真奈美は薬の売買からは手を引きアプリでラッパーの洋服を売ったり、YouTubeでゲーム実況をしたりしている。
謙介とオレは新たに以前、借金絡みで詰めた今は新宿のホストになっている男からの頼みで、ホストクラブの金を払えなくなった女や薬の売買なども引き受けている。
今やその男は金を返すのに必死なだけじゃなく、今後こちら側の人間としてやっていくつもりのようだ。
ゆうまは真奈美と美穂と協力してYouTuberや動画配信者やインディーズバンドに声を掛け、屋外でのイベントを企画している。
集めることができればスポンサーから資金や場所の提供は簡単にできそうだ。
俺たちは旅行から帰ってきて、結束は強くなり方法や手段は違っても協力している。
「兄貴、ギャルで動画配信してる女の子がなんか他のギャルと揉めてそっちのバックに付いてる奴から脅されてるらしい」ゆうまから電話だ。
「その女は登録者の数多いのか?」
「もちろん」ゆうまの微笑む表情が浮かんで見えるようだ。
「分かった、オレがなんとかする」イベントはうまくいきそうだ、オレは微笑んだ。
夏休みも残り3日になり、なんとか明日イベントを開催できることになった。
美穂さんの会社や他数社がスポンサーになり、snsで拡散したことで、飲食店もこっちが声を掛けなくても集まった。
学校の文化祭の延長ぐらいのつもりが、規模は大きくないがちょっとした夏のフェスぐらいにはなりそうだ。
ゲームブースでは無料で参加できる大会があり、美穂さんとまなちゃんが仕切りをやる。
ちょっとした人気のギャルで動画配信している女の子と僕は参加者とダンス動画を撮る企画を仕切ることにした。
その他にファッションを売りにしているyoutuberの女の子がセレクトした古着の販売やYouTubeで人気が出ているインディーズバンドのLiveもある。
唯一心配しているのは明日の予報が降水確率80%であることだ。
「ゆうまくん、5分後にベランダに出てくれる?」
まなちゃんからの電話だ。
僕はベランダに出て、曇り空を眺めていると、Uber eatsのキャリーバックを少し小さくしたような物が空を飛んでいる。
それは僕に近づくにつれ、ドローンに運ばれているバックだと分かった。
ウチのベランダの中でドローンは浮いたまま停止した。
「バック開けみて!」ドローンに付いた小さなマイクからまなちゃんの声がした。
ドローンにはUFOキャッチャーのクレーンのような物が付いていてそこにバックが引っ掛けてあった。
僕はバックを取り外し中身を開けてみる。
中には砂時計とティラノサウルスのぬいぐるみが入っていた。
「明日は絶対晴れるよ!」まなちゃんは予報というより、確信を持って言い切り
「3分後にはゆうまくんち行くから待ってて」と宣言するみたいに言った。
「この音声が終了すると3秒後にドローンは爆発します」とまなちゃんは続けて言いそうだったがそれきり何も言わなくなった。
僕は砂時計を机に置いてサラサラと落ちていく久米島の砂を見つめた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる