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植物学者の僕は嫌われ者の獣人さんのことを好きになってしまいました。
急転
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セゾの叫びは人々の喧騒に呑まれ、誰の耳にも届かなかった。
――そう思われたそのとき。
メシャリ、と金属がオモチャのようにねじ曲がる異様な音が響いた。
「うわああああっ、獣人が出てきたああ!!」
檻に閉じ込められていたゾーイが力任せに格子を押し広げ、逞しい足を外へと踏み出した。
群衆は悲鳴をあげ、四方へ散った。だが、その混乱に紛れ地に落ちた花を拾おうとする者たちもいる。花に手を伸ばした瞬間、彼らは逃げ惑う波に呑まれ、押しつぶされていった。
「助けてくれええええ!」
檻のすぐ傍にいた男が絶叫する。だが、ゾーイは民衆には目もくれず、身体をしならせその場から大きく跳躍した。
「……嘘だろ」
セゾが空を翔けるゾーイを見あげて呟く。重りをつけた足のまま、地を一度も踏むことなく城壁まで駆け上がる姿は、もはや飛んでいるかのように見えた。
(いくら親父が生粋の獣人でも、あんな化け物じみた真似できるわけが……どうなってやがる)
◆
ホタルの腕は既に限界だった。ズルリと片腕が落ちると、真下の群衆は余計に混乱して押し合い悲鳴をあげている。
(死ぬ……セゾさんを助けてないのに……!)
もう片方の腕も滑り落ち、支えを失った身体は重力のままに落下していった。城壁は逆さに流れるように視界を過ぎていく。
(僕が死んでも、セゾさんは強いから……フィンさんとレオンくんも助けてくれる……)
そう思った刹那、胸の奥から叫びが起きた。
(違う! それは、僕がそうあってほしいだけだ!! 僕はいつも、何もしなければ悪いことも起こらないと信じて……逃げてきただけだ!)
必死に腕をもがかせ、宙を掴む。
(良いことだって、なにもしなきゃ起こらない……!)
布でも枝でも、紙切れでもいい。何かを掴んで生き延びたい。
(死にたくない! セゾさんを助けてないのに!!)
涙が滲み、迫る衝突を前にぎゅっと目を瞑る。だが、衝撃は来なかった代わりに、ふわりと優しい浮遊感に包まれる。
「え……?」
恐る恐る瞼を開くと、そこにあったのは逞しい腕と、優しく微笑む狼の顔だった。
「セゾさ……ゾーイさん?」
震える声で名前を呼ぶと、ゾーイは微笑んだ。
「良かった……きみは――」
ゾーイの言葉に耳を傾けようとした瞬間、ホタルを優しく受け止めていた逞しい腕が、今度は乱暴に振りかざされた。
ホタルは群衆のなかへと力任せに投げ飛ばされ、悲鳴とともに何十人もの人々が折り重なるように倒れていく。
「うわああああ!!」
「逃げろおおおおおおお!!」
ゾーイの咆哮が辺りに響き渡る。
「ヴオオオオオオオオオオオンッ!!」
あの優しい微笑みは幻だったのか。
涎を垂らし、牙を剥いたゾーイは、まるで野獣のように群衆のなかで暴れ回る。手錠につながれた鎖も、足についた重りすら軽々と振り回し、周囲の人々も、壁も、木も……すべてをなぎ倒していった。
――そう思われたそのとき。
メシャリ、と金属がオモチャのようにねじ曲がる異様な音が響いた。
「うわああああっ、獣人が出てきたああ!!」
檻に閉じ込められていたゾーイが力任せに格子を押し広げ、逞しい足を外へと踏み出した。
群衆は悲鳴をあげ、四方へ散った。だが、その混乱に紛れ地に落ちた花を拾おうとする者たちもいる。花に手を伸ばした瞬間、彼らは逃げ惑う波に呑まれ、押しつぶされていった。
「助けてくれええええ!」
檻のすぐ傍にいた男が絶叫する。だが、ゾーイは民衆には目もくれず、身体をしならせその場から大きく跳躍した。
「……嘘だろ」
セゾが空を翔けるゾーイを見あげて呟く。重りをつけた足のまま、地を一度も踏むことなく城壁まで駆け上がる姿は、もはや飛んでいるかのように見えた。
(いくら親父が生粋の獣人でも、あんな化け物じみた真似できるわけが……どうなってやがる)
◆
ホタルの腕は既に限界だった。ズルリと片腕が落ちると、真下の群衆は余計に混乱して押し合い悲鳴をあげている。
(死ぬ……セゾさんを助けてないのに……!)
もう片方の腕も滑り落ち、支えを失った身体は重力のままに落下していった。城壁は逆さに流れるように視界を過ぎていく。
(僕が死んでも、セゾさんは強いから……フィンさんとレオンくんも助けてくれる……)
そう思った刹那、胸の奥から叫びが起きた。
(違う! それは、僕がそうあってほしいだけだ!! 僕はいつも、何もしなければ悪いことも起こらないと信じて……逃げてきただけだ!)
必死に腕をもがかせ、宙を掴む。
(良いことだって、なにもしなきゃ起こらない……!)
布でも枝でも、紙切れでもいい。何かを掴んで生き延びたい。
(死にたくない! セゾさんを助けてないのに!!)
涙が滲み、迫る衝突を前にぎゅっと目を瞑る。だが、衝撃は来なかった代わりに、ふわりと優しい浮遊感に包まれる。
「え……?」
恐る恐る瞼を開くと、そこにあったのは逞しい腕と、優しく微笑む狼の顔だった。
「セゾさ……ゾーイさん?」
震える声で名前を呼ぶと、ゾーイは微笑んだ。
「良かった……きみは――」
ゾーイの言葉に耳を傾けようとした瞬間、ホタルを優しく受け止めていた逞しい腕が、今度は乱暴に振りかざされた。
ホタルは群衆のなかへと力任せに投げ飛ばされ、悲鳴とともに何十人もの人々が折り重なるように倒れていく。
「うわああああ!!」
「逃げろおおおおおおお!!」
ゾーイの咆哮が辺りに響き渡る。
「ヴオオオオオオオオオオオンッ!!」
あの優しい微笑みは幻だったのか。
涎を垂らし、牙を剥いたゾーイは、まるで野獣のように群衆のなかで暴れ回る。手錠につながれた鎖も、足についた重りすら軽々と振り回し、周囲の人々も、壁も、木も……すべてをなぎ倒していった。
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