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第6話 罪

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時は流れ、軍法会議の日が来た。
アルディス王都、グロリアス王宮軍法会議室。
「・・・お父様、ご準備はできておりますか」
「言われんでも出来とるわい」
ギスギスとした状況の中、午前十時頃。
「それでは、軍法会議を始める、一同、礼!」
ばっ、と全員が同時にお辞儀をする。
「では、さっそくではあるが、ルディス研究員。始めてくれるかな」
凛々しい男が、歯切れよく進行を進める。
「・・・はい」
ルディスが公表する『魔力ノ全テ』。
内容は『魔力』の根源に関する事、魔力の使い方、他応用についてだった。
「―――――ではまず、根本な『魔力』について、お話しします。『魔力』はいわばエネルギーの中の一つです。人間はまず気づくことすらない部分なのです。一説の本には『魔法』として使用していたという記述がありました」
「その記述というのは?」
「おそらく皆さんも読まれたかと思いますが、『古の大戦』時代のお話に出てくるものです。これは実在し、使用されていました」
「どういうことだ」
男はかなり興味を示している。ルディスは気にせず話を続けた。
「―――――魔力の源は『欲』によって供給されます。つまり、欲の強い人間が膨大な魔力を貯蓄しています。暴走すると魔力に取り込まれ、『怪物』そのものになるでしょう。『紅い悪魔』が存在したというのも否定しきれない事実です」
「そうなると・・・説得力がついてくるな」
ルディスはこの話をすると本当に暴走をする人間が出てくるに違いない、と頭の片隅に置いていた。ルディスは慎重に話を進める。
「――――つまりのところ、魔力は危険なものであり、『希望』そのものだとあり得るのです」
「ほう、『希望』とな」
ふっ、男はたちあがり、ルディスに向かい一喝を放った。
「甘い!『希望』など、とっくに終わっている!今必要なのは『軍事力』!王都を守るのがアルテミス家本来の役目であるぞ。ルディス殿、その魔力とやらいつに『軍事』に取り込める!?」
やはり、という顔つきにルディスはついなってしまう。しかし、覚悟をルディスは決めていたのだ。例え王国を敵に回そうとも。
「・・・わしは間違っても『魔力』を軍事に使おうとは思っておらん。カイオス殿、貴殿は何か間違ってはおらぬか」
「なに・・・?」
ルディスの周りには王国兵士が集まっていた。完全に逃れることはできないであろう。
「それは、お前の『欲』じゃカイオス殿。『紅い悪魔』と同じ二番煎じになりたいのか、と聞いておる」
「話にならん。牢獄に閉じ込めろ。もう資料はすでにこちらにある」
「なに・・・?資料はわしの金庫にしかないはずじゃぞ」
「いいや、うちの娘のおかげだ」
「・・・!?」
後ろから出てきたのは、虚ろな目をしたスフィアの姿であった。何かに操られているような雰囲気を出していた。ルディスは自分の『魔力』でスフィアの状態を確認する。
「お主ら実の娘に・・・なんちゅうことを・・・」
スフィアは意識すらない。あるのは『操られ人形』としてのスフィア。ルディスはキッ、と男に睨みつける。
「こんなことが許されるとでも思うのか?狂っておるぞ、お主らぁ!」
「狂っているのはルディス殿、貴方の方だ。『魔力』など解明されな蹴ればこんな事など起こるはずもなったはずだ。自身にも責任はあるのだよ」
カイオスは腰に携えてた剣をルディスに差し出す。
「我が妻は私の『作戦』に乗ってくれた。あなたの隠している『何か』を知っていたからな。使わない手はない、ということだ」
「なんじゃと・・・」
「感謝するよ、ルディス殿。これで帝国に先制布告をかけられる。そして密かに開発を進めていた『究極魔法砲』もこれでやっと完成する」
「・・・それはやめんかカイオス!世界を滅ぼす気か!?」
「滅ぼす?何を馬鹿な、世界を『変える』のだよ。王国がすべてだと、世界にひれ伏す姿をなぁ!」
