人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

5 訓練開始

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「よく来たな瀬戸」

「どうもっす」

 対策局にある訓練室に辿り着くと誠一の兄貴が出迎えてくれた。
 この人にも本当に世話になった。
 俺のこうした無理な頼みを聞いて上に話を通してくれたのは他でもないこの人だ。そうでなければ部外者の俺がこんな施設を活用できる訳がない。
 この場所もまた、一般的にみればフィクションの様に思えるような要素が詰まっている。

「まあ今日も短い時間ではあるが場所確保しといたから、きびきび有効活用してくれ」

「よろしくお願いします」

 俺はこの短い時間、相手をしてもらうであろう誠一の兄貴にそう言って頭を下げる。
 だけど返ってきた言葉は少し予想から外れたものだった。

「ん、ああ悪い。今日は俺これから報告書纏めねえといけねえんだ。馬鹿みたいに溜まってる上に催促までされてやがる」

 どうやら忙しくてこちらの相手はできないようだ。
 まあ誠一の兄貴は誠一が所属する部隊のトップだ。それが故に結構多忙なのだろう。まるで中間管理職の様だ。いや、中間管理職なのか。

「だから誠一、今日はお前に全面的に任せるわ。それでいいな誠一」

「俺は別にいいけどよ……お前は?」

「俺もそれで構わねえよ」

 元々俺は誠一に戦いのやり方を教えてもらう為に話を振った。
 それがこの場所を使うために誠一の兄貴に話が広がり、最終的に誠一兄を中心に、誠一を含めたの周囲の人間が俺に色々と教えてくれている形になっている。
 だからそれは誠一の兄貴がいない事以外には変化がなくて、本来俺が想像していた形での特訓となるだけで、それに文句など存在しない。

「よし。じゃあ栄治の事は俺がうまくやっとく……で、兄貴」

「どうした?」

「俺に一任させんならなんで此処にいたんだ?。任せるっつう位ならラインでも送っときゃいいだろ。なんだサボりか。さっさと仕事終わらせて来いよ」

「サボりじゃねえそサボれねえんだよもうチクショウ……まあアレだ。瀬戸に直接伝えとこうと思うことがあってな」

「俺にですか?」

「あと一応お前にもな誠一」

 一体何だろうか。
 いまいちその辺りの想像が付かない。何かアドバイスでもくれるのだろうか?
 だとすれば誠一にもってのが引っかかる。つまりはアドバイスではないのだろう。
 そして言われたのは少なくともポジティブになれるような事ではなかった。

「とりあえずお前には天野宗谷って言えば色々察するか?」

 誠一の兄貴は誠一に向けてそう問いかける。
 ……少なくとも俺にとっては全く聞き覚えのない名前だ。
 だけど確かに誠一にとっては知っている名前らしい。

「天野宗谷……まさか帰ってくんのか? このタイミングで?」

「ああ、その通りだ」

 誠一の反応を見る限りだと、その天野とかいう奴が戻ってくる事があまり良い事ではないように思える。

「その、天野って人は一体どういう人なんですか? 態々俺に伝えるって事は、何か俺に関係しそうな相手って事ですか?」

 誠一の兄貴にそう問いかけると、誠一の兄貴は俺の言葉に頷く。

「そういう事になるな。まああまり関わってほしくないし、その為の忠告のつもりでこうして話してんだけどな」

「関わってほしくない?」

「あまり精霊の事をよく思わない類いの人間なんだよ天野は」

「……」

 この組織は誠一や宮村に誠一の兄といった精霊に対して好意的な人間が多いが、そうでない人間もいることは知っている。
 だけど少数だ。だから少数に一人増えただけだ。確かにそれはエルにとって良くない事ではあるが、態々忠告をする様な事なのだろうか?
 そう思ったが、あえて忠告するという事はそういう事なのだろう。

「それも筆頭だよ。精霊嫌いのな」

 特別面倒な存在なのだろう。

「まあ下手に手は出してこねえだろうさ。アイツは常識は持ってるし、周囲の目は普通に考慮する。第一根っこは無茶苦茶良い奴だ。普通にしてればほかの連中みたく嫌な視線向けたり面倒な事言ってきたりする位だよ」

 だが、と誠一の兄は言う。

「アイツは一応ウチの組織で一番強い魔術師だ。もしもアイツが本気で動く様な事態になったら厄介なんてもんじゃねえ。だから一応気を付けとけ。お前も極力接触するな。そんでエルも接触させるな。それは多分無理かもしれねえから一人で動くな。俺が言いたいのはそういう事だよ」

