人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

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 エイジ達に何かがあったとするならば、それは即ちその場所に敵がいるという可能性が高い。
 そしてエイジ達の居る場所に敵がいるのだとすれば、自分達が遭遇してもおかしくはない。

「……人間ッ!」

 明らかに自分達に向かってくる人間が、エイジ達がいる地点とはまた違う方向から精霊を引き連れてやってくる。
 人間二人に精霊二人。

「……分かっていると思いますけど一時休戦です。この状況、なんとかしますよ」

 まともにぶつかって勝てるかどうかは分からない。
 ナタリアの実力が高い事は理解しているが、それでも一度は人間に捕まった身だ。実力が高いからと言って数で負けている相手にまともにぶつかる様な事は避けた方がいい。
 だとすれば、取るべき選択肢は強行突破。牽制しつつ駆け抜ける。エイジの元に到達さえすれば、ある程度の人数がいてもどうにかなる。エイジ達の方とこちら側。個別で戦闘を繰り広げるのは恐らく愚策だ。
 だけど時には愚策を取らざるを得ない時もある。

「……ッ!」

 何もなかった空間に、ナタリアのすぐ隣に向けてエルは咄嗟に蹴りを叩きこんだ。

「……ッ!?」

 ナタリアが驚愕の表情を浮かべるが、狙いはナタリアではない。
 文字通り、その隣の何もない空間だ。
 だけど確かに何かを蹴った感覚が足に伝わる。当然だ。そこに何かがいると言わんばかりに、風が動いていたのだから、いないはずが無い。
 そして蹴り飛ばされた何かが姿を現す。
 蹴り飛ばされて地面を転がる男が。

「姿を消していたのかッ! ……済まない、助かった」

「気を付けてください。多分、あと一人は居ますよ」

 基本的に人間と精霊でペアを組んでいるのだとすれば、一人を倒してもその片割れがいる。
 そして人間の使う術が精霊に依存する以上、その精霊も同じ様に姿を消すことができるはずだ。

「……そこッ!」

 風の動いた所に風の塊を打ちこむ。
 その攻撃で隠れていた精霊を弾き飛ばした。
 その精霊に意識が残っているかどうかは分からない。
 だけど少なくとも、蹴りを入れた男の意識はまだ残っている。

「く……ッ!」

 こちらに低速の光の粒子の散弾を打ちこみながらバックステップで距離を離す。
 それは攻撃というよりは、一旦引いて態勢を立て直す為の時間稼ぎの壁の様。
 視線に戦闘続行の意思は灯っている。
 そして……こちらもその意思を強制的に灯さなくてはならなくなる。

「……やるしかないですね」

「……みたいだな」

 本隊というべき二ペアに直接戦闘を避けられない距離まで追いつかれた。
 そうするだけの時間を、先行してこの場にたどり着いたであろう二人に稼がれた。 
 二対六。数で劣るこの戦いを避ける事は叶わない。
 そして避けられなければ、その戦いに勝たなくてはならない。
  ……では、そうする為にどうすればいいのだろうか。
 もし今の姿を消す相手がいなければ、騙し打ちという選択肢を取る事が出来たかもしれない。契約の刻印がある以上、人間からみればそこに居るのは誰かの所有物だ。この一ヶ月間、改めて見てきたこの世界の人間を振り返るに、やはり誰かの所有物に軽々しく手を出す様な真似はしてこない。
 うまくいくかは分からないが、試してみる価値はあったかもしれない。そんな策。
 だけどそれはもう使えない。
 その策はあくまで、目の前の精霊、及びその所有者が自分たちの敵ではないと認識させられて初めて成立する事である。
 しかし既にナタリアに対し攻撃を仕掛けようとしていたであろう人間と精霊に、攻撃を加えてしまっている。例えその時点までエルがターゲットに含まれていなかったとしても、既にその認識は覆され、完全な敵となって立ちふさがる。
 故に取れるのは結局実力行使の強行突破だけ。

