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ヒロタアツシ
ヒロタアツシ その1
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目を開けると、体育館にいた。正確には、体育館のような場所にいた。見た目は確かに体育館なのだけれど、何かが歪んでいるような違和感があった。その奇妙な体育館にいたのは僕だけではなかった。周囲を見渡すと、僕と同じ学年の連中――なぜか男子生徒だけ――が一通り揃っていた。女子生徒や他学年の生徒、教師などはいなかった。みんな何が起きたのかわからないといった様子で混乱していた。
ここに来る前のことを思い出してみようとしたけれど、記憶はいつものように教室に登校したところで止まっていた。
誰かがあっだとかえっだとか言って舞台の方を指差した。みんなそちらに視線が吸い寄せられる。当然ながら僕も。垂れ幕が少しずつ動き、開いていくのがわかった。その中央に鎮座していたものに、僕は目を丸くし、素っ頓狂な声を上げそうになった。
その舞台の中央には椅子が一つ置かれており、その上には一人の女の子が鎖みたいなもので縛り付けられており、口には猿轡が嵌められていた。拘束を解こうとしているのか、仕切りに身を捩っている。それは、見知った人物だった。
「ハナヤさんだ」と誰かが言った。それを皮切りに、他の生徒からも「そうだ、そうだ」というようなざわめきが起きた。僕は言葉も発せずに呆然としていた。状況なんてまるで呑み込めなかった。
「はい、皆さん、落ち着いてください!」
急に能天気な声が響いて、一瞬ざわめきが収まった。そしてみんなの視線は、今度は舞台から少し逸れたところに向いていた。僕もそちらを見た。
舞台の袖に、三人の冴えない男と、一人の派手な女が立っていた。男三人の方は普通の人間に見えたが、女の方は明らかに違った。肌がエイリアンみたいに緑色だったし、頭には黒い角のようなものが生えていた。服装も露出度の高いボンテージみたいなものを着ていて、いわゆる痴女というものを連想させた。
僕を含めた全員がどういう反応をすればいいか戸惑っているうちに、女が一歩前に歩み出てきて、口を開いた。
「私はオーバーリーディングの幹部、アマンダという者よ」
オーバーリーディング? 幹部? 混乱と困惑は収まるどころかさらに深まった。アマンダと名乗った女は、それを見越したように矢継ぎ早に言葉を続けた。
「オーバーリーディングっていうのはこの世界の征服を計画している組織のことよ。あなたたち的な者の言い方をすれば、悪の組織ね。そこの幹部、つまりお偉いさんの一人が私ってことよ。四天王とかそういうやつね」
女が言うことは単純明快だったが、噛み砕いて整理するのに時間がかかった。急に悪の組織なんて陳腐な単語を出されても、すぐに受け入れられるわけがなかった。
「まあ口だけじゃ信じられないでしょうね。じゃあ、はい」
女がパチンと指を鳴らした瞬間、体育館全体がぐらぐらと揺れ、窓が一斉に割れた。あちこちから悲鳴が上がり、何人かが飛び散ってきたガラスにより怪我をしたようだった。僕は体育館の中ごろにいたので被害はなかったが、誰かが倒れ込む様子が遠目から見えた。
「これで、ただの人間じゃないってことくらいはわかってもらえたかしら?」
女の言葉に、反論しようとするやつは誰もいなかった。
「どうやら信じてもらえたみたいね。それじゃさっそくあなたたちを呼び出した用件を言うけれど――ああ、安心してちょうだい、何も殺そうとか獲って食おうとかそういうのじゃないから。お願いしたことをやってもらえたら帰してあげるからね」
女は妙に優しい口調で言いながら微笑む。それが余計に気味悪かった。
「まずここにいる子のことはみんな知ってるわよね?」
