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第四章 内なる敵
家族模様
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夕食は屋敷で、ルークスはフェクス家の家族と共にした。
久しぶりに五人で囲むテーブルは暖かかった。
テネルが屋敷の厨房を借りて作った、いつもの野菜スープに焼きたてのパン、特別に川魚の香草焼きである。
ルークスはフォルティスも誘ったが「家族団らんの邪魔になる」と遠慮された。
フェクス家の者はルークスが普段通りなのに安心した――アルティを除いて。
「皆ありがとう。手紙のお陰で元気が出たよ」
笑顔で報告するルークスに、アルティは心中複雑であった。
見かねた母親がやんわりと言う。
「今回は備えるだけだから、アルティも心配ないわね?」
「う、うん」
母子のやり取りに、ルークスもまた複雑な心境でいた。
家族に隠し事はしたくない。だが軍事機密は話せない。
万一「ルークスが秘密を打ち明ける」と見なされたら、家族が狙われてしまう。
その点は念入りにフォルティスに釘を刺されていた。
家族を守る為にルークスは「これからの事は口外できない」と正直に言った。
「どうして?」
パッセルが首をかしげる。十歳の少女には軍事機密が理解できない。
「そりゃあ、イノリがどこにいるかで、帝国軍の動きも変わるからよ」
と知ったかぶりをするアルティに、ルークスは冷や汗をかいた。
適当な事を言ったはずなのに、的を射ていたので。
まさに「イノリがどこへ行くか」が、今作戦の肝なのだ。
上陸地点で待ち伏せられたら、味方は大損害を被ってしまう。
たとえイノリが健在でも、他が全滅したら作戦は失敗だ。
上陸するまでは、たとえ親姉妹だろうと秘密を明かすわけにはいかなかった。
א
その頃フォルティスは自室で、兄のプレイクラウス卿と向かい合っていた。
シルフの耳を気にして声こそ控えているが、騎士の言葉は容赦ない。
「あのような下賤な者を連れていては陛下の名誉を損ねるぞ。ルークス卿は陛下の騎士なのだからな」
「なにぶん傭兵ですので、品性を期待しないでください」
「護衛なら私がいれば十分だろう?」
「兄上は陛下の名代ではありませんか。ルークス卿が兄上をお守りする立場です」
「だからと言って、よりによってあのような野蛮人などあり得ん!」
口論の原因は、傭兵サルヴァージだった。
王都を発つ前に、ルークスは行きつけの酒場に伝言を頼んでいた。
フェルームの屋敷まで来られたし、と。
まさか当日のうちに来るとは思っていなかった。
ただでさえ町は厳戒態勢を敷いている。
大剣を背負った風体怪しげな巨漢は足止めされ、屋敷に照会が来た。
そのときルークスとフォルティスはまだ学園にいた。
屋敷からシルフが来て事態を知り、学園から返答のシルフを戻し、屋敷から使いが来るまでの間、町の入り口で「馬に跨がった巨漢を役人が取り巻き」続けていた。
そこに折悪しくプレイクラウス卿が王都から到着してしまったのだ。
ルークス卿に雇われたと主張する傭兵に、騎士は「帰れ」と命じた。
サルヴァージが従うはずもなく、押し問答をしているときに、屋敷から使いが来て「通せ」と返答したから大変だ。
プレイクラウス卿は監督不行き届きを叱りつけ、現在に至る。
兄の怒りは弟の段取り不足ではなく、人選に向けられた。
「護衛なら、騎士団の誰でも、軍に出させるのでも良かろう?」
「ルークス卿は軍の祖国防衛に協力しに向かうのですよ? 自陣に行くのに騎士団や軍に護衛依頼など出せません。将兵を疑っていると思われます。そう吹聴する人間が出るのは確実です」
「それは傭兵でも同じだろ?」
「売り込みに根負けした、素行を見るためしばらく側に置く、いくらでも説明は付きます。ルークス卿の常識破りは多くが知る所です。ですが将兵を疑う猜疑心は持ち合わせていません。その信頼が崩れたら大変です」
「そうまでして必要な男か? それほどの信頼を得ているとは思えぬ」
「ルークス卿も信頼はしていません。ただ卿は『我々よりも、あちらの方が困る』との考えなのです」
素性も知れぬ傭兵を極秘任務に加えることには、フォルティスも反対した。