「……消える奴は任せた」

 ナタリアはエルにそう言った後、掌を迫ってくる人間と精霊に向け、彼女の背丈程の巨大な炎の塊を作り出す。
 それをやまなりに。しかしそれでも剛速球と言える様な速度で投げつけた。
 着弾地点にいる人間の男はそれをバックステップで躱す。
 だけどそんな行為に意味はない。
 着弾したポイントを中心に、直径で炎の塊の三倍程の大きさの火柱が勢いよく立ち上る。
 バックステップで炎の塊を回避した男は、その火柱に巻き込まれて焦がされながら上空に打ち上げられ……そして彼女は既にそこに居る。
 宙に飛び上がったナタリアは、火柱に打ち上げられ宙を舞った男を勢いよく蹴り落とした。
 一連の動きはこういう緊急時でなければ思わず見惚れてしまうほど鮮やかな物で、確実に先の戦いで手を抜かれていたという事を実感できてしまう。
 だがそれだけで戦いの勝敗は決まらない。
 蹴り落とされた男はエルの様に耐久力が高い精霊と契約を結んでいたのだろう。いまだその意識は失われない。落下しながら何かしらの精霊術を発動させる動作を執り行い、地面に全身を叩きつけられながら魔法陣の様な物を作り出す。
 それが何を発動させるのかまでは確認しなかった。最後まで見ていられる程の余裕はエルには無い。
 自分は自分で戦うべき相手がいて、既にこちらに攻撃を放ってきている。
 再び姿を消した男の動きを探りつつ、新たにやってきた人間が放った矢を躱す。その躱した勢いで姿を消した男に対して蹴り放った。
 その攻撃は男が姿を現して発動させた結界で防がれる。肉体強化はどうか分からないが、それ以外の術と姿を消す術の併用はできないようだ。
 そして男が再び距離を離して姿を消す術を使う事は無い。その行為が目の前の精霊にとって無駄であると察したように。
 故に取られる選択肢は攻撃。
 左手で張っていた罅だらけの結界を消滅させ、右拳を握って踏みこんでくる。
 だが遅い。エルの動体視力をもってすれば、ギリギリで躱してすぐにカウンタ叩きこめる。

(……違うッ!)

 しかし土壇場になって地面を強く蹴り、大きく横に飛ぶ。

「……ッ!」

 右腕に微かに切り傷を付けられる。もしギリギリで躱すなんて事をしていれば、こんな程度では済まなかった。

「成程……これも気づかれるか」

 本当にギリギリだった。もう消える事はないと勝手に思い込んでいたから。自分の思っていたのとは違う消え方をされたから。今のをうまく対処できたのはかなり運の要素が大きかった。

(……自分の体以外も消せるの?)

 見えないが明らかにその手に何か得物が握られている。
 自分の腕の状態を見る限り間違いなくそれは刃物。腕の位置と傷の深さを考えるに小型のナイフ程度の物だろうか。
 いずれにしても厄介だ。体を消されるのも厄介だが、これはこれで酷く戦いにくい。
 それでも臆するな。それを乗り越えて勝たなくてはならないのだから、臆していれば話にならない。
 だけどそもそも、この戦いは果たして話になるような段階にまで発展しているのだろうか?

「……ッ!」

 先程風の塊をぶつけて弾き飛ばした精霊が、明らかに何かを構えてこちらに突っ込んできた。
 その手の得物が何かは分からない。構えで、風の動きで、そこに何かがある事は分かっても、その得物の形状までは読み切れない。読める程余裕が無い。
 そしてきっと、その余裕が持てない時点で、この戦いは話になるような領域に到達していない。
 とにかく跳んで確実に躱せるであろう距離まで回避する。
 回避できたと思った。思ってしまった。
 故に精霊の手首が動いた動作を見ても、その後の対処が遅れてしまう。

「う……ッ!」

 左腕に何かが突き刺さった。
 一見何も起きていないのに、血液だけが腕から漏れ出しているようにも見える。だけどそれを何かが引き起こしている。
 そしてその何かは、術の効果が切れたとばかりに姿を現す。

(……投げナイフ)

