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第28話

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 警察と悪徳政治家軍団が血で血を洗う小競り合いを続けているすぐ横を、他に通れる所がないので下手にコソコソせずに、明智君、阿部君、トラゾウ、私の順で堂々と大きな門から出ようとすると、私の目が思わぬ人を捉えた。それは警察官時代に唯一私に優しく対等に接してくれた、今の肩書きは知らないので当時の肩書きで呼ばせてもらうと、キャリアの警部補だ。今はもっと出世しているのは目に見えているが、便宜上ここからはキャリアの警部補と呼んでも差し支えないだろう。そしてそのキャリアの警部補が悪徳政治家とその息子とSP二人を相手に大立ち回りをしているじゃないか。
 こんな時間なのでそんなにたくさんの警察官を動員できなかったのだろう。キャリアの警部補が1対4の不利な戦いで、大事な裏帳簿を取られないためもあるのか防戦一方なのに、他の警察官は自分の事がいっぱいいっぱいでとてもじゃないがキャリアの警部補の応援どころではないようだ。このままだとキャリアの警部補は負けて、せっかく手に入れた裏帳簿を取られるのも時間の問題だろう。私は考えるよりも早く、キャリアの警部補の応援に回っていた。
「このコソドロ、邪魔だてするのか! 情けをかけてやったのを忘れたのか?」
「お前が、いつ私に情けをかけたんだ? 銃で殺そうとしたくせに。それに、私はコソドロではなく、れっきとした怪盗だ」
「あれ? どこかで聞いたことのある声だ。それに気持ち悪く顔が塗られているけど、僕の知ってる人と似ている……」
「くだらない事を考えてないで、戦いに集中しましょう。その裏帳簿を意地でも死守しないといけないんでしょ?」
「そうでしたね。まずはこいつらを確保しないと」
 はっきり言って『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』で復活した私が相手では、明智君とトラゾウによって銃をどこかに飛ばされたSP二人と悪徳政治家親子の4人だけでは全く歯が立たなかった。まさに瞬殺。
「ありがとうございました。だけど、私は正義を愛する警察官の端くれです。怪盗であるあなたを逮捕しないといけません。ただ、私は今から5秒間立ちくらみがして動けません。あっ、私が新人警察官だった頃にお世話になった人が元気でありますように。今のは、ひとり言です。5、4、3、2、……1……ゼ……ロ。次は捕まえますよ」
 悪徳政治家宅の唯一の出入り口である大きな門から死角を作ってくれている大きな街路樹に、阿部君と明智君とトラゾウが到着するぎりぎりで、私は3人に気づかれないように合流できた。結局、今回も私の活躍を見せられなかったのは残念だけど、キャリアの警部補の役に立てただけで幸せだ。警察官と怪盗という真逆の立場になったとはいえ、私はキャリアの警部補はおろか警察には何の恨みもないのだ。捕まえられない限りは。
 それなら怪盗なんてやめてしまえとだけは言わないで欲しい。私の小さい頃からの夢であり生きがいであり、何よりも私が怪盗をやめてしまうと、この物語が根幹から崩れてしまうのだ。困るだろ?
「リーダー、またまた何をぶつぶつ言ってるんですか? まだ安心するのは早すぎますよ。いつもそんなんだから、ピンチになって痛い目にあって、さらに今回は私とイエローとブルーの命までも危険にさらしたんですからね。本来なら減給ものですけど、いつもいつもリーダーだけ少ないんじゃリーダーの性格からして私たちをあっさり裏切るので、今回は厳重注意ということで終わりにしてあげますよ。感謝してくださいね。そして何度も言いますけど、感謝は言葉だけじゃなく……」
「大丈夫だよ。とりあえず、飛行機はファーストクラスを取ってあげるから。もちろん明智君とトラゾウもゆっくりくつろげるように、2人分プラスもう一席。楽しみにしておいてね。他にもまだまだあるけど、今は内緒にしておくね。さあ、阿部君パパの車まで慎重に急ごう」
「はい、リーダー!」「ワンッ!」「ガッ!」
 3人は喜びすぎて、途中、それぞれが一度だけ段差も石ころもない所で躓いていたが、喜ばせすぎた私が悪いし万が一誰かが捕まえにきたとしても私が守ってあげる自信があったので、見て見ぬ振りをしてあげた。そして言うまでもなく無事に阿部君パパの車に到着したのに、私たちは、特に阿部君は安堵できなかったのだ。
 阿部君パパママは10人ほど乗れる大きなワゴンの運転席と助手席にいたはずなのに、私たちがいない間に後ろに移動して二人で酒盛りをしていたのだ。なんとその酒は、幻の30年物の国産ワイン『怪盗20面相』じゃないか。出どころは考えるまでもなく、悪徳政治家だ。
 阿部君パパママの二人は『怪盗20面相』を前にして誘惑に勝てなかったのだろう。気持ちは分かるぞ。だけど阿部君ママだけならまだしも、阿部君パパまでお酒を飲んでしまって、誰がこの車を運転するんだ? 愚問だったな。そんな事は分かっているが、文句の一つくらい言いたいところだな。だけどそんな時間は惜しいので、誰に言われるまでもなく私は運転席に座った。明智君は阿部君の遺伝子の元が酔っていてはろくなことがないと経験上理解してるので、助手席にいち早く陣取り、トラゾウはまだわずかに残っていた野生の勘を働かせ、助手席の足元に滑り込みまるでいないかのように気配を消した。
 阿部君はせっかく楽しみにしていた『怪盗20面相』を飲まれていたショックで数秒も思考が停止していたようで、もう後部座席のいずれかに座るしかなかったのだけれど、どこに座るかは迷う必要がなかった。なぜなら、一番後ろの席で二人仲良く酒盛りをしていた阿部君パパママがわざわざ横にずれ、二人の間に座るように無言で顎だけを使い促したのだ。阿部君の悲しみは計り知れないだろう。『怪盗20面相』を飲まれただけではなく、これからアジトか自宅に着くまで理不尽な説教をされるのだから。それも、正座で。
 ほんの少し過去に、私と明智君も阿部君にされたとはいえ、阿部君をいい気味だとは全く思わない。ただ、火の粉が運転席と助手席に飛んできませんようにと祈るだけだった。
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