人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

ex かつて最強だった者

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 例えば普通の人間がいくら強かろうと、自らに多くの警戒心を向けさせるのは難しい。強い事に加えもう一つ。大切なオプションが必要だ。
 それは単純に……知名度。
 故に彼にはそれができる。
 若くして数々の精霊関連の発見や技術の進展。そしてその強さもが世界中に広まっているシオン・クロウリーだからこそそれはできる。
 多くの戦力を投入して確実に潰さなければならないと、そう思わせる事ができる。
 実際できた。最初の一人を倒して他の人間に名前を知られてから、次々に援軍が投入された。
 だがしかしそんな彼にも出来ない事があったとすれば……そうしてやってきた援軍を捌ききる事だろうか。

「なぁ、シオン・クロウリー。アンタは一体どうしちまったんだ?」

 地下一階の広間。
 構成員らしいガタイのいい男が、血塗れで壁にもたれ掛かるシオンにそう尋ねた。
 それはまるで、これから殺す相手の遺言でも聞こうとでもする様に。

「二年位前……雑誌とかから姿を消す前か。一度アンタの戦いを見た事があるがよ……」

 男は間違いなく悪党だ。だが別に悪党だからといって、表の人間に関心を抱かない訳ではない。少なくともそういう雑誌からシオンが姿を消していたという事を知っている程度には、精霊術の権威とも言っていいシオンに関心を抱いていた様だ。
 そしてその口から出たのは疑問か。それとも落胆か。

「アンタ、こんなに弱く無かっただろ?」

 周りの部下の様な連中がシオンを殺そうとするのを止めてまで聞きたかったのはそれだ。
 シオンは割と呆気なく追い込まれた。
 初めの数人は撃破したが、まともに対処できたのはそこまで。
 残りは常にジリ貧で、そこに勝機など見出せない。ほぼ一方的な戦い。
 だが少なくとも男が知る以前のシオンは、今の倍以上の人数相手でも生き残り勝利する様な、そんな強さを持っていた筈だった。

「片腕を失ったってのは聞いていた。だがそれだけじゃねえだろ。どういう事だよ、そのゴミみてえな出力は」

 人間の精霊術の出力は、基本的に契約している精霊に依存し、そして現代社会において、その出力の高さで精霊はランク付けされている。
 FランクからSランク。当然のことながら、高ければ高い程その精霊は力を持ち、契約者に供給される力もより強い物となる。
 例えば共にこの場に乗りこんでいる少年、瀬戸栄治はその恩恵を大きく受けている者の一人と言っていいだろう。
 彼は自分の出力が他の人間より強い事を、正規契約の恩恵だと思っているのかもしれない。それは間違いではない。シオンの見立てでは、確かに彼の出力は通常より一段階程高い。
 シオンが長年の経験から直感的にAランクと評されたエルから得られるであろう出力から、一段上となっている。

 そう、Aランク。
 エイジの命の恩人は彼女の事を中々グレードが高い精霊と評したが、その程度では無い。極端に数が少ないSランクを除けば実質的に頂点に君臨するクラスだ。
 そんな彼女と契約しているが故に、正規契約という恩恵が相まってSランクと契約している者と同じ出力を出す事が可能になっている。

 つまり通常の方法で精霊術を行う場合の最大出力。
 その力を持ってしても、麻痺毒を受けた状態であの路地裏の様な大人数を相手にしようとすれば力不足にも程があるが、逆に言えばそういうハンディさえなく、尚且つその道のプロと同等の力を持っていれば、あの状況を一人で掻い潜ることだって十分に可能だ。それ程の力。
 それ程の力だからこそ、喧嘩程度の戦闘経験しかないド素人が一対一でそこら中の骨を折りながらも勝利出来た。
 それがAランク精霊と正規契約を行った彼に与えられた恩恵の一部。
 そんな彼と比べれば……シオンは真逆もいい所だ。

「お前は一体なんだって、そんな出力しか出せないゴミと契約なんか結んでやがるんだ」

 Fランク。それもFより下が無いからFランクが付けられているだけで、Gランクというものが存在すれば、きっとそこに該当するであろう精霊。
 それがあの金髪の精霊のグレードだ。
 そこから供給される力の低さはかつて神童と、そして最強と呼ばれた少年の判断力をも鈍らせる。今、自分が此処までどうにもならないレベルまで弱くなっている事に気付けなかった。何度か戦ってきた中で、もう少しはマシだと思ってきた評価を下方修正しなければならない。
 だがその刻印で繋がっている。否、繋がせている精霊との関係を、修正する気にはなれない。
 例え、こういう状況になろうとも。

