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二章 隻腕の精霊使い
12 結成
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「……やったか?」
「……」
視界の先の襲撃者が動く気配はない。
流石にその一撃を浴びせられた襲撃者の意識は消えた。
仕方がなかったとはいえ、恐らくというより間違いなく話を聞けやしないだろう。
だとすれば此処に留まる必要はない。とにかく今すぐにでもエルを追うべきだ。
方角は……なんとなく分かっている。
俺は小走りで窓の方へと向かう。
三階だけど飛び降りたって肉体的な影響は些細な物だ。それにもっと高層階から飛び降りたとしても、風を操ればある程度落下速度を減速できる。問題は無い。
普通に階段を降りて行く方が問題だ。
……間違いなく足止めを喰らう。
いくら祭りが開催されているからといって、客は僅かながら残っているだろう。店員の場合は間違いなく残っている。明らかに戦闘中という危険な状態だったからか戦闘中に人は寄りつかなかったが、下層階にいるとすれば、接触する事によって間違いなく止められる。
……当事者だから。事情聴取位されるだろう。
被害者と言えるこのホテルの従業員と客に事情を説明しなければならない。だけど今はエルを優先する。そっちは一刻を争う案件だ。こっちを優先するのが絶対に正しい。
そう思いながら窓の枠に足を掛けた時だった。
「待て、エイジ君!」
「……シオン」
聴こえて来たのはシオンの声だった。此処まで走ってきたのか、それに加えて激しい動きでもしたのか、膝に右手を置きながら息を荒くしている。
「悪い、急ぎだ。お前が借りた部屋荒しちまってるけど説明は後だ。今は急いで――」
「エルを助けに行く……って所かい?」
「……何が起きたか、知ってんのか?」
「僕も今一戦交えた後だ。こんな場所でああいう連中と戦いになるとなれば、考えられるのはそれしかない。それにそういう輩が狙いそうな精霊が、此処からいなくなってる事だしね」
まあ……これだけの騒ぎでエルがいなくなってれば、仮にその輩と遭遇していなかったとしても察するか。
「……ていうか他に残ってる仲間がいやがったのか」
一応窓枠から足を下ろしながら言った俺の問いに、こちらに歩み寄りながらシオンは答える。
「いたよ。三人程ね」
「そいつらは……どうした?」
「言っただろ。一戦、交えてきた」
……その言葉が本当ならば、流石天才といった所か。
多分仮に俺がシオンと対峙すれば、勝つ事は難しいのではないだろうか。エルの武器化という規格外の出力の強化があればまだしも、それが無ければ俺達の間にあるであろう圧倒的技量差は埋められない。
……こういう奴が敵で無くて、本当に良かった。
「……悪い。助かった」
多分シオンがこの場に戻ってきていなければ、俺はその三人とも拳を交える事となっていた。そうなれば……多分俺は殺されている。
「いいよ。この状況を考えなかった僕の過失でもあるからね」
「過失……それは違うだろ。お前は何も悪くねえよ」
「……まあそう言ってくれるなら、そういう事にさせてもらうよ。意地を張る場面でもないしね」
だけど、とシオンは続ける。
「キミがこのままエルを追うのだけは、意地でも止めるよ」
そう言ってシオンは俺の手首をがっしりと掴む。俺をこの場に留まらせる様に。
「……何のつもりだ」
「何のつもりだはこっちのセリフだ。その顔の痣を見る限り、きっとキミは他にも色々と攻撃を喰らっているんじゃないかい?」
「……それがどうしたよ」
今こうして俺は立っている。怪我だって精々打撲程度の物だろう。その程度だったら治療の必要はないと思う。
「……肉体強化を解いてみるんだ」
シオンがやや呆れたようにそう言ってきたので、言われた通りに俺は肉体強化を解く。
……変化は露骨に訪れた。
「ガ…ッ、な、なん……だよ、これ……ッ」
