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四章 精霊ノ王
ex 総力戦 Ⅵ
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この状況で落ち着いていられる訳がない。
だけどそれでもきっとこの場で一番状況を正確に把握しているのは、実質的な安全地帯にいたと言ってもいいエルだった。
それ故に理解できる。戦況は覆った。
ナタリア達を上回っていた相手の戦力をエイジの決死の行動が崩した。そしてエイジの行動と、剣が精霊になるという初見では動揺する不可解な現象が重なり隙を見せた。その隙を付けば更に数を減らし、数を減らせば更に戦況が傾く。絶望的な戦いは十分に勝てる戦いへと変貌している。
だけどあくまで戦いに限ってはの話だ。
「リーシャさん! エイジさんを!」
敵の顔面に拳を叩きつけたエルは、次の行動へと瞬時に動きを切り替えながら叫ぶ。
エイジの負っている怪我はアルダリアスの地下で負った物と同等か、それ以上。そしてあの時同様、出血や怪我を負ってでもある程度活動できる状態からそうでない状態へと移行している。それは即ち一分一秒の治療の遅れが死に繋がる。エイジの体は再びそういう段階にまで来てしまっている。
そしてエルの回復術では確実性が無い。実際アルダリアスでの治療が成功したのは運による要素が大きかった。そんな都合の良い事は何度も起こらないし、その都合の良い事を起こす場面にすら恵まれない。
戦況は覆った。だがそれはあくまでエルが戦いに参加した場合の話。彼女が抜ければそれだけで瓦解する。
それは即ちエイジの死に直結する。
だから回復のスペシャリストに委ねるしかない。
そして自分が戦う。それしかない。
(……ッ)
歯痒かった。
エイジが必死に無茶な戦いをしている中で、戦況的に仕方がないとはいえ殆どただ見ている事しか出来なかった事が歯痒くて仕方がなかった。出来る事ならもっと助けてあげたかった。
だからせめて、ここでエイジを助ける。何が何でも生き延びさせてみせる。何が何でもだ。
そんな思いを全身に纏わせ彼女は動きだす。
脱臼して垂れ下った左手から風を噴出させ、殴り飛ばした相手に最接近する。そして勢い任せに蹴りあげた後前方に竜巻を発生させ、一気に上空まで男を打ちあげさせる。
……一人たりとも、エイジの元へは辿り着かせない。
流れ弾の一つでも通してたまるか。
その意思を自然と固め、右手に風の槍を形成して上空に打ち放った。
その攻撃が着弾したかどうかなど確認しない。当たっていなければ当たっていなかった時だ。その時どうするか考えればいい。
考えるより早く、動かなくてはならないのだから。
次の瞬間には左方に勢いよく跳躍し、視界の端に映ったエイジとリーシャの元に向かおうとしていた男に飛び膝蹴りを放つ。
(行かせない……ッ)
それを顔面に叩きこまれた男は勢いよく地面を転がる。だけどこれでは倒しきれない。追撃の必要がある。
だけどそう簡単には許されない。全ての敵がエイジに向かっていくわけではない。エルに狙いを定める者もいる。
だがこの場に立つ精霊はエルだけではない。自らが再び気を失いそうになりながらも、それでも周りの精霊をまだその場に立たせている立役者がそこにいる。
敵がエルに気を取られて出来た隙を目掛けて飛びかかり蹴り飛ばすナタリアがそこにいる。
そしてそんな彼女目掛けて飛んできた水の塊を、咄嗟にエルが風の塊を打ちこんで相殺する。
その一連の動きの後、二人は言葉を交わすことなく再び動き始める。
それぞれが守りたい者を守る為に。
きっと重なり始めた誰かを守る為に。
「……肩貸そうか?」
「大丈夫です……私は、大丈夫ですから」
どの位の時間が掛ったのかは分からない。だけど体感ではとても長く感じた。
そんな戦いが終わり、倒れそうなナタリアからの申し出をエルが断る。
今回もまた随分と大怪我を負った。きっと血も足りていない。足りていないからやや意識が朦朧としているのだろう。
だけどそれでも彼女は、彼女達は立っている。
戦いにはなんとか勝利した。エルが戦闘に参加してからも誰も倒れることなく辛うじて最後の一人を殴り倒し、全員が地に倒れ伏せている。いずれは起き上がる者も多いだろうが、それでもそう簡単には起き上がってこないだろう。
そして……それは彼も変わらない。
「私なんかより……エイジさんは……」
治療は尚も続けられている。流れ弾をエルとナタリアが破壊し、し損ねた分もヒルダが咄嗟に防ぎきった。放とうとしている相手にアイラが捨て身の攻撃を放ち、そして近接でどんな攻撃が飛び交おうとリーシャがその場を離れる事は無かった。
それ故に、今だ回復術は途切れていない。
だけど意識は戻ってきていない。
「リーシャさん……エイジさんは?」
