人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
171 / 431
五章 絶界の楽園

ex キミが背負ったその罪を

しおりを挟む
「なんでお前が此処に……」

 困惑するようにそんな事を言いながら、エイジは二、三歩後ずさって、それからその場に崩れ落ちた。
 そんなエイジに近づいて、崩れ落ちた彼と目線が合う様にその場にしゃがみ込んで言葉を紡ぐ。

「なんて顔してるんですか、エイジさん」

 極力いつも通り接しようと表情を作った。
 自分は彼を支えに来たのだ。そこに重さなんて持ち込む必要はない。
 そんな物は、今の自分には必要ない。

「お前こそなんて顔してんだよ……俺は……失敗したんだぞ。皆を殺したんだぞ」

 だからそんな言葉にも。そんな酷く重たい言葉を聞いても。表情に影を落とさぬように言葉を紡ぐ。

「エイジさんは誰も殺してなんかいないじゃないですか」

 紡がれた言葉は嘘など一切混じらない本心だ。例えその引き金になったとしても、決してそれは悪い事ではなく殺しただなんて事では絶対にない。
 だけどそうは思っても。自分が心からそう思っても。目の前のエイジという人間はその事を心から否定するだろう。

「いや……違うだろ。俺が殺したんだ。俺がこんな選択をしたから。こんなリスクのあった選択を選ぶことを正しいと思ったから。思って実行したから! 皆が死んだんだぞ! それはもう俺が殺したって事だろうが!」

 その反応は分かっていた。瀬戸栄治とはそういう人間だ。だけど流石にそこまで強く言われれば思わず臆してしまう。
 だけどそれでも何とか元通り取り繕った。このまま崩れえてしまえば支えるなんて事はできやしない。
 だから再び彼女は優しく声を掛ける。

「……違いますよ。エイジさんは皆を助けようとしたんです。その為に精一杯頑張ったんですよ。その結果こうなっちゃったかもしれないですけど……それを殺しただなんて言わないでください」

 気休めだ。気休めだ。
 こんなものは気休めだ。
 目の前で苦しんでいるエイジを救い上げる言葉にはなり得ない。その言葉には何の力もありはしない。
 そんな事は分かっている……それでも。

「……違うんだよ」

 そんな否定が返ってきても。

「……全部全部俺が悪いんだ。俺のせいでヒルダもアイラもリーシャも……ナタリアも…………皆死んだんだ。そうなる方向に……舵を切ったのは俺なんだから……俺が……ッ」

 結局何一つ重荷を下ろしてあげられなくてもそれでも……彼の隣りで支えようと決めたのだ。

「エイジさん」

 言いながら、エイジの頭を抱きかかえた。
 そうする事に深い意味は考えず、殆ど無意識の様な物だった。もしかすると自分が隣りにいるんだという事を伝えたかったのかもしれない。
 そして優しく彼の頭を抱いて、エルは優しい声音で言う。

「……そんなに自分を許せませんか?」

「……許せる訳ねえだろ」

 エイジから帰ってきた震えた声音のその言葉はどこまでも自分の想定した答えだ。許す訳がない。許せる訳がない。
 ……そんな事は分かっていた。

「そうですよね。エイジさんがそういう人だって事はよく知ってます。だったら……もうそれでいいですよ。エイジさんがそう思うならそれでも。あんまり私が違いますって言っても、きっと曲げませんからね」

 だったらもうその言葉を認めよう。自分を許せないエイジを受け入れよう。肯定しよう。
 何を言ったって。何を考えたって。エイジがその間違いから、罪の意識から逃げだせないのなら。もうそれはそれで仕方がないんだ。それだけその重荷がエイジを押しつぶす力は強いのだから。

「だけどですね、エイジさん」

 だけどだからと言って重圧に苦しむエイジをただ見ている訳にはいかない。
 そこまでは譲っても、此処から先は譲れない。

「それを……一人で背負わないでください」

 そんな物は一人で背負わせちゃいけない。

「エイジさんがやった事が間違いだっていうのなら。罪だっていうのなら……私にもそれを背負わせてください」

 その言葉を。その本心をエイジに告げて。一拍の間の静寂の後にエイジが震えた声で言葉を返してくる。

「そんな事……できるわけ……ないだろ。なんで俺のやった事を、エルにまで背負わせなくちゃいけない……お前は何も……」

「そうですね。私は何もしてませんよ」

 だけど……だけどだ。

「それでも私はエイジさんの契約者です。一心同体なんてきれいな物じゃないかもしれませんけど……私達は確かに繋がっているんです。だったらいいじゃないですか。辛い時ぐらい頼ってください。辛い時ぐらい隣りで支えさせてください。その位の事はさせてくださいよ」

 そのくらいなら、きっとできる筈だから

「辛かったら泣いたっていいんです。弱音だってなんだって、吐いてもらっていいんです。だから一人で抱え込まないでください」

 そして一拍空けてから、静かに優しく言葉を紡ぐ。

「私でよければ傍にいますから」

「……ッ」

 それから、言葉らしい言葉は中々帰ってこなかった。
 その代わりにやがて胸の中でエイジが嗚咽している事に気付くことができた。
 思い返せばエイジが泣いている所を見るのは初めてかもしれない。
 初めてそんな弱い部分を見せてくれたのかもしれない。

(……届いたかな)

 彼女の声は。伸ばしたその手は届いたのだろうか。

(……届いているといいな)

 届いていてほしいと思った。
 きっと届いたんだと思えた。そうであって欲しいと、そう願った。
 そんな事を思いながら願いながら、涙を流すエイジを優しく抱きしめる。
 抱きしめながら安堵した。
 支えられる。
 こうして涙を流した意味が自分の自惚れでないとするならば。この手が届いていたならば。目の前の大切な人を支えられると。
 自分はちゃんとこの人の隣りに居られているんだって、そう安堵できた。

 唐突に現れた脳を打ち付ける頭痛にほんの少しだけ表情を崩しそうになりながらも、彼を抱きながら優し気な笑みを浮かべて、エルはそう安堵できた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...