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五章 絶界の楽園
ex 無冠の英雄 Ⅱ
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「うーん、此処の食堂は中々おいしい物揃ってるんだけどね……ただエルちゃん少し注目浴びちゃうかもしれないし……そうだ、お寿司取ろう! 出前で高級な奴を! 経費で食べるお寿司はおいしいよ!」
茜がぐへへという様な擬音でも付ければ丁度良さそうな悪い笑みを浮かべながらそんな事を言った。
「高級な奴って、なんか悪いですよ」
「いいのいいの、私に痛みは何もないから。痛むのは対策局の懐だけだよ!」
それに、と茜は言う。
「私達にとってエルちゃんはお客様だから。そういうもてなしは遠慮しなくてもいいと思うんだ」
「お客様……ですか」
「そ、お客様。蔑ろにしていいような相手じゃない。仲良くしなくちゃいけなくて、仲良くしたい相手だよ。その為にお上には犠牲になってもらおう」
そんな事を言いながら笑う茜の事を見て、なんだか楽しそうな人だなとエルは思う。
今までそういうタイプの人間や精霊と知り合う事が無かったこともあってか、そういう風に接されるのはとても新鮮に思える。
そして新鮮に思えるその素振りは少なくともエルにとっては好意的なものだった。
こういう状況でそういう態度を取られる事に対して不快に思う者もいるかもしれない。不謹慎だと思う者もいるかもしれない。だけど重苦しさに同調されて空気が重くなるよりは、その場を明るく変えてくれる方がずっといい。
元より薄れている人間に対する恐怖心も、そういう接し方の方をされた方がより薄れるような、そんな気がする。
だけど違和感があった。
表情に。言葉に。違和感があった。
それに気付けば気になって仕方なくなってくる。
例えこうして接されることを好意的に思っても。否、好意的に思ったからこそ、その事を問いただす気になってくる。
「あ、ちなみにお寿司って分かる? 別の世界から来たって事だから知らないって勝手に断定しちゃうからね。この私が説明しよう! お寿司ってのはね――」
「……茜さん」
「酢飯の上にお魚の切り身なんかをね……ってどうしたの? もしかして知ってた? だとしたら勝手に断定しちゃってごめんね。いやー、外国の人でも知らない人いると思うから知らないって思ったんだけど、よく考えたらこの世界のこの国の人と一緒にいたんだよね。だったら知っててもおかしくないか」
「いや、そういう事じゃないんです。まあ確かに話では聞いてましたけど」
「あっちゃー、やっぱり知ってたか。うん、早とちりは良くないね。反省反省。で、そういう事じゃないって事は何かな? 何か気になる事でもあった?」
そうやって顔を覗き込んでくる茜の表情も声も明るい。
不自然な程に……明るい。
「無理……してないですか?」
「無理?」
「いや、あの……なんだか無理して接してもらっている様な気がして」
なんとなくそう感じただけで確証なんてのは持てない。
だけどどことなく空回りしている様な無理をしているような、そんな印象も明るさと一緒に伝わってくる。
そしてエルにそう指摘された茜は少し困惑した様に声を漏らす。
「えーっと……私結構いつもこんな感じなんだけどな……」
そう言われて自分の言った事がただの勘違いだったのだろうかとエルは思う。
だけど思っただけだ。
「……やっぱりそう思う?」
現実は口に出した言葉通りだ。
エルがその問いに静かに頷くと、茜は打って変わってまだほんの少しだけ笑みを浮かべながら「一応いつもこんな感じってのは正解なんだけどなぁ」と呟いた後、黙り込む。
一時的に明るくなった病室が再び静寂に包まれた。きっと居心地で言えばああいう明るい風に接してもらえた方が良かっただろうが、それでも無理をしていると感じれば無理強いはできない。
そしてそんな静寂を壊したのは茜の方だった。
「……もうちょっとうまくやれると思ったんだけどな。やっぱりね、難しいよ」
「……難しい?」
「うん、難しい。いつもの様に明るく接しようと思った。やっと普通に話せる精霊が居てね、誠一君から色々と話を聞いてね、私はやっと会えるって思ったんだ。やっと出会えた精霊がそういう暗い過去を背負っているなら、暗い事は殆ど抜きで明るく接しようって思ったんだ」
だけど、と茜は僅かに顔を俯かせる。
「やっぱりね、エルちゃんを見ると難しかった。自分達が今まで戦ってきた相手がどういう存在だったかって事を実際に目にしたらね、もう嫌悪感しか沸いてこないよ。私が精霊の為だって思ってやってたことも結局私のエゴを無理に通してただけで、やってる事は何も変わらなかったんだって思うとね、もう……ね。自然になんてできなかった」
「……」
茜の言葉を聞くと自然と誠一の言葉が思い返された。
『化け物を殺してるんだって必死に考えていたのに、それを人殺しだって再認識しちまうだけだ。本当に笑えねえよ』
