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植物学者の僕は嫌われ者の獣人さんのことを好きになってしまいました。
告白
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二人を見守っている大勢の人々が、息を呑んだ。足を切って、生き地獄を味あわせる。そんな残虐な刑はディック王すら行ったことがない。
「リヒト様が……そんな、ひどいことを?」
誰かが呆然とした声でポツリと呟いた。癇癪を起こすことは会っても、リヒトはディックよりも理知的で、何より獣人に寛容だったはずだ。それなのに、今まさに獣人のセゾの足を切ると言っている。
「たった今、獣人病は不治の病ではなくなった!」
リヒトは、芝居じみた大げさな手振りで続ける。
「我々のために血を捧げてくれる獣人に盛大な拍手を!」
周囲から、戸惑いを含んだまばらな拍手が起こった。ざわめきの合間から、いくつか言葉が漏れてくる。
「……でも、薬ができるなら」
「俺の娘も、あの花さえあれば助かったんだ……」
その声を聞いて、ホタルはリヒトに懇願した。
「やめてください! お願いですから、やめさせてください!!」
誰かが手を叩く。すると、隣の者も戸惑いながらも手を叩く。音が大きくなればなるほど、それが正しいように錯覚され、拍手はどんどん増えていく。やがて、ホタルの声はその中にかき消されて行った。
「――何でそんな暗い顔をする? みんな兄様と同じじゃないか」
「え……?」
「地下の獣人のために、そのゾーイという獣人を殺してくれって、頼みに来た兄様と何が違う?」
「……! 僕は、ゾーイさんを殺してくれなんて……! 」
「ハッ」
リヒトが息を吐き捨てる。その目は今までに見たことがないほど冷たかった。
「言っているようなものだろ。まさか、本当に気づいていなかったのか? 昔から、バカなんだな」
「違う……! ゾーイさんは、セゾさんのこと大切に思ってるから、正気に戻ったら、ちゃんと……自分がやったって、言ってくれると思って……!」
「正気を取り戻したら、息子のために、自ら喜んで殺されてくれると思った? ……勝手に死ぬんだから、自分が殺したわけじゃない……そう思ってるんだろ? 」
「そんなこと……」
「じゃあ、その獣人を兄様の手で殺せるなら、地下の獣人の足は切らない」
その提案にホタルの喉が、ひゅっと鳴った。
「そんなの……できるわけ……」
「自分じゃできないことを、ボクにやらせようとしていたんだ」
責めるような声に、ホタルは言葉を詰まらせる。
「だって……リヒトは、王様で……この国のことを決めてて……お父様みたいに処刑だって……するんじゃないの?」
リヒトはほんの僅かに目を伏せ、低く言った。
「……好き好んで殺したいものか」
そしてすぐにホタルを見て笑った。
「兄様がその獣人を殺せないなら、やっぱり地下の獣人を殺そう」
「な、なんで! さっきは、殺さないって……!」
「さっき? あぁ。両足を切って、一生懸命血を捧げさせる装置にする方が好みか」
「違う……違います!」
「ふん。折角小さい脳みそで練った作戦が通用しなかったら、今度は否定しかできなくなったか。哀れなものだな」
「あ……う……」
ホタルの口がパクパクと動くだけで、言葉にならない。それを確認したリヒトは、ゾーイを囲む騎士達へと声を投げた。
「そいつも地下牢へ入れておけ。どちらを殺すかは後で決める」
「はっ!」
騎士達は短く返事をすると、唸り続けるゾーイを乗せた台車を押して、ガラガラと運び出していく。
「全員、持ち場へ戻れ。急な呼び出しだったな。済まなかった」
リヒトの声に従い、騎士や使用人たちは次々に場を後にした。ゾーイを乗せた台車に続いて、ぞろぞろと退場していく。
誰ひとり、セゾとゾーイのどちらが殺されるのか気にしている者はいなかった。
リヒトはホタルの肩にポンと手を置く。
「獣人の首を刎ねるのでも、両足を切るのでも兄様には特等席を用意してあげるよ。ほら、想い人の晴れ舞台だ。光栄だろう? 感謝していいよ」
沈黙するホタルにリヒトはため息をひとつ落とした。そして、まだ部屋の中に残っていた付き人へと声をかける。
「兄様を、自分の部屋へ連れて行ってやってくれ」
