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六章 君ガ為のカタストロフィ
ex 不確定な未来
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「……まあこんな所だろ。派手にやられなくて助かったわ」
土御門陽介はアスファルトに呪符を張りつけその場に術式を構築した後、そう言いながら立ち上がる。
行ったのは応急処置染みた舗装と簡易的な幻術。今はとにかくその場しのぎ。後で対策局の息の掛かった業者に完璧に治してもらうまではこれで一般人の目を欺く。
一か月前、瀬戸栄治が異世界へと飛ばされた日にはビルの上層階が抉り取られたかのような大きな被害の場合はもう記憶を改竄する他ないわけだが、目撃者がおらず注目されないように結界も張られていて、被害も小規模となればこの位の措置で十分だ。どうにかなる。
そんな作業を終えた陽介に同じく一仕事を終えた私服の男。十中八九この場の被害の原因とも言える天野宗也が話しかける。
「感謝しろ。今回俺は相当頑張ったからな」
「ここまで頑張ったんならもうちょっと頑張れよ。こんなバトル漫画みたいな陥没したアスファルトとか作んじゃねえよまったく」
「無茶言うな。あれ以上手を抜くと俺が病院送りにされる」
「白刃取りとか決めちゃってる奴が何言ってんだよ……まあたまにはいいんじゃねえの? 病院送りにされても。海外出張の疲れ溜まってんだろ、ゆっくり寝てろや」
「病院は疲れを癒す所では無い。あと病院食は味が薄くて嫌だ」
「理由が可愛いなオイ……まあそれに関しちゃ同感だけどよ」
そんなやり取りをして陽介は苦笑する。
そしてその後、少し真剣な表情を浮かべて天野に言う。
「まあいいや。で、天野。とりあえずお前に一つ礼言っとかねえといけねえんだわ」
「礼? 俺は礼を言われる様な事はしていないと思うが? 寧ろ俺はお前の弟と宮村相手に戦って倒している訳だ。文句の一つくらい言われるものだと思ってたが」
「あんなもんお前の立場からすれば不可抗力だ。仕方ねえよ。それに俺が礼を言いたいのもその誠一と茜の件なんだよ」
「……?」
言葉の意味を理解しかねている天野に、陽介は一拍空けてから言う。
「お前のおかげでアイツらに見せたくないもん見せずに済んだ。もっとも一番見せちゃいけない奴見せてる時点でもう色々と駄目なんだろうけどな。くっそ、初めて瀬戸の攻撃喰らったが普通にいてえ」
陽介はエイジに殴られた箇所をわざとらしく摩る。
そんな陽介に一拍空けてから天野は問う。
「……一応確認しておくが、アイツらは知らなかったのか?」
「……何も知らねえよアイツらは。アイツらがこの場所に来たのも俺達は一切関与してねえ。アイツらはただ単に友達助けに来ただけだよ」
「……やはりな、なんとなくそんな気はしていた。で、何故教えてやらなかった」
土御門陽介を隊長とした対策局五番隊の面々がこの場所に全員揃っている。つまりは誠一と茜以外の全員は今回の一件を把握している事になる。
「あの二人はおそらく瀬戸を除けばあの精霊ともっとも親しい人間の筈だ。寧ろ知っておかなければならないと思うが」
「俺もそうは思ったよ」
天野の言葉を肯定した上で陽介は言う。
「だがアイツらがこの事を知ればおそらく瀬戸やエルに情報が漏れてたんじゃねえかと思う。そんだけ俺達よりも瀬戸やエルと近い位置に立っていたからな。アイツらに漏れれば最悪上にもバレる。そんで仮にバレなかったとしてもだ。方やPTSD患って無茶苦茶不安定になってる一般人に、方やようやくまともな生活送れるようになった精霊だ。その二人の中にあんな不安要素の塊みたいな情報流す訳にはいかねえだろ」
例えば二人が黙っていても。何かしらが二人に影響を及ぼす。
それによる変化に瀬戸栄治とエルが気が付けば、エルの異変が露見する恐れがあった。
それが露見すれば少なくとも事は良い方向には進まない。それが土御門陽介の考えだった。
