なんにも知らないのは君だけ【お知らせあります】

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本編

お茶でもしない?

「慎ちゃん?」

 後ろから声をかけられて我に返った。振り返ると、別のフロアで残業をしていたらしい後輩の男が怪訝な顔をして立っていた。

「おお、尚人なおと。お疲れ」
「なにしてんの? 空見上げてぼけーとしてたけど」

 市役所を出たところで突っ立ったまま、かなり時間が経過していたようだ。

「……いや、なんでもない。ちょっと考え事」
「疲れてんじゃない? 例の企画、もうすぐだよね? スポーツの」
「ああ、うん、そう」

 この男、米倉尚人よねくらなおととは大学時代からの付き合いだった。

 尚人は慎弥より4歳年下だ。慎弥が1浪をして入った大学へストレートで入ってきた。尚人とはたった1年一緒だっただけだったが、たまたま慎弥と知り合いになってウマが合い、同じ就職先になったこともあって卒業してからもプライベートでたまに会ったりしていた。後輩というよりは、友人に近い。

 そのたまたまだった尚人との出会いは、慎弥にとってはあまり思い出したくもない出会いだったが。

『うわっ、閉じこめられたっ!!』

 大学の講義が始まる直前。慎弥が急にもよおしてトイレに駆け込んだときだった。用を済ませて急いで出ようとしたのだが、なぜかトイレのドアが開かなかった。焦ってガンガンと押してみるが、なにかが引っかかっているのかビクともしない。

 うわっ、とか、なんでっ、とか叫びながら奮闘したが駄目だった。大声で助けを呼ぼうか、よじ登って脱出しようか迷っていると。

 すっ、と音もなくトイレのドアが手前に開いたのだった。

『………』

 見知らぬ長身の男と目が合った。よく見るとなかなかの男前だった。

『大丈夫?』
『あ……いや……ドア、開かなくて……』
『……このドア、そっちから押しても開かないよ。手前に引かないと』
『……そうだった?』
『うん』

 言われてそうだったかも、と思った。慌てていたのでなにも考えずただやみくもに前に押していた。途端に恥ずかしくなる。

『あの……ありがとう』
『いや、いいけど』

 そこで、講義に向かっていたことを思い出した。時計を見るととっくに開始時刻を過ぎていた。

『あー、講義始まってんなー』
『まだ大丈夫じゃない? そっと入れば』
『そうかな?』
『うん……ねえ、それって大事な講義?』
『え? ……どうだろ。別に大事ではないかもだけど……』

 なんでそんなこと聞くんだろ?と怪訝に思いながら答える。すると、その長身の男前はにっこりと笑顔を向けた。

『なら、お茶でもしない?』

 これが、尚人との最初の出会いだった。慎弥は結局講義には出ずに誘われるまま大学のカフェテリアで文字通りお茶をした。そこで思いのほか話が盛り上がって、尚人とはそれからよく時間を一緒に過ごすようになった。
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