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第4話 夢、抱いて

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あの後、ゼクスはスフィアの足の捻りを保健室で診てもらった。保健室の先生はとても優しく丁寧に湿布と包帯を巻いてもらい、教室へ向かった。
「さて・・・転入生でしたっけゼクス君は」
「まあ、そうなるな」
スフィアはゴクリ、と唾を飲み込む。そっと教室の柄をつかむ。
「・・・なにやってんだ」
「あなたも見たでしょ!『アイドル』だからって寄ってたかってくるのよ!」
あー、そういうことね。
ゼクスはあはは、と苦笑する。なんというか普通の一般人(自分も含んで)なら寄ってくるという行為は最初だけなのだが、アイドルが来た、なんてことになったら別枠ななのだろう。一日会うたび寄ってこられる、なのだろう。
「じゃあ俺が開ける。それで急には寄っては来ないだろ」
「む。・・・まあ仕方ないわよね」
何故だか開けたかった感が彼女から伝わってくる。そのうち話す機会とかあったら聞いてみよう、とゼクスは思い、扉を開けた。
「おはようございます」
「おはようございます」
・・・・・・
・・・
・・

あれ?なんでこんなに歓迎されていないんだ?
「えーと、1‐Aってここですよね」
「すまないね、1‐Cなんだここ。A組は隣なんだ」
先生と思しき人物に教えて頂いた。
「すみません、失礼しました」
パシャッ、と教室の扉を閉める。
「・・・ここっていったよな、スフィアさんよ」
「ごめんないさい、完全に間違えました」
ボケとツッコミを教室の前の廊下で繰り広げていた。


***

「おはようございます」
「おお、やっときかね」
1‐Aクラスの担任は女性と聞いてはいた。しかし目にすると正にボン、キュッ、ボンを丁寧に構成され、胸は大まかFカップだろうか、20代の方はクリーンヒットするであろう、明るい紫色のポニーテール。授業中であろうか伊達メガネを装着している。
「はい、みんな~、転入生紹介するわよ~」
スフィアは自分の席へ向かう。その時点でまずゼクスに興味が俄然とない。
ゼクスはその先生からチョークを渡され、名前を書く。
「ゼクス・シューベルトです、宜しくお願いします」
はーい、と小さな拍手のみ。
「クレア先生、それよりもHR始めましょう!今日は本当に楽しみにしてたんですから!」
「はいはい、わかったわよ」
まだ席指定もされていないのに、HRを始めようとする生徒諸君。
「じゃあ、ゼクス君は・・・あそこの席ね」
指が刺されたのはスフィアの隣の席だった。その瞬間、生徒の目の色が極度に変わった。
「は、先生それはないんじゃないんですか」
「とはいってもね、席空いてないんだし仕方ないでしょ?」
ブーイングの嵐。ゼクスはまあ大体は予想はしていたという面構えで、スフィアの隣の席へ座った。
「よ、数時間ぶりによろしく」
「馴れ馴れしくはやめてよね」
普通に紹介をしているだけで、生徒からのブーイングは止まらない。
「はいはい、みんな~HR始めるわよ」
先生からの口からは思いの寄らないHRが始まったのだった。
「・・・『戦闘』の訓練を始めるわよ!」
やっほう、いえーい!などの声が上がる。その理由は。
「もうじき『神霊』が宿るんだ!ああ、楽しみだぁ!」
「『剣闘』なんて正直飽き飽きしてたのよね。ほんと『魔力』が宿っててよかった!」
様々に言葉が通うが、俯いていたのは、『閃姫』スフィア・アルテミスであった。
ゼクスは、前の言葉を思い出す。彼女は『戦闘』自体を好んでいない。そもそも『剣闘』を望む彼女にとって、このHRは絶望的なのだ。
「・・・おい、スフィア」
俯いているスフィアに声をかけるが。
「・・・ごめんなさい」
即答に返され、拒まれた。
「各自、『神剣』をもって玄関に集合ね~」
はーい!と生徒たちは2人を除いて教室を出て行った。
「・・・」
「・・・」
どう声をかけよう、とゼクスは全力で脳を回転させる。
「ゼクスくん」
「は、はい」
いきなりスフィアから俯いた状態で話しかけられ、ゼクスはびっくりする。
「貴方は、『戦闘』こと、どう思っている?」
また難しい質問だ。さっきもそんな感じの事を聞かれたと思うのだが。
「学園長から聞いた以上は今は『仕方ない』と思う。魔力とか、神霊とか目新しいものに憑りつかれるのは人間の性なんだろうな。俺個人としては『剣闘』が好きだが」
その瞬間だった。
ゼクスは彼女の本当の笑みを見た気がする。
「本当に!?」
どん、と両手で机を叩く。ゼクスはその音でも驚き、こけそうだ。
「良かった・・・本当に。私だけだと思ってた」
スフィアは今にも泣きそうだ。ゼクスは何か悪いことをしたのではないかと、フォローに入る。
「わ、悪い。なんか俺変なこと言ったか」
「ううん、むしろ逆よ。ねえゼクスくん、もしよかったらだけど・・・」
言いかけた時にガラッと教室の扉が開き、先生が戻ってきた。
「何してるの~、早く来てね~」
「あっ、はい」
会話が遮断されてしまった。スフィアは言いかけた言葉をまた心の中にしまい込んだ。
「悪い、なんか言ってたか」
「ううん、何でもないわ。行きましょう」
剣神祭に出てほしい。なんて、初対面でそして自分が嫌いな外道の人と組むなどと。
スフィアはどうすればいいのかわからなくなっていた。そんな困惑に陥っている中、『戦闘』の訓練は始まる。


