人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
149 / 431
五章 絶界の楽園

ex その言葉を探す為

しおりを挟む
「来た!」

 どうやら飛来してきた鉄の塊は誠一が呼んだ助けだったらしい。
 屋上に着陸できないのかギリギリの所でホバリングする鉄の塊から黒いロングコートの人間が下りてくる。

「すまない、遅くなった!」

 その声に本来であれば反応する筈の誠一は、立ち尽くしたまま中々反応を示さない。
 しかしそれを待つことなくロングコートの男はエイジの元へと駆け寄ってくる。

「コイツが例の要か……ってちょっと待て、お前一体何を――」

「動かさないでください」

 回復術を掛けているエルに対してそんな反応を見せる男に、エルはそんな言葉を向けて続ける。

「この人は私が何とかします」

 術がかかり始めた時は不透明だったが、少しだけ時間が経った今だから言える。
 経験と刻印から伝わる感覚。それが今のまま回復術で治療を続けていけば一命を取り留められるという事を告げてくる。
 今回問題だったのは、回復術がまるで掛からなかった事だ。おそらくというよりも間違いなく、エイジが負ったダメージそのものはアルダリアスの地下を脱出した際の時の方が酷い。外傷ではない為憶測と言ってもいい判断だったが、それでも刻印からの感覚の信憑性は中々のものだ。
 こうなってしまえば自分で何とかする。何ともできなければきっと頼っていたが、そうでないならそうしない。例えこの世界の人間が自分のいた世界の人間とは違うと理解していてもそれは揺るがない。

「何とかするってどういう――」

「回復術とかいう力らしいです」

 困惑する男に言葉を返したのは、ようやく口を開いた誠一だった。
 そして重い表情のままエル達の方へと向いてエルに問う。

「栄治は……なんとかなりそうなのか?」

「……何とかなりそうになりましたよ」

「そうか……なら良かった」

 言いながら誠一は再び何も無い空間。ほんの少し前までナタリアが居た空間に少しの間視線を向け、そして再び男に視線を向けて言う。

「……無理言って来てもらって悪いんですけどもう大丈夫みたいです……すんません、俺がもっとちゃんとしりゃこんな無茶苦茶な事言わないで済んだんですけど」

「……なんだよそれ」

「分かんねえっすよ。俺も色々ありすぎて」

 そう言って俯きながら誠一は呟く。

「ほんと何なんだよ……酷すぎんだろこれ」






 最終的にその鉄の塊は再び空に飛び立った。聞こえてきた軽い文句を聞く限り本当に無理矢理こちらにドクターヘリとやらを飛ばしてきたらしい。
 だけど軽い言葉以上の何かが出てくる事は無く、その男が最後に見せた表情も何かを察して強く言わなかったような、そんな感じにも思えた。

「……頼むわ」

 鉄の塊が飛び去り、そして下にいた人間があがってくることも無い、酷く静かになったその空間。そんな中で回復術を使い続けるエルに誠一が呟く。

「ちゃんと栄治を助けてやってくれ」

「言われなくても分かってますよ、そんな事」

「……ほんと頼むぞ。栄治が俺の親友ってのもあるがな……」

 そこまで言った所で一拍空けてから呟く様続ける。

「……でないとあの精霊が浮かばれない」

「……」

 それもまた、言われなくても分かっている。
 全部無駄だったなんて、そんな酷い結末にはしてはいけない。そんな事は理解している。
 だからその手を緩める事は無い。
 大切な人を助ける為に。彼の為に抱かれた覚悟を無駄にしない為に。
 そんな事を考えて、酷く重い気分で回復術による治療はしばらく続いた。

「これでなんとか……」

 やがてある程度治療が進んだ所でそんな言葉が自然と漏れた。
 まだ完治したとは言えないが、それでも文字通り一命は取り留めたと言ってもいいだろう。まだ完治もしていなければ、いつ意識を取り戻すかどうかも分からない状態だが、それでも一命を取り留めたという事を予測ではなく実際に感じられれば自然と少し気が楽になる。
 ……ほんの少しだが。

