悪役令嬢になりたくないので婚約を阻止しようとしましたが、いつのまにか王子様に溺愛されています。

えるる

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第一章 <婚約阻止>

第1話 <婚約と訪問という名の襲撃>

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 春の風が心地よくフリルまみれのカーテンを揺らす部屋で、ローズ・ネーションは侍女であるリリーが用意したお気に入りのチーズクッキーを頬張っていた。

 こんな時間が、私は一番好きなのだ。
 自分が将来処刑される悪役令嬢ということだって、今はなんとでもなる、そんな気すらしてくる。

「ローズ様、ご機嫌ですね。何かあったのですか?」

 なんとなく機嫌良さげなリリーに、ローズは真顔で返す。

「そうかしら?」

 たしかに、今は機嫌が良かったが理由を説明できないので適当に誤魔化しておく。

 ――けれど、春の天気が変わりやすいのと同じで、ローズの気分も突然変わることになる。

 その時、コンコンと扉を叩く音が聞こえてくる。

「誰ですの?」
「お父様だよ。ローズ、お話があるからこっちにおいで。」

 扉を開けた上機嫌なローズの父、アスターに呼ばれた途端、ローズは何故か嫌な予感がしてきた。
 ……そう、今、ローズは15歳の誕生日を間近に控えている。学園への入学は16歳で、それより前に攻略対象の誰かとの婚約が行われるはずである。
 つまり、あと1年以内に婚約するはずだ。
 その予感が外れていますようにと祈りながら執務室へ続く廊下を歩く間も、ずっとニコニコと上機嫌なアスターに、ローズの気持ちとは裏腹にその予感はひしひしと積もっていくのだった。

「アシュガ殿下がローズと婚約したいそうだよ、良かったねローズ。」

 アスターの執務室に入るや否や、まるで子供が待っていた誕生日プレゼントの箱を開ける時の父親のような表情をしながら放たれたその言葉は、ローズが一番聞きたくなかった言葉。

 あぁ、きてしまったか。
 しかもやっぱりアシュガ様ルートかぁぁぁぁ!!
 うん……昔からやたらとアシュガ様に執着していた記憶があったから、そうかなぁとは思ってたけれど……。
 できれば違うルートがよかった。悪役令嬢が処刑されるのは、アシュガ様ルートだけなのだ。その他のルートは国外追放なのに……。
 とにかく、婚約は阻止しなければ。

「わ、私はアシュガ殿下と婚約などしたくありませんわ!」
「……え?」

 プイッと横を向いて言ったローズの言葉に、アスターは珍しく、酷く間抜けな顔をしている。

 そんな表情じゃ折角のかっこいい大人の顔が台無しですわよ、お父様。

「で、でもローズ、ずっとあの王子様と結婚したいと……」
「今は嫌なのです!お断りして下さいませ!」

 するとお父様は困った顔をする。
 ……ごめんなさい、お父様。わがまま娘になってでもこの婚約をするわけにはいかないのです。

「しかし……ローズ、お願いだから一度会ってみてはくれないかな?」

 お父様は、ローズの言うことなら大抵なんでも叶えてくれていた。
 つまり、そのお父様にこう言われてしまってはどうしようもない。
 さて、どうしよう?
 会うだけ会って婚約はお断りすればいいのか?うん。そっちのほうが簡単だ。……あと、憧れのアシュガ様に会うという魅力的すぎる言葉には、抗えない。

「……わかりました。会ってみますわ。けれど婚約はお断りですわ!」

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 そうして、殿下がやってくることになりました。

 その日のローズは朝から大忙しだった。
 殿下にできるだけ好印象を抱いて貰えるようにと、目をギラギラさせた侍女達にローズは朝早くに叩き起こされ、髪を結い上げられ、コルセットで締め上げられ、ドレスを着せられ、化粧をする。

 好印象など抱いてほしくない私にとっては重労働以外の何ものでもない。
 もちろんクッキーを食べる暇などありません!