***


なんて教室を出てみると。
「キャー、本物のスフィア様よ!」
「写真撮らせてください!後サインも!」
挙句の果てには。
「取材したいことが!ぜひお話を聞かせてください!」
廊下の周りにはメディアとファンの方だけで回りがいっぱいだった。
スフィアはこれは仕方ない、という風に廊下へ出ようとした。だが、これはさすがに彼女一人にはやらせまいと、ゼクスは彼女の手を取った。
「な、なによ」
「こんな人数お前だけで対応できるか。『禁技』を使ってここを通り抜けるぞ」
そんなのどうやって、と言おうとしているスフィアにさっきつかんだ手をぎゅっ、と優しく握り、こう呟いた。
『時ヲ駆ケルハ神聖ノ柱』
すると辺りは一瞬して星が瞬く銀河の世界に変わった。
「・・・」
スフィアは驚きを隠せず、星を魅入っていた。ゼクスは初めて来る人にはいい景色なんだろうと、少しばかり移動をやめる。
「・・・まあ、こういうのはあんまり人には見せないものなんだ。実際感想はどうなんだ?」
「・・・綺麗」
スフィアは何かに吸い込まれたかのように、様々な星を見ていた。
「・・・小さい頃、星が好きだったの。いろんな星が煌めいて、輝いて。あの星はどこで輝ているんだろう、って。お爺様が天体観測を趣味でやっているところを私がずっと一緒に見ていたの。お爺様は言っていた。『あの星たちのように人間たちにも小さな光があるはず。だが、現実その小さな光はやがて闇へわかっていく。人間の『欲』というものに。』
・・・嫌な話、私もアイドルという片手間な仕事をやっているけれど、人間の『欲』というのは非常に恐ろしく、怖い。自分にもそういう『欲』というのがあるんじゃないかって、そう思う。・・・これは自分の解釈になるんだけど、その『欲』は『魔力』や『神霊』と比例しているんじゃないかって」
「!」
そういえば。とポンと手を叩いたゼクスはさっき生徒たちがHRの教室で言っていた言葉を思い出していた。
自分の欲のために、『神霊』を出す。
自分が欲求不満であるがために、『魔力』を宿す。
その理論はスフィアの狙い通りになるのかもしれない。
「私は『欲』は人間の性だと思っている。けどそれが『魔力』や『神霊』を出すためのものに使う風にはして欲しくない。純粋に『剣』本来の戦いをしてほしい。能力の戦いだなんて優劣がついてしまう。だから私はずっと独りで戦っていた」
「・・・そもそも、アルディス自体はいつごろから存在しているんだ?」
独り、という言葉に何か引っかかる。ゼクスは気になりスフィアに問う。
「・・・アルディスは2031年の恐慌後、発足した。私は今年に入学したの。そして、君が転入して来た」
「・・・ふむ」
「クラスは階級ごとにクラス分けされるの。五つあって私たちはAアルディス、Bビルネス、Cクレスト、Dディフルティ、そして今の私たちEイスタルシア。
Aに近づくほど優遇されるし、そして純粋に強い。年齢とか関係なくて最年小で飛んでAクラスまで行く人なんてほんの一握りしかいないわ」
ゼクスは様々な出来事を、一度整理する。
この学園には『剣闘』と『戦闘』という二種類の戦い方が存在する。そして現在主流となっているのは『戦闘』である。
ルールとしては『剣闘』の方が厳しい。『戦闘』は自由に能力を発揮できたり、『神霊』を呼び出すことができる。
では、ここで『魔力』と『神霊』の説明とその関連性について少しお話ししよう。
『魔力』の源は「こうでありたい」「こうなりたい」「これが欲しい」など、ありたい姿や物欲を強く意識することで魔力が生まれる。これが『欲』である。
『神霊』は、魔力が強ければ強いほど存在を顕わにする。何が見えるかは人によって変わってくるものだという。
では、一体何と関連性があるのか。
それは、『莫大な魔力ほど怖いものはない』ということだ。
