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六章 君ガ為のカタストロフィ
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「……ッ」
俺が放った拳。天野の顔面を殴り飛ばす為に放った拳。
そこに合わされたカウンター。ボディーブロー。
腹部に意識が飛びそうな程の激痛が走り、たったその一撃だけで膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏せた。
全身から気力も力も、そのすべてを根こそぎ取られるような一撃。当然と言えば当然。エルを刀にしている時ですら酷い有り様だったのだ。その力が無くなった今、実際に誠一が一発で沈められた事を考えれば。こうして意識があるだけでも御の字だと思う。
だけどそれがとてもいい結果だったとして。それがこの状況を打開する事に繋がるわけではなくて。ただ、繋ぎ止めただけ。
倒れた俺の隣りを通過する天野に向けてもう一度動きだす。その機会を得ただけ。
「ま……ッ!」
必死に体を動かして天野に向かって動きだそうとする。
だが足がもつれた。それ程までにダメージが足に来ていた。
天野に殴りかかるつもりで動いたのに、まともに殴りかかるという行為すらできない。
だけど必死に手は最大限に伸ばした。
そして掴んだ。
天野の右足。俺にできた最大限の抵抗。
だけどそんな事で止まる相手ではない事は理解していて。
だからその先にあるのは。きっとこの行為事態も、抵抗ではなく懇願だ。
「……やめろ」
「……」
「だのむ……やめでぐれ……」
今更、天野がそんな言葉に耳を傾けるとは思わない。だけど一度言いだしたらもう止まらなかった。
もうそれしかできないから。もうそんな事しかできないから。
情けなくたって無様だって。もうそんな風に縋る事しかできないから。
だから……言葉は漏れる。止まらない。
「エルは今まで、ずっと辛い思いしてきたんだ。もう一生分でもあり余る位に、辛い思い一杯して来たんだよ……」
「……」
「それでようやく、普通の生活送れるようになったんだ。やっとだ……やっとなんだよ。やっと人並みの生活を。人生を歩めるようになったんだよ」
エルは……エルはッ!
「エルは幸せにならないと……幸せにならないといけないんだ! これ以上不幸な目になんてあっちゃいけないんだよぉッ! だから――」
「だから殺すなと言いたいのかお前は」
天野は俺の先の言葉を読んだ様にそう言ってから、一拍空けて言葉を続ける。
「誰かにそこまで言ってくれる存在なら、確かに幸せになるべきなのだろうよ。俺の目の前に居る精霊は幸せになるべきだ。生まれた幸せは守られるべきだ。それは私怨で阻まれていいものではない。私怨で壊してはいけない。それでも手を伸ばす程落ちぶれたつもりなど無いさ」
「だったら――」
だったら止めてくれと。そう叫ぼうとした。とにかくそんな言葉をぶつけようとした。
だけど天野から出てくるのは、どうしようもない正論だ。
「だから俺は何もしなかったぞ。あの場で幸せそうにしていた、普通の生活を送っていたあの精霊を見逃したんだ。警戒はしてもそれでも、それ以上の事をするつもりはなかったんだ」
「……ッ」
「だけどもう見逃せない。何度でも言うぞ。あの精霊は無関係の人間を殺す。他の幸せになるべき人間に牙を向けるんだ。だったらもうやるしかないだろう」
天野はエルが救われるべき存在だと理解していて。
自分の意思を抑え込んで。最大限の譲歩もしてくれて。
そして今……私怨とはかけ離れた感情でそこに立っている。
純粋に誰かを守る為に此処に立っている。
きっとこの場において正しい行動をしているのは、どうしようもない程に天野宗也だった。
「……ふいにしたのはあの精霊だぞ」
そして次の瞬間、天野の足を掴んでいた右腕に蹴りを入れられる。
「ぐあ……」
激痛に表情を歪め、絶対に離すものかと握り絞めていた天野の足から手が離れる。
そしてその足が、一歩前へと進んだ。
だけど進んだのはその一歩だけ。
一歩だけ前へと進んで。エルを殺す為に前へと進んで。そして静止した。
聞こえてきた声に止められた。
「その辺にしとけ天野!」
その叫び声は俺の物ではない。気絶している誠一や宮村の物でもなければ、当然ながらエルや天野本人の物でもない。
それはきっと本来蚊帳の外に居るべきでない存在。
防衛省精霊対策局五番隊隊長、土御門陽介。
対策局の中で最もエルと親交が深い部隊。その長。
雑居ビルの屋上から刀を手に降ってきた彼は、着地すると天野に対して睨みを聞かせる。
「……土御門か」
誠一の兄貴の登場に一応は止まった天野に対し、ゆっくりとエルに向けて歩く誠一の兄は、天野に対して言う。
「よお、天野。帰ってきて早々何やってくれんだお前は。今日休みだろお前。大人しくDVDでも借りて家で見てろよ。そこのレンタル屋、今旧作レンタルセールやってんぜ?」
「……その休日を邪魔されている訳だが」
「まあなんでもいいさそんな事は。とにかく俺から言える事は一つだ」
