人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

18 二人の力

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 何がどうしてこんな事になっているのだろうか。
 だってこんな事は絶対にあっちゃいけない事なんだ。
 エルが此処にいて。きっとシオンから貰った枷もぶっ壊していて。そしてあんなに大怪我を負って。
 背負わなくてもいいリスクを背負って此処にいる。しかも、まるで俺を助けるために乗り込んできたみたいに。
 一人で自分勝手に動いた人間なんかの為にに……何をやっているんだ、エルは。
 そんな事が、脳裏で蠢いていたが、それに対する解答を見つけるだけの猶予は無い。そんな猶予も与えられない位に、この部屋の中の状況は変わっていく。
 動いたのは、エルだった。
 足元に風の塊を作り出し、それを踏み抜き此方に加速する。
 それがカイルに攻撃を加えるためか、それともカイルを突破し、俺の元に到達するためなのか。それは分からない。
 だけど、それは駄目だ!
 とにかく、エルを止めるために叫ぼうとした。
 だけど間に合わない。
 超高速で動いたエルに合わせ、エルのへし折れた右腕に蹴りで追い打ちをかける。
 そして声にならない様な声を上げ、エルの軌道は逸れる。そしてその軌道を確認した瞬間、俺はほぼ無意識に足元に風の塊を形成。それを勢いよく踏みこみ、真横に飛ぶ。
 そして次の瞬間には、軌道の逸れたエルが俺の目の前に現れた。
 俺はそれを受け止め……剣化の術を使おうとするよりも早く、地面に到達。そのままエルのクッションとなりつつ地面を転がる。

「……ッ!」

 全身に激痛が走った。だけど怪我の度合いではエルの方が酷いし、例え無傷でも、黙って見てなんかいられない。

「……大丈夫か、エル」

 俺はエルを抱きしめる力を弱めつつ、そう尋ねる。
 するとエルは一拍入れてからこう返してきた。

「……私は、まあ、大丈夫ですよ」

 どう考えたって大丈夫ではなさそうな声音でそう言ったエルは、少し体を離して俺の目をじっと見ながら言う。

「そんな事より……少しくらいは、自分の心配をしてください」

 そう言ってエルは、左手で俺の右手を握った。

「言いたいことは沢山あります。だけど……それはまだ我慢します。今はとにかく……この状況をなんとかしましょう」

「……ああ、そうだな」

 言いたい事は沢山あった。
 だけどそれを言う猶予なんてのはどこにもなく、その機会が訪れるとすれば、それは無事にこの場を切り抜けた時だ。
 だから……今は、言いたい事を胸にしまう。
 そしてエルの手をしっかりと握った。

「……なんだ。見たところその精霊、捕まってる連中じゃなく、てめえを助けに来たのかよ。だとすりゃ本当にわかんねえな。てめえの事も。その精霊も。マジで何考えてんのかわかんねえ」

 そう言った後、カイルはその場で構えを取る。

「まあいいよ。俺のやる事は変わらない。それだけ分かってりゃ十分だ。とりあえず、てめえもその精霊もぶっ飛ばす」

「させると思うか?」

「できるさ。それに、あの馬鹿の為にもやらなきゃならなえ」

「だったら俺はその思いを踏み躙る。いくぞ、エル」

「はい、エイジさん」

 そして俺はエルを剣へと変える。

「なに……精霊が剣に……ッ」

 そんな風に動揺するカイルに剣の先を向けて俺は言う。

「……じゃあここからは反撃開始だ。そして、俺も私怨って奴を混ぜるぞ」

 そして俺は、湧き上がってくる言葉を言い放つ。

「……てめえら、よくエルをこんな目に合わせたな」

 ここまで来るまでに負ったエルの傷。それは到底女の子が受けていい傷じゃない。
 ああいう傷を負わした此処の連中に、どうしようもなく怒りが湧きあがってくる。

「俺はもう、容赦なくてめえらをぶっ飛ばす。覚悟の一つや二つ位決めとけよ?」

 そしてそんな宣言を、カイルへとぶつけた。
 ……その全ての元凶が自分であるという事は棚に上げて。
 こうなる事は予測しなかったものの、自分の選択がエルにとって酷い事となるのを自覚していて。自覚していて尚こんな事をした自分の事は棚に上げて。
 俺はそう宣言した直後、風の塊を足元に作り出し、踏み抜いた。
 そしてカイル目掛けて剣を振り抜く。
 結果的に、狙った所には当たらなかった。

「……ッ!?」

 だけど、側頭部への直撃を防いだ右腕はへし折った。
 そしてカイルの足が衝撃で浮き、勢いよく飛ばされる。
 そして数度のバウンド。やがて壁に衝突し、それでもゆっくりと立ち上がってくる。

「……っだよ、今の、速度は……ッ!」

 態々答える義理もない。
 もうきっとコイツに語ることも。語られることもなにも無い。

「く……っそがあッ!」 

 今度は勢いよくカイルが込んできた。
 途中、投げられるのはバタフライナイフ。だけど俺はそれを体を反らして躱す。
 そして目の前まで到達したカイルは、素人目で見ても全く無駄のなく思える渾身の右ストレートを放つ。それを俺は、体を僅かに動かして躱した。
 そして流れでそのまま剣を振り抜く。
 直撃。カイルは再び床を何度もバウンドし、壁に叩きつけられる。
 そして次の瞬間、一瞬視界の端に移ったソレを見て、俺は軽くサイドステップ。
 それとほぼ同時。いつの間にか足元に転がっていたキューブ状態の何かが数瞬前まで俺の居た場所にビームを放つ。
 だけどそこには俺は居ない。間一髪で躱して、しっかりと床に二本足で立っている。

「俺に、モーションで攻撃先読みする様な真似はできねえよ」

 俺は壁際でぐったりとしているカイルに向けて言ってやる。

「だけど今ならなんとか見える。見えてりゃ攻撃位躱せるさ」

 ……そして。

『……エイジさん、後ろ!』

 その言葉に俺は再び横に跳ぶことで答える。
 次の瞬間には俺の居た所にエネルギー弾の雨が振っていた。
 きっと先程のビームを利用し、例の魔法陣で数を増やし雨を降らせた。そういうことだろう。
 そして鈍器でぶっ飛ばされながらも、しっかりと張り巡らされた攻撃の事を、カイルに告げる。

「……見えなくても、躱せんだよ」

 俺一人じゃ無理でも、エルの力を借りればそれができる。
 きっと圧倒的に強化された出力云々以前に、俺達の間の溝を埋め、追い越したのは……きっと、それも大きな理由の一つだ。
 それが無ければ、当たっていたかも知れない。
 そして当たらなかった。カイルも起き上がらない。
 だとすれば……この戦いは、俺の勝ちだ。
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