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第46話

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「リーダー、明智君はまだ戻らないんですか?」
「ああ。おそらく捕まったと思う」
「でもっ……あんな完璧な作戦だったのに……」
「たぶんというか十中八九、明智君好みの素敵な金髪のお姉さんが美術館で働いてたんだろうね」
「なるほど。それを全く考慮してなかったです。すいません、私のミスです」
「阿部君のミスだろうが、明智君が欲望を抑えきれなかったのだろうが、今はどうでもいい。観光客を装って、まずは明智君の様子を見に行こう。その上で救出作戦を考えようよ」
「はい。絶対に助けましょうね」
「阿部君、意外といったら失礼だけど、優しいんだね」
「だって明智君がいなくなったら、リーダーと二人だけの怪盗団が現実味を帯びるじゃないですか。前も言ったと思いますけど、それはちょっと……なので」
「そ、そうだったね。二軍のメンバーはまだ実績すらないし……」
「二軍? 何ですか、それ? 前もそんな風な事を……」
「あっ、いや、忘れてくれ。ただの戯言だ。そんな事よりも、明智君を助けにいくぞ」
「はい!」「ガオ!」
 私たちが美術館に着くと、美術館とは厳かなものだろうという私の先入観を打ち砕いてしまってた。周囲はたくさんの人がひしめき合っていて、何やら文句を言ったり、逆に喜んでいたりで大抵の人が興奮している。
 物語の都合上、フランスの人や観光客も日本語で会話していることにしてくれるかい? 私がフランス語をペラペラの設定にしてもいいのだけれど、約1名がそれは無理がありすぎるだろと睨んでいるのだ。フランスの人が全員、日本語を話すよりも無理があるようには思わないが、私が反論しないことは誰もが知っているよな? ついでなので、ここからは世界の共通語が日本語ということにしておくれ。その方が、我々怪盗団が世界を股にかけるのに都合がいいだろう。私は転んでもただでは起きないのだ。それでは本編に戻るぞ。
 私たちは、いろいろな感情をむき出しにしている人の中を強引に縫って奥へと進み、はぐれることなく無事に美術館の入り口の前まで着いた。しかし、大きな鉄の門が閉められていて、『本日臨時休館』の張り紙がでかでかと貼り付けられている。その張り紙には、何気に明智君のらしき肉球が何個かインクを使って押されていたので、ちょっとにやけてしまった。
 とりあえず明智君は無事で、手足を縛られているわけではなさそうだ。おそらく、きれいな金髪のお姉さんと一緒に美術館内の一室に隔離されているのだろう。もちろん明智君は自分が拘束されているだなんて想像すらしていない。ただ、お姉さんと楽しく遊ぶのに時間を忘れているのだ。バカ犬がっ!
 うん? でも阿部君は真顔というか無表情で張り紙を見つめているぞ。
「阿部君、そんなにこの張り紙を凝視して……。もしかしたら明智君の肉球に何か意味があるのかい? 囚われている場所とか?」
「いいえ。ただ、はしゃいでるだけです。お姉さんのぎりぎり邪魔にならないくらいにちょっかいを出して、たしなめられて嬉しそうになっている様が鮮明に浮かんできます」
 やはりな。恥ずかしながら、考えが当たって少し嬉しくなったじゃないか。
「そ、そうか。まあこれで、明智君が捕まっているのか捕まられているのかは別として、この美術館の中にいることがはっきりしたわけだな」
「そうですねえ。というわけで明智君は楽しそうにしているので、このままフランスに置いていきましょうか? リーダーと私の二人だけではどうしようもない考えは変わらないですけど、明智君を救出するリスクに比べたら、何か方法があると思うんです。例えば、どこかのペットショップで売れ残っている犬をスカウトすれば、なんとかなりそうですよ」
「いやー、それはどうかなあ。売れ残っているとはいえ子犬だからね。戦力になるまでには2、3年かかるよ。それに明智君のことだから、きれいなお姉さんが目の前で札束をちらつかせれば、あっさりと私たちの事を売るだろうし」
「ああー、そうですねえ。ということは、明智君を救出するか、それが難しそうなら記憶が無くなるくらいの暴力に訴えるしかないですね」
「そ、そうだね。そしてもう既に口を割っているかもしれないけど、まだだとしても時間の問題だから、私たちには悠長に構えている時間はないよ。阿部君のように、簡単に明智君の言いたい事を理解できるとは思えないけど、明智君が我々の匂いをたどって案内するくらいならできるからね」
「そう考えると、すぐにでも救出したいところですね。だけど焦りは禁物なので、夜まで待ちましょう」
「うん、それがいいね。もしかしたら明智君が自分の立場を思い出して、自ら脱出するかもしれないし」
「いえ、それはないです」
「う、うん。とりあえずホテルに戻って作戦会議といこうか?」
「はい。あっ、その前に覆面を買いに行きましょう。まさかこっちで怪盗になるだなんて考えてなかったし、かといって夜とはいえ変装もしないで入るのは証拠を提供するようなものなので」
「今回は、一般的な目出し帽でいいんじゃないか?」
「何言ってるんですか。私たちは怪盗なんですよ。そんな目出し帽なんかでミッションをするようになったら終わりですよ」
「そ、そうだな。だけど今回は今までのような悪者と違って、警察が介入するから買った店から足がつくかもしれないぞ」
「ああー、そうですねえ。しょうがないなあ。材料と道具だけを買って、手作りでいきましょう。リーダーも自分の分は自分で作ってくださいね。トラゾウの分は……今被っているライオンの覆面は日本で買ったやつだしまあまあ大量にあるし、何より覆面を被っているようには見えないから大丈夫だね。顔だけなら、ちょっとだけ風変わりなミックス犬だよ。でも、そのおまわりさんの服はミッションで着ていったらだめだよ。日本にまではそうそう調べに行かないとは思うけど……いや、絵が盗まれたのは日本でだから用心に越したことはないかな。私たちの様子はさすがに監視カメラからはのがれられないから、それを国際映像なんかで世界中に放映されたら、非売品のその珍しい服から簡単にリーダーまでたどり着けるかもしれないからね。それに、その服を着て表を歩けなくなるよ。トラゾウのお気に入りでしょ?」
「ガオーン!」
 
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