「……分かりました」

 下手に接触して刺激するような事態に陥らないようにするべきだろうし、だとすれば接触しないに越したことは無いだろう。

「まあそんなわけだ。一応エルの奴にも言ってあるし、此処に来るときは俺らを呼ぶように言っておいた。だから安心しろなんて言っても安心できるかは分からんが安心しろ」

「……ありがとうございます」

 まあ安心はできないけれど。

「まあそんな所だ。俺の話は以上」

「分かったけどちょっといいか兄貴」

 誠一が何か引っかかったようで兄に尋ねる。

「どうした誠一」

「いや流石に俺もあの人が戻ってくるって言われりゃ栄治に警戒するよう伝えるし、でなくても伝えるように言われりゃ伝える。だからこれも電話なりラインなりで俺に言ってくれりゃ済んだ話な訳だ」

「何が言いたい?」

「やっぱサボリだろ、兄貴」

 次の瞬間だった。

「見付けた陽介! こんな所にいたかッ!」

 入ってきたのは髪を金髪に染めた、誠一の兄と同じくらいの年齢の青年、神崎修二。
 この部隊の副隊長で、ナタリアを助ける為に動いてくれた一人でもある。
 この人にも少し戦い方を教わった。
 そしてそんな神崎さんは鬼のような形相で誠一の兄の元まで詰め寄ってきて言葉をぶつける。

「お前何度逃げれば気がすむんだ! 報告書だけじゃない、なんだよあの仕事の溜まりようは! おかしいだろ! お前普段何やってんの!」

「ギャンブル競艇競馬パチンコ。ああ、最近はパチスロも……ああ、最近競輪も少々な」

「ただのクズ!」

「まあ流石にそれは冗談だ冗談。仕事中は精々サボって寝てるだけだぜ俺は」

「ナチュラルにクズだ!」

「つーか今更何言ってんだ。ガキの頃の夏休みの宿題もこんなもんだったろ。提出期限ぶっちぎってたよなぁ、うん」

「お前社会人! 立派な大人! 今年24!」

「あーあーうるせえ戻るよ戻ってやりゃあいいんだろ」

「じゃあさっさと行こう。檻を用意してある」

「檻ィッ!?」

 流石に予想外といった表情を浮かべる誠一の兄に追い討ちをかけるように手錠をかけた後、無理矢理引っ張って部屋から出て行こうとする。

「その位しないとキミ逃げるだろう。それはなんとしても避けたい。とりあえず三交代制で監視のシフトを組んだ。栄養ドリンクも真っちゃんに買いに走らせた。後はキミが仕事を終わらせるだけなんだ」

「だからと言って檻に手錠はねえんじゃねえの!? 囚人じゃねえんだからよ!」

「今日に限っては囚人だよキミは」


 ため息を付きながら誠一の兄を引っ張る神崎さんは去り際にこちらを向き「じゃあコイツ連れてくから後頑張って」とだけ告げて部屋から出て行く。

「……なんか悪いな。そんなに忙しい人に特訓付き合ってもらってたのか」

「いや、別にお前は気が気にする事じゃねえよ。兄貴が仕事貯めて例の如く隠してたのが問題であってなだな」

 誠一は深くため息を付いてそう呟く。
 そして気を取り直してという様に俺に向き直って言う。

「まあ兄貴の仕事の事なんか知らねえよ。んな事よりこっちの話だ。時間がもったいねえから早速始めるぞ」

「あ、ああ」

 まあ確かに一理ある。世話になってる分このまま何もしない事が心苦しくはあるが、俺にどうにもできない事もまた事実。俺は俺でやるべき事がある以上、そちらに専念したほうがいいだろう。

「で、誠一。お前に一任するって話になってたけど、具体的には何するんだ」

「とりあえずは実戦訓練だな。それ踏まえて改善点を探していく。とりあえずはそんな予定だ。お前がどの位レベルアップしたのかも一応見ときたい」

 此処で特訓する際に一度俺の実力を測る為に誠一と全力で戦ったのだが……一言で言えば惨敗だ。
 この世界に来た直後、背後から殴りかかったにも関わらずカウンターを叩き込まれたように、根本的な技量差がありすぎた。
 それで思い出すのは精霊加工工場で戦ったカイルだ。あの時の様に根本的な技量不足で手も足も出てもそれがまともに届くことは無い。
 それが一応は数日ながら色々と知識と技術を詰め込んだ結果一歩一歩前に進めているんだ。
 今の自分がどこまで出来る様になったか。少し自分でも見てみたい。
 エルを守れる様な強さに近づけたかどうか、自分なりに向き合ってみたい。

「そんなわけで時間も押してる。さっさとはじめっか」

「ああ」

 こうして俺と誠一の実践訓練が始まった。
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