「……よろしいのですか?」
「冷たくて暗い地下牢に、ひとりぼっちじゃ、可哀想だからな」
皮肉な優しさを言い残して、リヒトは扉へ向かって歩き出す。
「待って!」
「なんだ。殺すなっていう懇願なら、もう聞き飽きた」
ホタルは唇を噛み、叫んだ。
「僕、セゾさんのこと……本当は、好きじゃないから!」
リヒトの足がピタリと止まる。そして、ゆっくりと振り返る。ホタルの瞳は揺れていた。泣きそうな声で言葉を続ける。
「大切でも……特別でもなんでもないんだ」
明らかな嘘だった。それでも、それを聞いたリヒトは満足そうに微笑んで、ホタルの前へと歩み寄ってくる。
「今のは、本当?」
「うん……本当だよ」
ホタルは視線を逸らさず、嘘をついた。
(さっき、リヒトは言ってた『大切な人がいなくなればいい』って……。フィンさんは、なんで気絶させてから殺すなんて手間をかけるのか理由を聞いてた)
リヒトの口元に浮かぶ弧をかいた笑み。ホタルはぐっと拳を握る。親指を中にしまい込むように。
(『好き好んで殺したいものか』ってリヒトは言った……。きっと、最初は殺す気なんてなかったんだ。僕がセゾさんを好きって言ったから、殺す気なんだ)
ホタルはそう考えた。それが正しいのかはわからない。けれど、何もしなければセゾの首が落ちるか、もしくは、両足が奪われる。だったら、何かを言わなければならなかった。
「でも、兄様はあの獣人の家に住んでいると思ってたんだけど? 特別でもないのに一緒に住むのか?」
「それは……セゾさんは強いから、守って、もらうために……」
リヒトの問いに、ホタルは瞬きをしてからゆっくりと答えた。
「ふーん。でも、わざわざ処刑を止めに来たって言ってたよね。どうして?」
「……………お城に、帰りたかったから。理由がないと、入れてくれないかもって……そう、思ったから」
考えながら、ひとつひとつ言葉を絞りだすホタルの嘘。それを 聞いたリヒトは楽しそうに声をあげて笑った。
「アハハハ! いいね! ボクの思った通りの兄様だ!!」
笑いながら、リヒトは嬉しそうにホタルの手を取った。強く、逃さないように。
「じゃあ、セゾに会いに行こうよ。兄様の口からちゃんと伝えなきゃね。――『僕はあなたを騙してました。ごめんなさい。好きでもなんでもないんです』って」
「リヒト様が……そんな、ひどいことを?」
誰かが呆然とした声でポツリと呟いた。癇癪を起こすことは会っても、リヒトはディックよりも理知的で、何より獣人に寛容だったはずだ。それなのに、今まさに獣人のセゾの足を切ると言っている。
「たった今、獣人病は不治の病ではなくなった!」
リヒトは、芝居じみた大げさな手振りで続ける。
「我々のために血を捧げてくれる獣人に盛大な拍手を!」
周囲から、戸惑いを含んだまばらな拍手が起こった。ざわめきの合間から、いくつか言葉が漏れてくる。
「……でも、薬ができるなら」
「俺の娘も、あの花さえあれば助かったんだ……」
その声を聞いて、ホタルはリヒトに懇願した。
「やめてください! お願いですから、やめさせてください!!」
誰かが手を叩く。すると、隣の者も戸惑いながらも手を叩く。音が大きくなればなるほど、それが正しいように錯覚され、拍手はどんどん増えていく。やがて、ホタルの声はその中にかき消されて行った。
「――何でそんな暗い顔をする? みんな兄様と同じじゃないか」
「え……?」
「地下の獣人のために、そのゾーイという獣人を殺してくれって、頼みに来た兄様と何が違う?」
「……! 僕は、ゾーイさんを殺してくれなんて……! 」
「ハッ」
リヒトが息を吐き捨てる。その目は今までに見たことがないほど冷たかった。
「言っているようなものだろ。まさか、本当に気づいていなかったのか? 昔から、バカなんだな」
「違う……! ゾーイさんは、セゾさんのこと大切に思ってるから、正気に戻ったら、ちゃんと……自分がやったって、言ってくれると思って……!」
「正気を取り戻したら、息子のために、自ら喜んで殺されてくれると思った? ……勝手に死ぬんだから、自分が殺したわけじゃない……そう思ってるんだろ? 」
「そんなこと……」
「じゃあ、その獣人を兄様の手で殺せるなら、地下の獣人の足は切らない」
その提案にホタルの喉が、ひゅっと鳴った。
