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第39話

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 道中の記憶がほとんどないものの、無事に帰ってきて我が家兼アジトのドアを開けると、阿部君一家に対する恨み辛みを瞬時に忘れさせてくれたので、阿部君パパママは命拾いしたようだ。
 私の部屋にだけ竜巻が入ってきたのか? それとも、日本一強いクマ決定戦が私の部屋で行われたのか? もしくは、私の部屋にピンポイントでしし座流星群がとめどもなく引き込まれたのだろう。
 ガラス戸以外の壁という壁そして天井までも穴ぼこだらけで、ドアも鋼鉄でできているはずなのに所々へこんだり傷だらけになっている。ベッドやソファーを含む床には、その残骸が所狭しとばかりに散らかっていて、ローテーブルにいたっては真ん中から真っ二つに割れていた。それでも部屋の片隅に唐草模様の風呂敷を広げてあるのが確認できたので、あの下に戦利品が山となって置いてあるのだろう。フランスの美術館に返さないといけない絵だけは無事であるように祈るだけだ。
 ちなみに、私が死ぬ思いで運んだ明智君のドッグフードは、まだバックパックごと玄関に私が落としたままになっていた。考えようによっては明智君のごはん代が浮くので、私にとっても良いものだ。そして冷蔵庫には『超高級エナジードリンクのロイヤルプレミアムバージョン』がギュウギュウに入るだけ入っているが、言うまでもなく私が飲むためには明智君から買わなければならない。何もおかしいところはないぞ。おかしいと思っては自分自身が辛くなるだけなのだ。
 ついつい話が逸れてしまうな。それにあまりの惨状に、私はなぜここに来たのか分からなくなってきたぞ。思い出せ思い出せ。思い出した。そうだ、金庫を開けることが第一命題だ。金庫はどこにあるんだろう? あの風呂敷の下に隠してあるのか? いや、風呂敷の上に金庫をそこら中にぶつけたことによるいろいろな残骸があれだけ乗っているのだから、風呂敷をめくって中に何かを入れてはいないはず。それならベッドの下が怪しいかもと覗いてみると、うーん……見当たらないな。あと隠せるのはお風呂場くらいだな。行ってみるか。
 あれ? 待てよ。肝心な事を私は見落としているような。なんだ? 何かが足りないな。うーん……うーん……うわっ、誰もいない。阿部君はここに来る途中で道草を食っているかもしれないが、明智君とトラゾウはどこに行ったんだ? まさか悪徳政治家の追手がここまで来て、二人を誘拐したのだろうか。いや、奴らは今はそれどころではないな。そうか、さすがにこれはやり過ぎたと思って、お詫びの品を買いに行ってるのだな。まあそれくらいするのが、人として犬としてトラとして当たり前だ。
 しばし待ってやるか。待つ間に心に染み渡る説教の数々を考えよう。埃っぽい部屋で考えるのもあれだし、空気の入れ替えをしてからだな。カーテンも半分閉まってるし。もう明るいのだから、カーテンくらい全部開けていけばいいのに。
 うん? カーテンが少しだがいびつに膨らんでいるな。何か大事な物でも隠しているつもりなのかもしれないが、それだと外からは丸見えだぞ。悪徳政治家から盗ってきた有名美術品だったら、ここに犯人がいますって言っているようなものじゃないか。いや、そうじゃないな。カーテンの向こう側にあるのは……、いるのは……奴らだ。それで隠れているつもりか? 怪盗失格だぞ。いや、違う違う。隠れていないで謝ったらどうなんだ。いつまでも隠れ続けていられないし、むしろ私を余計に怒らせるだけじゃないか。まして阿部君に限っては一度謝ってるのだからデメリットしかないぞ。
 うーん、優しく呼びかけてあげてもいいが、こんなチャンスは滅多にないから、いきなりカーテンを開けて驚かせてやろうか。それくらいの事は私にはしてもいい権利はあるだろうし、そうしてやれば奴らも謝りやすいだろう。この不届き者たちのためを思って、私は驚かせてやるのだ。決して懲らしめたいとかそんなのではないからな。
 忍び足でカーテンまで近づき、私は勢いよく開けてやった。
「……」「……」「……」
 うん? あれ? どうして驚かない? それにどうして私の方を見ない? 此の期に及んで目を合わさなければ見つかっていないと思っているのか? そんな悪あがきよりも1分1秒でも早く謝った方が今後の我々のためになるのだぞ。間抜け面をよく見ると、3人とも口が膨らんでいるじゃないか。ということは口の中に何かあるのだな。もしかしたら阿部君は私に気を使って、明智君とトラゾウが朝ごはんを食べたとか自分自身も無理して私の前でごはんを食べたのかもと期待を込めて僅かな心配をしていたが、実際に食欲があるのを確認できて良かったよ。
 でも、なんだろ、この抑えきれない極小さな小さな怒りは。別に私は、反省もせず落ち込みもせずもりもり食べているのを悪いとか嘘でも元気のないふりをしろとか最低限の掃除くらいしたらどうだなんて、これっぽっちも思っていないんだけどな。でもたまには、内に溜め込まず吐き出すのもいいかもしれないぞ。そうだ、今はチャンスじゃないか。日々虐げられている私に神様が『切れてもいい券』を授けてくださったのだ。でも、何て言って切れたらいいんだ? 普段切れない人が切れると手に負えないらしいから、切れられた人は距離をとらないだろうか。程々に切れないと、私は一人ぼっちになるかもしれないぞ。切れるって難しいんだな。
 もう考えないで自然に思いついた事を大声で叫ぼう。
「隠れて食べなくてもいいだろー!」
 それでもまだ、こいつらは口をもぐもぐしているな。吐かれるよりは、ずっといいだろう。早く飲み込みやがれ。鬼の顔をして順々に睨み続けて待ってやる。
 おお、まず阿部君が食べ終わったな。謝罪の弁を聞いてやるか。
「リーダー、思ったよりも帰ってくるのが早かったんですね。もうあと5分くらい遅く着いてくれてたら、掃除だけは終わってたんですけどね」
 本当か? 正直者の阿部君が嘘をつくわけがないから、5分もあれば掃除は終わったのだろう。阿部君なりの掃除が。いやいや、謝罪は? いや、おざなりの謝罪なんて、もういい。それよりも何を食べていたのかすごく気になってきたぞ。
「掃除は後でやるとして、隠れてまで何を食べていたんだ?」
「聞かない方がくだらない怒りが湧き上がらなくていいと思いますけど、教えてあげますね。ママが俳優仲間の人から美味しいパンをもらったので、私と明智君とトラゾウに一人4個づつ持たせてくれたんですよ」
 3人で一人4個というのは12個だな。簡単な計算だ。そして12個のパンは4人でも分けられるぞ。聞いてみよう。いや、聞かないといけないだろう。どうせならとことんまで怒り狂うために。
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