俺は婚約者に殺された。

ティル

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始まりの物語

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俺はオスア・アーケン。
公爵家の長男だ。

「オスア!今日はどの依頼を受けるんだ?」

そして俺の横で目を輝かせているのがティル。
本名をティスリア・ガースといい、俺の住むガース王国の第二王女だ。
俺と彼女は今、冒険者の格好をして王都にいる。
依頼を受けに冒険者ギルドに来たところだ。
なぜ第二王女がそんな格好をしてそのようなところにいるのか、と思う方も居るかもしてないが、この国では至って普通のことだ。
この国の王族にはそれぞれ役割があって、国王が外交、王女が執務、第一王女が外交補佐に当たり、第二王女からは街の調査なんかを任せられている。
ちなみに第一王子の場合は騎士団に入ることが義務付けられており、基本的に他国との戦時などに指揮官を務める。
第二王子は王女と同じく街の調査とか……場合によっては第一王子の補佐なんかも務める。
要は、第二継承者からは物凄く自由だ。
王族として国民の前に出ることもないため、容姿も知られていない。
よって、名前さえ変えてしまえば普通に下町で冒険者をしていても問題ないのだ。

「そうだなー。ティルは今どんな気分だ?」

俺はギルドバーで、頼んだビールをグイッとあおりながら尋ねる。
ちなみに俺も公爵家とは言うが階級は所有する金の量で決められているため、貴族が行う仕事はないし、金を使ってしまえば1日で庶民まで成り下がることだってある。
要は、金次第だ。
まあ、俺ら家名をもつ者が仕事をしない分、王族は余計に大変だとは思うんだけど。
つまりは俺もティルも、冒険者をしていても何ら問題はないということだ。

「私か?私は暴れられれば何でもいいぞ」

ちなみにティル、容姿は物凄く―エルフ並みに―いいのに男っぽいという残念な欠点を持っている。

「暴れられれば、ね……」

俺はティルの言葉に苦笑しながら冒険者ギルドカウンターに置かれている依頼書を順番に見ていった。

「竜の伐採依頼があるな。元々AランクだったのがSランクに直されてる。場所は深淵の谷らしい。伐採に向かった冒険者から死者が出たのか……!」

「なんだとっ!?よし、今日はその依頼を受けるぞ!受付嬢、この依頼を頼む」

俺が軽く叫ぶと、ティルがツカツカと寄ってきて俺の手からバッと依頼書を奪い取り、そのまま受付カウンターに依頼書をバンッ!!と勢い良く置いた。
冒険者にはDランクからSランクまであり、俺達はこの国で唯一のSランク冒険者パーティだ。
ちなみにDランクは誰でもなることが出来て、主な依頼は薬草の採取とか街の力仕事とか命の危険がない範囲でのものが多い。
ただし、報酬がとんでもなく低いため、一日一つは依頼を受けないと生きていくのに不便である。
Dランクの依頼をある程度こなし、ゴブリンくらいなら簡単に倒せる実力がつけば、Cランクに昇格できる。
Cランクは怪我を追うリスクはあるものの、命の危険はない、というレベルの依頼が多い。
それこそゴブリンの伐採とか。
Cランクになると3日に一回くらい依頼を受ければ生活はできる。
Bランクはグリフォンの伐採ができる実力があればなることができる。
Cランクとの力の差はあるが、努力すれば誰でもつけることができる実力だ。
ただし、下手をすれば命を落とすような依頼が多い。
このくらいになると半年に一回くらい依頼を受ければ生きていける。
まあ、その分ポーションとかの出費が増えるからそれなりに依頼を受ける必要があるわけだけど。
Aランクくらいになるとドラゴンの伐採ができるくらいの実力がつく。
わかりやすい例えが浮かばないけど、人類最高峰の実力者がなるような感じかな?
で、俺たちSランクは自分で言うのもなんだけど、竜の伐採くらいじゃ生命の危険がない、それこそ神の領域に達すると言われる実力者しかなることができないランクだ。

