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第三章
225話 統一
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「陛下、教皇猊下がお着きになられました」
「……通せ」
「はっ」
入ってきたのは杖を突いた一人の老人。しかし、それがただの老人ではないことは誰の目にも明らかであった。
彼の鋭い目は知識と経験に満ち、その厳かな表情は皆が思わず敬服してしまうような威厳を放っている。
そして頭上に輝く冠に純白のローブ、杖とペンダントに指輪の数々は教皇の権威と信仰の象徴である。
「猊下……! 何故ここに……」
「国が滅び、部下が連れていかれたとあれば、自ら赴き救いを与えんとするは歴然たり。稚児が如し醜い争いは辞めよ」
「は……! 猊下……!」
先程までは威勢の良かった枢機卿とやらも教皇の前では顔が上がらないようだった。
「して、プリスタを恣意に解任するはどのような弁明がらあろうか」
「この男は悪魔に魂を売ったのです!」
「違います教皇猊下。私は信じることを選んだのです。憎しみを超えた、陛下の創る希望の世界を」
枢機卿とプリスタ両名の言い分を聞いた上で、教皇は目を瞑り数秒の沈黙が訪れた。
そしてその口から沙汰が言い渡される。
「信じよ、未来を」
「猊下!」
「『汝希望を捨てるべからず。信仰を棄てるべからず』我が主の言葉に従わない背信者は何処か?」
「ぐっ……」
枢機卿は言い返すこともできず、元の椅子にへたれこんだ。
「陛下の信心深さは存ずる所。以後お見知り置きを」
「いや私は別に聖教会の教えに従っている訳ではない。が、排斥するつもりもない。それだけだ。こちらこそよろしくお願いしよう、教皇猊下」
私は迷いなく教皇の差し出した手を握り返した。その手は厚く、柔らかく、そして温かみに包まれていた。
「まず此度の王国の過ちを謝罪したい。枢機卿のように、教えを誤った解釈で都合良く政治に使う、愚者が巣食う国だった」
教皇が国王を含むファルンホスト王国の上層部に不信感を抱いていたのは事前調査で知っていた。
宗教も政治を利用し信者を増やしていた。しかし信者が国全体に広まった時、国による宗教の政治利用が聖教会のコントロールを離れ、暴走を始めた。
こんな風にいつか国を揺るがすから、政教分離は絶対に必要なのだ。
「いつか、全てを精算する日が来る。それがこの日だった、それだけの事です。……ですが教皇猊下、死んだ全ての人々の為に、祈って頂けますか」
「勿論です。全ての人々の心に癒しを齎さんが為、我々が存在するのです。……祈りましょう、陛下の御父上の為にも」
教皇は首から提げたペンダントを握り返し、祈りの言葉を呟き出した。それを見た王国側の人間は全員が立ち上がり、教皇と同じように祈りを捧げる。
その言葉たちが部屋に響き渡り、いつしか聖歌の音色を奏で始めた。
私たちは目を瞑り、その祈りを全身に受けた。
「私たちは全ての人間に祈りが届くことを願っております」
世界が平和になれば、教会に縋る人間は減るだろう。絶望の世界がなくなれば、教会に救いを求める人間は減るだろう。化学が発展すれば、医学が発展し人口が増加すれば、教会の絶対的な権力は次第に失うだろう。
しかし、人間には心の拠り所が必要だ。心の支えが必要なのだ。
「行きましょう──」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局城下の演説会場まで着いてきてくれたのは、王国の人間は枢機卿以外全員だったのに対し、アキードからはディプロマだけだった。
だが今はそれで十分だ。
「言いそびれたが、ここからは引き返せない。それを承知の上だな?」
全員がこくりと頷く。
私たちは今日、この世界を根本からぶち壊すのだ。
「……帝国民の諸君、お集まり頂き感謝する。そして王国民及び協商連合諸地域、亜人・獣人の国々の皆も私の声は届いているだろうか」
眼下には無事帰還した全ての大臣と各貴族たちの連れる軍隊が集結していた。
その奥には訳も分からないが嬉しそうな顔の民衆が集められている。
私の手元の通信機から大陸全土のスピーカーへ声が届けられているはずだ。
私とその後ろに控える各国の代表を一緒に写した写真も記者たちによってパシャパシャと撮られる。
初めて見る光景に教皇一行は困惑しているが、私は構わず進める。
「諸君らに報告すべきことがある。既にご存知であろうが、我々帝国は王国と協商連合諸地域全てを手中に収めた!」
群衆からわァっと歓声が上がった。だがそれは私の望むものではない。
「勘違いをするな! これは敗北であることを忘れてはならない! 我々人類は愚かな争いを続けてきた! その結果が今回の戦争であり、犠牲者は数え切れない!」
歓声がピタリと止んだ。帝国の国家元首が帝国の勝利を祝わずむしろ敗北と言う状況に、彼らは動揺を隠せないようだった。
「魔王領、そして海の向こうにはまだ見ぬ危機が潜んでいることだろう! このことを私たちは忘れてはならない!」
人類の歴史を鑑みれば、かつては魔王という強大な敵に抗う為に人類は皆が手を取り合っていたのだ。
いつからだろうか、私たちはどこかで道を間違えた。
「これより先、私たちに争いは不要! つまり、人々を隔てる国境は不要なのだ!」
「へ、陛下はさっきから何を仰っているんだ……?」
「そんなこと俺にも分からん!」
