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序曲
邪神降臨
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「あそこに……太陽神ラ・ルガが……」
十六歳の少年ラッド――ラドバーン=キースキンは海岸の岩場から洋上の空を凝視していた。
雲が渦巻いている。まるで空に穿たれた穴に雲が吸い込まれているかのごとく。
(あの向こうは本当に、神界なのか?)
これまで神官に言葉と法力を分け与えるだけでいた神々の一柱が、人類五千年の歴史で初めて現世に降臨しようとしているのだ――情報が確かなら。
「情報が間違っている事だってある」
そう自分に言い聞かせずにはいられない。だが同時に「それは願望に過ぎない」とラッドは理解もしていた。
何しろ敵――ルガーン人は民族存亡を賭けているのだし、太陽神殿も禁忌を犯してまで勝負に出たのだ。
そして目にする現象の規模――島一つ呑み込むほどの空間の歪み――が他の理由によるものとは思えない。
少年は一人きり、仲間とはぐれ単身で恐るべき状況に直面していた。ラッドの体が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴っている。
太陽神ラ・ルガが降臨したとしても、人々に祝福を与えてくれるなら恐れる必要はない。しかし、それがあり得ない事もラッドは理解していた。
太陽神ラ・ルガは、かつて大陸の三分の一を支配し異民族を奴隷にしていたルガーン人が崇拝する神であり、その五百年に渡る圧政を支えてきたのが太陽神殿なのだ。
奴隷とされた異民族たち――ラッドの祖父母らをして「あれは邪神だ」と言わしめた太陽神ラ・ルガが、現世に降臨して被害が皆無だなどあり得るだろうか?
(犠牲は何万か、何十万か?)
ラッドの全身が総毛立つ。
「防げなかった……リンカたちがあれほど頑張ったのに……」
体から力が抜け、ラッドは岩場に膝を着いた。
「俺の……せいなのか……」
予言が正しければ、あの邪神は世界を終焉に導くことになる。
「もう吟遊詩人風情の、出る幕じゃないよな……」
諦めの言葉が商売道具の口からこぼれた。
楽器を奏でて歌うしか能が無いラッドなどが、いくら抗ったところで歴史の車輪は止まるどころか回転を緩めもしない。する訳が無い。
「だのに、何故なんだ!?」
自分の左手はフィドルのネックを支え、右手は弓を離さない。
まさに「演奏を始めるぞ」という体勢のままでいるのだ。
邪神が降臨する様を歌い上げるのか?
喜びの歌曲で歓迎するのか?
そもそも神々と言葉を交わすなど、神官以外にできるのかさえラッドは知らない。
それでもなお、ラッドの胸では吟遊詩人の魂が燃え盛っていた。
漂泊の身である吟遊詩人は、いつが最後の演奏か分からない。だから一回一回の演奏を「人生最後」と思ってやらねばならない。それがお師匠様の教えだ。
「なら、最高の演奏をしてやる」
ラッドは立ち上がった。ストラップで吊ったフィドルを構える。
演奏をするために。
太陽神ラ・ルガに抗うために。
そして歌の力で歴史を動かすために。
ラッドが弓を弦に当てたとき、洋上では渦の中心が暗黒の穴と化した。穴は次第に広がってゆき――
キイイイイィイイイイーーーーーーーーン!!
――そこから発生した高周波が大気を大地を震わせた。
ラッドは反射的に耳を塞いで鼓膜を守る。弓が落ちた音はかき消された。岩場で小石がカタカタ震えている。
「何が起きたんだ!?」
そう叫んだはずだが、ラッドの耳は痛みすら覚える高周波音しか拾えない。
涙でにじむ目で見ると、空の穴がさらに広がり――止まった。
(来る!)