「そんなの……できるわけ……」
「自分じゃできないことを、ボクにやらせようとしていたんだ」
責めるような声に、ホタルは言葉を詰まらせる。
「だって……リヒトは、王様で……この国のことを決めてて……お父様みたいに処刑だって……するんじゃないの?」
リヒトはほんの僅かに目を伏せ、低く言った。
「……好き好んで殺したいものか」
そしてすぐにホタルを見て笑った。
「兄様がその獣人を殺せないなら、やっぱり地下の獣人を殺そう」
「な、なんで! さっきは、殺さないって……!」
「さっき? あぁ。両足を切って、一生懸命血を捧げさせる装置にする方が好みか」
「違う……違います!」
「ふん。折角小さい脳みそで練った作戦が通用しなかったら、今度は否定しかできなくなったか。哀れなものだな」
「あ……う……」
ホタルの口がパクパクと動くだけで、言葉にならない。それを確認したリヒトは、ゾーイを囲む騎士達へと声を投げた。
「そいつも地下牢へ入れておけ。どちらを殺すかは後で決める」
「はっ!」
騎士達は短く返事をすると、唸り続けるゾーイを乗せた台車を押して、ガラガラと運び出していく。
「全員、持ち場へ戻れ。急な呼び出しだったな。済まなかった」
リヒトの声に従い、騎士や使用人たちは次々に場を後にした。ゾーイを乗せた台車に続いて、ぞろぞろと退場していく。
誰ひとり、セゾとゾーイのどちらが殺されるのか気にしている者はいなかった。
リヒトはホタルの肩にポンと手を置く。
「獣人の首を刎ねるのでも、両足を切るのでも兄様には特等席を用意してあげるよ。ほら、想い人の晴れ舞台だ。光栄だろう? 感謝していいよ」
沈黙するホタルにリヒトはため息をひとつ落とした。そして、まだ部屋の中に残っていた付き人へと声をかける。
「兄様を、自分の部屋へ連れて行ってやってくれ」
「……よろしいのですか?」
「冷たくて暗い地下牢に、ひとりぼっちじゃ、可哀想だからな」
皮肉な優しさを言い残して、リヒトは扉へ向かって歩き出す。
「待って!」
「なんだ。殺すなっていう懇願なら、もう聞き飽きた」
ホタルは唇を噛み、叫んだ。
「僕、セゾさんのこと……本当は、好きじゃないから!」
リヒトの足がピタリと止まる。そして、ゆっくりと振り返る。ホタルの瞳は揺れていた。泣きそうな声で言葉を続ける。
「大切でも……特別でもなんでもないんだ」
明らかな嘘だった。それでも、それを聞いたリヒトは満足そうに微笑んで、ホタルの前へと歩み寄ってくる。
「今のは、本当?」
「うん……本当だよ」
ホタルは視線を逸らさず、嘘をついた。
(さっき、リヒトは言ってた『大切な人がいなくなればいい』って……。フィンさんは、なんで気絶させてから殺すなんて手間をかけるのか理由を聞いてた)
リヒトの口元に浮かぶ弧をかいた笑み。ホタルはぐっと拳を握る。親指を中にしまい込むように。
(『好き好んで殺したいものか』ってリヒトは言った……。きっと、最初は殺す気なんてなかったんだ。僕がセゾさんを好きって言ったから、殺す気なんだ)
ホタルはそう考えた。それが正しいのかはわからない。けれど、何もしなければセゾの首が落ちるか、もしくは、両足が奪われる。だったら、何かを言わなければならなかった。
「でも、兄様はあの獣人の家に住んでいると思ってたんだけど? 特別でもないのに一緒に住むのか?」
「それは……セゾさんは強いから、守って、もらうために……」
リヒトの問いに、ホタルは瞬きをしてからゆっくりと答えた。
「ふーん。でも、わざわざ処刑を止めに来たって言ってたよね。どうして?」
「……………お城に、帰りたかったから。理由がないと、入れてくれないかもって……そう、思ったから」
考えながら、ひとつひとつ言葉を絞りだすホタルの嘘。それを 聞いたリヒトは楽しそうに声をあげて笑った。
「アハハハ! いいね! ボクの思った通りの兄様だ!!」
笑いながら、リヒトは嬉しそうにホタルの手を取った。強く、逃さないように。
「じゃあ、セゾに会いに行こうよ。兄様の口からちゃんと伝えなきゃね。――『僕はあなたを騙してました。ごめんなさい。好きでもなんでもないんです』って」
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