人の身にして精霊王

山外大河

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五章 絶界の楽園

ex そして彼はその目を開く

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「全く、一言相談位してくれても良かったんじゃないかなーって思うよ私は」

 外で待っていた茜と合流したエルは、隣りを歩く茜にそんな事を言われていた。

「すみません」

「まあエルちゃんにも霞先生にも怒ってはいないけど。きっと精霊の事を知ろうとするって事は避けては通れない事だろうし。だけど話しにくいからって理由で弾かれたのはちょっとおかしいかなって思ったし、エルちゃんはエルちゃんで結構危ない橋渡ってる。弾かれた件はもう霞先生に言ったけど、エルちゃんへの小言タイムはこれからですよ。……まあタイムとかいう程の事じゃないんだけど」

 そして茜は一拍空けてからエルに言う。

「霞先生は良い人だよ。変な所だってあるし怪しいところだってあるけど、あの人はとってもいい人なんだ。だから円満だよ。今回の事はエルちゃんにとっても霞先生にとっても、双方にちゃんとメリットが生じる。だけどね……そういう人ばかりじゃないのもこの数日で分かったでしょ?」

「ええ……あんまり精霊をよく思わない人、ですよね?」

「そ。そういう人が好意を振りまく振りをしてエルちゃんを一方的に利用するかもしれない。霞先生相手みたくうまく行くかどうかは分からないんだ。だからね……誰かに相談してほしいな。今エルちゃんが一番相談できるような人は眠っているから、私にそれが務まるなら」

「……すみませんでした。次からは茜さんに一度相談します」

「よーし、分かればそれで良し。だからこの話はもう終り」

 そして茜は柏手を打ってから笑みを浮かべる。

「楽しい事を考えよ!」

「そうですね」

「楽しいこと楽しいこと……さて、今楽しいことって何だろう。まずそこから考えようか」

「……そこからですか」

 首を傾げながらそう言う茜に、苦笑いを浮かべながらそう返す。
 そう返した所で目の前の角から最近見慣れたと言え様な相手が現れた。

「あ、誠一君」

「うーっす。なんだお前ら、栄治の所にでも行ってたか?」

「まあそれもありますね。後は霞さんの所に」

 霞の所に行く前にエイジの病室に顔を出している。実質的に日課の様になっているので、この辺りに要るとすればほぼそれが目的だ。

「誠一君は?」

「今日は一応非番だからな。この前みたいな規模で精霊が出現でもしない限り暇なんだよ。今は高校の方も警戒強化で休み取ってるし、空いた時間位見舞っとかねえと。アイツのダチとして見舞いに行けんの俺だけだからさ」

 どうやら今現在この世界における栄治の立場は行方不明扱いになっているらしい。そういう事もあるし、そもそも眠っている原因も場所も色々と複雑だ。栄治がこういう状態になってどの位の人間が見舞いに来るかは分からないが、少なくとも友人の立場としてあの場に立てるのは、特殊な状況に身を置く土御門誠一位だろう。

「だったら誠一君だけでも行ってあげないと。それにしても殆ど誰もお見舞いにこれないのは寂しいね」

「まあそうだな。多分普通の入院とかだったらクラスの連中も結構見舞い行ってたと思うしな」

「へぇ、そうなんだ。私誠一君達と学校違うからさ、良く知らないんだけどさ、その、話聞く感じだと瀬戸君って凄く特殊な性格してそうな感じだからさ、あんまりクラスとかに馴染んでるイメージ沸かないんだけど。普通にそんな事無い感じ?」

「そんな事無い感じだ。まあ確かに言ってることもやってることも無茶苦茶だわ社会不適合者一歩手前だわ、人をトラブルに巻き込みまくってくるわ、すげえ面倒な性格しているとは思うよ」

「そこまで言うと悪口にしか聞こえないんですけど……まあ無茶苦茶なのは認めますけど」

「認めるんかい」

 話を遮ってそう主張したエルに誠一がやや複雑な表情でそう返してきた。
 ……確かにそれは認める。
 実際に何重にも重ねられると悪口に聞こえるが、実際的を射てない事は無いので一応否定はできない。
 ……だけどだ。瀬戸栄治という人間はそれだけでは語れない。
 そしてエルが思っていた事に近い事を誠一がまあいいやとエルの言葉を流してから言う。

「まああんだけ無茶苦茶な性格してても、その分素の性格が普通にいいからなアイツ。特に何事も無けりゃ普通の良い奴だし、何かやっても精々常識的な範囲で危ない橋渡ってるだけでやってんのは善行だ。向こうの世界みたいにイカれた世界じゃなきゃ文字通り社会不適合者一歩手前の善人だったんだ。普通に仲の良い奴も多いし……困った時に手ぇ貸して貰った奴もいる。アイツがどういう風に記憶してるかは良く分かんねえけどな」

