人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

ex それぞれの戦い

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 本当に唐突な出来事だったと思う。
 土御門陽介からはそんな前兆などは感じられず、ただ単にこちらの状況を確認しに来ただけにしか見えなかった。
 だから。エイジもエルも。二人とも何もする事が出来なかった。

「悪いな、瀬戸」

 異変に気付いた時にはもう既にエイジはその場に倒れていた。

「エイジさん!」

「心配するな。ソイツは眠ってるだけだ」

 思わず上げてしまった声に対して、こちらを見降ろす土御門陽介はそう答えて続ける。

「信じてくれるかは分からねえが、俺にお前らに対する敵意なんてねえよ」

「……」

 そんな事は分かってる。
 一瞬エイジが倒れた事に驚いたけれど、今の攻撃でエイジは特別外傷を負っていない。敵意があればそれでは済まないし、そもそもここまで状況が進展していないだろう。
 それにそういう行為をした目の前の男からは悪意なんてものも感じられない。
 そこにいるのは対策局で何度も顔を合わせた姿の延長線。
 実際にエイジにそう言ったように、浮かべているのは普通に申し訳なさそうな、そういう表情。

「……なんでこんな事したんですか」

「できりゃこんな事はしたくねえさ。だけどな……追い詰められた人間ってのはどういう行動を取るのかってのは案外わかんねえもんなんだよ。それに瀬戸はお前を剣にするだけで天野と相対できる程の力を振るえる。今の状況を考えると対策局的には十分な脅威だ。そういう爆弾を連れて行っても結果は見えてる……だからまあ、止められるならドンパチする前に止めなきゃだろ。不本意で仕方ねえがな」

「……」

 ……追い詰められた人間。もしもだ。対策局が最終的にこの一件をどうしようもないと判断して、その場にエイジが居合わせれば、一体どういう行動を取るだろうか。
 例えばすぐそこに自分が居れば、どうするだろうか。
 ……一体どうしてくれるだろうか。
 考えればその答えは対策局にとっては危険な事ばかりだろうなとは思う。
 例えば対策局の本部内で暴れたりでもすれば、最終的に鎮圧されるにしても多大な被害を被る事になる。
 精霊から東京を守る要の本部をだ。
 だとすれば確かに……その判断は合理的なのかもしれない。

「……この後、エイジさんをどうするんですか?」

「自分の事よりそっち聞くのかよ……まあ特別大層な事はしねえよ。とりあえずコイツの自宅に送って、後はコイツが持ってる筈の客人用のカードキーの登録抹消。そんで一応何するか分かんねえからな、誠一達に監視させる予定ではいるよ」

「……そうですか」

 知りたかった事を聞けた。今知りたかったのはその事位だ。
 だから分かっていたつもりだけど、エイジがこれから何かされる様な事が無い事が分かってそれに安堵し、エルの言葉はそこで止まる。

「自分の今後の事は聞かないのか?」

「……これ以上辛い話を聞きたくないんで」

「そうか……」

 そう答えた後、少し表情に影を落として土御門陽介は言う。

「悪いな、色々と」

「……いえ」

 多分というか間違いなく、この場に謝るべき人間はいないだろう。皆が皆、それぞれの最善の為に動いている。
 その結果がこれだ。誰も責められない。
 ……いや、そうでもなかった。
 会話の中で聞こえた、精霊が暴走する環境を作り出している誰か。
 そこには十分恨みの感情を向けることができる。
 こんなことをして、何が目的なのだろうか。
 もしかしたらこの状況をどこかで見ていて、自分達の事を滑稽な物を見るように嘲笑っているのでは無いだろうか?
 その答えを考えても答えは出るわけが無くて、そういう事を考えられる程の余裕も無くて。

(……エイジさん)

 だけどまだ光は潰えていない。
 多分こうなっても……瀬戸栄治という人間は動くだろう。
 動いてくれる。動いて手を差しのべてくれる。

(……待ってますよ)

 まだ希望も期待も潰えない。
 それまでは。もう殆ど折れている様な物だけれど、折れる訳にはいかない。
 だからこれもまた一つの戦いだ。
 タイムリミットは分からない。そんな中で幕が明ける。
 瀬戸栄治の。対策局の。エルの戦いが、再び始まる。






「……なあ、この状況は喜ぶべきなのか? それとも頭でも抱えるべきなのか……どっちだと思う?」

「頭抱えながら笑ってみればいいんじゃないの?」

 雨の中、池袋の一角で繰り広げられた一人の精霊を巡った戦闘。
 その間周囲の人間は人払いによってその場を離れるか、外には目もくれず屋内に閉じこもっている訳だが、唯一建物内こ留まりつつこの状況を理解し監察ている者達がいた。

「中々におかしい人に見えそうだが……まあいい。それで行こう」

「行っちゃうんだ……まあ確かにどっちつかずな状況ではあるんだろうけども」

 どこの業者も入っていない貸しテナントの一室にて外の状況を監察しながら、二十代前半程の男女ペアはそんな会話を交わしていた。

「……しかし予想外の事態だな」

「……そうね。まさか対策局が精霊の暴走係数を落とす術を持っていたなんて」

「由々しき事態だよ。そこまで辿り着かれたなら、いずれ我々の存在が露見するかもしれない」

「露見すればどうなるかな?」

「少なくとも極悪人見られる事は間違いなく無いだろう。何せ我々は……精霊を暴走させている張本人だからな」

「まあそれは仕方ないか。覚悟だけしとくわ」

「私もそうしておくよ……だが露見はさせない。させる訳にはいかない。我らイルミナティはこの『選ばれなかった世界』を守りぬかなければならないからな。……それが他ならぬ精霊との約束だよ」

 だが、と男は言う。

「精霊に罪は無い。あの青髪の精霊は本来救われるべき存在だ。そして……我々が初めて救えるかもしれない精霊だ」

「……救える?」

「ああ、救える。最も当の本人がそう思うかは分からないけれど、この世界を守りつつ彼女を救う方法も無くは無い。最も救うと言えど僕らイルミナティはサポートに徹する事になるだろうけど」

「? やり方もよく分からないのだけれど、それなら一体誰が動くのかしら?」

「彼女の一番近い存在だよ」

 そして男は一拍空けてから言う。

「絶体絶命の精霊を救う物語。少なくともその精霊があの子なら……主人公はあの瀬戸栄治という少年に他ならない」

「ああ、なる程。それで、どうするの?」

「まずは――」

 瀬戸栄治。エル。そして対策局。その誰もが影も形も掴めない中で、彼らの戦いも始まる。
 彼らもまた、精霊を救うために。
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