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六章 君ガ為のカタストロフィ
ex その志の背を押して
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とりあえず対策局でお昼を食べていくことにした。
「いただきます」
注文した期間限定の新作野菜ラーメンを前に手を合わせて割り箸を割る。
(うん……これは中々)
対策局の食堂はおいしいと評判なだけあって、新作メニューもかなりの完成度を誇る。
麺やスープも中々だが、この野菜のシャキシャキ感も素晴らしいと思う。一体どういう風に作ればこのシャキシャキ感が出るのだろうか。ラーメンの野菜といえば柔らかくなっているイメージが強いのでその辺りが疑問だ。
「うん……これは今度もう一度食べよう。期間いつまでなんだろう」
「来月中頃までらしい。そんで評判よけりゃレギュラーメニュー入りだ」
エルの疑問に背後からの男の声が答えた。
聞き覚えのある声というよりは、この一か月でそこそこ聞き馴染んだ声と言える。
「ああ、態々どうも」
「うまいよなそれ。俺の昼も今日はソイツにしよう」
そう語るのは二十代半ば程の男。
土御門誠一の兄である土御門陽介。エイジがナタリアを助けようとした際に協力してくれた一人で、誠一や茜が所属する対策局の五番隊隊長。
茜は基本戦闘に参加しない為実質的に幽霊隊員の様な扱いだが、元々の仲がそこそこ良かったのか、エルをサポートする為に一か月前に呼び出されてからよく顔を出しているらしい。その流れでエルも五番隊の人間と接する機会は多かったし、それに加えてエイジの親友がその舞台に所属している上に、エイジ自身が色々と世話になっている様で、対策局にて土御門陽介を含めた五番隊の人間はエルにとっては一番繋がりの強い人間とも言える。
「そこ、座ってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
そんなやり取りの後、エルの前の席に陽介が座る。
「今日はアレか。霞ん所行ってきたのか」
「そうですね。それで丁度お昼時だったので」
「そうだな、もう十二時だ」
そう言う陽介の前にはラーメンもなければお冷もない。ましてや食事が出来上がった事を知らせるフードコート特有の呼び出し端末も持っていない。
それでエルの前に座っている。
となればおそらくは此処に来たのは食事の為では無く、何かこちらに話があっての事だろう。
「それで、どうかしました?」
「ああ、どうかした。ちょっくらどうかしたから足運んだ。少しお前に話ときたい事があるんだ」
読み通り。話の中身がどういう類の物かは読めないけれど。
そして陽介は此処に来た要件を語りだす。
「お前、これからも暫くは霞の所で研究に付き合うんだろ?」
「はい。一応そのつもりではいますし、そういう予定でもありますけど」
「だったら此処に来る時一度俺らん所の庁舎に連絡入れろ。もしくは茜か誠一か……それか瀬戸の奴を連れてこい」
「? いいですけどどうかしたんですか?」
今日も此処に一人で来て一人で霞の所に向かい、そして此処にラーメンを食べに来た。その行為に何か問題があるのだろうか?
「暫くは此処での移動の時に一人にならねえほうがいい」
「というと?」
「面倒臭せぇ奴が此処に戻ってくる」
そう言う陽介の声音や表情は本当に面倒な事を語るようだった。
「面倒臭い奴、ですか」
「ああ。簡単に言ってしまえば精霊の事を親の仇みたいに憎んでる連中の頂点に立つ様な奴だ」
「……ああ、そういう」
流石に何かをされる事は無いが、確かに今になってもエルの事をあまりよく思わない人間が少数ながら対策局の中にはいる。
そういう連中のトップが戻ってくる。
「でもまあ今も一人で大丈夫ですし、案外大丈夫なんじゃないですかね?」
「まあそりゃ見かけてすぐに攻撃してくる様なキチガイじゃねえよ? そんなのは向こうの連中だけだ。アイツはアイツで普段は社会適合者だし、普通に悪い奴じゃないし、常識だって持ち合わせてる。だから俺の考えすぎというのもあるかもしれん」
だけど、と陽介は言う。
「それでもあまり一人ではちあう様な状況は作りたくねえんだわ。一応な、念には念を入れるってわけだ。他の連中とは訳が違う訳だしな」
……今この組織にいるそういう類の人間とは訳が違うということは、一体どれだけ精霊の事を嫌っているのだろうか?
