One Night Stand

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さよなら

 相良はそれ以上、なにも言わなかった。もう怒ってはいないようだったが、瑛斗の言葉になにを返していいのかわからないでいるようだった。

 そりゃそうだろう。『離れられなくなるのが怖かった』とか『我が儘言って困らせたくなかった』なんてその元になる理由は話さずに言われても、瑛斗の意図がはっきりと読み取れるわけがない。だからと言って、『好き』とは言いたくなかった。それはこの関係において最大のルール違反だと思った。

 中途半端に言って結局困らせちゃったな、と瑛斗は話したことを少し後悔した。

 車の中に再び沈黙が戻った。相良はずっとなにかを考えているようだったし、瑛斗も相良に対してもうこれ以上話すことはなかった。瑛斗はただ、窓の外を眺めてやり過ごした。

 もう少しで空港まで到着するというタイミングで、突然、相良がその沈黙を破った。

「瑛斗」
「……ん?」
「……俺も、本当に楽しかったわ。瑛斗と会えて」
「……うん」
「あんな楽しかったことも、久しぶりだったし」
「そうか……」
「ん。だから、ありがとう」
「そんなの、こっちこそだし。ありがとう」
「……日本で頑張って」
「……うん。相良もな。早く見つかるといいな」
「なにを?」
「守りたいもの」
「…………」

 相良は黙ったまま返事をしなかった。なにか変なこと言ったか?と瑛斗は相良の表情を探る。

「…………」

 相良は悲しそうな顔をしていた。眉を少しだけ潜めて、まるで子供が泣くのを堪えているかのようなその顔に、瑛斗の胸はぎゅっとなにかに掴まれたように苦しくなった。なぜそんな表情を見せたのかはわからない。わからないけれど。その悲しそうな顔に愛おしさみたいなものが込み上げる。

「相良……?」
「……俺は……」
「え?」
「……なんでもない」
「……ほんとに?」
「ん……」

 それ以上、追求することはできなかった。

 車が、空港のロータリーへと滑り込む。搭乗予定の航空会社のカウンターがある出入り口で停車した。

「ここで、いいから」
「いや、中まで送るわ」
「いいって」
「だけど……」
「相良」

 相良の言葉を遮った。じっと相良を見つめる。

「ここで、いいから」

 同じ言葉を繰り返した。数秒見つめ合う。相良の綺麗な顔がじっと瑛斗を見ている。きっとこれが見るのが最後になる、相良の顔。

「わかった」

 小さく相良が答えた。瑛斗はそっと微笑むと、最後の言葉を告げる。

「本当に、ありがとう。さよなら」

 相良はなにも答えなかった。答える代わりに、顔が近づいてくる。

 今キスされるのは苦しい。だけど、最後にもう一度だけ。相良に触れたい。その葛藤で動けないでいる。

 相良の唇が瑛斗の唇に触れる直前に止まった。そのまま頬へ移動して、チュッと音を立てる。至近距離で、相良がニヤリと笑った。

「瑛斗。今、キスされると思った?」
「……お前なぁ……ほんと……ん……」

 最後の最後でからかわれたと思い、抗議の声を上げたが。その次の瞬間には、唇が相良の唇に塞がれていた。ただ重ねるだけの、優しくて、温かいキス。

 数秒重なって、ゆっくりと離れていく。離れる直前に、相良の唇が瑛斗の上唇を軽く挟んでいった。あの、プールで出会った時の最初のキスのように。

「またな、瑛斗」

 じっと瑛斗の目を見て相良が言った。

「……うん」

 またはないだろうけど、と思いながら、瑛斗は返事をした。こんな社交辞令な言葉は要らないのに。
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