「……うまく行ったのか?」

「ええ、少なくとも一安心と言える位には。いつ意識が戻ってくるかは分からないですけど」

「その辺の事は分からねえのかよ」

「分かりませんよ。いつだってそんな事は分からなかったですし……今回はいつもの様な大怪我とも違いますから」

「今までって……大怪我負って気絶するような事が何回もあったのか」

「……ありましたよ。いつだってこの人が正しいと思う事をする為に」

「……向こうでもそんな風な事をやってたのかよ栄治は」

 恐らくは彼もまたエイジの行動に手を焼いていたのだろう。浮かべるのは複雑な表情だ。
 そんな誠一の言葉にエルは頷く。

「そうやって私や皆を助けようとしてくれたんです。いろんな人を敵に回して、色んな事で傷付いて。必死に私達を……精霊を助けようとしてくれたんです」

「……そうか、栄治らしいな」

 誠一が最後にそう言った所で会話が途切れた。
 エイジを良く知る同士、沈黙の中で抱く重たい感情はもしかすると同じなのかもしれない。
 何度も何度も、何度だって考える。
 そんな風に必死になって正しい事を貫こうとした。自らの誇りに従って動いた……結果失敗してしまった彼の事を。
 そんな風に続いた無言を最初に破ったのは誠一だった。
 それはこれからの事。

「……そういやお前ら、行く当てとかは無いのか」

 自分たちの目的地はこんな所では無かった。それを知らないであろう誠一がそんな事を訪ねてきた。

「……ありませんよ。当てがある程物事が分かっていれば、こんな事にはなって居ないです」

「そうか……そうだよな。お前らの事は何も分からねえが、多分精霊を連れてこの世界に戻ってきた時点で、栄治の奴に行く当てなんてのがないってのは理解できるわ……まあ当てがないなら都合がいいか」

「都合がいい?」

「ああ。当てがあるなら最大限考慮するべきだとは思うが、そうでなければお前たちには付いてきてもらわないと困るんだ」

「付いていく? ……それってどこに」

「俺達の本拠地だ。多分というかもう既に、お前や栄治は精霊絡みの一件に関する重要人物としてみられている」

「重要人物?」

「精霊の居る世界に辿り着いて戻ってきた人間。そして自我を保った精霊。お前らは俺らが知らない事を……喉から手が出る程知りたかった事の多くを知っている筈だ。……何が言いたいかっていうと、俺達はお前らから話を聞きたいんだ。上からも自我を保った精霊が居ると報告を入れた時点で、連れてこいって言われている」

 一体どう返答するべきか迷った。
 目の前の人間、土御門誠一が敵ではない事は理解しているつもりだ。だけど人間についていくという選択肢を取る事への躊躇いはまだ確かにエルの中に残っている。多分相手が誠一ではなくシオンだったとしてもそれはきっと変わらない。どういう認識をしているかではなく、エイジ以外の人間への苦手意識はそう簡単には消えやしない

「……わかりました」

 だけど少し悩んだ末にそういう答えを出した。

「悪いな、助かる」

「いいですよ。少なくともあなた達が敵ではない事は理解できましたし、抵抗はありますけど協力しますよ」

 だけどただとは言わない。寧ろ背中を押したのはそれだ。

「代わりに教えてください、この世界の事を。この世界にいた筈のエイジさんが知らなかった事を」

 誠一達が向こうの世界の事を知る必要があるのなら、エルやエイジが知るべきことはこの世界の事だ。
 一体何がどうなっているのかを、はっきりと明確に知らなければならない。
 知った上で探すのだ。探す為にも知らなければならない。
 目を覚ましたエイジに掛ける言葉を探す為にも、知れる事は知らなければならないのだ。

「ああ、分かってる。知らないままのお前達を放置する訳にもいかねえし……何より俺らだけ聞いて何も教えないなんて酷い真似はしたくない。教えられる事は教えるし、やれる事はやってやる」

「お願いしますよ」

「ああ、約束する」

 そしてそんな会話があった暫く後、エイジの容体が安定した後でエルはエイジを背負って立ち上がる。

「変わるか?」

「いえ、私が背負います」

「そうか。なら任せる」

 そう言った誠一は歩き出す。

「じゃあ付いて来い。案内する」

「はい」

 そしてエルもまた、エイジを背負って歩き出した。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...