「一命は取り留めました……運が良かったんです。術を使い始めた時、もう駄目なんじゃないかって、そう思いましたから」
尚も回復術を使いながらリーシャは答える。
回復に特化した精霊であるリーシャがもう駄目なんじゃないかと思った。それがエイジが一体どれだけ酷い傷を負ったのかを伝えてくる
(私しか居なかったら……きっと助けられなかった)
アルダリアスで起きた様な奇跡はそう簡単には起きない。エルしかいなければ、例え治療に専念できていたとしてもどうにもならなかったかもしれない。
そして今回ですら運が良かったのだとすれば、同じ様な敵を相手にすればエイジが生き残れる可能性は五分を下回る。
そして立場上、そういう敵と戦う可能性は十分にあると言ってもいい。
……そう考えるとエイジが助かりそうだというのに、酷く重い気分になる。
いつエイジが殺されるか分からない。いかに自分達の置かれた状況が酷い物かを再確認させられる。
……だけど後の事を考えるのはそれこそ後で良い。
今は今の事を考えなければならない。
「リーシャさん。移動しながら回復術って使えますか?」
「は、はい……まあ若干精度は落ちますけど、それでも今の状態にまで回復したのなら今より酷い状態にはならないと思いますけど……」
「だったら移動しましょう……流石にいつ敵が起き上がってくるか分からないこの場所で治療を続けるのはまずいです」
そう言ってエルはふら付いた足取りでエイジの元にまでたどり着いて屈みこみ、彼を担いで立ち上がる。
「……そんな状態でそいつを背負って、大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃないですよ。だけどそれは皆同じですよね? だったら私がやりますよ。エイジさんは私の契約者ですから」
心配する様に言ってきたナタリアにそう返した後、一拍空けてからエルは言う。
「……エイジさんを助ける事は否定しないんですね?」
「……」
ナタリアは複雑な表情を浮かべながらそっぽを向く。
そんな様子を見て少しだけ気分が楽になったのを感じながら、言う。
「それじゃあ行きましょうか。ヒルダさんとアイラさんも動けますね?」
「……」
「……僕もなんとか大丈夫。早く行こう」
アイラが疲れ切った表情で無言で頷き、ヒルダもそう答える。
リーシャも立ち上がって回復術を掛けていていつでも動ける状態で、ナタリアもおそらく大丈夫だ。
だから早く移動しよう。
こんな辺鄙な場所に精霊を捉える業者が大勢いる程精霊が集まってくる場所。自分達が設定したゴールである可能性が極めて高いその場所へ。
だけどそれでもきっとこの場で一番状況を正確に把握しているのは、実質的な安全地帯にいたと言ってもいいエルだった。
それ故に理解できる。戦況は覆った。
ナタリア達を上回っていた相手の戦力をエイジの決死の行動が崩した。そしてエイジの行動と、剣が精霊になるという初見では動揺する不可解な現象が重なり隙を見せた。その隙を付けば更に数を減らし、数を減らせば更に戦況が傾く。絶望的な戦いは十分に勝てる戦いへと変貌している。
だけどあくまで戦いに限ってはの話だ。
「リーシャさん! エイジさんを!」
敵の顔面に拳を叩きつけたエルは、次の行動へと瞬時に動きを切り替えながら叫ぶ。
エイジの負っている怪我はアルダリアスの地下で負った物と同等か、それ以上。そしてあの時同様、出血や怪我を負ってでもある程度活動できる状態からそうでない状態へと移行している。それは即ち一分一秒の治療の遅れが死に繋がる。エイジの体は再びそういう段階にまで来てしまっている。
そしてエルの回復術では確実性が無い。実際アルダリアスでの治療が成功したのは運による要素が大きかった。そんな都合の良い事は何度も起こらないし、その都合の良い事を起こす場面にすら恵まれない。
戦況は覆った。だがそれはあくまでエルが戦いに参加した場合の話。彼女が抜ければそれだけで瓦解する。
それは即ちエイジの死に直結する。
だから回復のスペシャリストに委ねるしかない。
そして自分が戦う。それしかない。
(……ッ)
歯痒かった。
エイジが必死に無茶な戦いをしている中で、戦況的に仕方がないとはいえ殆どただ見ている事しか出来なかった事が歯痒くて仕方がなかった。出来る事ならもっと助けてあげたかった。
だからせめて、ここでエイジを助ける。何が何でも生き延びさせてみせる。何が何でもだ。
そんな思いを全身に纏わせ彼女は動きだす。
脱臼して垂れ下った左手から風を噴出させ、殴り飛ばした相手に最接近する。そして勢い任せに蹴りあげた後前方に竜巻を発生させ、一気に上空まで男を打ちあげさせる。
……一人たりとも、エイジの元へは辿り着かせない。
流れ弾の一つでも通してたまるか。
その意思を自然と固め、右手に風の槍を形成して上空に打ち放った。
その攻撃が着弾したかどうかなど確認しない。当たっていなければ当たっていなかった時だ。その時どうするか考えればいい。