本能でそう悟った。次いで「これ以上広げる必要が無くなった」のだと理解が追いつく。通路を広げる作業の終了、それは太陽神ラ・ルガがこの世に出現する事を意味する。
そして今、ラッドの見ている前で――
十六歳の少年ラッド――ラドバーン=キースキンは海岸の岩場から洋上の空を凝視していた。
雲が渦巻いている。まるで空に穿たれた穴に雲が吸い込まれているかのごとく。
(あの向こうは本当に、神界なのか?)
これまで神官に言葉と法力を分け与えるだけでいた神々の一柱が、人類五千年の歴史で初めて現世に降臨しようとしているのだ――情報が確かなら。
「情報が間違っている事だってある」
そう自分に言い聞かせずにはいられない。だが同時に「それは願望に過ぎない」とラッドは理解もしていた。
何しろ敵――ルガーン人は民族存亡を賭けているのだし、太陽神殿も禁忌を犯してまで勝負に出たのだ。
そして目にする現象の規模――島一つ呑み込むほどの空間の歪み――が他の理由によるものとは思えない。
少年は一人きり、仲間とはぐれ単身で恐るべき状況に直面していた。ラッドの体が小刻みに震え、歯がガチガチと鳴っている。
太陽神ラ・ルガが降臨したとしても、人々に祝福を与えてくれるなら恐れる必要はない。しかし、それがあり得ない事もラッドは理解していた。
太陽神ラ・ルガは、かつて大陸の三分の一を支配し異民族を奴隷にしていたルガーン人が崇拝する神であり、その五百年に渡る圧政を支えてきたのが太陽神殿なのだ。
奴隷とされた異民族たち――ラッドの祖父母らをして「あれは邪神だ」と言わしめた太陽神ラ・ルガが、現世に降臨して被害が皆無だなどあり得るだろうか?
(犠牲は何万か、何十万か?)
ラッドの全身が総毛立つ。
「防げなかった……リンカたちがあれほど頑張ったのに……」
体から力が抜け、ラッドは岩場に膝を着いた。
「俺の……せいなのか……」
予言が正しければ、あの邪神は世界を終焉に導くことになる。
「もう吟遊詩人風情の、出る幕じゃないよな……」
諦めの言葉が商売道具の口からこぼれた。
楽器を奏でて歌うしか能が無いラッドなどが、いくら抗ったところで歴史の車輪は止まるどころか回転を緩めもしない。する訳が無い。
「だのに、何故なんだ!?」
自分の左手はフィドルのネックを支え、右手は弓を離さない。
まさに「演奏を始めるぞ」という体勢のままでいるのだ。
邪神が降臨する様を歌い上げるのか?
喜びの歌曲で歓迎するのか?
そもそも神々と言葉を交わすなど、神官以外にできるのかさえラッドは知らない。
それでもなお、ラッドの胸では吟遊詩人の魂が燃え盛っていた。
漂泊の身である吟遊詩人は、いつが最後の演奏か分からない。だから一回一回の演奏を「人生最後」と思ってやらねばならない。それがお師匠様の教えだ。
「なら、最高の演奏をしてやる」
ラッドは立ち上がった。ストラップで吊ったフィドルを構える。
演奏をするために。
太陽神ラ・ルガに抗うために。
そして歌の力で歴史を動かすために。
ラッドが弓を弦に当てたとき、洋上では渦の中心が暗黒の穴と化した。穴は次第に広がってゆき――
キイイイイィイイイイーーーーーーーーン!!
――そこから発生した高周波が大気を大地を震わせた。
ラッドは反射的に耳を塞いで鼓膜を守る。弓が落ちた音はかき消された。岩場で小石がカタカタ震えている。
「何が起きたんだ!?」
そう叫んだはずだが、ラッドの耳は痛みすら覚える高周波音しか拾えない。
涙でにじむ目で見ると、空の穴がさらに広がり――止まった。
(来る!)
本能でそう悟った。次いで「これ以上広げる必要が無くなった」のだと理解が追いつく。通路を広げる作業の終了、それは太陽神ラ・ルガがこの世に出現する事を意味する。
そして今、ラッドの見ている前で――
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