人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

28 分岐点 上

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 荷台から降りてきた精霊達にそう尋ねると、精霊達はそれぞれ顔を見合わせるなどして中々返答を返さない。いや、返せないのかもしれない。
 工場から脱出して自由の身になった。だけどだからと言って安全が保障されたわけではなく、仮に安全が保障される何かがこの先にあったとしても、そうなるまでの事を考えなければならない。
 今後を決める選択は文字通り、自分の命運を左右する。そんな選択肢だ。
 簡単に答えが出てくる筈がないんだ。
 現に真っ先に俺に向けて何かを言ってきた黒髪の精霊の言葉も、その問いの解ではない。

「アンタはどうすんの? これから行く当てでもあるの?」

 問われたのは俺の解。
 その問いは精霊達にとってイマイチ行動や思考が読めないであろう人間の俺から、何かを聞き出そうという意図があったのか、それともこの中々話が進まない間を埋めてくれたのか、はたまた両方か。そもそも掠ってもいないのか。それはまるで分からない。
 だけど答えるべき解は、考えなくても浮かんでくる。
 だってそうだ。一度はブレたが、その時を除けば俺の、俺達の目的地は変わらない。

「絶界の楽園……って言ったら、お前らピンと来るか?」

 その言葉に何人もの精霊が反応して明確にこちらに視線を向ける。
 どうやら少なくとも、名前だけなら多くの精霊の耳に届いているらしい。
 だったら話は早い。

「俺達の目的地はそこだよ。コイツを……エルを、絶界の楽園へと連れていく」

 それが俺達の行く当てだ。
 そしてそんな俺達の目的を納得してくれない者がいる。

「楽園に連れていく……何が目的だ」

 俺の言葉に敵意の眼差しと共に言葉をぶつけてきたのは、工場内部から一貫して敵意を向けてきていたあの赤髪の精霊だ。

「何が目的でそんな事をする。お前は一体何を企んでいるのだ」

「……別に何も企んじゃいねえよ。そこにエルが行きたいっていうから連れていくんだ。エルに向けられる視線がまともであってほしいから、そこに向かうんだ」

 もうまともじゃない。
 まともだった視線は、もう決して人を見るソレではなくなってしまっている。
 なくなってしまった以上、もう人間の世界は安全なんかじゃない。
 そうさせてしまったのは俺だから。これだけははっきりと言える。

「エルを助けたいから、俺は絶界の楽園へと向かうんだ」

 そこに、何かエルを騙すような意思は含まない。約束もしたし、もう結果的にエルを裏切るような事になる様な真似も絶対にしない。そういう意思が籠ってる。籠めたはずだ。籠められたはずだ。
 だけどそんな言葉も、通じない。

「嘘を付くな。お前の語る言葉の中にも、私たちを助けた時の言葉の中にも、ああいう行動にも。どうせ全部裏があるんだろう。そうなのだろう? 白状しろ、人間が」

 ……ひどく冷たく、怒気と冷気の籠った声と視線。
 その声で紡ぎだされるそんな言葉は酷い言い掛かりだ。白状も何も、俺が語っていることが俺の意思であることは間違っていない。
 確かに今まで何も無くないのに何もないと言ったり、エルに黙って勝手に出ていったり。そんな風にエルを騙すようなことはしてきたけれど……だけどそれでも、こんな時の会話にまで嘘を混ぜ込み騙す様な事があってはならない事は理解しているし、その必要性も見えてこない。見えてこなければ嘘なんてのは発しない。
 だけど、その必要性が何かあるかもしれないという事を、疑い始めたら止まらない。
 きっと精霊からしてみれば、止めようとも思わないだろう。必死になって探し出そうとするだろう。
 そんな気持ちは、分からなくもない。

「……お前の気持はある程度理解できるよ」

 理解できる位には、この世界に触れてきた。
 一か月。その一カ月で、楽しかった後継の裏側に、確かにこの世界の歪みを映してきた。
 だからこそ、言える立場じゃなくても言うことができる。

「そりゃ、人間の言葉を今回程度の事で信頼できねえよな。そういう精霊がかなり居てもおかしくない位には、この世界の人間はお前達に好き放題やりすぎた」

 何を言っても、何をやっても。そう簡単には変わらない。
 それがどれだけ非の打ち所が無いような事だったとしても。そんな事は関係が無いんだ。
 あの精霊も、一度はエルの言葉に押し黙った。論理的にエルが、俺が精霊をまともに見れる人間だと、証明してくれたんだ。それに加えて俺は人間を敵に回して戦った。
 だけどそんな証明を受け入れられるかどうかと言えば話は別で、議論で論破されても納得のいかない者が居る様に、感情論は簡単なものじゃない。それはきっと、より完璧な何かを提示しても変わらない。何が来ても、拒絶するときは拒絶する。
 色々な感情が渦巻いて、色々な経験が渦巻いて。もう論理や目の前で一度起きた現象だけで物事を判断できる程彼女にとっての……いや、言葉に出していないだけで、何人も同じことを考えている彼女達にとっての、人間というカテゴリの存在はまともじゃないんだ。
 だから今の俺に、その感情を覆す事はできない。
 そんな方法は、今はまるで見つからない。
 見つからないから、もうどうにもならないし、どうする気もない。

「……だからいいよ、無理に俺の言葉信じてくれなくても。俺にとっては、お前らをあそこから連れ出せただけでも十分だ」

 そんな本心を残し、俺は思考を切り替える。
 根本的に話が何も進んでいない。
 だから進めようと思った。
 俺は頭を切り替える。
 本当に一時的な協力で、殆ど信頼を向けてくれない精霊達とは裏腹に、ある程度まともな会話が成立する程度には俺の事をまともに見てくれている精霊もいる。
 だからそちらを対象に、改めて聞いてみることにした。

「で、まあ信用してくれたかどうかはともかく、そういう事になるんだ。それで……お前らは、結局どうしたいんだ?」

 願わくばその返答に、俺に敵意を向けている精霊が混じっています様にと。
 そんな事を考えながら、俺は言葉を待った。
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