「……キミ達には分からないさ。残念な事にね」

 そして戦いにおいて、相手を追い詰めたと思っても、こうした無駄話だけは絶対にしてはならない。
 その隙に付け込まれる。

「……ッ!」
 男の目の前からシオンが消え、誰も見てなどいなかったポイントに作成しかけていた分身の存在した位置にテレポート。そして次の瞬間、正面に薄い結界を発動。発動と同時に右手で触れて精霊術により振動を与え、文字通り粉々に砕く。
 一見無意味な行為。だが普通はすぐに消えてしまう結界の破片を、特殊な手段で態々残しているのだから、それだけでは終わらない。
 終わってしまえば自分が終わる。

(……うまくいってくれッ!)

 次の瞬間右手から突風を発生させた。
 それはエイジやエルが使う物と比べれば貧弱だ。だが『粉々になった結界の破片』を飛ばすだけの力はある。
 そして……ようやくこちらを振り向いた連中に降りかかるソレが、ダメージを与えられる物でなかったとしても、その結界は異物として瞳に跳びこむ。
 網膜すらも傷付けられない。だけど……人の目は異物が入るだけで本来の働きが阻害される。
 つまり眼潰しとしては、十二分に有効だ。
 そして間髪入れずに走り出す。

(……とにかく、ここで戦っていたらマズイ!)

 一対多人数の戦いを続けるには限界がある。
 まだ恐らくエイジはようやくダクトから出てきたという様な時間だ。まだ、逃げるわけにはいかない。
 通路で少人数を相手にする。囮としての成果は落ちるかもしれないが、何も出来ずに死ぬ寄りはマシだ。

(……あとどの位持つ)

 シオンは思考を巡らせる。
 囮としてどれぐらい持つか、ではない。
 そもそもあとどの位精霊術を使えるか。そういう思考。
 精霊から供給される力は、本来まともな使い方をしていれば枯渇する様な事は無い。肉体強化を用いていても、使った分だけ補充される。

 だがしかし、シオンの場合はそうはいかない。補充はされる。だけど遅い。毎秒ほんの少しずつ回復していっても、それだけじゃあ全く間にあわない。
 先程の会話の間に、囮としての時間稼ぎと回復。両方を周りの部下が痺れを切らす限界までやってみたが、まともに成果が上がったのは囮の方だけだ。力の回復は申し訳程度。
 まさしく絶体絶命。
 そんなシオンの元に、構成員の小柄な男が跳びかかる。
 恐らくは先の眼潰しを防いでいた。その男はシオンを圧倒的に上回る速度でシオンに接近する。

「……ッ」

 その攻撃を直感で辛うじて躱し……そして次の瞬間、走りながらその男の側頭部に手を添えた。
 そして振動。

「……ッ!」

 まともに攻撃しても一撃では倒せるかどうか分からない。そもそもまともに相手をしている余裕が無い。
 故に狙ったのは脳震盪。
 体の外側は堅くとも、内側は脆い場合も多々ある。
 少なくとも今回は効いた。
 そして勢いを殺すことなく部屋から脱出。
 あえてふら付いた振りをしながら壁に手を付き、そして再び走り出す。
 次の瞬間背後で爆発音が起きた。部屋から出てきたら作動するトラップ。だけどそれを直撃させても、致命傷は与えられない。
 一人位は与えられると思ったけれど、与えられやしなかった。

(……どうする?)

 はっきり言ってもう限界だ。全身血塗れと言っていい位の怪我を負った。もう当初の予定なら逃げるタイミング。
 だけど……まだ時間は稼げていない。
 限界になったら逃げる発言をしていても、これではいくらなんでも酷過ぎる。
 最低でもエイジがエルと合流して、件の剣の力を使えるようになるタイミングまではなんとか耐えなければならない。
 そこまで耐え抜けば、二人が自力で脱出する事に現実味が帯びてくる……筈だった。

(……いや、ちょっと待て)

 シオンは自らが提案した策の穴に気付く。
 それは致命的では無いのかもしれない。だけどそういう『最悪な展開』になりかねない可能性も充分にあり得る。
 そしてそうなれば……ほぼ間違いなく、エイジは死ぬ。

「……クソッ!」

 だったらそもそも、最終的に逃げるという選択肢を取る事自体が出来ない。

(……僕がなんとかしないとッ!)

