雨の匂い

platinum666

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雨の匂い

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雨の匂いがした。
窓を開けると乾いたアスファルトを濡らす雨の匂い。
夜勤が終わり車を降りるとき降り始めた雨。
家までの緩やかな坂を雨は私とは逆に下ってゆく。
道路は灰色から黒に雨が塗り替えていく。

家のドアを開けると、ウチの匂いがする。
旅行の帰りならそれが帰ってきた証になるみたいに。
音が鳴らないように押さえたまま離さずにドアを閉めた。
電気はつけず、暗闇の中を足音が鳴らないように慎重に一歩一歩確かめるように歩く。
もしも子供達が片付けてない小さなおもちゃを踏んでしまったら大変だから。
もしも、ここが知らない人の家なら泥棒だから。

妻と子供達は小の字で寝ている。
二つ布団に四人で寝るには誰かを動かさないといけない。
妻の足首を持ち、少しだけ引きずる。
私が横になると「小」から「不」の文字になった。

「外、雨降ってた?」寝ぼけたような声で妻が言う。
「降り始めた」
「私の事引きずって移動したでしょ、ベランダで寝ろ」
「寒くて死ぬって」
「じぁ壁にくっついて端っこで寝ろ」
私は移動して壁に背をつけた。
前を見ると5才の息子がママには聞こえない声で
「おやすみ、パパ」と言って微笑んだ。

そんな心暖まることは実際にはなく、妻に従い、ただ冷たい壁に背をつけ、目を瞑ると泥のような眠りについた。

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