女は舞台の中心で拘束されているハナヤさんのそばに近寄っていった。ハナヤさんは首を回し、明らかに敵意を剥き出しにした目で女のことを睨みつけていた。
「知ってるわよね? ちゃんと答えて」
女の声に少し棘が混じった瞬間、黙っていたクラスメイトたちが再びざわめき出し、「知ってるよ」とか「うちのクラスのハナヤさんだ」とか口々に喋った。僕も――聞こえはしないだろうが――小声で「知ってる」と答えた。
女は満足そうに頷くと、手でざわめきを制した。
「そう、この子はハナヤミツキ。あなたたちと同じ学年。彼女の正体が何かは知ってる?」
正体――という単語に、誰もが首を傾げた。僕も意味がわからずに黙っていた。
「当然知らないわよねえ。それじゃこの子の口から聞いてみましょうか?」
女はそう言うと、ハナヤさんの猿轡を外した。ハナヤさんは猿轡が外れるなり、噛みつくばかりの勢いで捲し立てた。
「あたしはどうでなってもいい! みんなには手を出さないで!」
すると女は失笑するような声を漏らしながら、ハナヤさんに言った。
「私が手を出すわけじゃないわよ。彼らに手を出してもらうの」
それにハナヤさんは一瞬だけきょとんとし、すぐに敵意満載の表情に戻った。
「なにわけのわからないこと言ってるの? 今すぐこの拘束を解きなさい!」
女はハナヤさんの命令を無視し、僕たちの方へ向き直った。
「彼女、魔法少女なのよ」
ざわめきすら起こらなかった。情報を処理しきれずに全員唖然としていた。
「まあ、これも言葉だけじゃ信じられないわよね。ハナヤさん、変身してちょうだい」
「冗談じゃないわよ、どうして――」
「言うこと聞かないならどうなるかはわかってるわよね?」
女がちらっと僕たちの方を見遣ると、ハナヤさんは悔しげに歯を食い縛った。
「――わかったわよ」
すると、ハナヤさんは何やら口をもごもご動かして、呪文のようなものを唱えた。瞬間、ハナヤさんの全身が輝き出し、その眩しさに僕は思わず目を瞑った。次に目を開けたとき、ハナヤさんの姿は激変していた。
ハナヤさんは、まるで絵本の中のファンタジーゲームの女騎士のような服装に身を包んでいた。それだけではない。黒かった髪の毛の色が金色に、瞳はオレンジ色になっていた。ハナヤさんではない、どこか異次元の別人が急に出現したようだった。
「改めて、彼女の名前はホープナイト。私たちオーバーリーディングと戦っている魔法少女の一人よ。ほら、聞いたことがない? 悪の組織と魔法少女が戦っているっていう噂。都市伝説って言った方が正しいかしら?」
生徒たちの中から、ぽつぽつと「知ってる」とか「有名だよな」というような声が上がった。僕も聞いたことがあった。しかし、それが単にインターネットのお茶菓子のようなものとしか認識しておらず、まさか現実だとは思いもしなかった。
「――つまりハナヤさんがその魔法少女ってこと?」
誰かの呟きを女は目敏く聞きつけ、頷いた。
「その通りよ。もう私があなたたちにお願いしたいこともわかってきたんじゃないかしら?」
女の物言いに、誰も答えなかった。僕も変わらずに静観していた。
「まあ、この説明は私じゃなくて、こいつらが適任だわね」
女が急に引き下がると、代わるようにずっと後ろでぼうっとしていた男三人のうちの一人――妙なアロハシャツを着た男――が歩み出てきて、まるで結婚式のスピーチでもするかのような朗らかな声音で喋り始めた。
「どうもどうも。皆さん、初めまして、私、裏アダルトビデオメーカークズ箱って会社の社長をやらせてもらっているイチノセっていう者です」
イチノセ――と名乗った男は、手を擦り合わせそうな勢いでぺこぺこと頭を下げながら言う。その口調は本当にのんきで、顔には胡散臭い笑顔が貼りついている。