今まで自分達が戦ってきた相手がどういう存在だったか。
それを普通に接する事ができる相手だと認識すれば……どう思うか。
それが精神的に辛い事である事は理解できる。嫌悪感を抱く様な事だという事は理解できる。
今の話で理解できなかった事といえば……話の後半部分位だろうか。
「……ひとつ、いいですか?」
「何かな?」
「精霊の為にやってた事っていうのは一体……もしかしてそれがあの荒川って人が言ってた、茜さんに資格があるって話に繋がるんですかね」
この話を掘り下げる事は、それこそ傷口を抉る様な真似になるのかもしれない。
だけど聞かなくてはならないと、そう思った。
別にそれが自分の利益に繋がるかもしれないとか、そういう事ではない。
聞いて、その上で何かを言ってあげなければいけないと思った。掛けるべき言葉を探そうと思った。
目を覚ましたエイジを守るために言葉を探すのとは少し違う。自分の契約者を。自分の大切な人を守るための策を講じるのとはまた違う。
精霊の事でそこまで心を痛めてくれる相手に、精霊として何かを行ってあげなければいけないと思った。
「資格……か。そうだね。多分というか間違いなく私のやってきた事が……ううん、私と誠一君のやって来た事が、そういう話に繋がったんだと思う」
自然と出てきた誠一の名前で先の霞と誠一の会話が思い返される。
『キミとあの子がやって来た事は無駄じゃなかった』
恐らく霞の言ったやってきた事という事が、茜と誠一がやってきた事なのだろう。
本人はその行為を酷評し、霞はその行為を無駄じゃなかったと称した、精霊には面と向かって言えない話。
「何をやってたんですか? もしよければ教えてくれませんか?」
「……」
茜はその頼みに口を閉ざす。
その先を口にしていいのか迷っている様子だった。
だけど彼女の中で決心がついたのか、ゆっくりとその口は開く。
「分かったよ。教えてあげる。でももし聞いていて酷いだとか無茶苦茶だって、そんな事を思ったら言って貰っていいから。好きに罵ってもらっていいからね。多分エルちゃん達にとってはそう思う事が当たり前なのかもしれないし」
そんな前置きを置いて呼吸を整え。それから彼女は語り始める。
「私達のやって来た事はね……ただ単に精霊をどうやって倒すかっていう方法が違っただけだよ。ただ単に、それだけ」
精霊を倒す。精霊を殺す。
その手段と言えば考えたくはないが理解できる。きっと誰だって理解できる。
攻撃を加える。死ぬまで加え続ける。そういう事だろう。寧ろきっとこの世界の状態を考えるとそれしか無いだろう。
だけど茜が取っていた行動は、そうしたきっと普通と言えてしまえる様な事とは違う事なのだろう。
それが何かは思いつきもしない。だからエルはそのまま思う通りの問いをぶつける。
「方法の違いって、それは一体……」
「……安楽死」
「安楽死?」
「うん、安楽死。色んな人に迷惑を掛けて、それでも自分のやっている事は間違いじゃないんだって、そう思ってね……そういう風に私は精霊を殺してたんだ」
茜がぐへへという様な擬音でも付ければ丁度良さそうな悪い笑みを浮かべながらそんな事を言った。
「高級な奴って、なんか悪いですよ」
「いいのいいの、私に痛みは何もないから。痛むのは対策局の懐だけだよ!」
それに、と茜は言う。
「私達にとってエルちゃんはお客様だから。そういうもてなしは遠慮しなくてもいいと思うんだ」
「お客様……ですか」
「そ、お客様。蔑ろにしていいような相手じゃない。仲良くしなくちゃいけなくて、仲良くしたい相手だよ。その為にお上には犠牲になってもらおう」
そんな事を言いながら笑う茜の事を見て、なんだか楽しそうな人だなとエルは思う。
今までそういうタイプの人間や精霊と知り合う事が無かったこともあってか、そういう風に接されるのはとても新鮮に思える。
そして新鮮に思えるその素振りは少なくともエルにとっては好意的なものだった。
こういう状況でそういう態度を取られる事に対して不快に思う者もいるかもしれない。不謹慎だと思う者もいるかもしれない。だけど重苦しさに同調されて空気が重くなるよりは、その場を明るく変えてくれる方がずっといい。
元より薄れている人間に対する恐怖心も、そういう接し方の方をされた方がより薄れるような、そんな気がする。
だけど違和感があった。
表情に。言葉に。違和感があった。
それに気付けば気になって仕方なくなってくる。
例えこうして接されることを好意的に思っても。否、好意的に思ったからこそ、その事を問いただす気になってくる。
「あ、ちなみにお寿司って分かる? 別の世界から来たって事だから知らないって勝手に断定しちゃうからね。この私が説明しよう! お寿司ってのはね――」
「……茜さん」
「酢飯の上にお魚の切り身なんかをね……ってどうしたの? もしかして知ってた? だとしたら勝手に断定しちゃってごめんね。いやー、外国の人でも知らない人いると思うから知らないって思ったんだけど、よく考えたらこの世界のこの国の人と一緒にいたんだよね。だったら知っててもおかしくないか」
