クズ箱日誌

すごろく

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コンノアヤミ

コンノアヤミ その3

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「おいおいヤシロ、どうすんだよ。こんな獣道通って、どこ行こうってんの」
 そうマツドが不満げに唇を尖らせた。
 雑草を掻き分けて先頭を歩くヤシロは、ちらりと振り返って笑う。
「まあまあ、あとちょっとだから」
 はあ、とマツドは大袈裟なため息をつく。
「ろくなもんじゃなかったら、ラーメンでも奢ってもらうからな」
「それくらいお安いごようごよう」
 ヤシロはへらへらとはぐらかしながら、舗装もされていない、石や土が剥き出しの凸凹の山道を迷いなく突き進んだ。
 ヤシロに続いて、マツド、タニオカ、ハマグチ、イケハラ、そして私の順で歩いていた。
 マツドはときたまヤシロに愚痴りながら、タニオカと談話していた。マツドの馬鹿みたいに大きな笑い声と、タニオカの甲高い笑い声が妙な緊張感を伴って山中に響いた。その後ろにいるハマグチは、一人だけ低いとはいえヒールを履いているせいか、珍しい山登りに四苦八苦していた。それをさらに後ろにいるイケハラが、気取った態度で支えたりエスコートしたりしている。ハマグチはイケハラに助けられるたびに、耳障りな嬌声を上げた。
「ありがとー、イケハラくんってほんとに頼りになる!」
「だろだろ? 俺ってば真のイケメンだからな」
 イケハラは大したこともしていないくせに自慢げに鼻の下を伸ばしながら、ハマグチの胸やら太腿やらに露骨に触れた。ハマグチは「もうやだなあ」などと冗談めかして言うけれど、その仕草はまったく嫌がっているように見えず、むしろ誘っているようだった。
 私は一番後ろで、木の根っこに躓かないように注意して俯きながら、黙々と歩いていた。たまに後方を振り返ってみたけれど、木々や地面を飲み込む静かな闇が、ぱっくりと大きく広がっているだけだった。
 今登っている山の麓にヤシロが車を停めたのは、数分前のことだった。山といっても、小高い丘みたいなところだった。周りに民家すらないその場所には、一つぼつんと苔だらけの地蔵が置かれていて、その横には不自然な獣道が通っていた。
 ヤシロはその獣道を指差して、「この先が目的地だ」と言った。
 さすがにみんな一瞬面食らい、マツドが真っ先に文句を放った。
「なんだよ、ここ。新手の心霊スポットか? そんな情報聞いてないぞ」
 マツドの問いには答えず、ヤシロは行けばわかるとばかりににやにやするだけだった。
 ヤシロは私や他の連中が所属している大学の心霊サークルの会長だった。心霊サークルと言っても、多少噂のある場所に行ってはわあきゃあと騒ぐだけのサークルである。その実態は夜中に暴れる迷惑集団だ。私はやらないが、他の面子はポイ捨てくらいは平気でやった。それを注意しようという気は私にはなかった。私にはそんな正義感はないし、そういった行為に眉を顰めるような道徳心も持ち合わせていなかった。もしそんなものがあったら、私が今もこんな馬鹿サークルに留まっていることはないのだろう、とぼんやりと思った。
 しばらくヤシロとマツドが何やら問答し、合間にタニオカが質問を投げかけ、イケハラはハマグチにセクハラし、ハマグチは嫌がる素振りなく笑い、私は手持無沙汰に立っていた。
 結局、ヤシロの押しがあまりにも強かったため、行くことになった。そうと決まれば、私に拒否するような理由はない。ヤシロを先頭にしてみんな獣道に足を踏み入れていくので、私は最後尾に続いた。苔だらけの地蔵の欠けた頭には、螻蛄みたいな虫が留まっていた。
 そうして今こうやって謎の山道を歩いているのだった。
「よし! 着いたぞ!」
 途中、ヤシロは急に速足になり、これまた不自然に開けた場所に到着すると、そこから手を振った。そこはまるで誂えたように盆型に木々も雑草も刈り取られた区域で、中心には大きな木が一本直立不動で生えている。その木の胴周りにはしめ縄よりも少し細いくらいの縄が幾重にも巻き付けられており、それにはひとり誰か人間のようなものが拘束されていた。ヤシロに続いて到着した時点では、遠くてよく見えない。人形のようにも思える。しかし、なぜかその木の前に並べられている録音装置らしき機器の数々と、それに取り囲まれている三人の男の姿は見て取れた。