「……一理あるな」
そしてその考えに天野は頷いた後、陽介に問う。
「だがそれだけか?」
「いや、正直な話それだけじゃねえんだ」
宮村茜は魔術という分野においては天才中の天才。神童だ。精霊の暴走の原因を作っている人間を探し出すのに大きな戦力になりうる。だからもしそれだけだったなら、上へ情報が漏れるリスクを考慮してでも今の状況を伝えるような判断をしていたかもしれない。
だけどそれだけでは無かったから。
「今のアイツらはさ、外から壊すのを躊躇う位には良い感じに歯車が回ってたんだ」
「……歯車?」
「アイツらが多発天災の前に死に物狂いで目指していた理想の先にある光景が、アイツらの前に確かに広がっていた。そしてその光景の中にアイツら自身がいたんだよ。だったら……壊せねえだろ」
「……」
「俺の自分勝手な判断だったのだろうけど、アイツらの日常を壊しちゃいけなかったと思うんだ。できる事ならアイツらが何も知らないまま、事を終わらせて何事もなかったかの様に振舞いたかった。理由なんてそんな程度だ」
そして一拍空けてから陽介は言う。
「まあ結局最悪な形で露見しちまったわけだがな」
「確かに最悪な形だな。大失敗だよお前のやった事は」
「ぐ……少しはオブラートに包むとかそういう発想ねえの? 傷付くぞ? 俺ガラスのハートとは言わねえけど、ステンレス位には脆いんだから」
「そこそこ丈夫じゃないか……でもまあ大失敗というのも結果論だ。少なくとも俺はお前がやろうとしていた事が間違いだったとは思わんよ」
天野は陽介を慰めるように言う。
「お前の言う通りならあの二人には黙っておくのが正しかったと思う。それが理想だ」
「思い返せば随分と現実味のねえ理想だったがな、俺の取っていた行動は。アイツらに知らせる云々以前に間違えまくってたんじゃねえかな俺らは」
「……そもそもどういう行動を取ろうと現実味なんて出てこないだろう」
「……」
「お前が上に報告しなかった話だがな、仮に報告してうまく事が進んでいればさっき言った通り結果は違ったかもしれない。だがな、俺が思うにお前の部隊は対策局の中では頭一つ抜けて優秀だと思う。そして宮村を除けばお前の部隊の篠崎に木田。後はまこっちゃんか。あの三人はその手の魔術に長けていた筈だ。あの三人が探知できなかったのなら、他の部隊の協力を仰いでも見つかった可能性は低い。そしてその可能性の低さに見合わぬほどリスクがあっただろう。お前の話もそうだが……場合によっては俺の様な人間が動いていたかもしれない」
だから、と天野は言う。
「多分お前の取れる行動に正解なんてのはなかったんだ。その中でお前は最善の選択をしたんだと思うよ」
「最善……ね」
「最善だ」
そして一拍空けた後、天野は言葉を続ける。
「そしてまだ終わったわけでは無いだろう。まだ時間があるのならお前はこれからもお前が思う最善の道を進めばいい。協力できる事なら俺も協力する。いつまで協力できるかは分からんがな」
「……悪いな」
「構わん。今度飯でも奢れ」
「この流れで俺が無職にでもなってなければな」
「そうならないように俺もうまく言ってやる」
「……悪いな」
「構わん。今度飯でも奢れ」
「ほんとこの流れで無職にでもなってなければな」
そんなやり取りを交わした後、僅かな静寂の後に陽介は天野に言う。
「なあ天野」
「どうした」
「一体どういう奴がなんの目的でこういう事をしていると思う?」
「……分からん。精霊を暴走させる事で得られる物なんてのがあるとも思えんしな」
ただ、と言葉を続ける。
「精霊は大昔から暴走し続けている。その原因が世界規模で大昔から張り巡らされた魔術で、それが次の世代へと継がれて存続される。そしてそうするメリットは恐らくない。つまりそうせざるを得ない理由があるのだろう」
「だろうな。こんなもん特別な理由もない愉快犯であってたまるか」
「とはいえそれが諸悪の根源である事は間違いない。そんな物は俺達の世代で断ち切らせてもらう。一体誰がどんな思想で行っている事だとしてもだ」