もっともそれは無理のない事で、親の仇の様にと陽介は言ったが、実際何かの仇である可能性が高いわけで、その彼もまた一人の被害者ではあるのだろう。
だからと言って、その悪意に晒されたくはないけれど。
「まあそういう訳だ。今後しばらくはそういう事で」
「分かりました」
「分かったならいい。とりあえず伝えとかなきゃいけなかかったのはこんだけだ。邪魔して悪かったな」
「あ、いえ、寧ろありがとうございます」
その情報はエルにとっては有益な情報だ。それを聞く事が邪魔になる筈がない。
「それで、あの、ところで――」
陽介の話が一通り終わったそうなので、折角なのでこちらも少し聞きたい事を聞いておくことにした。
「――最近、エイジさんの方はどうですかね。うまく行っていますか?」
エイジは今自分がどういう事をしているのかという事は語ろうとはしなかったが、それでも周囲の人間から勝手にエルに情報が入っている。
だからエイジには悪いが、何をしているかは知っているわけで。
「ああ、アイツの話か。思ってたよりはうまく行ってると思うぞ。最初見た時は精々素人よりはマシってレベルの動きだったが、最近はまあ見れるようにはなった。一か月にも満たない期間でアレだけできりゃ上等だと思うがな」
なにやら高評価のようだ。
「そうですか。なら良かったです」
「……の割にはあまり浮かない顔してんな」
「そうですね。私からすれば、あんまりエイジさんにはそういう荒っぽい事をしてほしくないんですよ」
エイジが必死になってそういう事をやっている理由は何となくだが察する事ができる。
それが自分の方に向いているのかどうかは分からないけれど、それでもあれだけ酷い状態になったエイジがそういう風に動きだした事そのものはきっと良い事だ。一人の人間として再起し始めた証拠でもあるだろう。
だけどそれでもあまり浮いた気分になれないのは、ある意味で当然の事なんじゃないかと思う。
誰だって親しい間柄の存在が、そういう危険な事に手を出している事を良しとはしないだろう。
もう自分達が戦わなければならない敵はいない。そういう荒事には自分がら首を突っ込まなければ、基本的に巻き込まれる様な事もないのに。それでもそういう世界に片足を置き続ける事が良い事だとは思えない。
できれば。願わくばだ。自分が今こうしている様に、エイジにもこの世界における一般的な平和な生活を送ってほしいと思うのだ。
「まあお前の言いたい事も分かる。これがスポーツ的な格闘技だったらともかく、やってるのは実戦視野に入れた訓練だ。そういう事をしている事が嫌だってのは結構当たり前な感覚なんじゃねえの?」
でもまあ、と陽介は言う。
「アイツはアイツなりの志を持ってやってるんだ。あまり良くは思わねえかもしれねえけど、ここは背中を押してやってくれねえか」
「……分かってます。端から私もそのつもりですから」
「だったら野暮な頼みだったか。だったらこれ以上俺が言える事はねえな。邪魔したな」
「いえいえ」
「じゃあつーわけで連絡よろしく」
そう言って陽介は立ち上がりこの場を立ち去ろうと動きだしたが、何かを思いだしたように立ち止って
振りかえりエルに問う。
それは打って変わってただの笑い話。
「そういやアイツこの前の休みに来た時に色々と助言を兼ねてとラーメンに誘ったんだがな、頑なに乗ってこなかったんだが……アイツラーメン嫌いなのか?」
「はい。主にあなたの弟さんが原因で」
本人は半分トラウマになっていて笑い話ではないのだけれど。
「いただきます」
注文した期間限定の新作野菜ラーメンを前に手を合わせて割り箸を割る。
(うん……これは中々)
対策局の食堂はおいしいと評判なだけあって、新作メニューもかなりの完成度を誇る。
麺やスープも中々だが、この野菜のシャキシャキ感も素晴らしいと思う。一体どういう風に作ればこのシャキシャキ感が出るのだろうか。ラーメンの野菜といえば柔らかくなっているイメージが強いのでその辺りが疑問だ。
「うん……これは今度もう一度食べよう。期間いつまでなんだろう」
「来月中頃までらしい。そんで評判よけりゃレギュラーメニュー入りだ」
エルの疑問に背後からの男の声が答えた。
聞き覚えのある声というよりは、この一か月でそこそこ聞き馴染んだ声と言える。
「ああ、態々どうも」
「うまいよなそれ。俺の昼も今日はソイツにしよう」
そう語るのは二十代半ば程の男。
土御門誠一の兄である土御門陽介。エイジがナタリアを助けようとした際に協力してくれた一人で、誠一や茜が所属する対策局の五番隊隊長。
茜は基本戦闘に参加しない為実質的に幽霊隊員の様な扱いだが、元々の仲がそこそこ良かったのか、エルをサポートする為に一か月前に呼び出されてからよく顔を出しているらしい。その流れでエルも五番隊の人間と接する機会は多かったし、それに加えてエイジの親友がその舞台に所属している上に、エイジ自身が色々と世話になっている様で、対策局にて土御門陽介を含めた五番隊の人間はエルにとっては一番繋がりの強い人間とも言える。
「そこ、座ってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
そんなやり取りの後、エルの前の席に陽介が座る。
「今日はアレか。霞ん所行ってきたのか」
「そうですね。それで丁度お昼時だったので」
「そうだな、もう十二時だ」
そう言う陽介の前にはラーメンもなければお冷もない。ましてや食事が出来上がった事を知らせるフードコート特有の呼び出し端末も持っていない。
それでエルの前に座っている。
となればおそらくは此処に来たのは食事の為では無く、何かこちらに話があっての事だろう。
「それで、どうかしました?」
「ああ、どうかした。ちょっくらどうかしたから足運んだ。少しお前に話ときたい事があるんだ」
読み通り。話の中身がどういう類の物かは読めないけれど。
そして陽介は此処に来た要件を語りだす。
「お前、これからも暫くは霞の所で研究に付き合うんだろ?」
「はい。一応そのつもりではいますし、そういう予定でもありますけど」
「だったら此処に来る時一度俺らん所の庁舎に連絡入れろ。もしくは茜か誠一か……それか瀬戸の奴を連れてこい」
「? いいですけどどうかしたんですか?」
今日も此処に一人で来て一人で霞の所に向かい、そして此処にラーメンを食べに来た。その行為に何か問題があるのだろうか?