カイオスの顔はすでに人間という顔ではない。『悪魔』そのもの。歪みきったその顔はもうルディスと話す気ではなかった。ルディスは戦闘態勢に入る。
「お主らに後れを取るわけにいかんからな。ゆくぞ、若造ども」
「この人数を相手にするのか、ルディス」
ルディスは詠唱を始める。カイオスたちはルディスが何を繰り出すのかわからない。とにかく防御を構える。
「無駄じゃあ!『重圧拡散胞子』!」
カイオスの周りに黒い霧が纏い、背中から一気に何かに押しつぶされる。カイオスは満面の笑みでこう言い放つ。
「これが『魔力』・・・!素晴らしい、素晴らしいぞぉ!」
高笑いし、カイオスは何やら服のポケットから瓶を取り出し地面に投げつける。割れた瓶はカイオスの周りの黒の霧を祓い始め、ついには重力が解けてしまったのだった。
「な、なんじゃと・・・」
「残念でしたねぇルディス殿。これは『即効魔力解剤』がはいっていましてねぇ。すぐ効くのがこの解剤のいいところなんです。そして持続効果で数時間は魔力を無効化することが可能なんですよ。・・・残念ですねぇ、あなたの言う『希望』が負けてしまったのですよ」
「バカな・・・わしは、わしは・・・」
ルディスは完全にカイオスの罠にはまったのであった。カイオスの狙いはすべてを『支配』すること。すべての大陸を何から何まで奪う。それをルディスは許せなかった。そして何よりも実の娘を操ることが最も許されざることだった。
「スフィア・・・」
ルディスは涙をこぼし、スフィアに問いかけた。しかし、彼女には意識もない。声が届かない。シュディはいったいどうしているのか。
「すまなんだ・・・わしは、どうしても人に頼る癖があってな。シュディ君は懸命に守ってくれたんじゃろう」
それを聞いたカイオスはゆがんだ顔でルディスの髪を持ち、つるし上げる。
「なら、おのれの眼で確かめてみろ、ルディス」
「・・・!」
ルディスの眼に見えたのはシュディだった。
「社長・・・すみません、私が情けないばかりで・・・」
「何を吹き込まれたのじゃ、シュディ君・・・」
「・・・家族です。従わなければ家族を殺す、と」
ルディスは自分の弱さをいまさらながらに知った。自分の部下さえも守れやしない、そんな自分のみじめさに。
「シュディ君」
「社長・・・本当にすみません・・・」
シュディは大泣きだ。一番に信頼し、そして恩師である人に背を向けたのだ。断然に許される行為ではない。でも、ルディスはそんな事は気にしていない。
「良い選択をしてくれた。ありがとう、シュディ君。君は立派にやっていける」
「・・・」
シュディは怒鳴られる覚悟でいた。しかしルディスから出た言葉は周りも予想外の発言。
しかもありがとう、などと感謝されるのであった。そして最後にルディスはこう残した。
「絶対に抗うんじゃぞ、シュディ君。負けてならん、必ず『希望』は見える。操らの目論見などぶち壊してほしい。頼んだぞ。・・・そしてスフィアのこともな」
「話は終わったか。・・・さらばだ、お父さん」
カイオスは鞘から剣を抜き、ルディスの胸を貫いた。
ルディスは後悔はないといわんばかりの笑みでこの世を立った。その時、スフィアの意識が最悪のタイミングで戻った。
「・・・え」
スフィアは意識が朦朧とし、状況が分からなかった。スフィアは今目の前に移る景色を目に焼き付けることになる。
「お・・・お爺様・・・?」
ルディス刺された剣は胸を貫かれ、鮮やかな紅色が流れてる。スフィアは血が流れるルディスを見て血の気が真っ青になる。そして。
「いやぁぁぁぁぁぁあああ!」
いったい誰にやられたのか。どうして死なねばならなったのか。優しく、忙しい父と母の代わりに育ててくれていた祖父が、今目の前で殺されている。絶望、悲嘆。
「・・・スフィア」
声をかけてきたのは、父のカイオスだった。カイオスは号泣のスフィアに声をかける。
「・・・私たちの警戒のなさだった。すまない、スフィア。お爺さんは懸命に生きて素晴らしい研究結果を残していったよ」
「研究・・・?」
スフィアはルディスの研究を見たことはなった。カイオスがその資料を見せてくれた。
「『魔力』に関する資料だ。これがあれば国を豊かにできるんだ。スフィア、一緒に世界を平和に導こう」
「お父さん・・・」