「……当然だ。んなもん絶対潰してやる」
だから、と陽介は言う。
「あとどれだけ時間があるか分からねえ。とにかくこの状況をなんとかするぞ、天野」
「了解だ、土御門」
土御門陽介は失敗した。
今の状況はどうしようもなく最悪だと言ってもいい。
だけどまだ終わっていないから。その歩みは止めない。
そして最後の悪あがきが幕を開ける。
どれだけ暗い闇の中でも、まだ未来は不確定なのだから。
土御門陽介はアスファルトに呪符を張りつけその場に術式を構築した後、そう言いながら立ち上がる。
行ったのは応急処置染みた舗装と簡易的な幻術。今はとにかくその場しのぎ。後で対策局の息の掛かった業者に完璧に治してもらうまではこれで一般人の目を欺く。
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そんな作業を終えた陽介に同じく一仕事を終えた私服の男。十中八九この場の被害の原因とも言える天野宗也が話しかける。
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「理由が可愛いなオイ……まあそれに関しちゃ同感だけどよ」
そんなやり取りをして陽介は苦笑する。
そしてその後、少し真剣な表情を浮かべて天野に言う。
「まあいいや。で、天野。とりあえずお前に一つ礼言っとかねえといけねえんだわ」
「礼? 俺は礼を言われる様な事はしていないと思うが? 寧ろ俺はお前の弟と宮村相手に戦って倒している訳だ。文句の一つくらい言われるものだと思ってたが」
「あんなもんお前の立場からすれば不可抗力だ。仕方ねえよ。それに俺が礼を言いたいのもその誠一と茜の件なんだよ」
「……?」
言葉の意味を理解しかねている天野に、陽介は一拍空けてから言う。
「お前のおかげでアイツらに見せたくないもん見せずに済んだ。もっとも一番見せちゃいけない奴見せてる時点でもう色々と駄目なんだろうけどな。くっそ、初めて瀬戸の攻撃喰らったが普通にいてえ」
陽介はエイジに殴られた箇所をわざとらしく摩る。
そんな陽介に一拍空けてから天野は問う。
「……一応確認しておくが、アイツらは知らなかったのか?」
「……何も知らねえよアイツらは。アイツらがこの場所に来たのも俺達は一切関与してねえ。アイツらはただ単に友達助けに来ただけだよ」
「……やはりな、なんとなくそんな気はしていた。で、何故教えてやらなかった」
土御門陽介を隊長とした対策局五番隊の面々がこの場所に全員揃っている。つまりは誠一と茜以外の全員は今回の一件を把握している事になる。
「あの二人はおそらく瀬戸を除けばあの精霊ともっとも親しい人間の筈だ。寧ろ知っておかなければならないと思うが」
「俺もそうは思ったよ」
天野の言葉を肯定した上で陽介は言う。
「だがアイツらがこの事を知ればおそらく瀬戸やエルに情報が漏れてたんじゃねえかと思う。そんだけ俺達よりも瀬戸やエルと近い位置に立っていたからな。アイツらに漏れれば最悪上にもバレる。そんで仮にバレなかったとしてもだ。方やPTSD患って無茶苦茶不安定になってる一般人に、方やようやくまともな生活送れるようになった精霊だ。その二人の中にあんな不安要素の塊みたいな情報流す訳にはいかねえだろ」
例えば二人が黙っていても。何かしらが二人に影響を及ぼす。
それによる変化に瀬戸栄治とエルが気が付けば、エルの異変が露見する恐れがあった。
それが露見すれば少なくとも事は良い方向には進まない。それが土御門陽介の考えだった。
「……一理あるな」
そしてその考えに天野は頷いた後、陽介に問う。
「だがそれだけか?」
「いや、正直な話それだけじゃねえんだ」
宮村茜は魔術という分野においては天才中の天才。神童だ。精霊の暴走の原因を作っている人間を探し出すのに大きな戦力になりうる。だからもしそれだけだったなら、上へ情報が漏れるリスクを考慮してでも今の状況を伝えるような判断をしていたかもしれない。
