悪役令嬢になりたくないので婚約を阻止しようとしましたが、いつのまにか王子様に溺愛されています。

えるる

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第一章 <婚約阻止>

第9話 <覚悟を決めて>

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 デビュタントの少し前、私の家には大量の荷物が届いた。

「え、これは……ドレス?」
「それ以外何があるんですか」

 エンパイアラインの、深い青から紫へグラデーションになっている美しいドレス、アメシストとラピスラズリで飾られたアクセサリー、その他小物……そして、凜とした美しいカトレアの髪飾り。
 全てがローズを美しく魅せるためのものだ。

 ……色は全て青と紫で統一されているのが気になるけれど。

「……アシュガ様ね。それで、デザイン画を見せずに帰ったわけね……」

 ようやく謎が解けた。

「まぁいいじゃないですか。アシュガ殿下の独占欲が丸出しですけど」
「そこが問題なのよ……。」
「……いいんじゃないですか、まぁ」
「良くないけどとにかくクッキーを持ってきてちょうだい。あるなら抹茶のクッキーをお願いするわ」
「わかりました」

 そして、リリーが出て行った。
 改めてドレスと小物達を見ると、やはりわくわくするものがある。
 スタイルが良いローズには、エンパイアラインのドレスは良く似合うだろう。前世なら考えられなかったが。
 青と紫は、緑の目と金の髪に似合うのかは不明だが……可愛らしいというより美しいという表現が似合うローズには、深い色のほうが合っているのかもしれない。
 とにかく、不覚にも着るのが楽しみになってしまうようなドレスだ。

「……明日は、頑張ろう。」

 そう呟いて、運ばれてくるクッキーに思いを馳せた。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 デビュタント当日、目ギラギラ侍女軍団にいつも通り揉みくちゃにされ、全身磨き上げられ、コルセットを締め上げられ、髪を結い上げられ……と、とにかく地獄のような用意(むしろ拷問と呼ぶ方が相応しいんじゃないかと思う)を終え、気付いたらアシュガ様が迎えにくる時間は間近だった。
 王宮に行くんだから迎えになんて来なくていいのでは?と思ったが、護衛も兼ねて迎えに来たいそうだ。

「りりぃ……拷問がいつもの5割増しくらいな気がするわ……」
「拷問ではありません、用意です」
「……どこが……」

 心なしかげっそりとしたローズに、リリーは言う。

「ローズ様、もっと笑顔を。レディは笑顔が一番大切だとダンスの先生も言っていましたよ」
「無理よ……。」

 誰がこの状況で笑顔になれようか。
 これから、もちろん前世を含め初の夜会だ。ただでさえ緊張していると言うのに、コルセットは苦しいし、しかもイベントのことも心配だというのに。

「公爵令嬢が笑顔を浮かべられないでどうするんですか」
「……それもそうよね、頑張るわ。」

 その時、ガタゴトと馬車の音が聞こえてきた。

「さぁ、行きますよ」
「えぇ」

「では行って参りますわ。」

 お父様とお母様にそう告げると、

「あぁ、私のローズ!変な男に引っ掛からないように気を付けるんだよ!私も行きたかった……」
「いってらっしゃい、ローズ。堂々と殿下に任せていれば大丈夫よ。頑張ってね!」

 お母様はウインク付きだ。
 やだ、お母様イケメン。そっちの気がない私でも惚れちゃうわ。

 そうして、アシュガ様のもとへ向かっていった。

 夜にアシュガ様を見るのは初めてだなぁ。いつも、青空をバックに見ているアシュガ様だが、満天の星空をバックにする方がなんだかしっくりくる。
 ……というか、格好良すぎる。

「ローズ……」

 そう呼んだアシュガ様だが、何故かそのまま固まっている。

「アシュガ様?」

 なにか粗相をしたのかと少し不安になってアシュガ様の名前を呼ぶと、漸く動き出した。

「ローズ……とても、綺麗だ。私の色を纏ったローズ……永遠に閉じ込めておきたい……他のどんな目にも触れさせずに、ずっ」
「何言ってんだはやく行くぞ」
「……リコラス、言われなくてももう行くよ。」

 相変わらずだなぁ、あの二人は……。
 なにはともあれ、危ない妄想の世界から返ってきたようで何よりです。

 それにしても、アシュガ様も緊張しているのだろうか?いつもとほんの少しだけだが、何かが違う気がする。
 アシュガ様は幼い頃から社交をしているだろうに。

「はい、よろしくお願いいたしますわ」

 そう言いながら、カーテシーを披露する。

「なんか久しぶりだな、ローズのその口調は」

 くつくつと笑いながら言うアシュガ様。

「ふふっ、私だって公爵令嬢ですもの。」
「そうですね、ローズ嬢。……私にお任せ下さい。」
「アシュガ様のその口調もすごく違和感が……」
「あはっ、そうだね。ま、緊張しないで私に任せて。」

