人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

21 彼が抱いた優越感

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 瞼をゆっくりと開いた時、俺は誰かに担がれている事に気付いた。
 その誰かが誰なのかというのは見れば分かるし、見なくても察しがつく。

「……エル」

 覚醒しきっていない意識の中で、俺はそんな事を口にする。

「……よかった。もう大丈夫そうですね」

 俺を担いでフラフラと歩くエルは、静かな声でそう返して来た。
 どうしてこうなっているのだろうか。
 意識が覚醒していくにつれ、意識を失う前の事を思い出していく。
 殺されかけていた所にエルが助けに入ってくれた。そしてエルを剣にして天井ぶち破って……それで、多分俺はエルに治療されてこうして生きている。
 そして周囲を見れば此処はまだ表の通りじゃない。という事は此処にいると危険だからこうして移動しているって訳か。

「……悪い、助かった」

「それは私のセリフですよ。助けにきてくれて……本当に、ありがとうございます」

 そんな言葉の後、一拍空けてからエルは言う。

「それにしても……無茶しますね。あんな所に乗りこんでくるなんて」

「今に始まった事じゃねえだろ。お前と出会った時から、無茶しぱなしだっつーの」

 俺は笑みを浮かべながらそう言って……そして、エルに言う。

「というかお前も人の事言えねえだろ」

 だってそうだ。

「本当に……よく、戻ってきたな」

「先に行けって……行ける訳ないじゃないですか。怖かったけど……エイジさんの為なら覚悟の一つ位決めます。決めてみせます」

「そ、そうか……」

 なんかそう言われると、若干照れくさいな……。
 別にそう思われるのは嫌な事じゃなかったけど、俺は自然に話を逸らそうと、話を纏める。
「まあ何にせよ……俺もお前も、こうして無事で済んで良かったよ」
 そう言った直後に……ふと脳裏に過る。
 俺がエルを剣にする直前。ああして普通に戦ってくれたのだから、きっと怪我を負っていても軽傷だったのだろう。
 でも……俺が気を失った後、エルは大丈夫だったのか?
 本当に……無事で済んでいるのか?
 そして俺はようやく、エルがふら付いている理由に気付く。

「……ちょっと待て、エル」

 俺は視線を落とし、エルの足に視線を向けながら指摘する。

「お前……足、引きずってるぞ……まだどっか怪我してんのか?」

「あはは……ばれちゃいました? あの鎖の奴が太股に刺さっちゃいまして……」

「あははじゃねえだろ! お前、治療して無いのか?」

「しましたよ。最低限歩ける程度には」

「最低限って……」

「よほど回復術に特化した精霊でもなければ、自分の怪我は自分では治しにくいんです。そして此処に留まる訳にもいかないって言ったら……仕方が無いじゃないですか」

 仕方ないって……まあ確かにそうしなくちゃいけないのかもしれないけれどさ。
 とにかく、このままにはしておけない。

「とりあえず降ろせ。これ以上負担掛けられるか」

「歩けそうですか?」

「歩いてやるさ。でもその前に……その足、治しちまおう」

「此処にいると危険ですよ?」

「分かってる。だけどそのままにもしておけないだろ……大丈夫。俺がやれば多少は早く終るだろうし、何かあったら……その、なんとかする」

 その言葉に自信という二文字は無い。
 それが正しい事で、それをしようと動けたとしても、そこに自信が伴うかはまた別の話なのだ。実際に俺は戦闘になれば碌にエルを守れちゃいない。事を重ねるごとに、自分は虚言を吐いているのだろうなという実感が沸いてきてしまう。
 でもさ……、

「じゃあ……お願いします」

 本当に、エルはなんでこんな虚言だらけの言葉にそんな信頼寄せてくれるのだろう。
 自分ですらまるで自信が持てないのに……なんで俺の虚言を信用できるのだろうか。
 それはきっとエルにしか分からない。そしてそれを聞こうとは思わなかった。
 別に、知らなくても十分だと思った。寧ろ知らない方が良いとさえ思った。
 今、ただ純粋に優越感を感じていた。
 他人にどう思われようと。どう言われようと、俺は俺が正しいと思った事をやる。それは変わらない。だけど……だからと言って、否定されるよりは肯定される方がずっといいに決まってる。
 ……頼りにされている方が、ずっといいに決まってる。
 だから聞かなかった。
 聞かずにこの優越感が得られるのならば、余計な事はしたくない。余計な事をして壊したくない。ただそれに浸っていたい。

「それじゃあ、早い所治しちまおう」

 ……それを壊す様な事を正しいと思う時。その時位までは……俺はエルに頼りにされていたいと、そう思った。




 もうすぐ、治療が終わる。
 幸いその間、俺達は誰かに襲われるといった事はなかった。
 何人かの人間が俺達の横を通り過ぎ、その度に警戒心を強めたが、出会った相手が全て敵だというのはいささかオーバーな話だったのかもしれない。普通に無視されるか、少し心配そうに視線を向けて去っていく奴だけだった。
 それでも危険な事に変わりは無いので、俺はエルの治療を急ぐ。
 そんな俺に、暫く黙っていたエルが、決心した様にこんな話を切りだした。

「エイジさん」

「どうした、エル」

「一つ、相談があるんです」

「相談?」

 俺がエルの顔に視線を向けると、エルは少し言葉の続きを言いにくそうにしていた。
 それでもエルは言葉の続きを口にする。

「覚えてますか……あの、枷の話」

 覚えてる。だってたかが数時間前の話だ。
 あのホテルでシオンが言っていた枷。
 エルが拒絶した、精霊術を代償にエルの身を守る枷。

「ああ、覚えてるよ」

 そしてエルが何を言いたいのかも察しがつく。
 これから交わすのは、俺達の今後を決める大事な話だ。
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