「今この時を持って、ここに『人類共同世界政府』の設立を宣言するッ!!!」
「……通せ」
「はっ」
入ってきたのは杖を突いた一人の老人。しかし、それがただの老人ではないことは誰の目にも明らかであった。
彼の鋭い目は知識と経験に満ち、その厳かな表情は皆が思わず敬服してしまうような威厳を放っている。
そして頭上に輝く冠に純白のローブ、杖とペンダントに指輪の数々は教皇の権威と信仰の象徴である。
「猊下……! 何故ここに……」
「国が滅び、部下が連れていかれたとあれば、自ら赴き救いを与えんとするは歴然たり。稚児が如し醜い争いは辞めよ」
「は……! 猊下……!」
先程までは威勢の良かった枢機卿とやらも教皇の前では顔が上がらないようだった。
「して、プリスタを恣意に解任するはどのような弁明がらあろうか」
「この男は悪魔に魂を売ったのです!」
「違います教皇猊下。私は信じることを選んだのです。憎しみを超えた、陛下の創る希望の世界を」
枢機卿とプリスタ両名の言い分を聞いた上で、教皇は目を瞑り数秒の沈黙が訪れた。
そしてその口から沙汰が言い渡される。
「信じよ、未来を」
「猊下!」
「『汝希望を捨てるべからず。信仰を棄てるべからず』我が主の言葉に従わない背信者は何処か?」
「ぐっ……」
枢機卿は言い返すこともできず、元の椅子にへたれこんだ。
「陛下の信心深さは存ずる所。以後お見知り置きを」
「いや私は別に聖教会の教えに従っている訳ではない。が、排斥するつもりもない。それだけだ。こちらこそよろしくお願いしよう、教皇猊下」
私は迷いなく教皇の差し出した手を握り返した。その手は厚く、柔らかく、そして温かみに包まれていた。
「まず此度の王国の過ちを謝罪したい。枢機卿のように、教えを誤った解釈で都合良く政治に使う、愚者が巣食う国だった」
教皇が国王を含むファルンホスト王国の上層部に不信感を抱いていたのは事前調査で知っていた。
宗教も政治を利用し信者を増やしていた。しかし信者が国全体に広まった時、国による宗教の政治利用が聖教会のコントロールを離れ、暴走を始めた。
こんな風にいつか国を揺るがすから、政教分離は絶対に必要なのだ。
「いつか、全てを精算する日が来る。それがこの日だった、それだけの事です。……ですが教皇猊下、死んだ全ての人々の為に、祈って頂けますか」
「勿論です。全ての人々の心に癒しを齎さんが為、我々が存在するのです。……祈りましょう、陛下の御父上の為にも」
教皇は首から提げたペンダントを握り返し、祈りの言葉を呟き出した。それを見た王国側の人間は全員が立ち上がり、教皇と同じように祈りを捧げる。
その言葉たちが部屋に響き渡り、いつしか聖歌の音色を奏で始めた。
私たちは目を瞑り、その祈りを全身に受けた。
「私たちは全ての人間に祈りが届くことを願っております」
世界が平和になれば、教会に縋る人間は減るだろう。絶望の世界がなくなれば、教会に救いを求める人間は減るだろう。化学が発展すれば、医学が発展し人口が増加すれば、教会の絶対的な権力は次第に失うだろう。
しかし、人間には心の拠り所が必要だ。心の支えが必要なのだ。
「行きましょう──」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局城下の演説会場まで着いてきてくれたのは、王国の人間は枢機卿以外全員だったのに対し、アキードからはディプロマだけだった。
だが今はそれで十分だ。
「言いそびれたが、ここからは引き返せない。それを承知の上だな?」
全員がこくりと頷く。
私たちは今日、この世界を根本からぶち壊すのだ。
「……帝国民の諸君、お集まり頂き感謝する。そして王国民及び協商連合諸地域、亜人・獣人の国々の皆も私の声は届いているだろうか」
眼下には無事帰還した全ての大臣と各貴族たちの連れる軍隊が集結していた。
その奥には訳も分からないが嬉しそうな顔の民衆が集められている。
私の手元の通信機から大陸全土のスピーカーへ声が届けられているはずだ。
私とその後ろに控える各国の代表を一緒に写した写真も記者たちによってパシャパシャと撮られる。
初めて見る光景に教皇一行は困惑しているが、私は構わず進める。
「諸君らに報告すべきことがある。既にご存知であろうが、我々帝国は王国と協商連合諸地域全てを手中に収めた!」
群衆からわァっと歓声が上がった。だがそれは私の望むものではない。
「勘違いをするな! これは敗北であることを忘れてはならない! 我々人類は愚かな争いを続けてきた! その結果が今回の戦争であり、犠牲者は数え切れない!」
歓声がピタリと止んだ。帝国の国家元首が帝国の勝利を祝わずむしろ敗北と言う状況に、彼らは動揺を隠せないようだった。
「魔王領、そして海の向こうにはまだ見ぬ危機が潜んでいることだろう! このことを私たちは忘れてはならない!」
人類の歴史を鑑みれば、かつては魔王という強大な敵に抗う為に人類は皆が手を取り合っていたのだ。
いつからだろうか、私たちはどこかで道を間違えた。
「これより先、私たちに争いは不要! つまり、人々を隔てる国境は不要なのだ!」
「へ、陛下はさっきから何を仰っているんだ……?」
「そんなこと俺にも分からん!」
「今この時を持って、ここに『人類共同世界政府』の設立を宣言するッ!!!」
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