「暫くは此処での移動の時に一人にならねえほうがいい」
「というと?」
「面倒臭せぇ奴が此処に戻ってくる」
そう言う陽介の声音や表情は本当に面倒な事を語るようだった。
「面倒臭い奴、ですか」
「ああ。簡単に言ってしまえば精霊の事を親の仇みたいに憎んでる連中の頂点に立つ様な奴だ」
「……ああ、そういう」
流石に何かをされる事は無いが、確かに今になってもエルの事をあまりよく思わない人間が少数ながら対策局の中にはいる。
そういう連中のトップが戻ってくる。
「でもまあ今も一人で大丈夫ですし、案外大丈夫なんじゃないですかね?」
「まあそりゃ見かけてすぐに攻撃してくる様なキチガイじゃねえよ? そんなのは向こうの連中だけだ。アイツはアイツで普段は社会適合者だし、普通に悪い奴じゃないし、常識だって持ち合わせてる。だから俺の考えすぎというのもあるかもしれん」
だけど、と陽介は言う。
「それでもあまり一人ではちあう様な状況は作りたくねえんだわ。一応な、念には念を入れるってわけだ。他の連中とは訳が違う訳だしな」
……今この組織にいるそういう類の人間とは訳が違うということは、一体どれだけ精霊の事を嫌っているのだろうか?
もっともそれは無理のない事で、親の仇の様にと陽介は言ったが、実際何かの仇である可能性が高いわけで、その彼もまた一人の被害者ではあるのだろう。
だからと言って、その悪意に晒されたくはないけれど。
「まあそういう訳だ。今後しばらくはそういう事で」
「分かりました」
「分かったならいい。とりあえず伝えとかなきゃいけなかかったのはこんだけだ。邪魔して悪かったな」
「あ、いえ、寧ろありがとうございます」
その情報はエルにとっては有益な情報だ。それを聞く事が邪魔になる筈がない。
「それで、あの、ところで――」
陽介の話が一通り終わったそうなので、折角なのでこちらも少し聞きたい事を聞いておくことにした。
「――最近、エイジさんの方はどうですかね。うまく行っていますか?」
エイジは今自分がどういう事をしているのかという事は語ろうとはしなかったが、それでも周囲の人間から勝手にエルに情報が入っている。
だからエイジには悪いが、何をしているかは知っているわけで。
「ああ、アイツの話か。思ってたよりはうまく行ってると思うぞ。最初見た時は精々素人よりはマシってレベルの動きだったが、最近はまあ見れるようにはなった。一か月にも満たない期間でアレだけできりゃ上等だと思うがな」
なにやら高評価のようだ。
「そうですか。なら良かったです」
「……の割にはあまり浮かない顔してんな」
「そうですね。私からすれば、あんまりエイジさんにはそういう荒っぽい事をしてほしくないんですよ」
エイジが必死になってそういう事をやっている理由は何となくだが察する事ができる。
それが自分の方に向いているのかどうかは分からないけれど、それでもあれだけ酷い状態になったエイジがそういう風に動きだした事そのものはきっと良い事だ。一人の人間として再起し始めた証拠でもあるだろう。
だけどそれでもあまり浮いた気分になれないのは、ある意味で当然の事なんじゃないかと思う。
誰だって親しい間柄の存在が、そういう危険な事に手を出している事を良しとはしないだろう。
もう自分達が戦わなければならない敵はいない。そういう荒事には自分がら首を突っ込まなければ、基本的に巻き込まれる様な事もないのに。それでもそういう世界に片足を置き続ける事が良い事だとは思えない。
できれば。願わくばだ。自分が今こうしている様に、エイジにもこの世界における一般的な平和な生活を送ってほしいと思うのだ。
「まあお前の言いたい事も分かる。これがスポーツ的な格闘技だったらともかく、やってるのは実戦視野に入れた訓練だ。そういう事をしている事が嫌だってのは結構当たり前な感覚なんじゃねえの?」
でもまあ、と陽介は言う。
「アイツはアイツなりの志を持ってやってるんだ。あまり良くは思わねえかもしれねえけど、ここは背中を押してやってくれねえか」
「……分かってます。端から私もそのつもりですから」
「だったら野暮な頼みだったか。だったらこれ以上俺が言える事はねえな。邪魔したな」
「いえいえ」
「じゃあつーわけで連絡よろしく」
そう言って陽介は立ち上がりこの場を立ち去ろうと動きだしたが、何かを思いだしたように立ち止って
振りかえりエルに問う。
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