理由としては、大きな欲を持つ人間がいたとする。その人間が魔力を持ち、神霊を仕えるようにする。そうした本人と神霊は絶大な能力者として生まれ変わるのである。
その例は実際に存在しており、テレビやメディアにも放映されるほどだ。
だが皆がそうであるかと言うとそうではないのだ。つまり個人差にもよるということになる。
話は戻るが、彼女スフィアはこの学園の『あるべき姿』と言っている。それは戦闘がはやり出す前、純粋に剣と剣が戦い合う『剣闘』が素敵に思えたのだろう。
「・・・私も『魔力』はあるし、使えることもできる。けどそれってこの学園の『本当の意味』であるのか、私はそうじゃないって思う」
「・・・難しい話だな」
ゼクスは、スフィアと並び、星を見上げた。
「昔、親善試合みたいなもので生で剣闘士を見たことがある。戦っている姿は本当にかっこいい。・・・でも今がこんな状況じゃあ『剣闘』なんてまずなりっこしない」
「それは、なぜ?」
「ほかの親善試合も見た。でもそれは純粋な『剣闘』じゃなかった。『剣技』を使うただの『戦闘』にすぎなかった」
ゼクスは、小さいころからいろんな試合を見てきたことをスフィアに語った。戦闘に変わった後の話はまさにスフィアにとって苦痛である。
「・・・そう、だったのね」
「俺も嫌さ。好きな戦いがこんなことになってるんだ、止めたい。・・・だけど純粋には勝てやしないんだ、今の時代は」
ゼクスは、小さい頃から『剣』を振ることが大好きだった。剣を禁じられる前までは、お爺ちゃんにも剣技や剣の流儀、作法などと教えてくれた。奥が深いと分かるゼクスだからこそ、スフィアの言い分が解る。
「だから今は興に乗っているだけだ。そうでもしないと何もできやしない。・・・最も『剣』自体持っていない俺がこんなこと言うのもなんだが」
「え、でもあなた剣を持っているじゃない」
みんなが聞いてきそうな答えをスフィアは口にした。ゼクスはまあ仕方ないな、と思いながらも話を続ける。
「俺自身『剣』を持つことを禁止されているんだ。これは借り物で飾りにすぎないんだよ」
「え・・・」
スフィアにとっては「ではなぜこの学園に来たのか」という考えに至るはずだ。ゼクスも予想通りの反応だと見据えた。
しかし、スフィアはこの予想をはるかに超えてきたのだ。
「・・・そう、でも人の事情なんて様々ですし。私だってアイドルとかやってるしお互い大変だね」
ゼクスはこのとき、彼女の違和感が取れた気がした。それは、他人とは違う『何か』。
ゼクスはあまり人と関わることが好きではない。しかし、彼女は自然と一緒にいても嫌な気分はしなかった。この違和感を知るためでもあったのだろう、ゼクスは様々にスフィアに質問や行動を見てきた。そしてたどり着いた答えは。
「やっぱ、お前変だわ」
「なっ・・・どういうことよ!」
ははは、とこれほどにないくらいの大爆笑。こんなに腹を抱えるくらい笑うなんて、いつぶりだろうか。スフィアは何か変なことを言ったのか、ほおを真っ赤にして考えている。
「悪い悪い、ついな。・・・でもそうやって言える人は少ないからな。スフィア、お前いい奴だな」
「・・・っ!」
スフィアはさっきよりも真っ赤に染まる。体から蒸気が今にでも出そうだ。
「べ、べべべ別にあんたに優しくしてないわよ!」
言葉の羅列がなっていなかった。ゼクスは必死に笑いを堪える。
「さてと、十分に揶揄えたし、行くとするか」
「ええ!?」
揶揄われていたとは知らなかったスフィアは、少しがっかりする。さっきの言葉は本当だったのだろうか、なんて疑心暗鬼にもなりかけていたが、ゼクスを信頼しないとと何も始まらないのではないか、とスフィアはポジティブ思考で考える。
「まあ、彼についていけば何か変わるかもね・・・」
スフィアはそう呟いて、ゼクスの後を追うのであった。


