夜桜

あおいまとか

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夜桜

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 総介は、公園の前の横断歩道が、青にかわるのをイライラしながら待っていた。

 仕事が長引いたのだ。今日中の連絡がなかなか来なかった上に、顧客の連絡だか、世間話だかわからない電話がなかなか終わらなかった。

 ようやくかわった横断歩道を、足早に進む。手に持ったビニール袋が歩くたびにガサガサと音を立てた。公園から歩いてくる人が多い。すでに花見をするには、少しばかり遅い。見終わって帰る人々だろう。

 公園では夜桜が、灯籠を模した電球で控えめにライトアップされていた。予想通り花見客はだいぶ少ない。
 彼の定位置に急ぐ。

 風が吹き、白い花びらが夜の闇にハラハラと落ちた。
 桜吹雪、というにはまだ落ちる花びらの数が少ないが、風に舞う花びらは充分風情がある。
 
 いつもの場所に彼はいた。

「やあ、久しぶり」

 総介は桜の下に立つ青年に声をかける。

 公園の夜桜を楽しむ人々の喧騒から少し離れて、桜並木のはずれに彼は立っていた。

「あぁ……」

 ぼんやりと彼は振り返った。夜はまだ肌寒い。白の薄いセーターとジーンズを着ていた。彼のお気に入りの格好だ。

「待ったか?悪い仕事が長引いた」

 総介は会社からまっすぐきたのでグレーのスーツのままだ。花見客に混じると浮くかと思ったが、仕事帰りに寄った人々も多いようで、安心する。

「いや、全然」
「一年振りだな」
「なかなか会えないからね」
「そうだな」

 お互い無言で夜闇に浮かぶ桜を見上げた。
 総介は途中のコンビニで買った、缶の酎ハイをビニール袋から出した。

「飲むか?」
「おれ、酒は嫌いなんだけど」
「そういうなよ。花見には酒だろ?気が向いたら飲めよ」

 総介は彼のそばにあった休憩用のベンチに缶酎ハイを置いた。ベンチにも桜の花びらが散っている。
 自分もプルトップを開ける。
 プシュ。間の抜けた音が闇に響いた。シュワシュワと炭酸の弾ける音がする。

「なんだその、桜味?あいかわらず珍妙な味に挑戦してるな。酎ハイで桜味ってなんだ?」

 こちらの手元を見ながら、ドン引いてる彼のツッコミに薄く笑う。

「久しぶりだな。その反応。最近、ジュースも酒も味のバリエーションがすごいぞ」
「……で?味は?」

 総介は缶酎ハイをゴクリと飲み干した。

「チェリーの味と風味だな」
「なるほどさくらんぼね」
「酒にすると味がぼんやりするな」
「心惹かれない感想だな。コーヒーは?」
「ある」

 ビニール袋からコーヒーを出す。ベンチに缶酎ハイと並べて置いた。ガッツリと甘い味を彼は好む。

「最近やっと温かくなったな」
「蕾をつけてからが早かったな。ここ数日で、一気に開花したよ」
「そうか」
「見ごたえがあった」

 彼はしみじみと、呟いた。
 少し離れたところに置かれた灯籠が、その物憂げな横顔を照らしている。

 そしてそっと総介に告げた。

「時間切れだ」
「……早いな」
「もう来年は来なくていい」
「くるさ。毎年」
「義理堅い奴だな」
「違う……わかってるだろ」
「そーすけ。おれのことはいいから。誰かいい人見つけて幸せになれよ」
「オレはお前が!」

 最後まで、言う間もなく。彼は消えた。
 TVのチャンネルを切り替えるように、彼はいなくなった。
 彼が立っていた場所に手を伸ばしたが、ただ空を切るばかりだ。

 彼の立っていた近くに、手がつけられなかった酎ハイとコーヒーの缶が所在なげに残っていた。
 缶の周りに、桜の花びらがヒラヒラと落ちてくる。

 総介の目頭に涙が滲む。
 また。
 また失ってしまった。

 数年前の桜の季節に、はかなくなった恋人。
 亡くなった翌年。彼を偲んで、総介は仕事の後に、2人でよく散歩したこの公園まで足を運んだ。夜桜をぼんやり見物していると、恋人が公園の端に生前の姿で立っていたのだ。
 
 歓喜した。

 だが、彼とは会話はできるが、触れることはできない。そしてすぐ消える。
 それから何度も夜の公園に通ったが、会えるのは命日だけだった。
 神の奇跡か、命日の日だけ彼に会うことができる。
 七夕の織姫と彦星のように、年に一度の短い邂逅。

 ――実は少し疑っている。彼は、幽霊ではなくて、ただの幻ではないかと。想いすぎて、バグった自分の脳が作り出した幻覚ではないかと。

 でもそれでもいい。一瞬でも会えるならそれで。
 
「今年もまた、愛してるって言いそびれたな」
 総介は残っていた酎ハイを飲み干した。
「せっかちなやつだ」
「待ってろよ。毎年くるから」
 
 そしていつか。
 天寿を全うしたら、黄泉の国でまた一緒に暮らそう。
 
 fin.
 
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