 そう言うと、先に馬車に乗ったアシュガ様は手を差し伸べてきた。
 その手に自分の手を重ねると、自然と微笑みが零れた。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

「ネーション公爵令嬢とアシュガ殿下ですね、どうぞお入り下さい。」

 扉の前に立っていた使用人が深々と頭を下げ、広間への扉が開けられる。
 その向こうに広がっていた光景は、一見煌びやかで、しかし貴族達のドロドロとした思惑や駆け引きに満ち溢れていた。
 扇で口元を隠し笑う、様々な色のドレスを纏う夫人達や、真ん中で音楽に合わせて優雅に踊る者達。グラスを上品に傾けながら、笑顔の仮面を付けて語らう貴族達。

「ローズ、国王に挨拶に行こうか。」

 デビュタントの若者達は、国王と王妃に挨拶に行く決まりとなっている。
 アシュガ様にエスコートされながら、国王陛下の下へ歩いて行った。
 さすがに疲れるのか、アシュガ様によく似た国王陛下の目は死んでいる。

「ローズ・カーラ・ネーションでございます。」

 最大の敬意を払うことを示す、最上級の礼をする。

「まぁ、あなたがあのマリーの娘なのね」

 マリーというのは、母の名前だ。
 たしか、王妃とは昔からの友達だときいたことがある気がする。

「はい、そうでございます。」
「息子をよろしく頼むわね。」

 他の誰にも聞こえない声でそう言われ、返事に困っていた所にアシュガ様が助け船を出してくれた。

「母上、何を言ったのか存じ上げませんがローズが困っています、そろそろ下がらせていただきます」
「えぇ、もうちょっと……」
「母上。」
「……わかったわよ。下がりなさい。」
「あ、あぁ、下がれ。」

 目が死んでいた国王陛下がやっと復活し、初めて言葉を発した。
 お疲れさまです、国王陛下……。

 挨拶が終わってホッとして、そういえばヒロインはどうなっているのかな……と考えた時、アシュガ様が跪いて、私の手を取って言った。

「麗しきお嬢様?私と一曲踊っていただけますか?」

 悪戯っぽい光が浮かぶ目で、わざと口調を変えてダンスに誘うアシュガ様。

 ――無理、かっこいい。

 ヒロインのことなど一瞬で吹き飛んだ。
 興奮しまくる心を無理矢理抑えつけて、私は澄まして応える。

「えぇ、もちろんですわ」

 アシュガ様にホールの真ん中まで連れていかれた時、タイミング良く音楽が始まった。
 アシュガ様のリードは本当に踊りやすい。身を任せていれば勝手に足が動いてくれるレベルだ。

「ローズ、本当に可愛い。今日は一段と綺麗だね」
「あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、私の色を纏うローズなんて、本当に、本当に可愛い。」
「恥ずかしいです、やめて下さい」

 ダンス中だと言うのに……!
 顔が熱い。もはやお馴染みとなった心臓の速さ。アシュガ様と居るといつもこうだ。

 そんな事を考えている間に曲は終わる。
 終わった途端、様々な思惑を含む目線の数々にローズが気付く前に、アシュガはローズの腕を引いて会場から抜け出した。

「え?アシュガ様……?」
「いいから、出よう」
「は、はい」

 そして連れられてきたのは、庭園だった。

「わぁ……」

 満天の星空、明るい月、そしてそれらに照らされている華やかな花。
 すごく幻想的な風景だった。

「どう?気に入った?」
「はい、とて……」

「あっ、王子様ぁっ……会場がわかんなくなっちゃいました……助けて下さいっ」

 ……その綺麗な風景を台無しにする、甘ったるい声。
 夜空に良く映える銀髪、キラキラと光るオパール・アイ。
 ピンク色のプリンセスラインのドレスを纏う可愛らしい女の子が、アシュガに声をかけた。