だが主人が決定した以上、従者である自分は弁護するしかない。
「そのあちらとは、帝国軍じゃない方面だな?」
「ええ。我々が手の内に飛び込む方面です。得体が知れない第三者の存在は、我々よりあちらの不都合が勝るとの判断です」
「あちらの手の者でないと言い切れるのか?」
「可能性が皆無とは言えません。ですが彼の目当ては陛下に拝謁することです。ルークス卿以外に目的を達成できる伝手は、まずありません」
「奴は陛下に懸想を!? 身の程知らずな!!」
声が大きくなったので、フォルティスが注意をうながす。
「その様な不逞の輩を、陛下の御前に出すなど論外だ」
「それだけの働きをすれば、の話です」
「そこまで働くか?」
「彼の陛下への想いは精霊も確認しました。ですので、ルークス卿以上の伝手が現れるか、別の女性に心を移さない限り、裏切る心配はありません。それどころか、あちらが陛下の敵と知れば、あちらの不都合が増すわけです」
打算的な発言に、プレイクラウス卿は指摘をする。
「着せる恩を増やすために危険を見逃す、あるいは意図的に危険を招く、くらいは想定しているのだろうな?」
フォルティスはたじろいだ。
そこまでは考えていなかった。だが退けない。
「ルークス卿の周囲は常にシルフが目を光らせています。精霊を出し抜けるほどの人物なら、なおさら味方に引き込むべきかと」
兄はため息をついた。
「お前がこれほど頑固になるとはな。やむを得ん。しばらく様子を見よう」
弟が気を抜いた瞬間、兄は心の間合いに踏み込む。
「奴が怪しい真似をしたら斬るが、構わないな?」
「それは――」
反対しかけて、フォルティスは自制した。
「分かりました。兄上がそこまでおっしゃるなら」
頷く兄に弟は冷や汗を拭った。
「斬って良い」とは言っていない。
「斬れるか?」と問うのを止めただけで。
兄が剣で遅れをとるとは思わないが、あの巨体に似合わぬ敏捷性と膂力の持ち主を斬るのは難しいだろう。
「試すだけ」なら譲っても「忠義に反しない」とフォルティスは自分を納得させた。
そうでもしないと兄との関係が破綻してしまう。
一方の兄は、弟が既に別の道を歩んでいることに驚いていた。
成長は嬉しくあったが、悲しくもある。
同じ主君に仕える者同士が争うなどあり得ないが、些細なきっかけで距離ができてしまったことは衝撃だった。
א
夕食後、アルティは客間のベッドに横たわっていた。
ルークスの元気さが、胸に刺さってシクシクと痛む。
彼はフローレンティーナ女王陛下のためにゴーレムマスターになり、陛下のために戦い、陛下のためにどん底からも復活したのだ。
「もう私なんか入り込む隙ないじゃん」
鼻の奥がつんとしてきて、アルティは腕で両目を押えた。
ベッドに沈み込むアルティの、部屋の扉が叩かれた。
「僕だよ」
突然すぎるルークスの来訪に、アルティはベッドから跳ね起きた。
パニックになってオロオロし、取りあえず中に入れた。
フェクス家では同室だったパッセルが、屋根裏の使用人部屋なので客間の一室はアルティが独占していた。
ランプが光を投げる夜の寝室に、若い男女が二人きり。
否、ルークスの左肩にはオムの幼女がちょこんと座っている。恐らく姿を消したグラン・シルフもいよう。
それでもベッドに並んで座るアルティの心臓は、早馬のように激しく鼓動してしまう。
「ど、どうしたの?」
問いかける声が裏返った。
「アルティが悩んでいるから相談に乗ってあげてって、テネルおばさんが」
アルティの熱が急激に下がった。
「ああ、そうなんだ。ふうん」
ルークスに期待してしまった自分の愚かさと、全てを見通してしまう母親の万能さに、げんなりしてしまう。
「でも僕で相談相手になるかな? アルティが僕のこと分かっているほど、僕はアルティのこと分かっていないと思う」
「へえ、ルークスにしちゃ分かっているじゃない」
「だってアルティの手紙が一番元気にしてくれたんだよ? でも僕は、君を元気付ける方法がさっぱり分からない」
少女の息が止まった。
やはりそうなのだ。
ルークスを突き動かすのは自分ではなく、女王陛下なのだ。
「どうしたの?」
ルークスが顔を覗き込んで、無遠慮に尋ねてくる。
「深刻そうだね。どんな悩みなの?」
アルティは答えられない。
(どうしてこうなの?)