 なんだこれ、とマツドかイケハラが困惑の言葉をつぶやいたとき、その三人の男はこちらに気づいたらしく、そのうちの二人がこちらに近寄ってきた。残った一人はカメラの手入れをしているようだった。
「やあやあ、ヤシロさん、待ってましたよ」
 近寄ってきた二人のうち、趣味の悪いアロハシャツを着た妙な男が、ヤシロに向かって声をかけてきた。一方でもう一人はそのアロハシャツ男の一歩後ろに下がった位置におり、首に何か銀色のネックレスみたいなものをかけていた。目を凝らしてみたら、それはどうやら知恵の輪であるようだった。
「いえいえ、ちょっと待たせ過ぎちゃいましたかね?」
 わりと高級らしい腕時計を露骨にチラ見せしなからヤシロは時間を確かめる。
「大丈夫ですよ、撮影時間に余裕はありますから。――それで、こちらにお集まりの皆さんが、連絡で聞かせていただいていたサークルの方々ですか?」
「そうです、俺の心霊サークルのメンバーです」
 ヤシロは悪びれもせずに私を含めた連中を手のひらで指した。
「ほうほう、皆さん、それはそれは――僕はこういう者です」
 アロハシャツ男はどうにも慇懃な態度で、私と他の連中それぞれに名刺らしき紙切れを渡してきた。
『裏アダルトビデオメーカークズ箱 取締役 一之瀬宗太郎』
 それにはそう記されていた。
「裏アダルトビデオメーカークズ箱だあ? なんだそりゃ? お前ら聞いたことある?」
「ないない、そんな変なところ」
「いやあ、私、アダルトビデオなんか見ないからわかんないよー」
「私も――聞いたことないよ」
 マツドの問いかけに、タニオカとハマグチは激しく首を横に振って答えた。私も控えめに答えたが、マツドの注目は私ではなく、唯一即答しなかったイケハラに向けられていた。
 イケハラは一人だけ様子が妙だった。普段の軽口も叩かず、名刺を見つめたまま目を開いていた。瞳は夜中の野良猫みたいに爛々と輝いていて、名刺を握る手は禁断症状を起こしたみたいに小刻みに震えていた。唾を飲み込んだのか、喉仏が一瞬上下した。
「イケハラ、どうしたんだよ? お前、クスリでもやってたっけ?」
 マツドの冗談にも反応せず、イケハラは視線を名刺とイチノセと名乗った男の顔の間で往復させ、ぷるぷると揺れる唇から声を発した。
「――え? マジで? クズ箱って、あの魔法少女の?」
 イケハラの口から発せられた魔法少女という単語に、私は不覚にも笑ってしまいそうになった。この助平の塊のような男と、そのメルヘンチックな響きは親和性がなく、またこんな暗い山の中で耳にするには非常に間抜けで場違いな単語であるように感じた。
 案の定、マツドとタニオカとハマグチの三人は笑った。しかし、イケハラはそんな嘲笑など意に介さない様子で、言葉を続けた。
「なあ、あんた本当に、クズ箱の社長さんなの?」
「そうですよ。えーっと、あなたは――イケハラさんでしたっけ? 今イケハラさんの頭の中にある会社、それがうちだと思いますよ」
「ま、マジか、マジか、マジか――」
 イケハラは途端に興奮したように頬を赤くし、鼻の穴を広げた。
「おいヤシロ、お前いつからこんなコネ持つようになったんだよ?」
 イケハラのすっかり喜びを含んだ声音に、ヤシロはへらへらと肩を竦めた。
「ちょっと待てよ、話が見えねえよ、ちゃんと説明しろよ」
 不満げにマツドが置いていかれていることに対する抗議の声を上げた。
「逆に訊くけど、お前らマジで知らないの?」
 イケハラはなぜかびっくりしたように訊き返す。
「当たり前だろ。だから説明してくれって言ってるんだ」
 本格的にマツドの声が荒くなった瞬間、イチノセがずいっと割り込んできた。
「説明は私がさせていただきますよ」
 イチノセはそう言って歯を剥き出しにして笑った。
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