思わず膝を付いて、倒れ伏せる。
まるであばら骨が折れているんじゃないかと思うほどに、呼吸のたびに激痛が襲ってくる。いや、呼吸していなくても相当な激痛だ。
それに……それ以上に背中が痛い。恐らく背骨にヒビでも入っているのか……もしくは折れでもしているのかももしれない。こんな状態で動けと言われれば、それはもう立派な拷問だ。
これが打撲……んな訳ねえだろ。冗談じゃねえ。立つ事すらままならねえじゃねえか。
「……ッ」
俺は必死に肉体強化を発動させる。
すると立てない程だった痛みが随分と軽減され、解除する前の状態へと戻った。
「分かったかい? それがキミの負っていたダメージだ。肉体強化は痛みに対する耐性ができる分、限界を超えないと自分の体の異常に気付きにくいんだよ。今キミは、その痛みを伴う様な状態で動こうとしていたんだ……何をするにしても、まずはその体をどうにかした方が良い」
「……だけどよ、んな時間何処にある」
俺の体が相当ダメージを負っているのは分かった。だけどそれを治療している時間なんて残されていない。たかが応急処置でも処置にはそれなりの時間を有するからな。
「こうしている間にも、エルがどうなるか分かんねえんだぞ」
「まあ確かにその通りだ。彼らにとって……いや、この世界の人間にとって、エルの存在はあまりに異質だ。それを手にした者がそこからどういう行動を取るかなんてのははっきり言って分からない。だから早急に救出するべきだと僕も思うよ」
「だったらこの手を離せよ。俺の体はまだ動く。肉体強化を使えば多少の痛みはあれど、問題無く動けるんだ。だったら……止まる理由にはならねえだろ」
「……ならない、か」
そう言った後、シオンは一拍置いてからこちらを軽く睨みつける。
「そんな訳が無いだろう」
静かながら覇気の籠った言葉に、すぐに反論は出来なかった。
できないまま、シオンの言葉は続く。
「確かに体は動くかもしれない。実際動くだろう。動いたから、キミは今こうして立っている。だけど……万全な状態でなければ、全力を出すことなんてできやしないんだ。たかが一人を相手にするのにそのザマのキミが、そんな状態で敵陣に突っ込んでもただの犬死ににしかならない。そう言っているんだ」
「……」
言い返せない。それは確かにごもっともな話だ。
俺は部屋に倒れている襲撃者に対し、肉体強化を解除すれば立っていられなくなる程の怪我を負いながら勝利した。
辛勝だ。普通に負けたっておかしくなかった。
そんな程度の実力の人間が、怪我を負った状態で敵陣に突っ込むなんてのがいかに無謀に近い事なのかという事は、考えればすぐに分かる事だ。……だけど。
「……しるかよ、んな事」
どうせ万全だろうが怪我を負っていようが、俺がエル無しではそこまで強くない事に変わりは無いんだ。だったら治療の時間を行動に回した方がきっといい。大した変化もみられない様な事に時間を費やして、手遅れになる様な事は絶対に嫌だ。
「一分一秒でも早くエルを助けに行く。それが今、俺が取るべき正しい事だ!」
「……忠告は無駄か」
シオンは呆れたように様にそう言う。
「時間が惜しいのは分かってる。だったらこの立ち話が一番無駄だ。だからといって無理矢理精霊術でキミを抑え込んで治療しようにも、契約精霊の出力スペックは少なくともキミの方が上だ。ダメージを伴わない様な術だったら、無理矢理振りほどかれる。だったら……止めない事が一番正しい選択肢なのかもしれない」
ああ、そうだ。きっとそれが、番正しい選択肢だ。
その判断をしてくれたシオンに、何か礼の一言でも言いながらこの部屋を後にしよう。そう考えながら動こうとした時、シオンは俺に言う。
「じゃあ……行こうか」
「……行こうか?」
「助けに行くんだろう。僕も行くよ」
その瞳に迷いは無く。きっと純粋な善意で俺達を助けようとしてくれているんだろうなと、そう思った。
……だけどここでシオンの助けを借りるのは、正しい事なのだろうか?
