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三章 誇りに塗れた英雄譚
7 故に答えは知りえない
しおりを挟む翌朝。俺達は宿で出た朝食を堪能した後、チェックアウトの際にフロントに居た青年から本屋の位置を聞きだし、本屋へとやって来ていた。
地図を買う為だ。
「とりあえずコレで良いだろ。いくらなんでも世界地図を買うのはアバウトすぎるからな。とりあえずはこの国の地図を買って、出る頃にその次の国の地図買えばいいと思う」
「まあそうですね。一応世界地図も見ましたけど、訳分かんなかったですからね」
……見てたんかい。
まあそれはさておきだ。
「とりあえずこれ買うか……えーっと、会計はどこだ……?」
周囲を見渡してみる。するとレジはすぐに見つかった。
……それにしてもあんまり日本の本屋と変わらねえな。
内装や外装は違えど、根本的な物は何も変わらない。
例えば店の入り口には今話題の作家の新作小説が置かれていた。当然俺は読めないけれど、きっと中身は素晴らしい内容なのだろう。
この世界の人間にとっては、きっと素晴らしい物なんだ。
一瞬俺が想像した様な内容は、その本には含まれていないのかもしれないけれど、それでも俺はこの世界であまり本を読みたいとは思わなかった。
……この世界の人間が書く登場人物の心理描写に、あまり触れたくないと思った。
「行こうぜ、エル」
「はい」
だから俺はこれ以上地図以外の物には目もくれない。
多分今後もそれ以外の目的で立ち寄る事は無いだろう。
俺はエルを連れて会計に向かった。
さて地図を買ってしまえば、もうこの街でやるべき事は全て終わりだ。
だったら後は列車に乗るだけ。
「……蒸気機関車か」
駅のホームでチケットを買った後、視界に入ってきたのは整備中の蒸気機関車だった。
「エイジさん、乗った事ってありますか?」
「いや、ねえよ。もう日本じゃ動いてねえしなこういうのって。エルは?」
「あると思いますか?」
「いや、悪い」
まあ精霊が人間の作ったそういうのに乗るなんて事は無いのだろう。
あったとしてもそれは所謂、貨物列車という奴だろうか。考えたくも無いけれど。
「コレって乗り心地良いんですかね?」
「さあ。良ければ良いけどなぁ。でも少なくとも、日本の電車と比べたら良くない気がするけど……」
「日本のは座り心地良いんですか?」
「いいぞ。俺は結構好き……正し人が少ない時間に限る。そうでない時間は……地獄だぞ」
将来あの中に交じって通勤する事になるかもしれないんだ。自転車で通える今の高校がありがたい。
「へぇ……あ、そういえばなんですけど、人、少ないですね」
「アルダリアスに向かう人間は多くても、離れる人間は少ないって事じゃねえか?」
いつまで祭が行われているかなんてのは知らないけれど、この格安料金の中、ホームが閑散としているというのはきっと、そういう事で間違いないだろう。
やがて時間が経過し、先程整備していた蒸気機関車が動き出す。どうも始発はレミールから出るらしい。
近くで線路を伸ばしていると思われる工事をやっているのを見る限り、いずれはアルダリアスが始発になったりするのだろうか?
……そうなったら、ひとまずは無表情で働かされている精霊は、解放されるのだろうか。
ふとシオンが言っていたあの金髪の精霊と出会った時の話。精霊を使い潰したから、あの精霊と出会ったと言っていた話を思い出す
……願わくばあの精霊達がこのまま使い潰されなければ良いのに。
いや、もしかすると使い潰された方が、精霊達にとっては良いのかもしれない。ある意味でそれは解放なのだろうから。そうでもしないと解放されないのだろうから
出来る事なら俺が動いて解放してやりたいけど、そうする為の術はないから。だとすれば今、隣に居る自我を持った普通の精霊を優先する。
……例えばシオンがドール化した精霊を元に戻す手段を見つけたりすれば。それを聞かされれば。その時は動くのかもしれないけれど。それでも動けない今の俺は。きっと俺達は。極力そちらを見ない様にした。
見放したとでも言うのが正しいのかもしれない。悔しいけどきっとそうなんだ。
……きっとこれが、今取るべき正しい選択肢だと思う。
今の所は。いずれどうなるのかは分からないけれど。
それでも今はこうするしかない。
「……行くぞ、エル」
そうして俺達は、乗り場まで動いてきた蒸気機関車に乗りこんだ。
蒸気機関車の乗り心地が良かったかどうかと聞かれれば、それは良かったと俺は答えるだろう。
思った以上に座り心地が良く、どんな技術を使ってんのか揺れも少ない。それでいてアルダリアスから遠ざかるこの機関車に乗る客は少なく、三両編成で思い思いの席に座った結果、俺達が乗る真ん中の車両は客が誰もいない。
つまりは貸し切り状態と言う訳だ。
「早いですね」
「俺達が歩いた距離なんて、速攻で越えちまうんだろうな」
「本当ですねー。あ、そういえば筋肉痛の様子はどうですか?」
「あ、それ聞いちゃう?」
俺達は駅で購入したスティック菓子を食べながら、そんな会話を交わす。
……本当に歩く速度とはまるで違う。簡単に追い抜いてしまう。
これなら本当に思ったより早く、絶界の楽園へと辿りつけるだろう。本当に良い事だ。
……そう思えない自分も、どこかにいるのだろうけど。
「脚はえらい事になってんぜ? 気抜いたら生まれたての小鹿みたいになる」
「ははは、いや、それは流石にないでしょう」
「いや、マジな話」
「……マジな話ですか」
「いや、嘘。そこまで酷くはねえ」
「で、ですよねー」
楽しかった。色々と重苦しい事を頭の隅に追いやれば、そこに残るのは、そんな馬鹿みたいな事で笑いあえる光景で。可愛い女の子とこうして二人旅をするなんていうフィクション染みた光景で。
早く辿りつけば、それだけこの時間が早く終わってしまう。
きっとそれは良い事なのだろうけど。そうなることが最善の事なのだろうけど。
せめてほんの少しだけ、時間の進みが緩やかになればいいのにと。
そんな都合の良い事を、俺はエルの笑顔に笑顔で返しながら、一人で考えていた。
そして。
「エイジさん」
「どうした?」
「えーっと、なんて言えばいいか分かんないんですけど……楽しいですね」
「……ああ。ほんと、楽しい」
願わくばエルも同じことを考えていてくれたらな、と。
そんな正しさとはどこかズレた願望を、俺は抱いていた。
その答えがどうなのか。それはエルにしか分からない。
でもそんな事を直接聞けるかと言われれば、聞ける訳が無くて。
故に答えは知り得ない。
そんな俺達を乗せ、機関車は速度を緩めず次の駅へと進んで行く。
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