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第32話 恋心は難しい
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度数の強い酒を、勢いよく煽るのを繰り返した後のような感覚であった。ロスカにとって、フレイアの瞳は満月のように麗しく、愛おしい物でありながらも彼女は彼を酷い高揚感でいっぱいにさせる存在でもあった。黒く巣食われた心臓に芽吹いた幼き緑色の目は、紛れもなく恋心と呼べるものである。しかし、彼の複雑に折り重なった黒い糸が、彼の父親からもたらされた影がロスカを苦しめるのだ。
『太陽のない冬が長すぎる。だから王様は皆気狂いになるのだ』
彼らの住まう国より遥か南下、自由の概念をあらゆる隣国へ振り分けた国の大使の言葉である。過去の異国との交流録を眺めていたロスカは、その言葉が忘れられなかった。思えば、父親の癇癪は夏よりも冬の間の方が酷かった。あながち嘘ではないかもしれない。そうロスカは考えた。父親の無念による亡霊なのか、太陽のない冬がもたらすものなのか、彼には時折、破裂するような怒りが湧き上がるのだ。鏡のように揺れのな位湖の水面が、突然激しく歪んでは右往左往に揺れて行くのだ。
今までは政務を行う上でよく揺れていた感情だったが、今やフレイアへその感情が向けられるようになっていた。彼女本人にぶつけた事はないものの、彼の瞳には激情の灯火が燃える日が増えていた。フレイアの挙動を一つ一つ疑うような、そんな眼差しなのだ。
「護衛の近衛兵はどうだ」
尋ねられて、フレイアは楽しそうに文字を書き連ねる。昨日一昨日、そして今日と短い晴れが続いていた。愛馬を連れて外へ出ている事は既に知っている。知っているが、彼が知りたいのは近衛兵との関係であった。どんな会話をしているのか、彼女から見た彼はどう見えるのか。
ー真面目な方です。気取らず、森のことをよく教えてくれます。
「そうか。何を教わったんだ」
ートムテの住む小屋があると教えてくれました。
「トムテ?ニッセか?」
ロスカの問いかけにフレイアは頷いた。この北に位置する国々一帯にある伝承に出てくる妖精の事だ。
「小屋はあの森にはないと思うが・・・」
その言葉にフレイアは人差し指を立てて、ロスカに時間をくれと知らせた。すると、文字ではなく、彼女は絵を描き始めたのだ。紙の真ん中に城が描かれ、城の裏側に森を描く。描いた、と言っても簡易的なものである。ロスカに理解してもらうべく絵の横には城、森、と書かれている。城から出て北に真っ直ぐ進んだあたりにフレイアは丸印をつけた。
ーこの辺りの木に、鳥の小さな小屋がありました。彼によれば、冬の間はトムテが鳥と一緒に寝ていると言うのです。
「それは初耳だな」
ロスカは首を傾げた。フレイアと一緒にいる近衛兵よりも、自分が生まれた時から城に居て詳しい筈なのに。
ー冬の祝いの前日には、その小屋の下に木の実を並べないといけないそうです。でも、その頃にはもっと雪深くなるので、暖炉の上にスープを並べると言っていました。トムテ達が匂いを嗅ぎつけて、やってくるそうです。
フレイアはよっぽど、その話が楽しかったのだろう。文字を連ねている間、口元には笑みが浮かんでいた。薄ら黄色がかった紙は文字と絵が描かれていて、今までのどんな会話よりも、文字を通して連ねた会話よりも、賑やかそうな紙であった。ちくちくとした棘が、ロスカの心臓をつつく。緑色の芽の茎から生えているらしく、心臓に纏わりついている黒いものを何度も何度も刺激した。
「口達者な奴で良かったな」
そう言って、ロスカは椅子から立ち上がる。いつもなら、夕食後に暖炉の前で二人で話をして、そのまま眠るのだが今日は違った。遅れている政務はないと言っていたのに、彼は執務室に行ってしまった。ぽつん、と部屋に残されたフレイアはどうしたのかしら、と彼女もまた首を傾げた。
『太陽のない冬が長すぎる。だから王様は皆気狂いになるのだ』
彼らの住まう国より遥か南下、自由の概念をあらゆる隣国へ振り分けた国の大使の言葉である。過去の異国との交流録を眺めていたロスカは、その言葉が忘れられなかった。思えば、父親の癇癪は夏よりも冬の間の方が酷かった。あながち嘘ではないかもしれない。そうロスカは考えた。父親の無念による亡霊なのか、太陽のない冬がもたらすものなのか、彼には時折、破裂するような怒りが湧き上がるのだ。鏡のように揺れのな位湖の水面が、突然激しく歪んでは右往左往に揺れて行くのだ。
今までは政務を行う上でよく揺れていた感情だったが、今やフレイアへその感情が向けられるようになっていた。彼女本人にぶつけた事はないものの、彼の瞳には激情の灯火が燃える日が増えていた。フレイアの挙動を一つ一つ疑うような、そんな眼差しなのだ。
「護衛の近衛兵はどうだ」
尋ねられて、フレイアは楽しそうに文字を書き連ねる。昨日一昨日、そして今日と短い晴れが続いていた。愛馬を連れて外へ出ている事は既に知っている。知っているが、彼が知りたいのは近衛兵との関係であった。どんな会話をしているのか、彼女から見た彼はどう見えるのか。
ー真面目な方です。気取らず、森のことをよく教えてくれます。
「そうか。何を教わったんだ」
ートムテの住む小屋があると教えてくれました。
「トムテ?ニッセか?」
ロスカの問いかけにフレイアは頷いた。この北に位置する国々一帯にある伝承に出てくる妖精の事だ。
「小屋はあの森にはないと思うが・・・」
その言葉にフレイアは人差し指を立てて、ロスカに時間をくれと知らせた。すると、文字ではなく、彼女は絵を描き始めたのだ。紙の真ん中に城が描かれ、城の裏側に森を描く。描いた、と言っても簡易的なものである。ロスカに理解してもらうべく絵の横には城、森、と書かれている。城から出て北に真っ直ぐ進んだあたりにフレイアは丸印をつけた。
ーこの辺りの木に、鳥の小さな小屋がありました。彼によれば、冬の間はトムテが鳥と一緒に寝ていると言うのです。
「それは初耳だな」
ロスカは首を傾げた。フレイアと一緒にいる近衛兵よりも、自分が生まれた時から城に居て詳しい筈なのに。
ー冬の祝いの前日には、その小屋の下に木の実を並べないといけないそうです。でも、その頃にはもっと雪深くなるので、暖炉の上にスープを並べると言っていました。トムテ達が匂いを嗅ぎつけて、やってくるそうです。
フレイアはよっぽど、その話が楽しかったのだろう。文字を連ねている間、口元には笑みが浮かんでいた。薄ら黄色がかった紙は文字と絵が描かれていて、今までのどんな会話よりも、文字を通して連ねた会話よりも、賑やかそうな紙であった。ちくちくとした棘が、ロスカの心臓をつつく。緑色の芽の茎から生えているらしく、心臓に纏わりついている黒いものを何度も何度も刺激した。
「口達者な奴で良かったな」
そう言って、ロスカは椅子から立ち上がる。いつもなら、夕食後に暖炉の前で二人で話をして、そのまま眠るのだが今日は違った。遅れている政務はないと言っていたのに、彼は執務室に行ってしまった。ぽつん、と部屋に残されたフレイアはどうしたのかしら、と彼女もまた首を傾げた。
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