シオンは命の恩人で。そしてコイツにもやるべき事が確かにあって。
そんなシオンをこれ以上巻き込んでいいのだろうか。
……いや、良いんだ。助けてもらえば。
今この状況でもっとも優先すべき事は、きっとエルの救出の筈だ。その成功率を上げる為に誰かに助けてもらうというのは、きっと一番正しい選択肢。
……その筈だから。
「……いいのか?」
一応、確認だけはとってみた。
「いいよ。少なくともこの二年間で培った力の原動力は、精霊を助ける為にある。だったら……寧ろ、使わせてくれ。キミを手伝わせてくれ」
その言葉を聞けたのならば、もう迷う事は無い。
シオンに助けてもらうという行為は間違ってはいない。
「ああ、よろしく頼む」
こうして俺達は手を組んだ。
この世界では頭がおかしいと。サイコパスだと罵られてもおかしくない俺達は、一人の精霊を助ける為に、動きだす。
待ってろ、エル。
「……」
視界の先の襲撃者が動く気配はない。
流石にその一撃を浴びせられた襲撃者の意識は消えた。
仕方がなかったとはいえ、恐らくというより間違いなく話を聞けやしないだろう。
だとすれば此処に留まる必要はない。とにかく今すぐにでもエルを追うべきだ。
方角は……なんとなく分かっている。
俺は小走りで窓の方へと向かう。
三階だけど飛び降りたって肉体的な影響は些細な物だ。それにもっと高層階から飛び降りたとしても、風を操ればある程度落下速度を減速できる。問題は無い。
普通に階段を降りて行く方が問題だ。
……間違いなく足止めを喰らう。
いくら祭りが開催されているからといって、客は僅かながら残っているだろう。店員の場合は間違いなく残っている。明らかに戦闘中という危険な状態だったからか戦闘中に人は寄りつかなかったが、下層階にいるとすれば、接触する事によって間違いなく止められる。
……当事者だから。事情聴取位されるだろう。
被害者と言えるこのホテルの従業員と客に事情を説明しなければならない。だけど今はエルを優先する。そっちは一刻を争う案件だ。こっちを優先するのが絶対に正しい。
そう思いながら窓の枠に足を掛けた時だった。
「待て、エイジ君!」
「……シオン」
聴こえて来たのはシオンの声だった。此処まで走ってきたのか、それに加えて激しい動きでもしたのか、膝に右手を置きながら息を荒くしている。
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「エルを助けに行く……って所かい?」
「……何が起きたか、知ってんのか?」
「僕も今一戦交えた後だ。こんな場所でああいう連中と戦いになるとなれば、考えられるのはそれしかない。それにそういう輩が狙いそうな精霊が、此処からいなくなってる事だしね」
まあ……これだけの騒ぎでエルがいなくなってれば、仮にその輩と遭遇していなかったとしても察するか。
「……ていうか他に残ってる仲間がいやがったのか」
一応窓枠から足を下ろしながら言った俺の問いに、こちらに歩み寄りながらシオンは答える。
「いたよ。三人程ね」
「そいつらは……どうした?」
「言っただろ。一戦、交えてきた」
……その言葉が本当ならば、流石天才といった所か。
多分仮に俺がシオンと対峙すれば、勝つ事は難しいのではないだろうか。エルの武器化という規格外の出力の強化があればまだしも、それが無ければ俺達の間にあるであろう圧倒的技量差は埋められない。
……こういう奴が敵で無くて、本当に良かった。
「……悪い。助かった」
多分シオンがこの場に戻ってきていなければ、俺はその三人とも拳を交える事となっていた。そうなれば……多分俺は殺されている。
「いいよ。この状況を考えなかった僕の過失でもあるからね」
「過失……それは違うだろ。お前は何も悪くねえよ」
「……まあそう言ってくれるなら、そういう事にさせてもらうよ。意地を張る場面でもないしね」
だけど、とシオンは続ける。
「キミがこのままエルを追うのだけは、意地でも止めるよ」
そう言ってシオンは俺の手首をがっしりと掴む。俺をこの場に留まらせる様に。
「……何のつもりだ」
「何のつもりだはこっちのセリフだ。その顔の痣を見る限り、きっとキミは他にも色々と攻撃を喰らっているんじゃないかい?」
「……それがどうしたよ」
今こうして俺は立っている。怪我だって精々打撲程度の物だろう。その程度だったら治療の必要はないと思う。
「……肉体強化を解いてみるんだ」
シオンがやや呆れたようにそう言ってきたので、言われた通りに俺は肉体強化を解く。
……変化は露骨に訪れた。