そのときになって、僕はようやく女の後ろに立っていた男たちに注目した。女とは違って、やはり普通のぱっとしない人間のように見える。イチノセという男は先述の通りだが、一人は大きなカメラを抱えて虚空を見上げており、もう一人はなぜか知恵の輪を熱心に弄っていた。非日常で支配されたその空間の中では、女以上にその三人は浮いていた。
「本日は皆さんを撮影の協力者としてお呼びいたしました」
「撮影?」とざわめき。
「『正義の騎士魔法少女、クラスメイトからの輪姦地獄!』というアダルトビデオの撮影です。皆さんには男優役をやっていただこうと考えています」
イチノセの台詞に真っ先に噛みついたのは、ドレス姿のハナヤさんだった。
「ちょっと、それはどういうことよ!」
「どういうことも何も、言葉通りの意味ですが?」
イチノセは胡散臭い笑顔のまま、ハナヤさんの方を見る。
「何よ、私でアダルトビデオでも撮ろうっていうの?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
イチノセの口調は変わらない。慇懃無礼で、どこか小馬鹿にしているようだった。
「おかしいじゃない! あなたたち、人間でしょ? どうしてオーバーリーディングなんかに協力しようとするの!」
ハナヤさんは女と相対していたとき以上に激高しているようだった。
「え? そりゃもうビジネスですよ。わかりやすく言えば金儲け」
イチノセは平然とそう言ってのけた。ハナヤさんは目を見開き絶句したが、すぐに険しい表情に戻った。
「――そう、あなたが会話の通じない人間だってことはわかったわ。でもね、彼らがあなたたちみたいな下衆に協力するわけないじゃない。自分たちがクズだからって、他人もクズだとは思わないことね」
「そうですね、僕らはクズですね。はい、それはもう言い逃れしようがないです。今の状況を看過できない方が皆さんの中にいらっしゃるのも想像できます。なので、私からの提案です。今ここで、彼女を犯したいという方は手を挙げてください」
しーんと室内は静まり返る。誰も手は上げない。
ハナヤさんが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ほら、見なさい、誰もいないじゃない」
しかし、イチノセの様子は飄々としていた。
「話はまだ終わってませんよ。もちろん無理強いは致しません。帰りたいという方は言ってください。アマンダさんにお願いして、速やかに帰していただきます。それによって何かリスクを背負うようなことはありません。ただしここで起こったことは他言無用でお願いします。もしお喋りになった場合は――まあこれは私どもの管轄じゃないのでよくはわかりませんけど、たぶんオーバーリーディングさんの方から何かしらの制裁があるかと思います。それに関しましては、私どもは一切の責任を負いかねます。ご了承ください」
誰かが息を飲む声が聞こえた。制裁――というのがどういうものかはわからないが、ろくなことにならないのは確かだった。
イチノセはみんなの動揺なんて感知していないかのように言葉を続ける。
「それで残られる方へのメリット――というか特典なのですが、魔法少女セイントマープル触手責めビデオと、魔法少女スカイシャインの輪姦ビデオもお付けいたします。どちらも華麗な少女への凌辱が楽しめる一品になっています。データのみで欲しいという方にも対応しますよ!」
突然プロジェクターが降りてきて、そこに映像が映し出される。大音量で女性の喘ぎ声が聞こえてきたかと思うと、そこにはカラフルな衣装を着た女の子が、一方ではイソンギチャクみたいな妙な生物に、一方では大勢のむさ苦しい男たちに犯される映像が映し出されていた。周りから歓声とも悲鳴ともつかないような声が上がった。僕は思わず自分の股間を押さえた。なんと――勃起していた。押さえつけようとしたが、それは元気に制服のズボンを押し上げている。落ち着かせようとしても、血流が下半身へと流れていくのを感じた。
「はい、体験版はここまで」
