人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

10 避けられぬ戦い

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 俺の素性がコイツらにバレていないと仮定すれば、この状況下でやるべき事はただ一つ。
 アイラ達をコイツらの捕獲対象に加えさせない。
 こんな辺鄙な所に人が居るという事は十中八九エルドさん達の様な、精霊を捕獲する業者という事になるだろう。だとすれば、エルとは違い契約の刻印が刻まれていないアイラ達は文字通りターゲットとして認識されてしまう筈だ。
 その認識を改めさせる。外させるんだ。
 でも……どうやって?

「金稼ぎ……という事はやはり同業者か」

 どうやら仮定は事実に変わってくれた様だけど、アイラ達を守るための言葉は中々浮かんでこない。精霊が虐げていい存在では無いなんて言葉は十中八九通じない。通じてくれるはずが無い。
「まあそうですね。同業者って事になるんですかね」
 だから相手に合わせた上で納得させる必要がある。
 だけどそれは容易な事ではない。
 例えば俺がアイラ達を捕らえた事にして所有権を主張したとしても、本来精霊を捕らえるという事は、対象を完膚なきまでに叩き潰してその上で枷をはめさせる様な、そういう目を背けたくなるような悲惨な事の筈だ。
 だけどこの場に叩き潰された精霊はおらず、枷もその手には嵌っていない。
 居るのは現れた人間を警戒する精霊と、今だ眠っている精霊。そんな状態で俺の権利を主張できるかと言えば、きっとそういう段階にまでたどり着いていない。

「よくそんな事を堂々と言えたものだ……しかし妙だな」

「妙?」

「お前はどうして今この瞬間、意識を全てこちらに向けられる。どうしてその精霊達はお前に手を加えない。あまつさえ呑気に眠っている者もいる。こんな状況には通常なり得ない筈だ。一体何をどうしてこうなった」

「……」

 そうだ。よく考えればこうなっている状況は、もう目の前の同業者には通常通り映らない。枷もなく、加えてドール化しているわけでもない精霊が、俺に反撃を仕掛けてくる訳でもなく傍らに居る。そうした状況は確かに通常ありえない。
 精霊は人間を見れば逃げ出すか反撃する。それは目の前の業者達が一番理解しているだろうから。
 だけどこれはチャンスだ。
 こういう状況を作りだしたのは俺。つまり俺が実質コイツらを捕まえているという事を証明するチャンス。
 でもどうする? こういう人間の傍に居る様な精霊を客観的に見ればどういう風に映るのが自然だ?
 そう考えた時、先程の一悶着で耳にしたナタリアの言葉が脳裏を過る。
 その言葉はこの状況を丸く納める決定打になるかもしれない。
 ……俺の口からこんな事を言いたくはないけれど、それでも今はこれしかない。 

「俺の契約している精霊の精霊術でうまいこと精霊を洗脳したんですよ」

「……洗脳?」

「そう、洗脳。どうもドール化した精霊や人間には効果が無い様だけど、そうでない精霊には効果が覿面な精霊術な様で。すげえ効率良く狩れるんですよ」

「……確かにそういう術を使える者は見たことがあるが、Aランクの能力ですら精神的に大きく不安定にさせた上で超近距離でなければ発動しない様な使い勝手の悪すぎる精霊術だった。となればそもそももっと使い勝手のいい術を使っているのか、もしくはSランク精霊でも使っているのか……まあ何にしても状況は理解したよ、密猟野郎」

「……密猟?」

 そこでふと、エルを助けるためにエルドさん達と対峙した時の事を思いだす。

『俺達はちゃんとここの精霊を捕まえる権利を競り落として来てるんだぜ? どこの業者かしらねえが、ここで介入すんだったら、協会に訴えるぞお前』

 そうだ。精霊を捕まえるには権利がいる。その精霊を捕まえる為の権利が。
 でも……だとすればコイツらもそれを持ち合わせていない。
 だってコイツらは此処にいた精霊じゃない。他所から来た精霊だ。
 エルの様に、その場所に居るエルという精霊を捕まえるという様な権利は彼らにだって無い筈なんだ。

「なんだそのとぼけた反応……まさか知らないで此処に立っているのか?」

「……あ、ああ、まあ」

 とりあえず同調する。同調して打開の術を探りに掛る。
 そして目の前の男は面倒臭そうに溜息をついた後、語り出す。

「通常の精霊を捕まえるにあたって想定される状況は二つ。まず一つは隠れている事を知っている精霊を狩る権利を競り落として捕らえる。競り落としてしまえば、誰が狩っても法的に所有権はその競り落とした者に与えられる。主に数の少ない高ランクの精霊相手の時に起こり得るやり方だ」

 それがエルの時の一件。エルドさん達はエルを捉える為の権利を競り落としてあの場に現れた。
 そしてこの場においてはそのパターンは適応されない。だとすれば二つ目。
 俺が知らなかった、だけど精霊を捕まえるという事を考えれば自然と一般的に思えるシンプルなパターン。

「そして二つ目。転々と場所を移動する精霊。及び事前の競に掛けられていない精霊は発見したものが自由に狩って良い事になっている。此処までは知っているな? 知っていなければ業者なんてやってられない。だけどこの先をきっとお前は知らない。知らないからコイツらを狩っていたんだろ?」

「その先?」

「ああ、その先だ。確かにその精霊達は競に掛けられていない、後者のパターンに該当する精霊だ。だけど何事にも特例という物が存在する。この一件がまさにそれだ」

 そこでどんな無茶苦茶な事を言われるのだろうと思った。
 だけどこの世界の人間は一部の者を除いてはそういう理不尽で酷い事を言わないしやらない。あるとしてもそれは受け手の問題であって、そうに至るまでに至極真っ当なプロセスを経緯する。