***


事件から数か月後。
シュディはルディスの遺言通り、テクス・リジャーノの社長となった。父カイオスは軍事での総指揮官に即位。母は各地の軍事の会議に出向しており、スフィアは独りきりとなった。
「・・・」
遺言状はシュディ、そしてスフィア宛てにしかなかった。スフィアは未開封であった遺言状をルディスの住居で開けた。そこには、真っ黒な現実と、すべてが偽りような真実が書かれていた。内容はこうだった。
親愛なる孫、スフィアへ。
この手紙を見ているとき、誰かの企みや、怨念によって殺されているのであろう。わしは嫌われ者であったからのう。ほほほ。
前置きはこれで置いといて。スフィアでもわかりやすく書いておくとしよう。この世界の嫌な不条理さを。
王都アルディスは闇に落ちた。・・・なんてわかるわけがないか、言語力が低すぎたのう。
言うなればある『魔物』に憑かれたといってもいいじゃろう。
『ディアボロス』。闇の魔物で依然と姿は現しておらん。憑りついておるというのはお前の父、カイオスなんじゃ。あやつは最初軍事など一切の興味もなかった。しかし、ある時から豹変し、瞬く間に軍法会議にまで上り詰めてきたんじゃ。
お前さんの母親も、カイオスが豹変してからおかしくなった。わしが魔力の研究も知ったのもそのディアボロスのせいでもあるのじゃろう。
わしは『魔力』は『希望』だと思っておる。今後の未来に、必要不可欠な存在になるはずなんじゃ。だが、それが軍事で使われるなどとはわしは許せんのじゃ。
平和に魔力を駆使して『魔法』を使ってほしい。それがわしの願いじゃ。
スフィアよ、こんな最悪な状況を作ってしまった事、本当に申し訳ないと思っておる。しかし、これが現実なのじゃ。許しておくれ。
お前さんがお爺ちゃん子と思ってお願いがあるんじゃ。『紅い悪魔』という本をよんだことがあるじゃろ?あの悪魔は事実『世界を救った』んじゃ。スフィアの想像通り、紅い悪魔は人間。シューベルトの人間なんじゃ。お前さんと同じ年ごろに『紅聖』の力を宿して居る子がおる。その子の力を借りて、ディアボロスを封印してほしい。
分からないことだらけだと思う。わしの家をお前さんの家にしてよい。それがわしの本望でもあるからのう。そのなかで書庫があるはずじゃ。利用するといい。本大好きじゃったからな。難しい本などは辞典があるのでそれを利用するといい。
それとお前さんにも異能の能力を携えておる。『分析』ともう一つ。ひっそりと研究して悪かったと思っておる。が、お前さんにも能力が携えておるとは思わんだ。しかも二つという。昔古の大戦時代の聖王と肩を並べた奴がおってな。『閃光』というものじゃ。
正に光の速さを操ることができる。例えばその場からいる場所から指定した場所へ動こうとする。普通なら人は足で歩いて移動する。しかしその『閃光』は歩かずしてその場所まで移動が可能なんじゃ。応用すれば最強かもしれん。わからなければわしの知り合いを尋ねるといい。別の用紙が入っているはずじゃ。
・・・スフィアよ、爺ちゃんはこの世が不条理すぎるんじゃ。だから、どんな些細なきっかけでも構わない。世界を救ってほしいとまでも言わん。せめて、お前さんのお父さんとお母さんを救ってやってほしい。お前さんはできる子とわしはお思っておる。無責任じゃが頼んだぞ。・・・ありがとう、そしてごめんじゃ。


スフィアはすべての文章を読み終えたとき、決意する。
無責任じゃない、やり遂げるんだ。父と母を救うためにも。ディアボロスを封印する。
そのために『知識』を身に付ける。やらねば。『力』と『知識』を。
そして『紅聖』の力を探すために。スフィアは固く誓った。
「お爺様、その無念必ず果たします。・・・必ず」


時は戻り、ルディスの書庫にて。
スフィアは資料を読んでいるうちに、あるものを見つけた。
「これは・・・」
そこには『剣神祭』という大きく記事が載っていた。
『最強求ム!優勝賞品は『紅剣 ヴァルキリー』、かつてマキス・シューベルトが使用していた『至高の刀剣』!応募はお早めに!』
「シュ―ベルト・・・そうか!これが『紅聖』の武器!」
これがあれば何かを掴めるかもしれない。そう思ったスフィアはさっそく応募欄に記入しようとした。だが・・・。
「二人・・・一組・・・」
希望が完全に崩れ落ちる。だが、スフィアがこれから通う場所は閃銘アルディス学園。様々な能力者たちが集う場所。純粋な戦いを欲した者たちが集う場所。チャンスは必ずある、そう信じて歩き出したのだった。


スフィアは考える。何のために自分は戦ってきたのか。『紅聖』の力を持った人と出会い、協力してもらう。紅剣ヴァルキリーを手にして『ディアボロス』を封印し、父と母を救う。
だから、今は死ねない。お爺様の無念を晴らすまで。
「私は・・・まだ・・・死ねないっ!」
スフィアは天を貫くが如く、自分の意識を取り戻すのであった。
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