「はぁー……」

 会いたいのは間違いないが、王族を相手に婚約を断るのは気が重い。

「ローズ様、殿下の前でため息などつかないで下さいね」
「わかってるわよ……」

 ローズが全く集中できていないまま小説を読んでいると、約束の時間が迫ってきた。

「そろそろかしら?」

 リリーに尋ねたちょうどその時、微かな馬車の音が聞こえてくる。

「そのようですね。お出迎えへ向かいましょう」

 そう言われ、ローズはもう一度ため息をついてから歩きだした。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

「ようこそ、こんな所まで――」

 と、お父様の長ったらしい挨拶――終わりかけの時にはアシュガ様は目が死んでいた――が終わると、アシュガ様は一瞬私の方を向いた。
 それにしても、アシュガ様だ……!!憧れのアシュガ様が、こんなに近くに……!
 などと興奮して、アシュガ様の目がハッと開かれたのには気付かなかった。

「ネーション公爵、私はローズ嬢と二人で話したい。庭に案内してはくれないか?ローズ嬢。」

 ……なんですって?

「ええ。もちろんです。ローズ、殿下を庭へご案内しなさい。」

 ネーション公爵家の庭はちょっとばかり有名である。たしか、背景がここのスチルもあったような気がする。

「わかりました。殿下、ご案内いたしますわ。」

 ……スチルの背景になるような場所にアシュガ様と二人きりとか、最も避けたい。
 表情筋を無理矢理動かして令嬢スマイルを作ったローズを見て、アシュガは困ったように笑った。

「ローズ嬢、そんなに硬くならなくても」
「えっ……そ、そんなことはありませんわ。」

 硬くなりそうな表情を見せまいとするように、ローズは前を向いて庭に歩き出した。

 ネーション家の庭には、周りをバラで囲まれた、少しだけ周りからは見えにくいスペースにベンチと小さなテーブルがある。
 そこは、ローズが庭師に頼んで造らせた秘密の庭だ。

「ローズ嬢、こちらは私の護衛であるリコラスだ。私の護衛は、大抵リコラスただ一人だが、彼はとても腕が立つ。信頼に値する男だ。」
「まぁ、そうなのですね。」

 うん、まぁ知ってたけど。と思いながら当たり障りのない相槌を打つ。
 彼はたしかアシュガルートで何度か出てきていたはずだ。

「リコラス、少し下がっていてくれ。」
「承知しました。」

 そうして唯一の護衛であるリコラスを払い、秘密の庭にはローズとアシュガの二人きりになった。
 そこで改めてアシュガを見たローズ。深い青色の髪、アメシストのようなきらきらした瞳は少し鋭くて……とにかく恐ろしい程に整った顔だ。

 背景のバラと相まってますます綺麗ね……。

 ローズが見惚れていると、アシュガは口を開いた。

「君は、私の妃になってくれるのか?」

 さっきまでのキリッとした、冷たさすら感じる雰囲気はどこにいったのか、やわやわとした今にも蕩けそうな雰囲気を纏うアシュガ様。
 その甘い雰囲気に、はい!もちろんですとも!!と答えたいのを無理矢理押しとどめる。

「いえ、あの……」

 やんわりと否定の言葉を口にしようとするも、アシュガはそれを遮った。

「いや、私の妃になってくれ。」

 だめだ、これ以上聞くと頷いてしまう……!
 推しの顔と声で結婚を迫るな!!と声を大にして叫びたい。

「あのっ!殿下、婚約の件なのですが、少し考えていただけませんか?」

 するとアシュガはきょとんとして、おもむろに紅茶のカップに手をのばす。

「……君は、私の妃になりたくないのかな?」
「そ、それは……」

 言い淀んでいると、アシュガ様は突然話題を変えた。

「私のことは〝アシュガ〟と呼んでほしい。私も君のこと〝ローズ〟と呼んでいいかい?」
「も、もちろんですわ!アシュガ様。」
「ありがとう、ローズ。」

 アシュガ様が目をすっと細めて笑った時、私は気付いてしまった。アシュガ様が婚約の話をさりげなく誤魔化したことに。

「あ、でん……アシュガ様、それで、だから婚約は」
「リコラス!話は終わったぞ!」


 あ、これは確信犯ですわね。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

「では。またお会いしましょう。」

 玄関ホールで、アシュガはまた王子モード(命名:ローズ)に戻ると挨拶をした。

「えぇ、今日は本当にありがとうございました。またお越し下さいませ。」

 嘘ですわ。二度とお越し下さらなくて結構です。という本音は心に仕舞い込んで、引き攣った笑顔で殿下を見送った。
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