根本的にルークスが「分かっていない」せいで、せっかく二人きりなのに息苦しいほど空気が重い。
時間が無意味に流れてしまう。
焦るアルティを余所に、ルークスはマイペースだった。
「そうだ。新兵器の方はどんな感じ?」
唐突に話題を振ってくる。
思いつきをそのまま口にする悪癖だが、今のアルティには救いとなった。
「ええと、自分で飛ぶ矢が、飛んで命中するまでは話したわよね?」
「うん。アルティはやっぱり凄いよ」
恐らくルークスは何をしに来たかも忘れているだろう。
思い出させるのは簡単だが、そうするとまた空気が重くなる。
せっかくなので、アルティは今このときを優先した。
「ただ、火炎槍の穂先みたいにしたら、水蒸気の噴出で抜けちゃうの」
「あー、火炎槍はイノリが押えているからねえ。刺さっただけじゃ内圧に押し戻されるよ。やっぱり返しじゃうまくいかなかったか」
「うん、穴塞ぎの円錐金具の後ろにすると、返しまで刺さらない。かと言って前にすると、金具まで刺さらない。でもって金具が刺さるくらい返しを小さくすると、今度は返しの役を果たさなくなっちゃうの」
「難しいね」
と口では言いつつルークスは笑顔である。
「うまくいかないのに何が嬉しいの?」
「だって、アルティと技術的な会話ができるなんてさ。ちょっと前までは考えられなかったよ」
「そう――ね」
フェクス家では男性限定の話題だった。
「アルタスおじさんを呼んで来よう」
「何を考えているの!?」
「え? だって僕らの手に負えない技術的なことだよ?」
アルティは頭を抱えた。
(どうしてこの鈍感は分かってくれないの!?)
だが、それはいつものことではないか。
「父さんを頼るのは最後にする。たっぷり悩まないと成長できないでしょ」
「そう? 僕としては帝国軍と一戦まじえ――」
建前では国境の川を挟んで睨み合いするのだから、間に合うこともある。
もちろん、そういう説明も家族にしてはいけない。
「まあいいや。僕らで改善方法を考えよう」
帝国との戦いには間に合わないが、アルティと二人で技術の迷路をさまようことにした。
多分、アルティと過ごした今までで一番楽しい一時だった。
久しぶりに五人で囲むテーブルは暖かかった。
テネルが屋敷の厨房を借りて作った、いつもの野菜スープに焼きたてのパン、特別に川魚の香草焼きである。
ルークスはフォルティスも誘ったが「家族団らんの邪魔になる」と遠慮された。
フェクス家の者はルークスが普段通りなのに安心した――アルティを除いて。
「皆ありがとう。手紙のお陰で元気が出たよ」
笑顔で報告するルークスに、アルティは心中複雑であった。
見かねた母親がやんわりと言う。
「今回は備えるだけだから、アルティも心配ないわね?」
「う、うん」
母子のやり取りに、ルークスもまた複雑な心境でいた。
家族に隠し事はしたくない。だが軍事機密は話せない。
万一「ルークスが秘密を打ち明ける」と見なされたら、家族が狙われてしまう。
その点は念入りにフォルティスに釘を刺されていた。
家族を守る為にルークスは「これからの事は口外できない」と正直に言った。
「どうして?」
パッセルが首をかしげる。十歳の少女には軍事機密が理解できない。
「そりゃあ、イノリがどこにいるかで、帝国軍の動きも変わるからよ」
と知ったかぶりをするアルティに、ルークスは冷や汗をかいた。
適当な事を言ったはずなのに、的を射ていたので。
まさに「イノリがどこへ行くか」が、今作戦の肝なのだ。
上陸地点で待ち伏せられたら、味方は大損害を被ってしまう。
たとえイノリが健在でも、他が全滅したら作戦は失敗だ。
上陸するまでは、たとえ親姉妹だろうと秘密を明かすわけにはいかなかった。
א
その頃フォルティスは自室で、兄のプレイクラウス卿と向かい合っていた。
シルフの耳を気にして声こそ控えているが、騎士の言葉は容赦ない。
「あのような下賤な者を連れていては陛下の名誉を損ねるぞ。ルークス卿は陛下の騎士なのだからな」
「なにぶん傭兵ですので、品性を期待しないでください」
「護衛なら私がいれば十分だろう?」
「兄上は陛下の名代ではありませんか。ルークス卿が兄上をお守りする立場です」
「だからと言って、よりによってあのような野蛮人などあり得ん!」
