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第31話

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 しかし、なんて純粋でキラキラした目をしているんだ。明智君も初めは、こんな目をしていたのに。お金に目がくらんだばっかりに薄汚れてしまって、すっかり阿部君と同じ目になってしまったなあ。これからは、たまに座学で『怪盗の心得』とか『リーダーは絶対論』なんかを取り入れて、模範となる怪盗団に近づけるようにしよう。
 うまく話がまとまったところで、我が家兼アジトに着くと、はかったかのように明智君が動き出し後部座席に移動した。トラゾウは気持ちよく眠っていたので、このまま寝かせておいて、阿部君パパママを家まで送ってから、一緒に歩くかおんぶしてあげてアジトまで帰ろうとしたのに、阿部君が起こしてしまった。暗い夜道とはいえ、トラが表をぶらぶら歩いているといろいろ不都合が生じるかもしれないので、まあいいだろう。
 そして、阿部君までもここで降りるようだ。阿部君パパママは酔いが覚めているので一緒に帰っても説教の続きは始まらないだろうけど、本日の収穫を肴にワインを……いや、それは明智君が全力で阻止するので、今日のうちに山分けをするためにアジトで降りるのだろう。阿部君パパママが開けてしまった『怪盗20面相』がまだいくらか残っているのもあるのかもしれない。二人は家に帰ってから、いろいろな感情を混じえて確実に飲むに決まっているのだから。ということは、私は阿部君パパママを降ろすとすぐに、サヨナラを言って退避しないといけないな。
 しかし、阿部君も明智君もなかなか降りないな。まさか阿部君パパママに捕まったのか。いや、もうほとんど酔いが覚めているのだから、そんな強引な事はしないだろう。
 改めて後部座席を見ると、阿部君が両親の協力のもと、明智君に前回も使ったリュックサックを背負わせているじゃないか。それも前回とは違ってパンパンに膨れているぞ。まあ前回はお札の束が10個入っているだけだったので体積はそこまでではなかったが、今回はどうなんだろうか。もしあれが全部札束だったなら、天文学的数字とは言い過ぎだけど、何億円かになるのでは。
「だからそんなに『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』を詰め込んだら大変だよって言ったでしょ」
 なるほど。
 明智君が躊躇することなく全身に汗をかきながらゆっくり大地を踏みしめるようにアジトに向かっている。でもどうやってあんなに重いものを背負って悪徳政治家宅から誰にも気づかれずに脱出したというのだ。目立つしよろよろしていたら、大きな門のそばで何もせず漏らしていた悪徳政治家仲間や後援者に見つかり、そんな根性なしの老いぼれでも簡単に捕まえられただろうに。分かった。答えは簡単だ。何度も往復したのだな。おそらく、阿部君も。それであんなに時間を費やしたんだな。
 次に、明智君にダメ出しをしておきながら、阿部君が両親に手伝ってもらって唐草模様の大きな風呂敷包みを背負おうとしているじゃないか。なんで風呂敷をそれも唐草模様をチョイスしたのか分からないが、それじゃまるで昭和のコントに出てくる泥棒だぞ。あの中に、少なくともフランスの美術館に返さないといけない貴重な絵が入っているように祈るだけだな。あと、『怪盗20面相』もあれば嬉しいな。
 阿部君はトラゾウに後ろを支えてもらうために、気持ちよさそうに寝ているところを起こしたのだろう。と思ったのに、トラゾウは手伝う素振りなんて微塵も見せず、阿部君も当たり前に明智君の後ろを同じようによろよろとついていく。それならもう少し寝かせておいてあげれば良かったのに。まさかアジトの入り口のドアを開けてもらうためだけに起こしたのだろうか。そんなの私が開けてあげるのにと思ってすぐに、トラゾウが小さな手提げ金庫を咥えて車から降り、阿部君と明智君をごぼう抜きにしてアジトのドアを慣れた手付きで開けて入っていった。
 すると、阿部君が振り返り、
「ああ、リーダー、まだもう一つバックパックがあるので、それをお願いしますね」
 確かに私だけ手ぶらというのは虫が良すぎるし、それで仕事をしなかったと因縁をつけられて分け前をカットは嫌だ。口答えなんてもってのほかで、速攻で後部座席に回ると見慣れたバックパックが目に入った。迷わず持ち上げようとすると……うん、重い。車の床にくっついているんじゃないかと本気で思うほどに。いったい何が入っているんだ?
 私が訴えるように阿部君パパママを見ると、急に狸寝入りを始めやがった。あんなに怪盗団に入りたがっていたくせに。今日だけ体験入団させておけばよかった。阿部君にしてあげていたように背負うのを手伝う気すら見せないなんて、私の事を恨んでいるのか、このバックパックがとてもじゃないが手に負えないかのどちらかだな。
 しょうがない、本気を出すか。
「ウォー……」
 うん、冗談冗談。次は本当に本気を出すぞ。見てろよ、阿部君パパママ。これくらいできないと、怪盗団には入れないのだからな。
「ウォー、アー、ダオー」
 私はもう少しで力尽きて死ぬかもしれないけど、背負った状態で立ち上がれた自分に拍手喝采だ。中身を出して何度も往復すればいいのになんて言った奴がいたら……なんでもっと早く言ってくれないんだよー。客観手に見るのと主観手になるのとでは思考も変わってくるものなんだぞ。まあいい。これしきの重さなんて、私にしてみたら阿部君と明智君を出し抜く100倍も楽だ。
「阿部君パパママ、ちょっと待っていてくださいね。これを置いてきたら家まで送るので」
「はい、おとなしく待ってまーす」
 やはり起きているじゃないか。それにおとなしく待たなくても、手伝ってくれてもいいのだぞ。お前たちがそんなだから、阿部君はああなったんじゃないのか。反省しろー。
 よし、怒りが私にますます力を与えてくれたようだ。でも間違っても「それを計算してたの」なんて言うなよ。もし冗談でもそんな事を言ったなら、私は車を運転中に急性方向音痴になって道に迷い、気づけば夜の峠でカーチェイスをする羽目になり、お前たちをちびらせてやるからな。
 一番先にアジトに着いたトラゾウが手提げ金庫を下ろした後でドアを押さえてくれていたので、1トンはあろうかというバックパックを背負いながらノンストップで玄関に入っていき、靴を脱ぐのを断念してそのままアメリカンスタイルで入っていこうとも思ったが、後々掃除するのは私なので、入ってすぐの玄関の所にドスンとバックパックを落とすように下ろした。近所から苦情が来ませんように。私には引越し代すら捻出できるかどうか怪しいんです。
 バックパックの中身を確認したいのは山々だけど、車に残した阿部君パパママが再び酒盛りを始めてどんちゃん騒ぎをされると、それこそ無条件に部屋を追い出されかねないし、楽しみは後に取っておこうと決め、疲れた体にムチを打って速攻で車に戻った。
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