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裏切られた勇者は、魔王に拾われる《中編》
しおりを挟む「なんっ……」
「聞こえなかったか? お前が好きだと言ったのだ」
魔王がユーリの口から離れた自分の手を引き抜き、勇者の脚を引き寄せる。
横抱きをする様な形を取って、割と本気の求婚モードになった美丈夫の、吸い込まれる様な真紅の瞳に、ユーリは困惑の色を隠せなかった。
「待て。俺は男だぞ?」
「好きな相手に性別は関係ない」
「待て待て、俺は人間だぞ?」
「何を言っている。私も元人間だ」
「そんな、筈――」
「だろうな、国の上層部が隠しているだろうからな」
俄かには信じ難い事実に、ユーリは魔王の言っている事を頭の中で否定する。
「そんな、そんな訳が無いだろう。何が、目的だ……」
「ふむ。先んず、キスをする事であろうな」
「なっ――」
「口を開け」
魔王が、泣きそうなユーリを強引に引き寄せる。
頰に手を添えられ、体を強く引き寄せられたユーリの口内に遠慮なく魔王の舌が滑り込む。
ひとしきり舌が周り終わると、魔王がユーリの口から舌を引き抜いた。
「ふっ……っっ……」
「やはり、愛の無いキス……というのは、何処か盛り上がりに欠けるな。シュチュエーションが大事なのであろうが」
「……はっ……はぁ?」
未だに状況の理解出来ていないユーリは、ファーストキスを奪われた以前に混乱している。
「押しが足りないのか? もう少し、じっくりとするべきであっただろうか」などと言い始める魔王を、ユーリは慌てて止めにかかった。
「待て! 待て待て! ちょっと待て」
「ふむ。反応は良くなってきたな。そろそろ上着くらい脱がせてもいい頃か」
「何言ってるんだ! ちょっと待てって!」
「ククク……」と笑った魔王が、大事な物でも抱えるかの様にユーリを抱きしめる。
「ずっとこうしたかった」
「何を言って――」
「お前は、いつも、後ちょっとの所で逃げてしまうからな」
「……」
「傷だらけのお前を見た時は、手負いの兎を見つけた様な気分だったぞ」
口の端を吊り上げ、にっと笑った魔王の影のある笑みに、ユーリがぞっ背筋を凍らせる。
ユーリの長い灰色の髪に指を差し込む様に、魔王がそっと人外の手でユーリの頬に触れる。
そのまま勢いに任せて、再び唇を重ねる魔王に、抵抗のしようの無いユーリは「んんっ」と目から一筋の涙を流した。
もう一度、じっくりと深い口付けを交わし始める魔王に急ぎの伝令が入る。
「魔王様、城の南側にワイバーンの番が……ヒッ‼︎ 勇者っ‼︎」
伝令に来た、黒い蝙蝠の羽と細長い尻尾を持った魔族の伝令が、持っていた資料を床に落とす。
サッと扉の裏に隠れる伝令に、魔王が「ククク……」と笑った。
「折角の機会だ。勇者よ、デートしよう」
「デート……」
いまいち現実感が無く、為すすべもないユーリは、魔王に横抱きにされ、ゆっくりと持ち上げられ、外へと連れ出された。
「グルル……」
目の前に居るのは、ユーリが元仲間のテオとエリザ姫の三人でやっと一体倒せるかどうかの下位種のドラゴン、ワイバーンだ。
ワイバーンのすぐ近くで、そっと地面に降ろされたユーリが、思わず魔王の後ろに隠れる。
魔王が、少し驚いた様に笑った。
「案ずるな、勇者よ。魔物というのは心で会話する物だ。此方が警戒しなければ、向こうも警戒などしない」
ユーリを、横に下ろした魔王がワイバーンへと手を伸ばす。
「グルル」と唸ったままのワイバーンは、そのままガブッと魔王の手に噛み付いた。
流石に、ギョッとするユーリ。
魔王が眉を潜める。
「だ、大丈夫なのか⁈」
「問題無い。勇者よ、魔王というのはな――」
魔王が、思い切りワイバーンを蹴り上げる。
