フェイク

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そう思うことにしよう

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 何が起きたのだろう。昨晩までは、確かに七尾人形はここにいたのに。どうして急に、七尾人形どころか七尾人形のいた痕跡さえもなくなってしまったのか。

 これは、夢だったのだろうか。七尾人形と過ごした日々は幻だったのだろうか。

 いや、そんなわけがない。

 七尾人形は確かにいた。

 七尾人形を購入したあの夜から、もう何ヶ月も経っている。その間のことが、全てなかったことになるなんて、有り得ない。

 そうだ、と思いついて寝室へと走る。七尾人形のために買った洋服を入れているクローゼットの引き出しを開ける。

「……どういうことだよ」

 そこに、七尾人形用の服はなかった。七尾人形専用にする前に入っていた自分の服が納められている。

 ならばと、今度はキッチンへ走った。昨晩、七尾人形は大量の卵焼きを作っていた。なら、その料理の跡があるはずだ。明石は勢いよくキッチンのゴミ箱を開けた。だけど。

「なんで……」

 ゴミ箱には自分が捨てたゴミがあるだけで、卵の殻のかの字もなかった。

 半ば諦めつつ、カードの明細も確認してみた。人形を買った形跡も、七尾人形の服を買った支払い履歴も消えていた。

 全てがなかったことになっていた。

 さっき有り得ないと思った自分の確信が揺らぐ。

 こんなことあるだろうか。こんな、非現実的なこと。

 自分は本当にあいつと一緒にいたのだろうか。自分がおかしくなったんだろうか。おかしくなって、七尾が好きなあまり代わりの人形を妄想して過ごしていたんだろうか。

 急に、一人でいることが怖くなった。

 ぞわっと、根拠のない恐怖に駆られる。何が現実なのか、分からなくなる。どれが真実なのか、自信がなくなる。
 無性に七尾と話したくなった。

 急いでポケットから携帯電話を取り出して、七尾に電話をした。

 お願いだ。出てくれ。

 そう願いながらコールを聞く。四コール目で、七尾が応答した。

『もしもし?』
「七尾? あの……」

 そこで、言葉に詰まった。この状況をどのように説明していいか分からない。

 七尾は七尾人形に会ったこともない。何もかもなかったことになった、と訴えたところで、明石の頭がおかしくなったと思われるだけじゃないだろうか。

『どうした? もう家に着いたか?』
「…………」

 優しい七尾の声音に、一気に力が抜けてへなへなとその場に座り込んだ。

 張り詰めていた気持ちが緩んでいく。

 七尾は凄い。その声だけで、音だけで、明石を落ち着かせてくれる。

 大丈夫。七尾はきっと信じてくれる。

「うん。今、着いたんだけど……」
『……どうかしたのか?』
「それが……俺にも何がなんだか分かんなくて……」
『……そっち行こうか?』
「いや、大丈夫。出勤まであんま時間ないだろ。七尾の声を聞いたら落ち着いたから。また会った時に話す」
『……そうか』
「うん。またな」
『ん』

 電話を切って、ふうっ、と一息ついた。

 結局のところ、真相は謎のままだし、追究する術もない。七尾人形がいた証拠も何もない。けれど。

 七尾人形とのことは忘れないし、本当のことだったって思うことにする。

 七尾人形は確かに存在した。

 自分がそう信じていればいい。

 七尾人形が跡形もなく消えてしまったことは、起きるべくして起きたことなんだろう。

『この店に辿り着ける人と辿り着けない人といるらしい』

 そう七尾人形が言っていたのを思い出す。

『販売側でお客様には不要と判断した場合には、回収させていただきます』

 店からのメールにもそう書いてあった。

 もしかしたら。自分はあの時。どうしてもあの店で、あの人形を買わなくてはいけなかったのかもしれない。求めていたのかもしれない。必要だったのかもしれない。

 リアル七尾と、一緒に生きていくための勇気をもらうために。

 そして、それが叶った今、自分にはもう不要だと判断されたのだろう。そう思うことにしよう。

 タブレットを抱え上げると、充電器へと繋いだ。出勤時間が迫っている。

 仕事に行くために気持ちを切り替えよう。そして、今度は七尾を家へ招いて、ゆっくり七尾人形の話を聞いてもらおう。

「よし」

 気合い入れに声を出す。

 七尾人形と過ごしたリビングに背を向け、着替えるために寝室へと向かう。ムギがにゃあ、と小さく鳴く声が聞こえた。
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