人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

20 総力戦 Ⅲ

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 ナタリアやアイラ達だけであの人数を凌ぎ続ける事が出来るかと言えば、それは否だ。
 無理がある話だってのは理解している。だからこそそのままにはしておけない。
 すぐに俺もそこに加わる。最低限相手に被害を与えられればその時点ですぐに戻る。
 その為にも……とにかく急げ。

「さっさと倒れろこの野郎ッ!」

 とにかく無我夢中で剣を振り回す。
 防御を捨てるだなんて大層な事は出来ない。そこまでやってしまうのはかえって愚策だ。それでは間違いなく途中で殺される。
 だけどそれでも最小限に抑える。ある程度防御に割く意識を攻撃へと移しかえる。当然絶対に喰らってはいけない攻撃もあるだろうし、それを見分けられるかと言えばそれは否だ。
 だけど……俺とエルだけが最後に立っている様な戦い方はもう出来ない。
 何が何でも全員無事にこの場を切り抜ける。絶対にだ!

「ぐ……ッ……あああああああああああああああッ!」

 相手のナイフが腹部を掠める。それでもその場で剣を振る。
 背中を剣で切りつけられる。それでも倒れず薙ぎ払う。
 最小限で攻撃を躱した次の瞬間、別の精霊のナイフが脇腹に突き刺さる。それでも相手を蹴り飛ばし、その勢いで剣を振りまわして発生させた斬撃で、至近距離から纏めて敵を薙ぎ払う。
 とにかく、とにかく、とにかく。無我夢中で攻撃し続けた。

「くそ、なんで倒れねえ! 一体どんなカラクリが――」

 カラクリなんて何もない。何もないし答える意思も余裕もない。
 言葉の代わりに全力の突きでその男をぶっ飛ばす。
 そしてその隙にこちらを切りつけてきた相手には、振り返り際に竜巻を発生して上空に打ち上げ、そしてその竜巻を躱してきた別の相手の剣と刀身をぶつけあい、押し切った相手に蹴りを叩きこんだ。そしてその瞬間には背中に矢が突き刺さり激痛が走る。

『エイジさん! いくらなんでも無茶しすぎです! 急ぐのは分かりますけどもう少し――』

「分かってる……だけどッ!」

 エルの言いたい事は分かるが、それじゃ駄目なんだ。これでも遅すぎるんだ。
 そうでないと全員でこの場を切り抜けられなくなるかもしれない。
 だからきっとこれでいい。こうじゃないといけないんだ。

「……ッ!」

 次の瞬間右足首に何かが巻き付く。
 ……鎖。
 それが分かった瞬間には俺の足は地から離れ、勢いよく引っ張られる。
 そしてその進路にも敵はいる。
「ぐふ……ッ」

 腹部を剣で突き刺された。
 それでも歯を食い縛り、引っ張られた反動で思わず柄から離れていた右腕でラリアットを放って張り倒す。
 男を張り倒した所で瞬時に柄を握り直して鎖を断ち切り、鎖を持つ男の顔面に膝蹴りを放った。
 そして空中で体を捻って方向転換し、背後に向けて斬撃を放つ。これでまた一人薙ぎ払った。
 ……よし。
 全身に激痛が纏わりつき、気を抜けば意識を失いそうだ。だけどそれでも、そうなってまで動いただけの成果はあった筈だ。
 少なくともこれだけ暴れれば、ヒルダの結界をもってしても防ぎきれない両サイドからの雨の様な攻撃が起きる事はないだろう。ひとまずは最低限やっておくべき事をやれた。
 そして俺はナタリア達の方へと視線を向ける。
 俺が敵陣に突っ込んでから正確にどれだけの時間が経過したのかは分からないが、それでも本当に僅かな時間しか掛っていないと思う。掛らない様に必死になったのだから、掛っていたら困る。
 だけどそれでも、これだけ早くしても時間的な余裕は一切ない。一旦戻ってナタリア達と合流しなければならない。
 だから少しでもまともな状態である様にと、そう思って視線を向けた。
 そして結果的にそうなっていて、四人は誰一人倒れる事なく視界の先で戦闘を繰り広げている。
 だけどその光景は俺が思い浮かべていた行動とは大幅に異なる。
 別にナタリアとかが善戦していて、俺が戻る必要がなさそうだとか、そういう状況になっている訳ではない。おそらくは十分にあの四人を相手にするのに事足りるだけの戦力をナタリア達にぶつけている。
 逆に言えば、それだけしかぶつけられていない。
 視界的な情報だけで言えば、ナタリア達が相手をその場に抑え込む様な守り手で、それを掻い潜って敵が攻めてきている様な光景。
 即ち相手の戦力の多くが、こちらに向かって移動していた。

「そう言う事か……ッ」

 俺は近くの敵の攻撃をギリギリで躱して剣で薙ぎ払いながらそう呟く。
 良く考えればこうなるのは必然だと言ってもいい。
 相手は全勢力をこちらにぶつけている。だけど通常、たかがこの人数を相手にするのにそれだけの戦力が運用される事はないだろう。即ちそうしてでも止めなければならない何かが居るから、これだけの戦力が動いているんだ。
 そしてその止めなければいけない何かを、きっとアイツらは正確に認識した。その止めなければならない何かに、分散した勢力の半数を潰されかかっている。
 そうした場合……それでも確実に目の前の精霊を潰す様な悠長な真似はするだろうか。
 少なくともあの連中はしなかった。
 十分な戦力を残して、残りを全てこちらにつぎ込む。
 文字通り総力戦と言ってもいい戦力を、俺一人にぶつけに掛っていた

「……よし」

 だけどそれは俺達にとって都合のいい事だ。
 少なくともこれでナタリア達が数の暴力で超短期間で鎮圧される様な事は無くなった。
 そして俺もやるべき事がシンプルになって、尚且つ超短期決戦を狙う様な無茶な戦いをしなくて済む様になる。
 故に俺達にとって相手の行動は非常に都合がいい。
 ……本当にそうか?
 俺は全身の激痛に耐えながら、必死に体を動かしつつそう考える。
 こちらの敵もまだ数は多い。薙ぎ倒した相手も何人かは意識を失っていないだろうし、迫ってくる連中が合流すれば俺が跳び込んだ瞬間よりも多くの敵が俺を取り囲む事になる。
 ……既に大怪我を負っている俺をだ。
 怪我を負う前ですらあの人数を相手にしようと思えば、仮に無理な攻撃はしなくても相当なダメージを負っていただろうし、仮にこのままこちらのサイドの敵を全員潰してからあちらに向かったとしても相当に厳しい戦いになっていただろう。
 それなのにこの大怪我でこの人数。
 端からきっと限界を越えてしまっているのに、それを更に上回る。

「……」

 勝てるかどうかも分からない人数が更に増えた。
 この状況はまさに絶望的だと言ってもいい。
 ……それでも。

「……負けるか」

 負けるわけにはいかない。この死線は潜り抜ける。
 これだけの人数相手にまともな戦法なんて立てられない。取れるのは今の無茶苦茶な攻めに近い何かのみ。
 個々が強力な暴力的な数に、それ以上の個の暴力をぶつける。ただそれだけの戦い。
 それに競り勝つ、競り勝って見せる。
 倒れて……たまるか。
 そんな思いで俺は剣を構える。
 ここからが本当の戦いだ。
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