 少なくともエイジが赤の他人だったらもう逃げていた。ただ単に親切で加勢していたとしてももう逃げている。
 だけど……どれだけ歪んだ視線で眺めていても、それでも向いている方向は変わらない。
 今までどうしたって見つける事が出来なかった、同じ方向を見ている人間。それが瀬戸栄治という少年だった。
 そんな人間を死なせてはならない。当然自分が生き残る事が最優先だが、それでも自分が動かなければどうにもならない様な状況になるかもしれないのならば、無茶をする覚悟位は決めなければならない。

 そしてシオンは立ち止まって精霊術を発動する。
 別今まで喰い物にしてきた精霊達が覚えていた精霊術ではない。
 人が、シオンが。研究成果を元に零から作り上げた欠陥だらけの精霊術。
 例えズタボロになってでも、状況を打開する鍵。
 発動した瞬間、端から見て変わった変化は、ただ単にシオンが吐血して、その表情から血の気が引けている事位だった。まるで病人の様に顔面蒼白で、今にも倒れそうだ。
 でも彼は倒れない。
 戦うために立っている。

「……一気に行くぞ」

 長くは持たない。長引けば自分で自分を殺してしまう。
 何せ自分の命を原料に枯渇しかかった力を生成しているのだから。
 右足で地を蹴り、敵目掛けて加速する。同時、地を蹴ったタイミングで一番近くにいた敵の足元から半透明の球体が跳び出し、的確に顎を捉えて昏倒させる。
 突然攻撃に転じて来たシオン目掛けて、二組みの人間と精霊ペアが両手を正面に向け、目の前にまるでブラックホールを連想させる様な円盤が出現する。
 ただし吸い込みはしない。代わりに吐きだす。
 まるでアサルトライフルの様に、精霊術で出来た銃弾に近い何かを雨の様に降らせる。

 だけどそれらは届かない。
 的確に。銃弾の射線に銃弾の大きさの結界を出現させる。一つ一つは脆く当たれば砕けるが、砕ければ次の瞬間再び生成。そんな無茶苦茶な事をしつつ接近。
 そして右手を後ろに引いた瞬間、砕けた結界の破片が吸い寄せられ、一本の剣となり得る。
 攻撃の直前まで紡がれる欠片は増え続け、そして発射元にまで辿りつき、一閃。
 その一撃。たった一撃で剣は壊れたが、二ペアの同時撃破に成功する。
 結果的に威力の低さから峰打ちになったが、倒れていれば問題は無い。
 そしてそのまま端から見れば何も無い空間に右手を突き付け、何かを掴む。

「普通に見えているよ」

 がっしりと掴んだ何かに振動を与える。するとそこに現れたのは意識を失った精霊。
 姿を隠していた様だが、普通に見えていた。

「……なんだよ。昔と比べりゃひでえ有様だが、充分にやるじゃねえか」

 気が付けば先程の男が目の前に居た。
 自分の事をよく知っている風な、そしてどうしてシオンがそんなどうしようもない精霊と契約しているかも知らない様な男。
 はっきり言って、シオンにとっては悪党でしかない男。

「一体何をどうしたってんだよ」

 好奇の目を向けながら男はそう尋ねる。
 何をどうしたか。
 それは単に力を自分の命と引き換えに湯水のように使えるようになっただけだ。別に出力が上がった訳では無く、ただ当たり前の事が出来る様になっただけ。当たり前に出来るようになったが故に、節約の必要が無くなって、更に力の消費を大幅に上げ一瞬だけ出力にブーストかける様な当たり前でない手段も、行動に組み込めるようになった。
 だけどそれを言葉に出す義理は無い。

「もう、話に付き合っていられる余裕は無い」

 次の瞬間、男の背後にテレポート。即座に頭を掴んで脳震盪を起こさせる。
 それ以上の言葉は無く男は地に倒れ伏せた。
 そしてシオンもまた、地に倒れ伏せる。
 再び吐血した。全身に寒気が纏わりつき、頭が割れるほど痛い。気を抜けば意識を失ってしまう様な激痛が体内を覆う。
 だけどそれでも、弱音は吐かない。
 強行突破は無理。自分でそう言ったのに、それを覆そうとしているのだから、弱音なんて吐いていたらどうにもならなくなる。
 そして彼はゆっくりと立ち上がって、走り出す。
 恐らくは窮地に陥る、同じ方向を向く者を助ける為に。
 何度も血を吐き、よろけて壁にぶつかりながらも、それでも進み続けた。
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