「はい。依頼を受けられるのはティル様、オスア様ですね。わかりました。依頼報酬は―」

さっき依頼書をおいた音、かなり大きかったんだが、受付嬢からしてみればいつもの事なので、全く動じずに説明を進めていく。
その度胸、下手したら冒険者よりも強いんじゃないかと思うよ、俺は。

「―説明は以上です。非常に危険な依頼ですので、くれぐれもお気をつけて。それでは、行ってらっしゃいませ」

最後はお決まりのセリフと極上の笑顔で送り出された。



深淵の谷は王都から歩いて数刻くらいの場所にある。

俺たちは深淵の谷近くの村人に暖かく迎えられ、その日は疲れを取るためにもそのまま寝ることになった。



真夜中―。
俺は、隣で寝ていたティルがゴソゴソと起き上がる気配で目が覚めた。

「ティル、どこ行くん……」

俺はまだ寝ぼけたまま起き上がり、呼び止めようとして固まった。
固まらざるを得なかった。

「……起きていたのか、オスア」

俺が動けないでいると、ティルが外を見たまま言った。
ティルは透明なベールのようなドレスを身に着け、頭には月の光に照らされ美しく輝く金色の大きな耳がつき、同じように9本の美しい尾も生えていた。

「ティル、お前、異種、だったのか」

俺はそれを見てつぶやく。
異種とは、稀に人間から生まれてくる種族で、本能的に相手を殺す性質を持つことから、見つけたら即刻処分とまで言われている種族だ。
俺はまだ見たことがなかったので、どんなおぞましい姿をしているのかと思っていたが、ティルはものすごく美しいと思う。
だが、美しさの裏に獰猛な何かが居ることが、気配でわかってしまった。

「オスア……すまない、今まで隠していて。私は満月の夜だけこの姿になってしまうんだ」

ティルが外を向いたまま話す。

「満月の夜だけ異種になるってケースは聞いたことがなかったけど、美しいな」

俺は警戒しながらもいつも通りの様子の彼女に安心し、知らぬ間に入れていた力を抜いた。
だが、直後にそれが仇となる。

「……え?」

ティルがそばに置いてあった剣をおもむろに掴み、振り向きざまに俺の腹を突き刺したのだ。

「すまない……!」

朦朧とする意識の中で、泣きそうに小さく叫んだティルの声が聞こえた。



……俺は、誰かに担がれたまま運ばれているのか。
ユサユサと揺れる感覚で、そう見当をつける。
というか、俺まだ生きてるんだな。
そんな呑気なことを考えていると、刺された腹がズキンと鈍く痛んだ。
それと同時に、あの泣きそうなティルの声が頭に浮かぶ。

「ティル!!うっ」

今ので完全に目が覚めた。
叫んだらまた腹が痛んだけど。
ぼんやりと目線を上げると、そこにはぽっかりと暗く、大きい口を開けている深淵の谷があった。
どうやら俺は誰かの肩に担がれたまま深淵の谷の淵に立っているようだ。

「まだ生きていたのか。しぶとい奴め」

俺の耳朶に、どこか楽しんでいるかのようなティルの声が届く。
再び視線を下ろした俺の視界には、ティルの体を伝って流れる俺の血と、赤く染まった地面が映った。
と同時に俺ははっとして体に力を込め、ティルの腕から逃れる。
彼女はさほど力を入れていなかったらしく、俺はどさりと地面に落ちた。

「くっ」

腹が痛み、思わずうめき声が漏れたが構っていられない。
俺の本能がティルから離れろ、と警告を鳴らしている。
俺は本能に従い、反射的に飛び起きると、タッと地面を蹴って後ろに飛んだ。

パンッ!!