口論の原因は、傭兵サルヴァージだった。
王都を発つ前に、ルークスは行きつけの酒場に伝言を頼んでいた。
フェルームの屋敷まで来られたし、と。
まさか当日のうちに来るとは思っていなかった。
ただでさえ町は厳戒態勢を敷いている。
大剣を背負った風体怪しげな巨漢は足止めされ、屋敷に照会が来た。
そのときルークスとフォルティスはまだ学園にいた。
屋敷からシルフが来て事態を知り、学園から返答のシルフを戻し、屋敷から使いが来るまでの間、町の入り口で「馬に跨がった巨漢を役人が取り巻き」続けていた。
そこに折悪しくプレイクラウス卿が王都から到着してしまったのだ。
ルークス卿に雇われたと主張する傭兵に、騎士は「帰れ」と命じた。
サルヴァージが従うはずもなく、押し問答をしているときに、屋敷から使いが来て「通せ」と返答したから大変だ。
プレイクラウス卿は監督不行き届きを叱りつけ、現在に至る。
兄の怒りは弟の段取り不足ではなく、人選に向けられた。
「護衛なら、騎士団の誰でも、軍に出させるのでも良かろう?」
「ルークス卿は軍の祖国防衛に協力しに向かうのですよ? 自陣に行くのに騎士団や軍に護衛依頼など出せません。将兵を疑っていると思われます。そう吹聴する人間が出るのは確実です」
「それは傭兵でも同じだろ?」
「売り込みに根負けした、素行を見るためしばらく側に置く、いくらでも説明は付きます。ルークス卿の常識破りは多くが知る所です。ですが将兵を疑う猜疑心は持ち合わせていません。その信頼が崩れたら大変です」
「そうまでして必要な男か? それほどの信頼を得ているとは思えぬ」
「ルークス卿も信頼はしていません。ただ卿は『我々よりも、あちらの方が困る』との考えなのです」
素性も知れぬ傭兵を極秘任務に加えることには、フォルティスも反対した。
だが主人が決定した以上、従者である自分は弁護するしかない。
「そのあちらとは、帝国軍じゃない方面だな?」
「ええ。我々が手の内に飛び込む方面です。得体が知れない第三者の存在は、我々よりあちらの不都合が勝るとの判断です」
「あちらの手の者でないと言い切れるのか?」
「可能性が皆無とは言えません。ですが彼の目当ては陛下に拝謁することです。ルークス卿以外に目的を達成できる伝手は、まずありません」
「奴は陛下に懸想を!? 身の程知らずな!!」
声が大きくなったので、フォルティスが注意をうながす。
「その様な不逞の輩を、陛下の御前に出すなど論外だ」
「それだけの働きをすれば、の話です」
「そこまで働くか?」
「彼の陛下への想いは精霊も確認しました。ですので、ルークス卿以上の伝手が現れるか、別の女性に心を移さない限り、裏切る心配はありません。それどころか、あちらが陛下の敵と知れば、あちらの不都合が増すわけです」
打算的な発言に、プレイクラウス卿は指摘をする。
「着せる恩を増やすために危険を見逃す、あるいは意図的に危険を招く、くらいは想定しているのだろうな?」
フォルティスはたじろいだ。
そこまでは考えていなかった。だが退けない。
「ルークス卿の周囲は常にシルフが目を光らせています。精霊を出し抜けるほどの人物なら、なおさら味方に引き込むべきかと」
兄はため息をついた。
「お前がこれほど頑固になるとはな。やむを得ん。しばらく様子を見よう」
弟が気を抜いた瞬間、兄は心の間合いに踏み込む。
「奴が怪しい真似をしたら斬るが、構わないな?」
「それは――」
反対しかけて、フォルティスは自制した。
「分かりました。兄上がそこまでおっしゃるなら」
頷く兄に弟は冷や汗を拭った。
「斬って良い」とは言っていない。
「斬れるか?」と問うのを止めただけで。
兄が剣で遅れをとるとは思わないが、あの巨体に似合わぬ敏捷性と膂力の持ち主を斬るのは難しいだろう。
「試すだけ」なら譲っても「忠義に反しない」とフォルティスは自分を納得させた。
そうでもしないと兄との関係が破綻してしまう。
一方の兄は、弟が既に別の道を歩んでいることに驚いていた。
成長は嬉しくあったが、悲しくもある。
同じ主君に仕える者同士が争うなどあり得ないが、些細なきっかけで距離ができてしまったことは衝撃だった。
א
