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第11話

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 そして笑顔のまま塚谷君は助手席に座ったが、塚谷君の何気ない言葉は僕にいつも自信をつけてくれる。塚谷君は決してそんなつもりはないのだろうけど、一種の才能と言っていいと思う。
 塚谷君に出会うまでは、自分に迷いがあったり俳優として生きていくのに不安が大きかったけど、それを境に自信が出てきたというかそんな事すら考えないようになってしまった。するとそこからは俳優の仕事が瞬く間に増えていったし、陰になり日向になり塚谷君の存在がどれだけ大きかったのかと思うと、僕にとってのターニングポイントになったのは事実だ。人目を気にしたり口下手な自分を嘆き悲しんだりしたこともあったけど、それもいつしか忘れてしまったようだ。だからそれで自分をアピールするために無理して何か話さないととか思わなくなっていたし、他人の評価も気にならなくなっていたかもしれない。塚谷君と二人だけの時はほぼ塚谷君が話していたので、そもそも僕が口を挟める状況ではなかったし、塚谷君を見ているだけで楽しくて嫌な事があったとしてもすぐに忘れていたとも言えるが。
 なので今日も塚谷君に元気をもらいながらテレビ局に着くと、予想外というか誤算だったのは、健二さんだけが出演するシーンの撮影が始まっていた事だ。僕の勘違いかもしれないけど、そのシーンは僕と健二さんと小野リカさんの3人のシーンが終わってから撮ると思っていたのに。だからって、楽屋でおとなしく待っているのは落ち着かないので、少しだけでも健二さんと話すチャンスはないかと見学を兼ねて塚谷君を連れてスタジオに入っていった。
「ああっ、あの人ですよ。昨日、私の邪魔をして健二さんに近づけないようにしたのは」と塚谷君が発するとほぼ同時に、健二さんの付き人かマネージャーらしき人も、僕というか塚谷君に気づいたようだ。音もたてず足早に近づいてくると、申し訳なさそうな顔になって塚谷君と僕を交互に見ながら、
「昨日は本当に失礼しました。もしや、山田さんのお知り合いの方だったんですか?」
 塚谷君が何か話そうとするのを、僕が遮り、
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。僕のマネージャーの塚谷が大変ご迷惑をかけました。あれは焦った僕が何も考えずに無理なお願いをして、すべて僕のためにと思ってしたことなんです。塚谷は本当は優しくて思いやりがあるんですけど、一途でもあるので困った僕のために少し冷静さを欠いてしまったんです。悪いのは100パーセント僕なので、どうか塚谷を許してやってもらえませんか?」
「そんな、許すも何も。言ってくだされば良かったんですけど、知らなかったとはいえ数々の失礼をお詫びいたします。なんとなく見たことがあったような気はしたのですが、はっきりしなかったので、てっきり小林のストーカーか何かかと勘違いしてしまいました」
 ここで塚谷君が強引に割って入り、
「ストーカー? ひどい。私はそもそも小林健二さんなんて全く知らなかったです。ひろしさん以外の俳優さんに全く興味ないんだから」
「しーっ、塚谷君、声が大きいよ。誤解は解けたんだし、後で昼ごはんをご馳走するから機嫌を直してよ」
 怒った塚谷君を初めて見たかもしれない。これはこれで新鮮で良かったし、あっさり笑顔になってくれたので安心した。たぶん、今の塚谷君の頭の中は、昼に何を食べるかいろいろな食べ物が湧き上がっているのだろう。そんな塚谷君のためにもNGはおろか監督の納得のいく芝居をして、ゆっくり昼ごはんを食べられる時間を作ろうと思った。そのためには、どうしても健二さんに口止めをしておきたいので、
「すいません、それと失礼をもう一つなんですけど、今は健二さんと少し話すことってできませんか?」
「もう少ししたら10分ほど時間ができるので、ここで待っていていただけると可能かと思いますよ」
「待ちます待ちます。良かった。でも、このシーンは今日の夜に撮るんじゃなかったんですか?」
「そうなんですよ。その予定だったんですけど、昨日急に小林自ら午前中に回したいって言うから、スタッフさんたちに相談したんです。すると、皆さんも早く終わる方が嬉しいみたいで、二つ返事で了承してくれましたよ」
「そうだったんですか。健二さん自ら……」
 なんとなくだけど僕と関係があるような気がしたので、それ以上は深く聞かないで、せっかくの機会なので久しぶりに健二さんの芝居を見学させてもらうことにした。一緒に演じている時とは違って、こうやって客観的に見る健二さんは言葉では言い表せられない迫力があるし、ものすごく勉強になる。ベタな言い方をすれば、まさしく男が惚れる男だ。そんな健二さんと同じ時代に生きているだけでも幸せなのに、一緒に芝居をできるなんて、きっと僕は前世で良い事をこれでもかと言わんばかりにしたのだろう。
 と悦に入っていると、監督の「カット」という声が僕を正気に戻した。見学中でも、やはり監督の声は僕の心に染みるのだろう。それで僕から健二さんの方へ行こうとしたが、僕に気づいた健二さんが軽快な足取りで僕の方へやって来た。 
「ひろし、おはよう。わざわざ俺の芝居を見に来てくれたのか?」
「おはようございます。それもありますけど、ちょっとお願いがありまして……」
「ああ、お前のことだから、あの事だな。俺は、ひろしが困るような事はしない。だから安心してくれていいけど、今日の撮影が終わったら晩ごはんに付き合ってくれないか?」
「はい、喜んで。これでさらに集中して今日の撮影に臨めますよ」
「ははっ、現金な奴だな。いつも誘っても断るくせに。俺の誘いを簡単に断るのは、ひろしくらい……いや、リカなんて一度も来てくれたことがなかったかな」
「え? あの……小野リカさんも誘ってるんですか?」
「いやいや、今日はひろしだけだよ。その方がいいだろ?」
「はい。あっ、僕のマネージャーの塚谷もご一緒させてもらってもいいですか?」
「もちろん。ということは、そちらのかわいいマネージャーも事情を知ってるんだな?」
「はい。塚谷君のおかげで僕はやりたい事を自由にできるし、塚谷君のいない人生なんて考えられないくらいです」
「そっか。まあそのへんのところは、ごはんでも食べながら話そう。もう少し俺だけのシーンがあるから、もう行くぞ。あっ、共演シーンはいつも通りの素晴らしい芝居を頼むぞ」と言うが早いか、健二さんはセットに向かってしまった。なので僕は健二さんの背中に向かって心からのお礼を言うのが精一杯だった。これで不安は無くなったようなものなので、健二さんの期待に応えるべく素晴らしい芝居をする自信が芽生えている。
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