プロジェクターに映し出されていた映像が消える。ハナヤさんが愕然とした表情をしていたが、次の瞬間には、敵意どころか憎悪を露わにした目をイチノセに向けていた。
「なんて酷いことを・・・・・・」
「これも商売なんですよ」
イチノセは一貫してそう笑う。
「――で、皆さんにもう一度お訊ねします。今ここで彼女を犯したいという方、挙手をお願いします」
それでも、まだ誰も手は挙げなかった。僕も挙げなかったが、内心では、挙げたいという感情が首をもたげていた。
「犯罪者になることを心配されている方は、大丈夫ですよ。守秘義務はしっかりしていますし、情報が外へ漏れることはないことをお約束します」
まだ、挙げない。
「――そうですね、皆さんって女性経験はありますか?」
イチノセは急に話を変えた。
「彼女――ハナヤさんって可愛いですよね? 学内でもかなり人気があるとお聞きししました。貴重な機会だとは思いませんか? こんな子とセックスできる機会なんて、もう人生で一度もないかもしれませんよ? このチャンスを逃したら、一生童貞で、添い遂げてくれるような相手もおらず、ゆっくり孤独死していく可能性も――」
「あーもう、我慢できねえ!」
イチノセの揺さぶりが効いたのか、それとも単に痺れを切らしただけなのか、生徒の中から声が上がった。
「俺! 俺は残る! ハナヤを犯させてくれ!」
その生徒は大きく手を挙げながら、そう叫んだ。一度決壊すれば、もう止められなかった。
流されていくように「俺も」「俺もお願いします」というような声が次々と上がった。かくいう僕も無言で、しかししっかりと伸ばして――手を挙げていた。
その光景に、ハナヤさんはまたもや絶句し、イチノセは至極満足そうだった。
「そう慌てないでください。皆さん全員に回るように段取りは組んでいますから。それでは誰から先にハナヤさんを犯せるか、抽選といきましょうか」
そこで知恵の輪をやっていた男が前に出てくる。
「えーっ、これより抽選の説明をします。今から皆さんには――」
「ちょっ、ちょちょちょっと待ってよ! みんな考え直し――うぶっ」
喚き立てようとしたハナヤさんの口に、女は再び猿轡をかけた。
「うるさいから黙ってなさい」
ハナヤさんはもがいていたが、拘束が解けそうな様子はこれっぽっちもなかった。
知恵の輪男は、淡々と説明を続けていた。
ここに来る前のことを思い出してみようとしたけれど、記憶はいつものように教室に登校したところで止まっていた。
誰かがあっだとかえっだとか言って舞台の方を指差した。みんなそちらに視線が吸い寄せられる。当然ながら僕も。垂れ幕が少しずつ動き、開いていくのがわかった。その中央に鎮座していたものに、僕は目を丸くし、素っ頓狂な声を上げそうになった。
その舞台の中央には椅子が一つ置かれており、その上には一人の女の子が鎖みたいなもので縛り付けられており、口には猿轡が嵌められていた。拘束を解こうとしているのか、仕切りに身を捩っている。それは、見知った人物だった。
「ハナヤさんだ」と誰かが言った。それを皮切りに、他の生徒からも「そうだ、そうだ」というようなざわめきが起きた。僕は言葉も発せずに呆然としていた。状況なんてまるで呑み込めなかった。
「はい、皆さん、落ち着いてください!」
急に能天気な声が響いて、一瞬ざわめきが収まった。そしてみんなの視線は、今度は舞台から少し逸れたところに向いていた。僕もそちらを見た。
舞台の袖に、三人の冴えない男と、一人の派手な女が立っていた。男三人の方は普通の人間に見えたが、女の方は明らかに違った。肌がエイリアンみたいに緑色だったし、頭には黒い角のようなものが生えていた。服装も露出度の高いボンテージみたいなものを着ていて、いわゆる痴女というものを連想させた。
僕を含めた全員がどういう反応をすればいいか戸惑っているうちに、女が一歩前に歩み出てきて、口を開いた。