***


時空の狭間を歩くこと十分ほど。
「よし、ここを抜けたら練習場につくはずだ」
「・・・」
スフィアはこの先は『戦闘』という練習が待っている。スフィアは小さな音で唾をゴクリ、と飲み込む。
「どうしたよ」
「いや、なんでもないわ。行きましょう」
そうして時空の狭間を抜けて、辺りは青空広がる元の世界に帰ってきた。
しかし。帰って来て早々大きな事件が起こる。
「あーら、ホントにアルディスの生徒さんなのぉ?」
「つ、強すぎる・・・」
目の当たりにしたのは、アルディスの制服とは別の制服の女の子一人と、何人かのアルディスの生徒がボロボロになり、倒れていた。
「な、なによこれ・・・」
スフィアは絶句する。ゼクスも少し悪いタイミングに出てしまった、と考え込んでいた。
「あらー?まだ生徒さんがいたのぉ?先生ももったいぶるわねぇ」
「くっ・・・」
クレア先生も実力者だと聞いてはいたが、まさか生徒一人に返り討ちにされているとは思っていもいなった。ゼクスは周りを見渡す。
「こりゃ最悪な状況だな・・・」
ピクリとも動かずにいるスフィアにゼクスは声をかける。
「おい、スフィアさんよ」
「ひゃいっ!」
びくっ、と背すぎを伸ばすスフィア。ゼクスはスフィアの耳元で囁く。
「あれはどこの学園か、わかるか」
「あれは・・・デルミス大陸のガーディアン学園の制服ね」
囁いた事が帰ってきた言葉はアルディスより南の大陸、デルミス大陸のガーディアン学園という。
オルクディスア大陸には二つの勢力が存在する。一つは『王国領』、もう一つは『帝国領』である。その中でデルミス大陸は帝国領の領域であり、思想は『剣』は人を傷つけるもの、『暴力』そのものであるというもの。一方の王国は『聖王』の名言通り『剣』は護るものであり、『暴力』ではないという思想だ。
それぞれ違う思想であって、対立している。戦争なども頻繁に起こっているようだ。
「お前、一体何しに来たんだ」
「えー?それはねぇ、この学園をぉ、つぶしに来たのぉ」
「!?」
思想が違うだけでこうも変わる。彼女の目は殺気に満ち溢れて、今にも殺しにかかりそうだ。ゼクスは周りの人間の発言に気を付けながら話を続ける。
「帝国の人間は『人』をなんだと思っているんだ」
「はいぃ?『道具』にしかすぎませんよぉ、所詮」
狂っている。人間の価値を忘れた言葉だ。ゼクスはちっ、と舌打ちする。
『剣』さえれば、こんな奴すぐに仕留めれるのに、と。
「人間は『道具』なんかじゃありません!」
一番恐れていたことが今こうして幕を開けてしまった。スフィアである。彼女の一声で狂気に満ちたガーディアンの生徒を振り向かせる。
「ああ?」
「こうした生まれは、戦闘のせいでもあるんだよね・・・」
スフィアは呟き、一声に続いて言い放つ。
「人は誰しも『自由』です。しかし今や世界は人間を脅かそうとしている!それは『魔力』の莫大な保持!それを利用し、戦争を招かざるを得ない状況になっている!私はそれが許せません!あなたたちみたいに人を守るために使わずして『剣』を使うなど、もってのほかです!」
「・・・あんたぁ、確か『閃姫』だっけぇ?アハハ、面白いじゃん!」
ガーディアンの生徒は大爆笑する。一体それはなぜか。
「あんたの爺さんが『魔力』の発見者だろうが!残念だねぇ、こうやって世界に広ーく、戦争にも使われてるんだからさぁ!」
「・・・ぅっ!」
スフィアの胸を何かがザクッ、と深く刺さる。同時に、胸からは出血を起こす。
「!」
唐突な出来事にスフィアは口から吐血する。地面に膝をついてしまう。
「アハハ!よわーい!ホント『閃姫』なんて口先だよねぇ!」
「一体何を・・・」
スフィアは自分に刺さったものを確認する。
鋭くしかも痛さを感じない刃物。だが一瞬にして刃物の形は消え去った。
「そ・れ・が、君の嫌いな『魔力』の力なんだよぉ!」
これが、魔力の力。一瞬にして刃の形状を作り出し、刺す。ガーディアンの生徒はこれを一瞬にして作り上げる。
「あんたの爺さんにありがとう、っていいたいねぇ!こんな『凶器』をつくってくれてってなぁ!」
「違う!お爺様はそんな目的で創り出したんじゃない!」
「ふーん、そんなにしゃべってると毒すぐに回るよぉ」
「っ!?」
スフィアは体にぐらつきを感じた。目の前がぼやけて見える。
「それはねぇ、『剣技』ポイズンダガーって技でぇ、猛毒にするのぉ」
ガーディアンの女生徒はククク、皮肉に嘲笑う。
スフィアは解毒処理に入ろうとするが、ヒュッとナイフが解毒剤をまき散らす。スフィアは持ち物に解毒剤はこれだけだった。
「あははははは!本当におバカさんね!すぐに回復できると思ったのぉ?」
スフィアは目の前が暗転する。意識はもうすぐ失われる寸前だった。
「お・・・じ・・いさ・・・ま・・・」
スフィアは少しばかり長い夢を見ることになる。
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