そして誠一の兄貴はエルの元に立ち、刀を構えて天野に告げる。
「この精霊は俺ら五番隊の管轄なんだわ。こうして出てきた以上、勝手な事はさせねえぞ」
俺が放った拳。天野の顔面を殴り飛ばす為に放った拳。
そこに合わされたカウンター。ボディーブロー。
腹部に意識が飛びそうな程の激痛が走り、たったその一撃だけで膝から崩れ落ち、地面に倒れ伏せた。
全身から気力も力も、そのすべてを根こそぎ取られるような一撃。当然と言えば当然。エルを刀にしている時ですら酷い有り様だったのだ。その力が無くなった今、実際に誠一が一発で沈められた事を考えれば。こうして意識があるだけでも御の字だと思う。
だけどそれがとてもいい結果だったとして。それがこの状況を打開する事に繋がるわけではなくて。ただ、繋ぎ止めただけ。
倒れた俺の隣りを通過する天野に向けてもう一度動きだす。その機会を得ただけ。
「ま……ッ!」
必死に体を動かして天野に向かって動きだそうとする。
だが足がもつれた。それ程までにダメージが足に来ていた。
天野に殴りかかるつもりで動いたのに、まともに殴りかかるという行為すらできない。
だけど必死に手は最大限に伸ばした。
そして掴んだ。
天野の右足。俺にできた最大限の抵抗。
だけどそんな事で止まる相手ではない事は理解していて。
だからその先にあるのは。きっとこの行為事態も、抵抗ではなく懇願だ。
「……やめろ」
「……」
「だのむ……やめでぐれ……」
今更、天野がそんな言葉に耳を傾けるとは思わない。だけど一度言いだしたらもう止まらなかった。
もうそれしかできないから。もうそんな事しかできないから。
情けなくたって無様だって。もうそんな風に縋る事しかできないから。
だから……言葉は漏れる。止まらない。
「エルは今まで、ずっと辛い思いしてきたんだ。もう一生分でもあり余る位に、辛い思い一杯して来たんだよ……」
「……」
「それでようやく、普通の生活送れるようになったんだ。やっとだ……やっとなんだよ。やっと人並みの生活を。人生を歩めるようになったんだよ」
エルは……エルはッ!
「エルは幸せにならないと……幸せにならないといけないんだ! これ以上不幸な目になんてあっちゃいけないんだよぉッ! だから――」
「だから殺すなと言いたいのかお前は」
天野は俺の先の言葉を読んだ様にそう言ってから、一拍空けて言葉を続ける。
「誰かにそこまで言ってくれる存在なら、確かに幸せになるべきなのだろうよ。俺の目の前に居る精霊は幸せになるべきだ。生まれた幸せは守られるべきだ。それは私怨で阻まれていいものではない。私怨で壊してはいけない。それでも手を伸ばす程落ちぶれたつもりなど無いさ」
「だったら――」
だったら止めてくれと。そう叫ぼうとした。とにかくそんな言葉をぶつけようとした。
だけど天野から出てくるのは、どうしようもない正論だ。
「だから俺は何もしなかったぞ。あの場で幸せそうにしていた、普通の生活を送っていたあの精霊を見逃したんだ。警戒はしてもそれでも、それ以上の事をするつもりはなかったんだ」
「……ッ」
「だけどもう見逃せない。何度でも言うぞ。あの精霊は無関係の人間を殺す。他の幸せになるべき人間に牙を向けるんだ。だったらもうやるしかないだろう」
天野はエルが救われるべき存在だと理解していて。
自分の意思を抑え込んで。最大限の譲歩もしてくれて。
そして今……私怨とはかけ離れた感情でそこに立っている。
純粋に誰かを守る為に此処に立っている。
きっとこの場において正しい行動をしているのは、どうしようもない程に天野宗也だった。
「……ふいにしたのはあの精霊だぞ」
そして次の瞬間、天野の足を掴んでいた右腕に蹴りを入れられる。
「ぐあ……」
激痛に表情を歪め、絶対に離すものかと握り絞めていた天野の足から手が離れる。
そしてその足が、一歩前へと進んだ。
だけど進んだのはその一歩だけ。
一歩だけ前へと進んで。エルを殺す為に前へと進んで。そして静止した。
聞こえてきた声に止められた。
「その辺にしとけ天野!」
その叫び声は俺の物ではない。気絶している誠一や宮村の物でもなければ、当然ながらエルや天野本人の物でもない。
それはきっと本来蚊帳の外に居るべきでない存在。
防衛省精霊対策局五番隊隊長、土御門陽介。
対策局の中で最もエルと親交が深い部隊。その長。
雑居ビルの屋上から刀を手に降ってきた彼は、着地すると天野に対して睨みを聞かせる。
「……土御門か」
誠一の兄貴の登場に一応は止まった天野に対し、ゆっくりとエルに向けて歩く誠一の兄は、天野に対して言う。
「よお、天野。帰ってきて早々何やってくれんだお前は。今日休みだろお前。大人しくDVDでも借りて家で見てろよ。そこのレンタル屋、今旧作レンタルセールやってんぜ?」
「……その休日を邪魔されている訳だが」
「まあなんでもいいさそんな事は。とにかく俺から言える事は一つだ」
そして誠一の兄貴はエルの元に立ち、刀を構えて天野に告げる。
「この精霊は俺ら五番隊の管轄なんだわ。こうして出てきた以上、勝手な事はさせねえぞ」
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