 その正体を視認した直後にそれを引き抜き、間髪空けずにこちらに放たれた遠方から放たれる弓矢を躱す。
 その直後、背後から爆発音が鳴り響いた。

「うぐ……ッ!」 

 躱した矢が背後で爆発した。
 幸い直接的に大きな傷を負う様な威力ではなかった。だがその煽りを受けて前方へと身を投げ出される。
 そして投げ出された先には、姿を消す人間と精霊のペアが攻撃動作に入ってしまっている。

「……ッ!」

 地に足がつかない上、態勢に無理がある。まともな動きでは放たれるであろう攻撃は躱せない。
 だから攻撃される前に切り抜ける。
 瞬時に足元に風の塊を作り出し、バランスを崩しながらも勢いよく加速する。
 そして二人を通り過ぎた先に、再び弓矢が放たれる。

「ぐ……ッ!」

 咄嗟に腕で矢を防いだ。
 もっとも防いだと言っても腕に突き刺さっているのだが、それでも比較的まともな個所ではあるだろう。
 だけどそれはあくまで比較的な話。
 右腕に突き刺さっていた矢を中心に小さな魔法陣が形成された。
 嫌な予感がして咄嗟に引き抜こうとする。だがしかし無茶な体制で風を踏み抜き空へ跳び、矢を防げただけでもそう簡単にいかない事柄だ。
 そこから瞬時に矢を引き抜くなんて事は、そう簡単にうまくはいかない。

「ぐあぁッ!」

 矢の突き刺さった地点を全力で殴られた様な痛みが襲う。
 辛うじて腕は折れていない。だが衝撃でエルは回転を帯びながらそのまま地面へと落ちる。

「ぐ……ッ」

 それでも意識は消えない。この程度で気は失わない。その程度には、そういう方向性に力が特化している。
 それでもこのままでは、意識があるだけで何も変わらない。否、悪い方向にだけ事が進む。
 そして既に進み始める。
 エルの落下地点。なんとか体を起こし始めるエルの背後に、既に先の精霊が居る。
 咄嗟に振り返る。だけどそこには誰もいない。誰かがいるけど何も見えない。
 それだけで対処は僅かに遅れ、間に合わない。

「グァ……ッ!」

 鳩尾に蹴りを叩きこまれた。
 そして勢いよく地面を転がるエルに、片割れの男が追撃に掛る。

「……ッ! あああああああああああッ!」

 無我夢中で地面に手を突き宙に撥ねた。
 そして崩れたバランスのまま左手に風の槍を作り出し、眼前にまで接近していた男に突き指す。
 だが浅い。脇に逸れた。これでは重症でも致命傷にならない。今は止められてもまだ動く。
 だけど今は止められた。今なら敵の絶対数を減らせる。
 そして追撃を加えようとしたエルの左肩に弓矢が突き刺さった。

「……ッ!」

 そして再び弓矢に弾き飛ばされる。
 突然の攻撃に受け身も取れずに地面を転がる。
 それでもその途中で軽く地面に手を突き跳ね上がり滑る様に着地して、激痛が纏わりつく左肩を抑えながら正面を見据える。
 自分が槍を突き刺した男はまだ辛うじて起き上がっている。その片割れは今まさにこちらに向かっていて、厄介な弓兵は次に打ち出す攻撃の準備をしている。

(……勝てない)

 直感的にそう思った。
 一対一で戦うのならば恐らく負けない。その程度の自身はある。だけどこの数を相手にするのは想像以上に厳しいというより無謀だ。
 一人で三人、四人の相手をする。
 それが辛うじて逃げられる可能性があるという程の戦力差だという事を、既に工場で身を持って経験しているし、感覚的に個々の力……特に人間の動きが今まで戦った者よりも高い。戦い慣れている感じがする。
 つまりはあの時より更に分が悪い。絶対に真正面から戦ってはいけない。例え無理でも無理やりにでも逃げる必要があったのだ。
 その結論に至った時、既に目の前にはあの精霊がいる。
 とにかく。とにかくどんな結論が出ようとも、この攻撃を凌がなければ先は無い。
 そんな思いで拳を握って迎え撃とうとしたその時だった。
 こちらに向かってきていた精霊が、ナタリアに蹴り飛ばされていた。
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