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第30話 にんじん色のお妃様と近衛兵
しおりを挟む「今日は暖かいですね。愛馬と外を歩くのには丁度良い気候かもしれません。近衛兵に申し伝えますか?」
そう言われ、窓の外を見れば確かに今日はよく晴れていた。
フレイアは侍女長の娘のいう通りに、頷いた。彼女が近衛兵の元に行っている間、フレイアは手鏡を取った。
満月が紅茶に浸された瞳、ロスカの言葉を思い出だす。
自分の瞳がよく見えるように、窓辺の近くに行き瞳に光を入れ込む。少し隠れていた緑色が光に反応しては、姿を現した。
はっきりと浮かぶ緑色は決して強い色ではない。
それでも他人に言わせれば、ただの琥珀色の瞳とは言えない理由の一つになり得るだろう。
今まで特に自分の瞳を考えた事のなかったフレイアにとってみれば、ロスカからの言葉はどんな魅力的な砂糖菓子よりも、甘くて彼女の心臓を焦がすようなものだった。自身の瞳を鏡から見つめながら、フレイアは一言一句、ロスカの言葉を何度も思い出した。
でも、その頭の中の彼は途中で消えてしまう。扉がノックされたからだ。
フレイアはハッとして、鏡を置く。声の出ない代わりに入室の許可に彼女は近くにある硬いものを叩いた。三回叩けば、侍女長の娘が扉を開ける。
「お妃様、近衛兵を呼んで参りました。さっ、暖かな外套をお召しになってください。お靴も頑丈なものに致しましょう。戻ってきたら、りんごのパイでも食べましょう」
侍女長は楽しそうに、いそいそとフレイアに外套を着せ、帽子も被せた。耳までしっかりと覆い、手袋もはめた。
いくら晴れているとはいえ、今日の最高気温はマイナスである。久しぶりの太陽に、城のものの足も浮き足立っているようで、皆嬉しそうだった。それは付き添いの近衛兵も同じなようだ。にんじんを取って、馬屋に赴けば新聞を読んでいた馬丁が慌てて立ち上がった。
「お妃様」
そう言って、馬丁はお辞儀をする。
フレイアも膝を屈め、頭を垂らせば横にいた近衛兵が驚いた顔をし、馬丁を見つめた。そして、小声でこう知らせる。
「お妃様は馬丁の私に頭を下げてくれるんですよ」
家族代々、馬丁をしていたという彼によればこんなお妃様はいないというのだ。
近衛兵も、婚姻の儀を終えた後の話は聞いていたが、本当だったとは思いもしなかった。
当のお妃様であるフレイアは、嬉しそうに愛馬を撫でている。勿論、愛馬も喜んでいるらしく彼女の手を追いかけていた。
近衛兵はさらに驚いた。フレイアは自分で馬を出して、そのまま外へ出ようとしたのだ。
「あのお妃様は活発ですよ、すぐに遠くに駆けて行ってしまう。下手したらお前さん達より、速く走れるかもしれない」
近衛兵は慌ててフレイアの後を追いかけるように、馬丁から馬を受け取る。
彼女は口角を上げたまま、近衛兵が馬に乗ったのを確認するなり駆け出した。
「は、速い」
「早くお行きなさい!お前さんは近衛兵の中で、一番の馬乗りでしょう」
年老いた馬丁に激励される。
近衛兵は馬の腹を足で蹴り、フレイアの後を追いかけた。
『フレイアの護衛をしてほしい。愛馬を輿入れの際に連れて来ている。あまり遠くに行かないように、あまり無茶をさせないように注意してほしい』
この国の王様、彼が従うべきロスカの言葉が頭の中で蘇る。
たかが女性の馬、と彼はで馬鹿にしていた。しかし、愚かなのは自分だったと彼は反省した。
何せフレイアは想像以上に、速く馬を走らせているのだ。淑女はサイドサドルでしか乗らない、と思っていたがそうではないらしい。
「お妃様ー!お待ちくださいー!」
我ながら間抜けだ、と近衛兵は自分にガッカリした。
確かに近衛兵の中では誰よりも馬の世話にも、馬をいかに速く走らせるかも知っているつもりであった。
でも、多分、いや間違いなくフレイアには敵わないと彼は思った。幸いなのは彼女が近衛兵の制止を振り切らないような人である、という事だ。
フレイアは手綱を引いて、馬をゆっくりと止めた。近衛兵の方に振り向きながら、帽子を被り直す。
「これより先は、雪深くなります。私の後についてきて頂けますか。走りたいのは解りますが・・・」
フレイアは残念、とでも言いたげに肩をすくめて見せる。
でも、わかった、と言葉を動かして近衛兵を安心させた。炎帝の息子、恐ろしき影を背負うロスカのお妃様は春の子鹿のように活発であった。
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