ありそうでない話

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エピローグ

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「で、めでたく元の鞘に収まったわけだ」
「まあ、そうだな」

 栗原は、陸の作った豚の角煮を箸で器用に割りほぐすと、その内の1つを摘まんで口に押し込んだ。うまっ、と小さく呟く。

 陸との養子縁組が成立して数日後、証人にもなってくれたお礼の意味も込めて栗原を自宅での夕飯に招待していた。

「ちゅーか、ただの哲也の勘違いだったんだろ? だったら別に元の鞘もなにもないわな」

 ちょっと変わった別居だったって感じ? そう言って栗原は続けてグラスのビールを飲み干した。

「晃さん、ビールもっと飲む?」
「飲む」

 陸が栗原の返事を聞いて、キッチンへとビールを取りに行った。その後ろ姿を見送って、哲也は栗原に不機嫌さを前面に出して抗議する。

「前から思ってたんだけどさぁ。なんで、お前、陸に『晃さん』とか呼ばれてるわけ? 俺と同レベルじゃん」
「は? お前、そんなこと気にしてたの? 心狭いねぇ、哲也くん。男の嫉妬は醜いよ」
「いや、でも、俺、仮にも『旦那』なわけだし? 全く関係のないお前が『晃さん』って呼ばれてんのって微妙なんだけど」
「関係なくはないだろ。お前らの証人なんだしさぁ。それに『栗原さん』って他人行儀じゃん。陸くんはなんていうか、そう、俺にとっちゃ、弟とかそんな感じだし? 『晃』って呼んでいいよって言ったら、『じゃあ、晃さんで』って陸くんが選んだんだし」
「……俺には『晃って呼んでいいよ』なんて言ったことないくせに」

 陸がキッチンからビール缶を持って戻ってきた。

 そこでその話はなんとなくうやむやの内に終わる。いや、もちろん栗原のことは信用しているが。男が好きなわけでもないし。

 だが、なんせ男前なので、陸との距離があまり縮まるのを快く思えない自分がいるのも事実だった。陸もまた無防備に栗原には心を開いている節があるから尚更落ち着かない。

 こんな風に。今まで恋人に対して不安になることなんてなかった。独占欲や、嫉妬心。陸に会って初めて強く感じる感情だった。それは哲也が認めざるを得ない事実で。だから、心が狭いと言われようが、嫉妬は醜いと言われようがそんなのはどうだっていい。

 だって。それだけ、この目の前にいる真野陸という1人の男に心底惚れている証拠なのだから。それを自分が実感できて、陸にも伝えられるのなら。

 独占欲も嫉妬心もなかなか悪くない。

 あ、でも、もう小牧陸か、と自分で思い直してなんだか勝手に恥ずかしくなった。

「哲也さん? 大丈夫?」

 そう言われて隣に座る陸を見ると、陸が不思議そうな顔をして哲也を覗きこんでいた。視界の隅に今にも爆笑しそうな栗原の顔も見える。

「いや、大丈夫」
「……そう? なんか……眉寄せたり、急にニヤニヤしたり、赤くなったりしてるから……」
「……ほんとに大丈夫だから」

 そこで、堪えきれずに栗原が吹き出した。そんな栗原を哲也は睨み付ける。

「おい、笑うな」
「いや、笑うだろ。1人でなんか想像して、気持ち悪いわ、お前」
「……ほっとけ」
「いや、まあ、でも……」
「なんだよ」

 笑いを堪えるような顔をしていた栗原が、ふと真面目な顔に戻り、そっと哲也と陸に微笑みかけた。

「……おめでとう」

 陸と顔を見合わせる。陸が嬉しそうに笑った。哲也も微笑み返す。

 ここ数ヶ月で本当に色々なことがあった。でも、こうして陸が隣で笑ってくれて、頼りになる友人が祝福してくれて。それだけで、何でも乗り越えていける気がした。

 それが例え間違っていたとしても。今、そう思えるのなら。今、幸せなら、それでいい。

 哲也はテーブルの下で右手を伸ばし、陸の左手を握った。真っ直ぐに栗原を見返して、ゆっくりと口を開く。心を込めて返す。

「ありがとう」

 陸が、ぎゅっと手を握り返してきたのを感じながら。


【完】
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