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23.終結  

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 救援を待つ間、月が欠け、赤く変化していくのを見ながら、キースは英雄に尋ねた。

「よかったんですか?」
「何が?」
「よみがえりです……月蝕は貴重な機会だったのでは?あなたには可能なのでしょう?」
 
 死者を地の国から呼び戻す。その禁忌を犯す覚悟があれば、英雄はたぶん彼の相棒を呼び戻せる。
 
「あの魔法陣は未完成だと何度も言っただろう……」
「マードック少尉が用意した、あれは未完成でしょうけど」
「――ああ。そうだ。驚かないな? 本気であの未完成の禁呪を研究したら、俺はトゥッセを生き返らせることができると思う 。俺には禁呪の知識も魔力もあるからな……お前が協会長から受けた本当の依頼は?」

「――あなたを魔王にするなと 」

「ハッ。あのじいさんにはお見通しか。ああ、オレもずいぶん悩んだよ 。生き返らせたいと思えば、オレにはそれができる」

 英雄はそっと顔を伏せる。

「でもそれは……人道から外れているしな。それに、どう考えても、甦らせてトゥッセが喜ぶとも思えない」

 彼は自嘲の笑みを浮かべた。
 トゥッセに嫌われていると思っているから、このように笑うのだろう。

 彼は。
 なぜこの国きっての英雄が、こんなに早く大きな魔術を使える人間が、こんなに後悔や罪悪感にまみれているのだろう。
 まるで生きていることが罪だというように、息をひそめて生きているのだろう。
 
 魔王退治もトゥッセのことも、全部過去のことにしてしまえばいいのに。

 自分が幸せになることを、英雄は望んでいない。
 自ら呪われている。自分が不幸に生きること、それがトッゥセへの手向けだと思っている。

「まっさらな朝が毎日あなたにもきていますよ。毎日、新しい朝が」
 
 キースは愚にもつかないなぐさめを口にするが、英雄にはもちろん届かなかった。
 
「そうだといいな」

 月はもうずいぶんと、赤い部分を増している。白い光は残り少ない。かすかな月光に照らされながら英雄は力なく笑った。今にも消えそうな笑顔で。

 キースは、本当の彼をみたくなった。後悔にまみれていない。自信にあふれた彼を。
 トュッセを失っていない彼を。本来の彼の姿を。

「オレはあいつに、オレの生涯の相棒という役割を勝手に期待して、叶わなかったから、手を離されたとなげているだけだよ」

 ***
 
『――祈りは花に
 花は光に』

 救援に後始末を任せ、倉庫から出たタイミングで、英雄は杖を鳴らした。魔力が広範囲に広がるのがわかる。魔法陣は王都中を包んだ。

 恐るべき魔力量だ。英雄は大規模な魔法陣を、すでに3回使っている。
 
 魔法陣が完成すると、薄紅色の花弁を何枚も重ねた丸い花が、空から次々と落ちてくる。

 レン。
 地の国にも咲くという、死者を悼む花だ。
 
 じわじわと満ちゆく月に照らされた、王都のありとあらゆる場所に、花は降りそそぐ。

 コロンバリウムの死者の上に。
 王都中の生者の上に。

 あっという間に、あたりはレンだらけになった。
 
「今夜、望まれていたのに甦れなかった人々への俺からのたむけだ」

 しばらくすると花はゆっくりと淡い虹色の光となり、やがて空気に溶けていった。

 ***

 
 「帰るぞ」
 レンが溶け、光となった道を、英雄は自宅へと歩き始めた。
 キースは、食糧などが運び込まれる、王都の門のそばの、商家の倉庫に閉じ込められていたようだ。

「協会長にはお前を前の職場に必ず戻すよう伝えておくから。前、申し出たときには、一蹴されたけど、事件に巻き込まれたんだ。次は必ず、研究所に戻すよ」

「え?待って下さい。おれはあなたにもっと仕えたい」

「ん?いくら給料がよくても、またなんかに巻き込まれて命を失ったら元も子もないだろ? 
 弟たちを養ってるんじゃなかったのか?」

「ですが」

「んー 。とりあえず帰るか」
 英雄はカラッと笑った。 

――ほらお前がいつか買ってきたスープがあるだろう。ナモの香りがついてるやつ。あれを買って帰ろう。 
 もしかして、荒事は初めてだったよな?こういう時に急にいろいろ言って悪かったよ。 

 ***
 
  家に帰って台所でキースがぼんやりしているうちに温かな食事が机の上に広げられ、いつの間にかキースが調合したランダーの香が炊かれていた。 

  キースは温かいスープで体全部がぬくもって、やっと人心地がついた。 
  体からやっと緊張が抜ける。その時になって目の前で行われた戦闘で、体がガチガチだったことに気づいた。 
「眠くなったら寝ていけよ。 お前は今日よく頑張った。 初陣にしては満点だ」
 
 そう言って英雄はキースを落ち着かせるために、笑顔を浮かべている。

 ああ、この人は。魔術師としてひよっこの俺に、こんなにも自然と優しくできるこの人は。 
 もし相棒を失っていなければ、今頃、笑顔で若い魔術師を指導していたことだろう。
 こんな風に穏やかに笑いながら。

 涙がキースの頬を伝った。
 
 それをみて、英雄が慌てている。


 ***

 この夜、満ちゆく月にキースは英雄の助手を生涯やめないことを誓った。
 
 たとえ明日からまた、英雄が自分の世界にこもってしまうことになっても。
 
 英雄の周りには、彼を心配する優しさが溢れている。協会長も若旦那も、英雄ではなく、この穏やかに笑うセヌートを支えているのだ。
 
 キースは、この月蝕の夜、セヌートが彼本来の姿を取り戻すまで、人生をかけ力を尽くすことを決めたのだ。
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