夕食後、アルティは客間のベッドに横たわっていた。
ルークスの元気さが、胸に刺さってシクシクと痛む。
彼はフローレンティーナ女王陛下のためにゴーレムマスターになり、陛下のために戦い、陛下のためにどん底からも復活したのだ。
「もう私なんか入り込む隙ないじゃん」
鼻の奥がつんとしてきて、アルティは腕で両目を押えた。
ベッドに沈み込むアルティの、部屋の扉が叩かれた。
「僕だよ」
突然すぎるルークスの来訪に、アルティはベッドから跳ね起きた。
パニックになってオロオロし、取りあえず中に入れた。
フェクス家では同室だったパッセルが、屋根裏の使用人部屋なので客間の一室はアルティが独占していた。
ランプが光を投げる夜の寝室に、若い男女が二人きり。
否、ルークスの左肩にはオムの幼女がちょこんと座っている。恐らく姿を消したグラン・シルフもいよう。
それでもベッドに並んで座るアルティの心臓は、早馬のように激しく鼓動してしまう。
「ど、どうしたの?」
問いかける声が裏返った。
「アルティが悩んでいるから相談に乗ってあげてって、テネルおばさんが」
アルティの熱が急激に下がった。
「ああ、そうなんだ。ふうん」
ルークスに期待してしまった自分の愚かさと、全てを見通してしまう母親の万能さに、げんなりしてしまう。
「でも僕で相談相手になるかな? アルティが僕のこと分かっているほど、僕はアルティのこと分かっていないと思う」
「へえ、ルークスにしちゃ分かっているじゃない」
「だってアルティの手紙が一番元気にしてくれたんだよ? でも僕は、君を元気付ける方法がさっぱり分からない」
少女の息が止まった。
やはりそうなのだ。
ルークスを突き動かすのは自分ではなく、女王陛下なのだ。
「どうしたの?」
ルークスが顔を覗き込んで、無遠慮に尋ねてくる。
「深刻そうだね。どんな悩みなの?」
アルティは答えられない。
(どうしてこうなの?)
根本的にルークスが「分かっていない」せいで、せっかく二人きりなのに息苦しいほど空気が重い。
時間が無意味に流れてしまう。
焦るアルティを余所に、ルークスはマイペースだった。
「そうだ。新兵器の方はどんな感じ?」
唐突に話題を振ってくる。
思いつきをそのまま口にする悪癖だが、今のアルティには救いとなった。
「ええと、自分で飛ぶ矢が、飛んで命中するまでは話したわよね?」
「うん。アルティはやっぱり凄いよ」
恐らくルークスは何をしに来たかも忘れているだろう。
思い出させるのは簡単だが、そうするとまた空気が重くなる。
せっかくなので、アルティは今このときを優先した。
「ただ、火炎槍の穂先みたいにしたら、水蒸気の噴出で抜けちゃうの」
「あー、火炎槍はイノリが押えているからねえ。刺さっただけじゃ内圧に押し戻されるよ。やっぱり返しじゃうまくいかなかったか」
「うん、穴塞ぎの円錐金具の後ろにすると、返しまで刺さらない。かと言って前にすると、金具まで刺さらない。でもって金具が刺さるくらい返しを小さくすると、今度は返しの役を果たさなくなっちゃうの」
「難しいね」
と口では言いつつルークスは笑顔である。
「うまくいかないのに何が嬉しいの?」
「だって、アルティと技術的な会話ができるなんてさ。ちょっと前までは考えられなかったよ」
「そう――ね」
フェクス家では男性限定の話題だった。
「アルタスおじさんを呼んで来よう」
「何を考えているの!?」
「え? だって僕らの手に負えない技術的なことだよ?」
アルティは頭を抱えた。
(どうしてこの鈍感は分かってくれないの!?)
だが、それはいつものことではないか。
「父さんを頼るのは最後にする。たっぷり悩まないと成長できないでしょ」
「そう? 僕としては帝国軍と一戦まじえ――」
建前では国境の川を挟んで睨み合いするのだから、間に合うこともある。
もちろん、そういう説明も家族にしてはいけない。
「まあいいや。僕らで改善方法を考えよう」
帝国との戦いには間に合わないが、アルティと二人で技術の迷路をさまようことにした。
多分、アルティと過ごした今までで一番楽しい一時だった。
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