「いや、そういう事じゃないんです。まあ確かに話では聞いてましたけど」
「あっちゃー、やっぱり知ってたか。うん、早とちりは良くないね。反省反省。で、そういう事じゃないって事は何かな? 何か気になる事でもあった?」
そうやって顔を覗き込んでくる茜の表情も声も明るい。
不自然な程に……明るい。
「無理……してないですか?」
「無理?」
「いや、あの……なんだか無理して接してもらっている様な気がして」
なんとなくそう感じただけで確証なんてのは持てない。
だけどどことなく空回りしている様な無理をしているような、そんな印象も明るさと一緒に伝わってくる。
そしてエルにそう指摘された茜は少し困惑した様に声を漏らす。
「えーっと……私結構いつもこんな感じなんだけどな……」
そう言われて自分の言った事がただの勘違いだったのだろうかとエルは思う。
だけど思っただけだ。
「……やっぱりそう思う?」
現実は口に出した言葉通りだ。
エルがその問いに静かに頷くと、茜は打って変わってまだほんの少しだけ笑みを浮かべながら「一応いつもこんな感じってのは正解なんだけどなぁ」と呟いた後、黙り込む。
一時的に明るくなった病室が再び静寂に包まれた。きっと居心地で言えばああいう明るい風に接してもらえた方が良かっただろうが、それでも無理をしていると感じれば無理強いはできない。
そしてそんな静寂を壊したのは茜の方だった。
「……もうちょっとうまくやれると思ったんだけどな。やっぱりね、難しいよ」
「……難しい?」
「うん、難しい。いつもの様に明るく接しようと思った。やっと普通に話せる精霊が居てね、誠一君から色々と話を聞いてね、私はやっと会えるって思ったんだ。やっと出会えた精霊がそういう暗い過去を背負っているなら、暗い事は殆ど抜きで明るく接しようって思ったんだ」
だけど、と茜は僅かに顔を俯かせる。
「やっぱりね、エルちゃんを見ると難しかった。自分達が今まで戦ってきた相手がどういう存在だったかって事を実際に目にしたらね、もう嫌悪感しか沸いてこないよ。私が精霊の為だって思ってやってたことも結局私のエゴを無理に通してただけで、やってる事は何も変わらなかったんだって思うとね、もう……ね。自然になんてできなかった」
「……」
茜の言葉を聞くと自然と誠一の言葉が思い返された。
『化け物を殺してるんだって必死に考えていたのに、それを人殺しだって再認識しちまうだけだ。本当に笑えねえよ』
今まで自分達が戦ってきた相手がどういう存在だったか。
それを普通に接する事ができる相手だと認識すれば……どう思うか。
それが精神的に辛い事である事は理解できる。嫌悪感を抱く様な事だという事は理解できる。
今の話で理解できなかった事といえば……話の後半部分位だろうか。
「……ひとつ、いいですか?」
「何かな?」
「精霊の為にやってた事っていうのは一体……もしかしてそれがあの荒川って人が言ってた、茜さんに資格があるって話に繋がるんですかね」
この話を掘り下げる事は、それこそ傷口を抉る様な真似になるのかもしれない。
だけど聞かなくてはならないと、そう思った。
別にそれが自分の利益に繋がるかもしれないとか、そういう事ではない。
聞いて、その上で何かを言ってあげなければいけないと思った。掛けるべき言葉を探そうと思った。
目を覚ましたエイジを守るために言葉を探すのとは少し違う。自分の契約者を。自分の大切な人を守るための策を講じるのとはまた違う。
精霊の事でそこまで心を痛めてくれる相手に、精霊として何かを行ってあげなければいけないと思った。
「資格……か。そうだね。多分というか間違いなく私のやってきた事が……ううん、私と誠一君のやって来た事が、そういう話に繋がったんだと思う」
自然と出てきた誠一の名前で先の霞と誠一の会話が思い返される。
『キミとあの子がやって来た事は無駄じゃなかった』
恐らく霞の言ったやってきた事という事が、茜と誠一がやってきた事なのだろう。
本人はその行為を酷評し、霞はその行為を無駄じゃなかったと称した、精霊には面と向かって言えない話。
「何をやってたんですか? もしよければ教えてくれませんか?」
「……」
茜はその頼みに口を閉ざす。
その先を口にしていいのか迷っている様子だった。
だけど彼女の中で決心がついたのか、ゆっくりとその口は開く。
「分かったよ。教えてあげる。でももし聞いていて酷いだとか無茶苦茶だって、そんな事を思ったら言って貰っていいから。好きに罵ってもらっていいからね。多分エルちゃん達にとってはそう思う事が当たり前なのかもしれないし」
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だけど茜が取っていた行動は、そうしたきっと普通と言えてしまえる様な事とは違う事なのだろう。
それが何かは思いつきもしない。だからエルはそのまま思う通りの問いをぶつける。
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