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三章 人間という生き物の本質

96 見当違い

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 俺の言葉に頷いた後、アリサはゆっくりと力無くだが立ち上がる。
 ……だとすりゃ俺も立たねえと。

「先輩、一人で立てそうっすか?」

「……大丈夫。立てるさ」

 そう言って立ち上がろうとする……が。

「ちょ、先輩!」

「わ、悪い」

 速攻でバランスを崩して転びそうになった所をリーナに受け止められる。

「……変に強がらなくてもいいっすよ。気持ちは分かるっすけど」

「……おう」

 リーナの言葉に素直に頷いておく。
 アリサがこんな状態なんだ。少しでも心配掛けないようになんとかって思ったけど、まあ無理なもんは無理だ。今の俺の怪我はもう気合いでどうにかなるレベルを超えてる。

「そ、そうだ、クルージさん……大丈夫なんですか!? 服、血塗れで……」

 アリサは俺達の方で起きた事を想像したのか、そう言って息を飲む。
 どうやら一応、俺達の方に気が回る位には落ち着き始めたらしい。
 だけど俺の事でまた取り乱させる訳には行かない。

「だ、大丈夫。一命は取り留めた」

 とりあえずそう言ってなんとか笑みを浮かべてみる。
 その笑みで少しだけ。少しだけでも俺が大丈夫な事を感じてくれたのか、アリサの表情が少しだけ柔らかくなる。
 だけど、少しだけだ。

 結局、アリサが負った心の傷に、多少なりとも俺達の怪我の事が上乗せされる。
 そして……アリサは恐る恐るという風に聞いてくる。

「……何があったか、教えて貰ってもいいですか? ボクは、えーっと……このざまで。何が起きたのか、全然分からないんです」

「……分かった。歩きながら話すよ」

 話す前から分かる。多分この事を話すと、多少なりともアリサの母親の事も触れなくてはならなくなるという事は。
 だけど黙っている訳には行かなくて。俺の血塗れの衣服の事もあり多分起きた事は誤魔化せないと思うから。
 だから色々とアリサに……あと勿論リーナにも配慮して、話せる事を少しづつ話していかなければならない。

「よし、じゃあ行くか」

 そう言ってグレンはハンマーを構える。
 何があっても対処できるように、周囲に気を配ってくれながら。

「……改めて頼むわグレン。リーナは俺に肩貸してくれてるし、辛うじてでも戦える状態なのお前だけだからよ」

「分かってる」

「だ、大丈夫です。ボクも戦えますよ」

 アリサはそんなやり取りをする俺達に対して言う。
 無理矢理そう言っているのが分かるような声音で。

「……無理すんな。今は休んどけ」

「いや、えーっと……はい」

 最初こそ反論しようとしたものの、それでもすぐにそう言って折れた。
 ……やっぱりそうなる位に辛いんだ。

「……とりあえず多少反応遅れるかもしんないっすけど、結界張る事位はできるっす……後もう切れてるんで、一応皆さんの身体能力は上げとくっすよ」

 そう言ってリーナは魔術を発動させ、それにより俺達の身体能力が僅かに向上する。

「……じゃあ、どっから話せばいいかな」

 俺がそう言って切り出した所で俺達は森の外を目指して進みだした。

「……とりあえずお前と分断された後は、俺達三人で向こうの仮面付けた連中とドンパチやってた訳だ。この血塗れの服とかはその時怪我したって事で」

「や、やっぱり返り血とかでは無いんですよね。さっき一命は取り留めたって言ってましたし……でも、その……そんなに血塗れになるような怪我、どうなって……」

「私の逃避スキルっす」

 リーナが至極当然の疑問を浮かべるアリサに答える。

「さっき知ったんすけど、まあ私のスキルは私が逃げたいって思う事から逃げられる様な力だった訳で……先輩が死ぬって思ったら怪我が治り始めたんす」

「最終的に向こうの連中ぶっ飛ばしたのもリーナだ」

「……まあ、そういう事になる……らしいっすね。記憶飛んでるんすけど」

 流石にドヤ顔は浮かべない。そんな空気でもないし、もしかするとそういう現実逃避染みた思考が齎した結果は誇れないような物なのかもしれない。

 そう言う話をすると、隣りを歩く俺にアリサは言う。

「……踏み込んじゃったんですか?」

「少しだけな……まあ、状況が状況だった。まあ殆ど俺の意思だけど」

 それを聞いてアリサは少し呆れたように小さくため息を付くが、それでもどこか納得した様に言う。

「まあクルージさんらしいですけど」

 そう言って少しだけ笑みを浮かべたアリサは、一拍空けてから言う。

「……それで、ボクもこうして無事なのは、クルージさん達が戻ってきてあの人達を追っ払ってくれたって事なんですかね?」

 そんな、あまりにも見当違いな事を。
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