考えるより早く、動かなくてはならないのだから。
次の瞬間には左方に勢いよく跳躍し、視界の端に映ったエイジとリーシャの元に向かおうとしていた男に飛び膝蹴りを放つ。
(行かせない……ッ)
それを顔面に叩きこまれた男は勢いよく地面を転がる。だけどこれでは倒しきれない。追撃の必要がある。
だけどそう簡単には許されない。全ての敵がエイジに向かっていくわけではない。エルに狙いを定める者もいる。
だがこの場に立つ精霊はエルだけではない。自らが再び気を失いそうになりながらも、それでも周りの精霊をまだその場に立たせている立役者がそこにいる。
敵がエルに気を取られて出来た隙を目掛けて飛びかかり蹴り飛ばすナタリアがそこにいる。
そしてそんな彼女目掛けて飛んできた水の塊を、咄嗟にエルが風の塊を打ちこんで相殺する。
その一連の動きの後、二人は言葉を交わすことなく再び動き始める。
それぞれが守りたい者を守る為に。
きっと重なり始めた誰かを守る為に。
「……肩貸そうか?」
「大丈夫です……私は、大丈夫ですから」
どの位の時間が掛ったのかは分からない。だけど体感ではとても長く感じた。
そんな戦いが終わり、倒れそうなナタリアからの申し出をエルが断る。
今回もまた随分と大怪我を負った。きっと血も足りていない。足りていないからやや意識が朦朧としているのだろう。
だけどそれでも彼女は、彼女達は立っている。
戦いにはなんとか勝利した。エルが戦闘に参加してからも誰も倒れることなく辛うじて最後の一人を殴り倒し、全員が地に倒れ伏せている。いずれは起き上がる者も多いだろうが、それでもそう簡単には起き上がってこないだろう。
そして……それは彼も変わらない。
「私なんかより……エイジさんは……」
治療は尚も続けられている。流れ弾をエルとナタリアが破壊し、し損ねた分もヒルダが咄嗟に防ぎきった。放とうとしている相手にアイラが捨て身の攻撃を放ち、そして近接でどんな攻撃が飛び交おうとリーシャがその場を離れる事は無かった。
それ故に、今だ回復術は途切れていない。
だけど意識は戻ってきていない。
「リーシャさん……エイジさんは?」
「一命は取り留めました……運が良かったんです。術を使い始めた時、もう駄目なんじゃないかって、そう思いましたから」
尚も回復術を使いながらリーシャは答える。
回復に特化した精霊であるリーシャがもう駄目なんじゃないかと思った。それがエイジが一体どれだけ酷い傷を負ったのかを伝えてくる
(私しか居なかったら……きっと助けられなかった)
アルダリアスで起きた様な奇跡はそう簡単には起きない。エルしかいなければ、例え治療に専念できていたとしてもどうにもならなかったかもしれない。
そして今回ですら運が良かったのだとすれば、同じ様な敵を相手にすればエイジが生き残れる可能性は五分を下回る。
そして立場上、そういう敵と戦う可能性は十分にあると言ってもいい。
……そう考えるとエイジが助かりそうだというのに、酷く重い気分になる。
いつエイジが殺されるか分からない。いかに自分達の置かれた状況が酷い物かを再確認させられる。
……だけど後の事を考えるのはそれこそ後で良い。
今は今の事を考えなければならない。
「リーシャさん。移動しながら回復術って使えますか?」
「は、はい……まあ若干精度は落ちますけど、それでも今の状態にまで回復したのなら今より酷い状態にはならないと思いますけど……」
「だったら移動しましょう……流石にいつ敵が起き上がってくるか分からないこの場所で治療を続けるのはまずいです」
そう言ってエルはふら付いた足取りでエイジの元にまでたどり着いて屈みこみ、彼を担いで立ち上がる。
「……そんな状態でそいつを背負って、大丈夫なのか?」
「あんまり大丈夫じゃないですよ。だけどそれは皆同じですよね? だったら私がやりますよ。エイジさんは私の契約者ですから」
心配する様に言ってきたナタリアにそう返した後、一拍空けてからエルは言う。
「……エイジさんを助ける事は否定しないんですね?」
「……」
ナタリアは複雑な表情を浮かべながらそっぽを向く。
そんな様子を見て少しだけ気分が楽になったのを感じながら、言う。
「それじゃあ行きましょうか。ヒルダさんとアイラさんも動けますね?」
「……」
「……僕もなんとか大丈夫。早く行こう」
アイラが疲れ切った表情で無言で頷き、ヒルダもそう答える。
リーシャも立ち上がって回復術を掛けていていつでも動ける状態で、ナタリアもおそらく大丈夫だ。
だから早く移動しよう。
こんな辺鄙な場所に精霊を捉える業者が大勢いる程精霊が集まってくる場所。自分達が設定したゴールである可能性が極めて高いその場所へ。
応援ありがとうございます!
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