「私はオーバーリーディングの幹部、アマンダという者よ」
オーバーリーディング? 幹部? 混乱と困惑は収まるどころかさらに深まった。アマンダと名乗った女は、それを見越したように矢継ぎ早に言葉を続けた。
「オーバーリーディングっていうのはこの世界の征服を計画している組織のことよ。あなたたち的な者の言い方をすれば、悪の組織ね。そこの幹部、つまりお偉いさんの一人が私ってことよ。四天王とかそういうやつね」
女が言うことは単純明快だったが、噛み砕いて整理するのに時間がかかった。急に悪の組織なんて陳腐な単語を出されても、すぐに受け入れられるわけがなかった。
「まあ口だけじゃ信じられないでしょうね。じゃあ、はい」
女がパチンと指を鳴らした瞬間、体育館全体がぐらぐらと揺れ、窓が一斉に割れた。あちこちから悲鳴が上がり、何人かが飛び散ってきたガラスにより怪我をしたようだった。僕は体育館の中ごろにいたので被害はなかったが、誰かが倒れ込む様子が遠目から見えた。
「これで、ただの人間じゃないってことくらいはわかってもらえたかしら?」
女の言葉に、反論しようとするやつは誰もいなかった。
「どうやら信じてもらえたみたいね。それじゃさっそくあなたたちを呼び出した用件を言うけれど――ああ、安心してちょうだい、何も殺そうとか獲って食おうとかそういうのじゃないから。お願いしたことをやってもらえたら帰してあげるからね」
女は妙に優しい口調で言いながら微笑む。それが余計に気味悪かった。
「まずここにいる子のことはみんな知ってるわよね?」
女は舞台の中心で拘束されているハナヤさんのそばに近寄っていった。ハナヤさんは首を回し、明らかに敵意を剥き出しにした目で女のことを睨みつけていた。
「知ってるわよね? ちゃんと答えて」
女の声に少し棘が混じった瞬間、黙っていたクラスメイトたちが再びざわめき出し、「知ってるよ」とか「うちのクラスのハナヤさんだ」とか口々に喋った。僕も――聞こえはしないだろうが――小声で「知ってる」と答えた。
女は満足そうに頷くと、手でざわめきを制した。
「そう、この子はハナヤミツキ。あなたたちと同じ学年。彼女の正体が何かは知ってる?」
正体――という単語に、誰もが首を傾げた。僕も意味がわからずに黙っていた。
「当然知らないわよねえ。それじゃこの子の口から聞いてみましょうか?」
女はそう言うと、ハナヤさんの猿轡を外した。ハナヤさんは猿轡が外れるなり、噛みつくばかりの勢いで捲し立てた。
「あたしはどうでなってもいい! みんなには手を出さないで!」
すると女は失笑するような声を漏らしながら、ハナヤさんに言った。
「私が手を出すわけじゃないわよ。彼らに手を出してもらうの」
それにハナヤさんは一瞬だけきょとんとし、すぐに敵意満載の表情に戻った。
「なにわけのわからないこと言ってるの? 今すぐこの拘束を解きなさい!」
女はハナヤさんの命令を無視し、僕たちの方へ向き直った。
「彼女、魔法少女なのよ」
ざわめきすら起こらなかった。情報を処理しきれずに全員唖然としていた。
「まあ、これも言葉だけじゃ信じられないわよね。ハナヤさん、変身してちょうだい」
「冗談じゃないわよ、どうして――」
「言うこと聞かないならどうなるかはわかってるわよね?」
女がちらっと僕たちの方を見遣ると、ハナヤさんは悔しげに歯を食い縛った。
「――わかったわよ」
すると、ハナヤさんは何やら口をもごもご動かして、呪文のようなものを唱えた。瞬間、ハナヤさんの全身が輝き出し、その眩しさに僕は思わず目を瞑った。次に目を開けたとき、ハナヤさんの姿は激変していた。
ハナヤさんは、まるで絵本の中のファンタジーゲームの女騎士のような服装に身を包んでいた。それだけではない。黒かった髪の毛の色が金色に、瞳はオレンジ色になっていた。ハナヤさんではない、どこか異次元の別人が急に出現したようだった。