 ――あぁ、起こって、しまった。

 やはり、この世界はゲームの世界で、アシュガ様はヒロインを選ぶのだろうか。
 そう思うとすぐにこの場から消え去りたくなる。

「君は……」

 ゲーム通りのセリフ。
 それを聞いた途端、ついに耐えられなくなって、ローズは行く先も考えずに走り出した。

「ローズっ!?」

 ヒロインに腕を絡め取られているアシュガの事を見ることもせずに、ローズはそのまま遠くへ走って行く。

「っすまない、会場ならすぐそこに使用人がいるはずだから彼らに案内してもらってくれ」

 そう言うや否や、アシュガは腕をやんわりと解き、ローズが消えた方向へと駆け出した。

「えっ……なんで、また展開と違う……。悪役令嬢の癖に、なんでヒロインを差し置いてアシュガ様が気に掛けてるのよっ!ほんと考えらんないっ」

 忌々しげなその言葉は、誰の耳にも入ることはなかった。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 ここがどこかもわからない。
 庭園の中であることは確かだが、会場からはかなり離れているだろう。

 馴れない靴で一心不乱に走って、足が酷く痛む。もう一歩も歩けない。

「はぁ……」

 エスコート相手、それも王族をほったらかして走ってくるなんて、と自嘲する。
 周りを見ると、さっきいた所よりも華やかさは劣るが、ここには小さくて可愛い花がたくさん咲いている。
 痛む足に鞭打って近くにあったベンチに座り、それらをしばらく眺めていると、誰かの声が聞こえてきた。

「ローズ?そこにいるのか!?」

 アシュガ様だ。
 さくり、と足音がして、こちらに向かってくる。

「あぁ、ローズ。よかった、心配したんだ……誰かに襲われでもしていたらと……」

 安堵が滲むその声に、罪悪感がひたひたと押し寄せてくる。

「ごめんなさい……」

 俯いて、ポツリと言う。
 次の瞬間、私はアシュガ様に抱きしめられていた。

「ローズ」

 耳からじわじわと全身を侵蝕するような低く甘い声。背中に回された腕から伝わる体温。その全てに酔ってしまいそうだ。
 その温もりに縋りたくて、自分の腕をアシュガ様の背中に回す。

「私と、婚約してほしい。」

 真剣な、声だった。

「永遠にローズだけを愛すると、誓う。」
「私っ……私はっ……」

 心の中で、もう一人の自分が言う。

 ――もう、いいじゃない。

 無理よ。

 ――アシュガ様を信じて。

 でも、ヒロインが居る。
  
 ――逃げてるだけじゃないの?真っ向から立ち向かいなさい。

 ……私は、逃げてたの?

 ――本当に愛してるなら、運命にだって抗えるはずでしょ?

 ……確かに、そうね、だってここは……

 『乙女ゲームの世界なんだもの。』

「アシュガ様、私……私と、けっ」
「え、まってローズそれは男に言わせてよ」
「……。」

 雰囲気が。

「……俺と、結婚してくれるかい?」
「はい。愛しています、アシュガ様。」

 その瞬間、アシュガ様が本当に蕩けてしまうんじゃないかという程の笑みを浮かべた。
 だめ……!これは致死量の色気よ……!

「ローズ、私の未来の妃」
「むぐっ、痛い、痛いですアシュガ様」

 ぎゅーっと抱き締める力を強めてきて、もはやこれは抱き締められているというより絞められているんじゃないかと思った。

「あっ、ごめんね。嬉しくて。」
「アシュガ様、とにかくもう帰らないと」
「……まだ帰したくないな」
「だめですよ。」

 非常に不服そうな表情をするアシュガ様。

「……まぁ、これからいつでも会えるようになるからいいか……。ネーション公爵にはこちらからも報告しておくよ。ローズの家にも挨拶に行かないと。ローズも、私の婚約者としてまた城にきてね?」
「そう、ですね」

 その日に、私はコルセットに締め上げられて窒息死していないといいな……と遠い目をして思った。

 歩けないということで、何故かアシュガ様に横抱き……つまりお姫様抱っこ状態で馬車まで運ばれ、リコラスにニマニマと笑いながら『おめでとうございます』と言われて羞恥に悶えつつ、邸まで責任持って送る、と馬車の中で散々キスの雨を降らされ……気が付くと、秘密の庭のベンチに降ろされていた。
 いつの間にかアシュガ様が魔法でランプに灯をともしている。
  
「……ローズ」

 甘い声で囁かれて、アシュガ様を見た。
 夜空に溶け込んでしまいそうな程の深い青髪を持つ、その綺麗な顔。
 それが段々と近付いてきて、アシュガ様は私に唇を重ねた。

「ローズを、ローズだけを愛しているし、これからも愛すると誓うよ。」
「はい、アシュガ様。私も愛しています。」

 甘い甘い時間。ずっと浸っていたいけれど、本当の戦いはこれからなのだと、ローズは静かに心の中で呟いた。
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