「ガンッ」という衝撃音と共に、100キロはありそうなワイバーンの頭が持ち上げられた。
「無駄に、強いのだ」
手をワイバーンの口から引き抜いた魔王が、さっとユーリを横抱きにする。
少し下がって体制を整えたワイバーンが、本格的に威嚇し始めた。
「魔王、まさかこのまま戦う訳じゃ無いだろうな……」
「ふむ。可笑しなことを言うな、勇者よ」
目を三角にして再び噛み付きかかるワイバーンを、魔王がもう一度蹴り上げる。
頭ごとその巨体を持ち上げられたワイバーンが、少し後ろへと下がった。
「折角手に入れた愛しい人を、離す訳が無いだろう?」
ユーリが、思わず頰を赤くする。
勇者は、不覚にも、一瞬だけ格好良いと思ってしまった。
若干腕にかすり傷を作りながらも、終始蹴りのみで戦い続けた魔王は、割と余裕でワイバーンを気絶させた。
ユーリは、乗り物酔いの様に少し酔いながらも、魔王の戦い振りに見入っていた。
ユーリは、実力こそ魔王に及ばないものの、実際に様々なモンスターと戦って来た、歴戦の勇者である。
その実際に戦ってきた者だからこそ分かる、魔王の圧倒的な力、技術、余裕。
勇者は、自分が戦っていた者の強さを改めてひしひしと感じていた。
戦闘が終わったのを見計らって、遠くから冷や冷やと一部始終を見守っていた魔王の従者達が、飛び出して来る。
少しギョッとしたユーリを横抱きにした魔王が、魔物達の方へと振り返った。
「ご、ご無事ですか魔王様っ‼︎」
「大事ない」
「魔王様、ワイバーンは!」
「……殺してない」
「ま、魔王様。そ、その手に抱き抱えているのは……?」
一人の魔物が恐る恐る訪ねる。
魔王が、にこっと笑って答えた。
「可愛いであろう。我が伴侶殿だ」
いつの間に恋人から伴侶に昇格したのだろうと呆気に取られたユーリが、魔王の顔を見る。
魔王は、無駄に良い顔でにこりと笑うと、ユーリの額にキスをした。
「……襲っては来ないのですか?」
「無論だ」
「触っても大丈夫なのですね?」
「問題ない」
魔物の一人が、恐る恐るユーリに手を伸ばす。
ユーリが目を丸くしていると、魔物が、ぽんぽんとユーリの頭を撫でた。
「な、大丈夫であろう?」
「人の子が、襲って来ないなんて……珍しい」
魔物達が目を丸くする。
ユーリは、あまりにも自分達が考えていた常識と違う魔物達の反応に、訳が分からず、混乱した様に魔王と魔物を交互に見た。
クスッと笑った魔王が、説明を始める。
「この辺り一帯は、共存出来る魔物の集落で、人に会う機会も、捕食型の魔物に会う機会も少ない。多少危険付きまとうものの、皆、人と同じ様に暮らしているのだ」
「そんな……事が……」
「多少の危険は付き物だがな」
魔王が、ユーリを抱えたまま、ワイバーンの後ろへ回る。
ワイバーンの後ろには、木の枝や何処かから運ばれて来た衣類で出来た巣があり、卵が三つ巣の中央に転がっていた。
魔王が、「ふむ」と納得する。
「これがあったから、彼奴はあんなに怒っていたのだろうな」
「グルゥ」と、ワイバーンが目を覚ます。
「多少は落ち着いたか。竜の一族に属する者よ」
魔王が、そっと勇者を下ろす。
魔王が、ワイバーンの頬にそっと手を当てた。
「不安なのは分かる。不服なのも分かる。だがその様不安で不服なまま、あの場に居られては、皆が迷惑するのだ」
「グルゥゥゥゥ!」
「何、心配は要らぬ。不安で不服なら、人がより付かぬ安全な場所に、巣を移動させれば良い。我が手伝おう」
ワイバーンが、魔王が話している言語が分かっているかの様に、「クルゥゥ……」と魔王の手に頰を擦り寄せる。
ユーリは、その光景に呆気に取られ、魔王の従者達は、何処かホッとした表情をしていた。
ワイバーンが、チラリとユーリの方を見て、鼻を少し勇者の方に持ち上げる。