「改めて、彼女の名前はホープナイト。私たちオーバーリーディングと戦っている魔法少女の一人よ。ほら、聞いたことがない? 悪の組織と魔法少女が戦っているっていう噂。都市伝説って言った方が正しいかしら?」
生徒たちの中から、ぽつぽつと「知ってる」とか「有名だよな」というような声が上がった。僕も聞いたことがあった。しかし、それが単にインターネットのお茶菓子のようなものとしか認識しておらず、まさか現実だとは思いもしなかった。
「――つまりハナヤさんがその魔法少女ってこと?」
誰かの呟きを女は目敏く聞きつけ、頷いた。
「その通りよ。もう私があなたたちにお願いしたいこともわかってきたんじゃないかしら?」
女の物言いに、誰も答えなかった。僕も変わらずに静観していた。
「まあ、この説明は私じゃなくて、こいつらが適任だわね」
女が急に引き下がると、代わるようにずっと後ろでぼうっとしていた男三人のうちの一人――妙なアロハシャツを着た男――が歩み出てきて、まるで結婚式のスピーチでもするかのような朗らかな声音で喋り始めた。
「どうもどうも。皆さん、初めまして、私、裏アダルトビデオメーカークズ箱って会社の社長をやらせてもらっているイチノセっていう者です」
イチノセ――と名乗った男は、手を擦り合わせそうな勢いでぺこぺこと頭を下げながら言う。その口調は本当にのんきで、顔には胡散臭い笑顔が貼りついている。
そのときになって、僕はようやく女の後ろに立っていた男たちに注目した。女とは違って、やはり普通のぱっとしない人間のように見える。イチノセという男は先述の通りだが、一人は大きなカメラを抱えて虚空を見上げており、もう一人はなぜか知恵の輪を熱心に弄っていた。非日常で支配されたその空間の中では、女以上にその三人は浮いていた。
「本日は皆さんを撮影の協力者としてお呼びいたしました」
「撮影?」とざわめき。
「『正義の騎士魔法少女、クラスメイトからの輪姦地獄!』というアダルトビデオの撮影です。皆さんには男優役をやっていただこうと考えています」
イチノセの台詞に真っ先に噛みついたのは、ドレス姿のハナヤさんだった。
「ちょっと、それはどういうことよ!」
「どういうことも何も、言葉通りの意味ですが?」
イチノセは胡散臭い笑顔のまま、ハナヤさんの方を見る。
「何よ、私でアダルトビデオでも撮ろうっていうの?」
「だからそう言ってるじゃないですか」
イチノセの口調は変わらない。慇懃無礼で、どこか小馬鹿にしているようだった。
「おかしいじゃない! あなたたち、人間でしょ? どうしてオーバーリーディングなんかに協力しようとするの!」
ハナヤさんは女と相対していたとき以上に激高しているようだった。
「え? そりゃもうビジネスですよ。わかりやすく言えば金儲け」
イチノセは平然とそう言ってのけた。ハナヤさんは目を見開き絶句したが、すぐに険しい表情に戻った。
「――そう、あなたが会話の通じない人間だってことはわかったわ。でもね、彼らがあなたたちみたいな下衆に協力するわけないじゃない。自分たちがクズだからって、他人もクズだとは思わないことね」
「そうですね、僕らはクズですね。はい、それはもう言い逃れしようがないです。今の状況を看過できない方が皆さんの中にいらっしゃるのも想像できます。なので、私からの提案です。今ここで、彼女を犯したいという方は手を挙げてください」
しーんと室内は静まり返る。誰も手は上げない。
ハナヤさんが勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ほら、見なさい、誰もいないじゃない」
しかし、イチノセの様子は飄々としていた。