「ガ…ッ、な、なん……だよ、これ……ッ」
思わず膝を付いて、倒れ伏せる。
まるであばら骨が折れているんじゃないかと思うほどに、呼吸のたびに激痛が襲ってくる。いや、呼吸していなくても相当な激痛だ。
それに……それ以上に背中が痛い。恐らく背骨にヒビでも入っているのか……もしくは折れでもしているのかももしれない。こんな状態で動けと言われれば、それはもう立派な拷問だ。
これが打撲……んな訳ねえだろ。冗談じゃねえ。立つ事すらままならねえじゃねえか。
「……ッ」
俺は必死に肉体強化を発動させる。
すると立てない程だった痛みが随分と軽減され、解除する前の状態へと戻った。
「分かったかい? それがキミの負っていたダメージだ。肉体強化は痛みに対する耐性ができる分、限界を超えないと自分の体の異常に気付きにくいんだよ。今キミは、その痛みを伴う様な状態で動こうとしていたんだ……何をするにしても、まずはその体をどうにかした方が良い」
「……だけどよ、んな時間何処にある」
俺の体が相当ダメージを負っているのは分かった。だけどそれを治療している時間なんて残されていない。たかが応急処置でも処置にはそれなりの時間を有するからな。
「こうしている間にも、エルがどうなるか分かんねえんだぞ」
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「だったらこの手を離せよ。俺の体はまだ動く。肉体強化を使えば多少の痛みはあれど、問題無く動けるんだ。だったら……止まる理由にはならねえだろ」
「……ならない、か」
そう言った後、シオンは一拍置いてからこちらを軽く睨みつける。
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「……」
言い返せない。それは確かにごもっともな話だ。
俺は部屋に倒れている襲撃者に対し、肉体強化を解除すれば立っていられなくなる程の怪我を負いながら勝利した。
辛勝だ。普通に負けたっておかしくなかった。
そんな程度の実力の人間が、怪我を負った状態で敵陣に突っ込むなんてのがいかに無謀に近い事なのかという事は、考えればすぐに分かる事だ。……だけど。
「……しるかよ、んな事」
どうせ万全だろうが怪我を負っていようが、俺がエル無しではそこまで強くない事に変わりは無いんだ。だったら治療の時間を行動に回した方がきっといい。大した変化もみられない様な事に時間を費やして、手遅れになる様な事は絶対に嫌だ。
「一分一秒でも早くエルを助けに行く。それが今、俺が取るべき正しい事だ!」
「……忠告は無駄か」
シオンは呆れたように様にそう言う。
「時間が惜しいのは分かってる。だったらこの立ち話が一番無駄だ。だからといって無理矢理精霊術でキミを抑え込んで治療しようにも、契約精霊の出力スペックは少なくともキミの方が上だ。ダメージを伴わない様な術だったら、無理矢理振りほどかれる。だったら……止めない事が一番正しい選択肢なのかもしれない」
ああ、そうだ。きっとそれが、番正しい選択肢だ。
その判断をしてくれたシオンに、何か礼の一言でも言いながらこの部屋を後にしよう。そう考えながら動こうとした時、シオンは俺に言う。
「じゃあ……行こうか」
「……行こうか?」
「助けに行くんだろう。僕も行くよ」
その瞳に迷いは無く。きっと純粋な善意で俺達を助けようとしてくれているんだろうなと、そう思った。
……だけどここでシオンの助けを借りるのは、正しい事なのだろうか?
シオンは命の恩人で。そしてコイツにもやるべき事が確かにあって。
そんなシオンをこれ以上巻き込んでいいのだろうか。
……いや、良いんだ。助けてもらえば。
今この状況でもっとも優先すべき事は、きっとエルの救出の筈だ。その成功率を上げる為に誰かに助けてもらうというのは、きっと一番正しい選択肢。
……その筈だから。
「……いいのか?」
一応、確認だけはとってみた。
「いいよ。少なくともこの二年間で培った力の原動力は、精霊を助ける為にある。だったら……寧ろ、使わせてくれ。キミを手伝わせてくれ」
その言葉を聞けたのならば、もう迷う事は無い。
シオンに助けてもらうという行為は間違ってはいない。
「ああ、よろしく頼む」
こうして俺達は手を組んだ。
この世界では頭がおかしいと。サイコパスだと罵られてもおかしくない俺達は、一人の精霊を助ける為に、動きだす。
待ってろ、エル。
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