「ああ」と笑った魔王が、ワイバーンに言った。
「あれは、我の伴侶だ」
「グルゥ?」
「そう、我の最愛の妻となる人物だ」
にやけた顔で、惚気始める魔王に、このままでは容赦なく周りを固められるなと判断したユーリが、慌てて止めにかかる。
「待て、まだ返事をした訳では――」
「ところで我が伴侶よ」
この続きを話されたら不味いと判断した魔王が、勇者の話を遮る。
間髪入れずに、魔王が最も気になっていた事を聞いた。
「何故、山狗どもの領域に倒れていたりなどしたのだ。いつも慎重で、逃げ足の速い、お前らしくない行動だと思ったのだが」
勇者が、黙る。
声を出そうとする喉から、声が出ない。
「伴侶……殿?」
「グルゥゥ?」
ユーリの目から、涙が流れる。
心配したワイバーンや、魔族達が、心配そうな目で勇者を見た。
「……はっ‼︎ もしや魔王様! 無理矢理攫って来たんじゃ無いでしょうね⁈」
魔物の一人が、はっと慌てた顔をする。
他の魔物達が皆一斉に、あり得る、という顔をした。
「魔王様、前々から強引な方ではあると思っておりましたが……まさか無理矢理‼︎」
「ま、魔王様、何もしてませんよね⁈ 無理矢理連れて来てませんよね⁈」
「うっ……うむ」
あからさまに目線を逸らす魔王に、従者達が怒り始めた。
「魔王様っ! 最っっ低! 何やってるんですか‼︎」
「そうですよ魔王様。それ誘拐ですよ……まさか、無理矢理キスとかしてないでしょうねぇ?」
「う……うむぅぅ……」
思いっきり目を逸らす魔王に、従者達が慌て出す。
「大丈夫⁈」や「もう安心ですからね」等の声を掛けられたユーリは、手を握られ、背中をさすられる。
魔物ってこんなに暖かい生き物なのかと、唖然とするユーリは、何も話す事が出来ないままに、世話焼きな魔物達に連れられて、その場を離れる。
困った様に頭を掻いた魔王が、ワイバーンに言った。
「取り敢えず、巣を運ぶか」
「クルゥ」
ワイバーンだけが、自分の頬を魔王に摺り寄せ、魔王を少しだけフォローした。
「分かってくれるか……」と、少し肩を落とす魔王は、少し溜息を吐くと、巣の移動を開始させた。
一方ユーリは、魔王城の一室、使われた形跡の無い、しかし綺麗に整えられた部屋へと案内されていた。
ユーリが尋ねる。
「ここは……?」
「ここは所謂、後宮? の様な場所です伴侶殿」
すっかり伴侶殿が従者達の間で定着し始めてしまっている。
しかし、ユーリには、それを否定する元気が無い。
ユーリ、が尋ね返す。
「後宮、の様な物……」
「そうです。全く! 魔王様ったらいい年して徹底的に王妃をお決めにならない。私供も、色々な方を王妃にと押して来たのですが、全ての方にトラウマを植え付ける様な徹底的な拒絶振りで」
従者が、整え終わった布団にユーリを座らせる。
ユーリは、それに大人しく従った。
「心に決めた人が居るとかなんとか言って、ただ面倒臭がっているだけではないかと、常々思っていたのですが……」
上から下までじっとユーリを見た従者が、にこりと笑う。
従者が、着替えの寝巻きをユーリに渡し、ユーリの手を握った。
「奔放なところはありますが、お優しい方です。数百年振りの伴侶殿を、我々も歓迎致します」
「数百年振り……」
「あれで気難しい方なのです。良く射止められましたね」
従者達の、優しい笑みに、本当に歓迎されているのだなと、ユーリは実感する。
「お疲れでしょう。何かありましたら、呼び鈴をお使い下さい。従者一同、お力になります」
ユーリが、疲れているのを察したのだろう。
ユーリの手を握っていた従者が、他の者に下がる様に合図を出し、自身もそっとその部屋を出た。
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