「話はまだ終わってませんよ。もちろん無理強いは致しません。帰りたいという方は言ってください。アマンダさんにお願いして、速やかに帰していただきます。それによって何かリスクを背負うようなことはありません。ただしここで起こったことは他言無用でお願いします。もしお喋りになった場合は――まあこれは私どもの管轄じゃないのでよくはわかりませんけど、たぶんオーバーリーディングさんの方から何かしらの制裁があるかと思います。それに関しましては、私どもは一切の責任を負いかねます。ご了承ください」
誰かが息を飲む声が聞こえた。制裁――というのがどういうものかはわからないが、ろくなことにならないのは確かだった。
イチノセはみんなの動揺なんて感知していないかのように言葉を続ける。
「それで残られる方へのメリット――というか特典なのですが、魔法少女セイントマープル触手責めビデオと、魔法少女スカイシャインの輪姦ビデオもお付けいたします。どちらも華麗な少女への凌辱が楽しめる一品になっています。データのみで欲しいという方にも対応しますよ!」
突然プロジェクターが降りてきて、そこに映像が映し出される。大音量で女性の喘ぎ声が聞こえてきたかと思うと、そこにはカラフルな衣装を着た女の子が、一方ではイソンギチャクみたいな妙な生物に、一方では大勢のむさ苦しい男たちに犯される映像が映し出されていた。周りから歓声とも悲鳴ともつかないような声が上がった。僕は思わず自分の股間を押さえた。なんと――勃起していた。押さえつけようとしたが、それは元気に制服のズボンを押し上げている。落ち着かせようとしても、血流が下半身へと流れていくのを感じた。
「はい、体験版はここまで」
プロジェクターに映し出されていた映像が消える。ハナヤさんが愕然とした表情をしていたが、次の瞬間には、敵意どころか憎悪を露わにした目をイチノセに向けていた。
「なんて酷いことを・・・・・・」
「これも商売なんですよ」
イチノセは一貫してそう笑う。
「――で、皆さんにもう一度お訊ねします。今ここで彼女を犯したいという方、挙手をお願いします」
それでも、まだ誰も手は挙げなかった。僕も挙げなかったが、内心では、挙げたいという感情が首をもたげていた。
「犯罪者になることを心配されている方は、大丈夫ですよ。守秘義務はしっかりしていますし、情報が外へ漏れることはないことをお約束します」
まだ、挙げない。
「――そうですね、皆さんって女性経験はありますか?」
イチノセは急に話を変えた。
「彼女――ハナヤさんって可愛いですよね? 学内でもかなり人気があるとお聞きししました。貴重な機会だとは思いませんか? こんな子とセックスできる機会なんて、もう人生で一度もないかもしれませんよ? このチャンスを逃したら、一生童貞で、添い遂げてくれるような相手もおらず、ゆっくり孤独死していく可能性も――」
「あーもう、我慢できねえ!」
イチノセの揺さぶりが効いたのか、それとも単に痺れを切らしただけなのか、生徒の中から声が上がった。
「俺! 俺は残る! ハナヤを犯させてくれ!」
その生徒は大きく手を挙げながら、そう叫んだ。一度決壊すれば、もう止められなかった。
流されていくように「俺も」「俺もお願いします」というような声が次々と上がった。かくいう僕も無言で、しかししっかりと伸ばして――手を挙げていた。
その光景に、ハナヤさんはまたもや絶句し、イチノセは至極満足そうだった。
「そう慌てないでください。皆さん全員に回るように段取りは組んでいますから。それでは誰から先にハナヤさんを犯せるか、抽選といきましょうか」
そこで知恵の輪をやっていた男が前に出てくる。
「えーっ、これより抽選の説明をします。今から皆さんには――」
「ちょっ、ちょちょちょっと待ってよ! みんな考え直し――うぶっ」
喚き立てようとしたハナヤさんの口に、女は再び猿轡をかけた。
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