「ここ周辺の土地の独占契約を、俺達は高い金を払って協会と結んでいるんだ」

「……独占契約」

「そう、独占契約。此処に来る精霊は此処の土地にいる間のみ自動的に俺達に所有権が与えられる。その事をお前は知らなかったんだろう」

「……ああ」

 知らなかったし、だとすればマズイ。
 これでは俺の行為を正当化できない。

「まあお前がこの付近の街に訪れたばかりの奴だったとすれば、知らないのは無理もないか。この辺りが独占契約なんて割に合わない案件を喜んで呑むほどに精霊が集まる場所だって事は伝わってたみたいだけど」

「……まあな。だけどそこまでの場所だとは知らなかった」

「そこまでの場所だよ。もう一年と何カ月か前か? この辺鄙な地にそこら中から精霊が押し寄せてきたのを俺達が発見した。まるでこの場所に何かがあるんだと言わんばかりにな」

 精霊が押し寄せてくる……この先の場所が、絶界の楽園だと知って、そこら中から押し寄せてきたのか?

「数年前に一度視察した時はそうでもなかったのにな。精霊達を狩りたてる何かが精霊達の間に爆発的に広がったのか……とにかく凄かった。だから俺達はこの地の独占契約を結ぶ事にした」

 狩る為の対象が大量に押し寄せてくるから。そう考えれば業者的には此処はきっと絶好の地なのだろう。

「ここら全域の精霊を感知できるアホみたいに高い探知機も購入して、本格的に狩りまくったよ。それで俺達は一気に大企業へと発展できた。夢の土地だよここは」

 そして精霊達の夢を踏み躙る地。

「……そんな凄い探知機を持っているのだとすれば、随分と来るのが遅かったですね。俺、結構な時間此処にいましたよ」

 何しろ俺達はこの地にまで来て一時的に睡眠までとっている。数時間単位で俺達は此処に滞在していたんだ。

「……実はちょっとその凄い探知機を一月程前に派手な色の髪した女にぶっ壊されてな。今は代用品で効果範囲に穴が生まれてる。見たところお前の契約している精霊は此処にはいないみてえだけど、いないって事はまだどっかでドンパチやってんだろ? 多分それに引っ掛かった訳だ。ポイント的にまだ反応のあった所の手前だからな」

「……そういう事ですか」

 まあ遅かれ早かれ効果範囲内に入っていた事は間違いないんだろうけど、入り方がまずかった。
 俺達が分断されて俺が弱体化した状態で起きてはならない事態だったんだ。

「と、まあこんな所だ。まあ知らなかったってんなら怒らないさ。その辺は許してやるよ」

「……え?」

「何呆けた顔してんだ。この位で一々キレたりしねえよ。余程沸点低い奴ならともかく、少なくとも俺も他の連中もそうじゃねえ」

 ……つまりは典型的なこの世界の善人。そういう人達なのだろう。
 それで本当に助かった。つまり今回は見逃してくれるという事なのだろう。結果オーライだ。

「だからお前の契約してる精霊を呼び戻してさっさと行け。コイツらの後処理は俺達がなんとかしといてやる」

「……え?」

 いや、ちょっと待て。

「……ん? ああ、、そうか。無力化してくれたのにただ働きってのも可哀想だな。仕方が無い、少し位分け前はくれてやる」

 違う。そういう事じゃない。
 ……俺が許される事と、アイラ達の所有権の事は、また話が別だ。
 つまりコイツらは依然アイラ達を。そしてエルと戦っているナタリアをターゲットとして定めている。

「……この精霊達を譲ってはくれないんですね」

「おいおい、いくらなんでもそれは図々しいだろ。それを認めちまえば俺達の商売が成り立たん。大人しく分け前で我慢しておけ。我慢して、引いてくれ」

 そして業者の男は一拍明けてから言う。

「あんまり我儘ばかり言われると、こちらもそれ相応の手段を取らざるを得なくなる」

 ……そして、俺達もまた、それ相応の手段を取らざるを得ない。

「ちょっと待ってくれ」

 言ってから俺は空に風の塊を二つ打ち出して、空中で衝突させ破裂させる。
 周囲に大きな音が響く。
 その音でヒルダとリーシャも目を覚ましただろう。後ろで何事かをアイラに尋ねる二人の声が聞こえる。
 そして俺は業者の男に言う。

「今俺の精霊を呼んだ。戻ってくりゃ大人しく引くよ」

 ……戦闘は避けられない。だとすればここからするべきなのはエル達がこちらに到達するまでの時間稼ぎ。
 僅かでもいい。言葉で押し留める……つもりでいた。
 だけど事態は動きだす。

「良い判断だ。おい、お前ら仕事だ。とりあえずこの精霊達を拘束するぞ」

 そんな事を周囲に指示して、エルが到達するのを待たずに動き出した。

「ちょ、ちょっと待て」

「心配すんな。お前には危害は加えない。ちょっと離れてろ」

 そういう事を言っているわけじゃない。つまりもう話は通じない。
 だとすればもう……やるしかない。

「……ッ!」

 先陣を切って俺の隣を通り過ぎようとした男の鳩尾に、全力の拳を叩きこんだ。
 叩きこんで、殴り飛ばして、そして俺は叫ぶ。

「やるぞ、アイラ!」

 この状況を正確に理解していて、尚且つ戦えるアイラにそう指示を出し、戦いは始まる。
 俺は続けざまに攻撃を放つ為に、弱体化した拳を再び握り締めた。
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