 何かを思いだす様に誠一はそんな事を言う。
 詳しくは知らないが、エイジは親友と仲良くなったきっかけを色々あったと言っていたのは覚えている。その色々はきっとエイジの思っている事とは違う何かなのだろう。
 だけど……本質的な物は何も変わっていないから、彼は病室に足を向けるのだろう。
 そして誠一だから、と言葉を続ける。

「孤立する様な事はねえよアイツは。孤立させるような事があっちゃいけねえんだよ……まあそれに関しちゃ心配なさそうだが」

 誠一はエルの方に視線を向けてそう言って、エルもまた言葉を返す。

「心配ないですよ。そんな事はさせませんし……誠一さんもさせる気はないんですよね」

「ねえよ。ねえから親友なんだよ」

 そう言って誠一は微かに笑みを浮かべゆっくりと歩きだす。

「立ち話も何だしもう行くわ。エイジの奴が目ぇさましたらとりあえず茜んとこ連絡するわ」

「わかった。その時はそのままエルちゃんにパスするよ」

「よろしく頼むわ」

 言いながら誠一はこちらに背を向けながら軽く手を振り、その先の角を曲がっていく。
 そして通路にはエルと茜だけが残された。

「じゃあ私達もいこっか。そだね……特にやることも無いし、エルちゃんが瀬戸君にしてあげられる事について考えよう。それが楽しい事になってくれるかは分かんないけど」

「えーっと……それはつまり?」

「料理の事だよ。まずはどういう方向の料理を作りたいか、料理本でも眺めながら考えようさ」





 どうやら料理の練習ができそうな場所も確保できそうらしい。
 茜曰く当初は自分の家でやればいいじゃないかなどと考え、エルを連れだそうと考えていたそうだが、それが今の段階ではまだ簡単に許可が下りない事らしく、諦めてこの基地内部のどこかを使おうと方向転換。その末にうまくいきそうとの事らしい。
 うまく行く方向に認識が変わったのだろう。
 茜曰くそこは普通に人が出入りする場所らしい。その場所を使う事に関して、茜が二日目以降の様子を見てエルが大丈夫そうだと思ったからそこが選ばれたそうだ。
 だからこうしてどういった物を作ろうかと考えることは、事を実行するにあたっての最終段階という事になる。

「そういえば瀬戸君って何か好きな食べ物とかあるの?」

「いや、基本なんでもおいしく食べてますよ。ああ、でもなんか麺類だけ若干苦手らしいですね。誠一のせいでトラウマにーとかなんとか」

「……一体何やってんの誠一君」

 部屋に戻って茜が持ってきた料理本に目を通しながらそんな会話を交わす。
 とりあえず部屋に戻ってきてしばらくたって、色々と目を通してきたが、果たしてまともに料理をしてない自分が作れるようになるのだろうかと若干不安になってくる。
 そんなエルに茜は料理本を眺めながら言う。

「やっぱり定番処で肉じゃがとか行っちゃう?」

「定番なんですか?」

「定番っていうか王道だね。おっと理由は聞くなよエルちゃん。その辺はグーグル先生に聞いてみないと分かんないんだぜ」

「グーグル先生?」

「奴は有能だよ。基本コイツ一つでなんでも教えてくれるのだ」

 そう言いながら茜はスマートフォンの画面をエルに向ける。

「というかこのスマートフォンってのがまず凄いですよね。何かこの小さいのに色々映ってるだけでも何だか凄いなーって思うのに、これに色々入ってますからね。あ、後で昨日少しやってたゲームちょっとやらせてください」

「ふ、どうやらグーグル先生はお呼びではないようだね」

 そんなやり取りの後、じゃあまた後でと茜が携帯を仕舞おうとしたその時だった。
 部屋の中に着信音が鳴り響く。

「……誠一君だ」

「……ッ」

 その言葉を聞いて思わず体に力が入る。
 茜の手にしたスマートフォンで連絡を取り合えるという事はもう理解している。そして今誠一から連絡が来たという事はだ……それはエルが考えている事が的中している可能性が高い。

「ちょっと出るね。もしもし、誠一君。どうしたの?」

 そして茜が誠一とやり取りをする中で、少しづつその表情が変わっていく。

「あ、うん。そっか。分かったよ。とりあえずエルちゃんに変わるね」

 そう言って茜はスマートフォンをエルに手渡す。

「今繋がってるからそのまま耳元に当てて」

「は、はい」

 言われるがままに耳元にそれを持っていって口を開く。

「もしもし」

「ああ、エルだな。なんか多分色々と察していると思うからとりあえず結論から言うぞ」

 そして誠一はどこか言いにくそうに一拍空けてから、エルに告げる。

「……栄治が目を覚ました」
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