呪歌使いリンカ(の伴奏者)の冒険譚

葵東

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幕間

誕生日のお師匠様(3)

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 渡された筒の蓋を抜くと黴の匂いがした。丸められた羊皮紙を抜いて広げると、真っ先に金箔押しが目に飛び込んできた。
”なんだ~、かわか~”
 妄想少女の失望など耳に入らない。何しろ金色のユニコーンの紋章が書式の上に箔押しされてあるのだ。

『メルティ=カーノン(芸名マユラ)殿
 貴殿の旧バラキア神国に於ける民衆救済の功績を認め、ここに「救済の烈士」の称号を与えるものとす

 聖歴一六〇五年 秋分節
 クラウト王国女王リリアーナ=メイシンフィス=エンヴィッタ=ホーフェンディウム』

(リリアーナ!?)
 祖国を解放し大陸を統一した大英雄の署名にラッドは身震いした。
 旧暦、クラウト王国の女王時代、彼女の紋章であるユニコーンの金箔押し、それらがラッドに重くのし掛かってくる。
(お師匠様が称号持ち? しかもリリアーナ大王から?)
 さぞ呆けていたのだろう。お師匠様が満面の笑みで見つめていた。
「本物……ですよね?」
「おいおい、大王様の名前を勝手に使うことは連邦憲章違反じゃないか。それ以前に、大王様を熱狂的に支持するこの国でそんな真似をしたら、縛り首にされるだろうさ」
 と首を絞める仕草。
 羊皮紙を持つラッドの手が震えていた。
「本当だったんだ。お師匠様の話って」
「やっと信じたかい。まったく手間のかかる弟子だね、君は」
「凄いですよ。リリアーナ大王から認められるだなんて」
「そりゃまあ、バラキア神国が暴走したから即位できたようなものだからね。追い詰めに協力したあたしらに称号くらい振る舞うさ」
「え? まるで本来なら即位できないみたいな言い方ですね」
「リリアーナ王女は当時の王の孫だったんだよ。父親を含めて王子が三人いたのを跳び越えて継承なんて、本来できるはずがなかった。侵略軍を撃退して国民から絶大な支持を得たから、正妃の王子を差し置いて即位できたのだよ。しかも二百五十年の伝統を破って初の女王として」
「そうだったのか」
「女王になれたから大陸を統一できたのさ。王女の立場じゃ、何をするにも国王の許可が必要だからね」
「確かに」
「だから、きっかけを作ったあたしらに感謝してくれたのは不思議じゃない」
「それならフィンギルトや薬売りも感謝されたんでしょうね、大王様に」
「教えたはずだがねえ、君には、吟遊詩で。フィンギルトが正体を隠したまま歴史の闇に消えた事を」
「それは表向きで、お師匠様はバラキア神国で一緒に戦ったんでしょ?」
「あたしも遠目で見ただけだからね。仮面を被っていたから、素顔も本名も、今生きているのか死んでいるのか、あたしを含め誰も知らないのだよ」
「そうなんだ。じゃあ薬売りは?」
「それは、まあ、賞状一枚どころじゃない感謝を受けたね」
 お師匠様は歯切れ悪いうえに目を泳がせている。
(何か悪い物でも食べたのか?)
 ラッドの視線に気づいたか、慌てて付け足す。
「そりゃそうだろ? あたしらがやったのは結局、彼の手伝いでしかないんだ。別格なのは当然さ」
「そう、ですねえ」
 気になる。発言内容より、お師匠様の不安定さが気になる。
 空気を変える為かお師匠様は咳払いした。
「さてラッド。君にも吟遊詩人の役割が理解できたかな?」
「はい。情報を伝える事でフィンギルトを動かしたわけですね」
「途中を端折はしょりすぎだ。バラキアの民衆に薬売りの存在を伝えた事、クラウトの民衆にバラキア神国の悪政を伝えた事。それが重要なのだよ」
「情報を伝えたんですね、民衆に」
「その通りだ。そして情報は耳に届けただけでは半分しか伝わらない。聞き手の心を動かさないと全部伝えたとは言えないのだよ」
「心を?」
「情報は心に届いてこそ意味が生まれるのだよ。心が動けば人が動く。動く人数が大勢になれば民衆が動く。民衆が動けば、歴史だって動くものさ」
「まあ、そうなるんですかねえ」
”むずかし~はなし、あきた~”
「ラッド、君はちょくちょく注意が逸れるね」
「すみません」
 お師匠様は油断がならない。勘づかれないよう話題を合わせる。
「でもお師匠様、そういう話こそ伝えて広めれば良いじゃないですか」
「さて質問だ。客にとって一番退屈な情報とは?」
「嫌いな人の情報ですか?」
「不正解。嫌いな奴が酷い目に遭った情報なら喜ばれるさ。正解は自慢話だ」
「ああ、納得です」
「あたしらは活躍しましたよー、凄いでしょー、なんて歌を誰が聞きたがる?」
「そうですね」
「だからもう、あたしには歌う吟遊詩が無いのさ」
「え?」
「歴史まで動かしたあと、何が残されていると言うのかい?」
「だって、リリアーナ大王の事ならいくらでも」
「教科書に載る内容なんて吟遊詩人が伝える情報じゃないさ」
「でも、一刻も早く聞きたいのは人情じゃないですか」
「そんな情報、誰が伝えても同じさ。どこにあたしがやる理由がある? このあたしが」
「お師匠様……」
「あたしはもう、歌う気にはなれないのだよ」
 お師匠様は顔を背けた。声が聞いた事のない色を帯びている。
 過去に何があったのか。いくらなんでも引退するには若すぎる。
「あの……」
「次は君の番だ」
「はい?」
 向き直ったお師匠様はいつになく真剣な眼差しで言った。
「今日で君も成人だ。吟遊詩人として旅立つ日も近い。漂泊の身は想像を絶するほど苦しいものだ。心が折れるどころか粉砕される事だって何度もあるだろう」
「はい、覚悟しています」
「けど忘れてはいけない。歌は歴史さえ動かす力があると言う事を。いつか君が、歴史を動かすかも知れないのだよ、歌の力で」
「俺が、歌で歴史を?」
 それは途方もなさ過ぎて実感が湧かなかった。
 大クラウト連邦が大陸を統一して八年、リリアーナ大王が実現した平和は隅々にまで広がっている。
(民衆が動いて歴史が動く時代なんて、もう過去の話だよな)
 そうラッドには思えてならなかった。
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