直後、俺が転がっていた地面が抉れる。
ティルの周りに小さな石が無数に浮いていた。

「ストーンバレット……」

「正解。よくわかったな」

ティルがパチパチと手を叩く。
俺は警戒しながら彼女を見る。
今のティルはティルであってティルではない。
元々戦闘が好きな彼女は心底楽しそうな笑顔を浮かべているが、今の俺にはそれが獰猛な肉食獣が獲物を見つけたときの笑みにしか見えなかった。

「どういうつもりだ?」

「どういうつもり?おかしなことを聞くのだな。お前を殺すんだよ。わかっているくせに」

ティルは話しながらもどんどん石の弾を撃ってくる。
俺は痛む腹を庇いながら素早く後退した。
あれに当たれば確実に殺られるが、一歩間違えれば深淵の谷に真っ逆さまだ。

「わかっているのとわかりたくないのは違うんだよ!」

俺はすっかり様子が変わってしまったティルに叫びながら考える。
今の体の感じから、このまま戦い続ければ俺は間違いなく失血死するだろう。
だが俺は接近戦を得意とする剣士タイプ。
遠距離戦が得意な魔術師型のティルとは相性がとてつもなく悪い。
しかも今は得物である剣がない。
防具もつけていないため、防御力も皆無だ。
味方だと心強いのに、敵だと厄介な相手になるとは……。
そこまで考えたとき、俺の中にある考えが浮かんだ。

「なぁ!一方的に殺すんじゃなくて、一対一で勝負するってのはどうだ?」

俺はティルが食いつくであろう言葉を叫ぶ。
姿が変わり、凶暴な面が顔をのぞかせているのだとしても、戦闘狂であるその本質は変わらないはずだ。
実際、ティルは一旦攻撃を止め、俺の話を聞く姿勢になる。

「相手を昏倒させたら勝ち。お前が勝ったら俺を殺してもいい。その代わり、俺が勝ったら俺のことは見逃してくれ」

ティルは少し考えるような仕草をしたあと、ふむ、と言っておもむろに手を俺の方に向ける。
俺の前に石の剣が出現した。

「良いだろう。私の気が変わらぬうちに、私を倒してみせよ」

俺は剣の柄をグッと握る。

一瞬目を離したすきにティルが谷の方を見てニヤリとしたのを俺は見なかった。

「行くぞ!」

一言掛け声をかけると、俺は一瞬でティルとの距離を詰める。
再び腹がズキリと傷んだが、意図的に無視した。
この程度のスピードについてこれないティルじゃない。
俺はティルが展開した結界に弾き飛ばされた。
俺を追うように撃たれたファイアボールを剣で切り裂き、背後にあった岩を蹴って再び接近を試みる。
途中、防ぎきれなかったアイスアローに右足を抉られるが、それでもスピードは緩めない。
雨のように魔術が降り注ぐ中、ようやくティルの元へと辿り着いた俺は、ティルが結界を展開する直前、左にずれて彼女の背後に回り込んだ。
だが、剣が彼女に届くか否かというところで、俺は防御に回らざるをえなくなる。
振り向きざまにティルが非常に素早い蹴りを繰り出したのだ。

「なっ!?体術が使えるなんて聞いてねぇぞ!!」

「私に進路を読ませないその技術は認めるが、何も魔術しか使えないわけではないのだぞ?」

ティルがアイスアローを放ちながら答える。
俺はアイスアローをさばくのに必死で谷の方に飛ばされたと気づくのが遅れた。

ゴグオァァァァァァァ!!

耳をつんざくような咆哮と共に、俺の体を物凄い衝撃が襲う。
竜が現れ、俺を咥えたのだと理解するのに数秒を要した。

「あぁぁぁぁ!!」

体中の骨を一斉に噛み砕かれ、言葉にできないほどの激痛が体を襲う。
口から飛び出た悲鳴が自分のものだと認識する前に、俺の意識は途絶えた。

「来たか」

ティルは口の端から人間の手足をだらりとぶら下げ、真っ赤に染まった牙を剥く青い竜と対峙し、黄金の瞳を細めて獰猛な笑みを浮かべた。
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