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雨音の向こう
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一週間ずっと雨だ。雨が降っている。
今も雨粒が窓を叩き、風は安普請の家を揺らしている。
僕はといえば、点けっぱなしのパソコンも放置して、紙屑だらけの部屋の中で、特に何もせずに硬い床の上に直接寝転がっている。
パソコン画面の中には起動されたワープロソフト。しかし真っ白。一つも文字も書かれていない。じつをいうと、明日までに提出しなければならない課題があるのだけれど、気力というものが一切出ずに時間を無駄にしている。
これもすべて梅雨のせいだ、などと独りごちてみるけれど、梅雨でなくとも自分がいつも無気力であることは知っている。
なんだか雨の向こうの外界では、とある有名なアニメ会社が燃やされたとか、とある芸能事務所の問題が浮き彫りになったとかで騒がれているみたいだけれど、延々と鳴り続ける雨音のせいで何もかも掻き消されるようだった。
そんな大惨事も雨のせいさ、とまた独りごちてみる。そんなわけないじゃん、と心の声がすぐにツッコんだ。僕はひとり勝手にくすくすと笑う。
ごろっと寝返りを打ってみると、散らかした使用済みのティッシュの中からふわりと精液の香りがする。最近のものなのか、ティッシュはまだ湿っている。
ふと、自分は生まれたときからこの部屋にいる気がする。物心ついたときから、いやそれよりもずっと前、母親の体内の中にいるとき、いやそれよりも前、精子と卵子がまだくっついてもいないとき、その可能性すらなかったとき――僕はそのときから、ずっとこの部屋の硬い床の上に寝転がっている気がする。こうやってティッシュから漂う精液の香りを嗅いでいたような気がする。
外はずっと雨。ずっとずっと雨。ここ一週間どころの話ではない。人類が生まれるよりも、地球ができるよりも、宇宙ができるよりも前から、この世には雨が降っている。激しくなったり緩やかになったり緩急をつけながら、雨はさめざめと降り続ける。永遠に。
雨は草木を腐らせる。水は川や海や用水路や下水道などからいくらでも氾濫し、あちらこちら中の家を水没させていく。建物は崩れる。車は沈む。人々は逃げる、溺れる、流される。でもこの部屋はいつまで経っても同じだ。いつまで経っても崩れない。ノアの方舟みたいに――あんな立派なものではなくて、ちんけなボートみたいなものだが――ぷかぷか浮いて、ただただ浮いて、そして流されていく。洪水の上をすいすいと滑りながら。
部屋の中は静かだ。揺れもない。いや、正確には風で少し揺れている。でも難破船みたいにぐらんぐらんとは揺れない。軽い振動が、たまに思い出したかのように走るだけ。
相変わらず聞こえてくるのは雨音ばかり。他には何も聞こえない。爆発音も、炎が燃え上がる音も、誰かの叫び声も、誰かの怒りの声も、誰かの悲しみの声も、誰かの嘲笑も、誰かの泣き声も、誰かの罵声も、誰かの詭弁も――何も、何も聞こえることはない。
雨はすべてを水の底に沈めた。だから雨音はこの世界を支配する唯一の音になった。それでは自分は――自分は何だろうか――。
僕は耳を澄ます。窓の外の雨音に。雨音の向こうに。
誰かの声を――水の底に沈んだ誰かの声を聞き取るために――。
――なんて、アホな妄想を膨らませているうちに、時計の針は一回りも進んだようだった。
僕はいい加減に起き上がって、のろのろとキーボードを叩き始める。
きっと雨音の向こうで誰かが必死に叫んでいたとしても――水の底から助けや救いを求めていたとしても、僕には決して聞こえないのだろうなと、そんな風に思いながら。
今も雨粒が窓を叩き、風は安普請の家を揺らしている。
僕はといえば、点けっぱなしのパソコンも放置して、紙屑だらけの部屋の中で、特に何もせずに硬い床の上に直接寝転がっている。
パソコン画面の中には起動されたワープロソフト。しかし真っ白。一つも文字も書かれていない。じつをいうと、明日までに提出しなければならない課題があるのだけれど、気力というものが一切出ずに時間を無駄にしている。
これもすべて梅雨のせいだ、などと独りごちてみるけれど、梅雨でなくとも自分がいつも無気力であることは知っている。
なんだか雨の向こうの外界では、とある有名なアニメ会社が燃やされたとか、とある芸能事務所の問題が浮き彫りになったとかで騒がれているみたいだけれど、延々と鳴り続ける雨音のせいで何もかも掻き消されるようだった。
そんな大惨事も雨のせいさ、とまた独りごちてみる。そんなわけないじゃん、と心の声がすぐにツッコんだ。僕はひとり勝手にくすくすと笑う。
ごろっと寝返りを打ってみると、散らかした使用済みのティッシュの中からふわりと精液の香りがする。最近のものなのか、ティッシュはまだ湿っている。
ふと、自分は生まれたときからこの部屋にいる気がする。物心ついたときから、いやそれよりもずっと前、母親の体内の中にいるとき、いやそれよりも前、精子と卵子がまだくっついてもいないとき、その可能性すらなかったとき――僕はそのときから、ずっとこの部屋の硬い床の上に寝転がっている気がする。こうやってティッシュから漂う精液の香りを嗅いでいたような気がする。
外はずっと雨。ずっとずっと雨。ここ一週間どころの話ではない。人類が生まれるよりも、地球ができるよりも、宇宙ができるよりも前から、この世には雨が降っている。激しくなったり緩やかになったり緩急をつけながら、雨はさめざめと降り続ける。永遠に。
雨は草木を腐らせる。水は川や海や用水路や下水道などからいくらでも氾濫し、あちらこちら中の家を水没させていく。建物は崩れる。車は沈む。人々は逃げる、溺れる、流される。でもこの部屋はいつまで経っても同じだ。いつまで経っても崩れない。ノアの方舟みたいに――あんな立派なものではなくて、ちんけなボートみたいなものだが――ぷかぷか浮いて、ただただ浮いて、そして流されていく。洪水の上をすいすいと滑りながら。
部屋の中は静かだ。揺れもない。いや、正確には風で少し揺れている。でも難破船みたいにぐらんぐらんとは揺れない。軽い振動が、たまに思い出したかのように走るだけ。
相変わらず聞こえてくるのは雨音ばかり。他には何も聞こえない。爆発音も、炎が燃え上がる音も、誰かの叫び声も、誰かの怒りの声も、誰かの悲しみの声も、誰かの嘲笑も、誰かの泣き声も、誰かの罵声も、誰かの詭弁も――何も、何も聞こえることはない。
雨はすべてを水の底に沈めた。だから雨音はこの世界を支配する唯一の音になった。それでは自分は――自分は何だろうか――。
僕は耳を澄ます。窓の外の雨音に。雨音の向こうに。
誰かの声を――水の底に沈んだ誰かの声を聞き取るために――。
――なんて、アホな妄想を膨らませているうちに、時計の針は一回りも進んだようだった。
僕はいい加減に起き上がって、のろのろとキーボードを叩き始める。
きっと雨音の向こうで誰かが必死に叫んでいたとしても――水の底から助けや救いを求めていたとしても、僕には決して聞こえないのだろうなと、そんな風に思いながら。
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