だけどそれだけでは無かったから。
「今のアイツらはさ、外から壊すのを躊躇う位には良い感じに歯車が回ってたんだ」
「……歯車?」
「アイツらが多発天災の前に死に物狂いで目指していた理想の先にある光景が、アイツらの前に確かに広がっていた。そしてその光景の中にアイツら自身がいたんだよ。だったら……壊せねえだろ」
「……」
「俺の自分勝手な判断だったのだろうけど、アイツらの日常を壊しちゃいけなかったと思うんだ。できる事ならアイツらが何も知らないまま、事を終わらせて何事もなかったかの様に振舞いたかった。理由なんてそんな程度だ」
そして一拍空けてから陽介は言う。
「まあ結局最悪な形で露見しちまったわけだがな」
「確かに最悪な形だな。大失敗だよお前のやった事は」
「ぐ……少しはオブラートに包むとかそういう発想ねえの? 傷付くぞ? 俺ガラスのハートとは言わねえけど、ステンレス位には脆いんだから」
「そこそこ丈夫じゃないか……でもまあ大失敗というのも結果論だ。少なくとも俺はお前がやろうとしていた事が間違いだったとは思わんよ」
天野は陽介を慰めるように言う。
「お前の言う通りならあの二人には黙っておくのが正しかったと思う。それが理想だ」
「思い返せば随分と現実味のねえ理想だったがな、俺の取っていた行動は。アイツらに知らせる云々以前に間違えまくってたんじゃねえかな俺らは」
「……そもそもどういう行動を取ろうと現実味なんて出てこないだろう」
「……」
「お前が上に報告しなかった話だがな、仮に報告してうまく事が進んでいればさっき言った通り結果は違ったかもしれない。だがな、俺が思うにお前の部隊は対策局の中では頭一つ抜けて優秀だと思う。そして宮村を除けばお前の部隊の篠崎に木田。後はまこっちゃんか。あの三人はその手の魔術に長けていた筈だ。あの三人が探知できなかったのなら、他の部隊の協力を仰いでも見つかった可能性は低い。そしてその可能性の低さに見合わぬほどリスクがあっただろう。お前の話もそうだが……場合によっては俺の様な人間が動いていたかもしれない」
だから、と天野は言う。
「多分お前の取れる行動に正解なんてのはなかったんだ。その中でお前は最善の選択をしたんだと思うよ」
「最善……ね」
「最善だ」
そして一拍空けた後、天野は言葉を続ける。
「そしてまだ終わったわけでは無いだろう。まだ時間があるのならお前はこれからもお前が思う最善の道を進めばいい。協力できる事なら俺も協力する。いつまで協力できるかは分からんがな」
「……悪いな」
「構わん。今度飯でも奢れ」
「この流れで俺が無職にでもなってなければな」
「そうならないように俺もうまく言ってやる」
「……悪いな」
「構わん。今度飯でも奢れ」
「ほんとこの流れで無職にでもなってなければな」
そんなやり取りを交わした後、僅かな静寂の後に陽介は天野に言う。
「なあ天野」
「どうした」
「一体どういう奴がなんの目的でこういう事をしていると思う?」
「……分からん。精霊を暴走させる事で得られる物なんてのがあるとも思えんしな」
ただ、と言葉を続ける。
「精霊は大昔から暴走し続けている。その原因が世界規模で大昔から張り巡らされた魔術で、それが次の世代へと継がれて存続される。そしてそうするメリットは恐らくない。つまりそうせざるを得ない理由があるのだろう」
「だろうな。こんなもん特別な理由もない愉快犯であってたまるか」
「とはいえそれが諸悪の根源である事は間違いない。そんな物は俺達の世代で断ち切らせてもらう。一体誰がどんな思想で行っている事だとしてもだ」
「……当然だ。んなもん絶対潰してやる」
だから、と陽介は言う。
「あとどれだけ時間があるか分からねえ。とにかくこの状況をなんとかするぞ、天野」
「了解だ、土御門」
土御門陽介は失敗した。
今の状況はどうしようもなく最悪だと言ってもいい。
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